氷の貴公子の復讐3
ヨハンを手に入れ、冒険者レギオン『鉄槌』も手に入れた。エンリと不老不死の契約引継ぎまで順調に終えた。
後は、皇帝陛下からの招聘に応じる必要があった。問題点は1つ、ヨハンの実践経験の不足だった。ヨハンの技は凄い。だが、戦闘となるとロバートの方が上なのだ。だが、ヨハンが実戦経験を積めば逆転すると確信していた。だから、皇帝陛下への謁見を出来るだけ先延ばしするつもりだった。
だが、それを許さなかったのは大臣たちだった。あの腐った豚どもは私を値踏みするつもりなのだろう。自分たちの陣営につくのか、敵対するならば実力を測ろうというのだろう。臆病なあいつらの考えそうなことだ。
ろくな戦力を持たないと知れば、すぐにでも潰しにかかるだろう。簡単には倒せないと証明しなければならなかった。だから、ヨハンに実力を付けてもらいたかったのだが仕方ない。
やつらのやり口は、元領主に仕えていた5年間で学んだ。直接手を下すことなく間接的で陰湿なやり方で自分たちに従わない領主を徐々に排除していった。
出来る事なら皇帝陛下への謁見は2ヶ月後にしたいと思っていたが、大臣たちは今すぐに来いと言っていた。何とか準備に時間がかかると言い訳して2週間の猶予を得た。この時間を最大限利用しなければならない。
まずは、ヨハンに見合う武器を手配する事にした。港町アムスに腕の良い刀鍛冶が居ると聞いた事があった。気難しい性格で、気に入った人間にしか武器を売らないと聞いていた。なので、私が直接交渉に向かう事にした。
その間、ヨハンたちには訓練を頑張ってもらう。
港町アムスには馬車で5日かかる。町で馬を借り、次の町まで全力で走らせ次の町で馬を乗り換える早馬でも3日程かかる。時間が惜しいので早馬を使って町に着いた時、祭りの時期でも無いのに祝祭が行われていた。門番に何があったのか聞いてみた。
「この祝祭は何のためにおこなわれているんですか?」
私が愛想よく話かけると、門番は嬉々として教えてくれた。
「これは、救世主様が幽霊船を討伐したお祝いと、救世主様がミスリルクラスの冒険者になったお祝いなんですよ。あと、新しい歌姫の誕生祝いも兼ねてます。お客さん良い時に来ましたね。今日は楽しめますよ」
こうして町に入ってみると、どこもかしこも浮かれまくっていた。宿は何とか手配出来た。祝祭のせいで店はどこもやっていなかった。仕方が、無いので翌日まで時間を潰すことにした。
祝祭を見て歩いていると、町の中央にある公園にステージが設けられていた。そこでは女性たちが歌って踊っていた。歌の内容は鎮魂歌だった。
観客の一人に何故、鎮魂歌が歌われているのか聞いてみた。
「あの、なぜ鎮魂歌を歌っているのですか?」
「あれ、旅の人かい?」
「ええ、今日町に着いたばかりで」
「なるほど、この歌は、この町を幽霊船から救ってくれた救世主の一人、金色の歌姫アンネ様が幽霊船の幽霊とスケルトンを一辺に浄化した魔法の歌なんだ。だから、その偉大な歌をみんなに伝えているのさ」
アンネローゼ様が魔法を使っただと?まだ、成人していないのに魔法を使って浄化を行った?ありえない。ろくに戦闘訓練も始めていなかったはずだ。
「アンネ様はご無事なのですか?」
「え?無傷で帰ってきたって聞いてるけど?」
「そうですか、それなら良いんです」
魔法を使ったのに昏倒もしていない。通常はありえないのだ。アンネローゼ様が使った魔法は聖女だけが使える浄化の魔法だった。とても九歳の子供が使って昏倒せずにいられる魔法ではない。私の知らない何かが起こっていた。
「さあ、ここでサプライズゲストの登場です!この町の救世主の一人、金色の歌姫の異名を持つ金髪の美少女!アンネ様です!」
万雷の拍手の中、アンネローゼ様がステージに上がってきた。そして、白い踊り子ラビと薔薇の歌姫ベルタが上がってきた。
そして、鎮魂歌が歌われる。その歌声はとても美しかった。そして、魔法としての浄化の効果も発揮されていた。アンネローゼ様の魔力が消費されているようだが、昏倒することなく歌い終えた。会場を見回してみると救世主も居た。黒いローブに腰に刀を差していた。
その佇まいは剣聖を思わせるものだった。ヨハンが士官して来ると教えてくれた時に修羅一刀流の技を披露した事から、アンネローゼ様の護衛をしている元剣聖ルベド・リッターの手ほどきを受けたのだろうと思っていたが、やはり異常だった。あの歳ですでに剣聖の技を習得している事がおかしいのだ。
本当に人間か怪しくなってきた。だが、それを確かめる意味は無い。私の目的は復讐だ。その邪魔にならないのであれば、救世主が何者であろうと関係なかった。
翌日、ようやく目的の刀鍛冶ムラマサを見つけて、声をかけた。
「やあ、すまない。刀を一本売ってくれないか?」
「あ?あんたが使うのか?」
「いいや、別ものが使う」
「そいつはどこに居る?」
「今は来ていない」
「俺は実力も分からねぇ奴に武器は売らねぇ」
どうやら、私一人で来たことは失敗だったらしい。店主に気に入られるとは人間としてではなく剣士として認められなければならないという意味だった。
「すまない。そこを何とか売ってくれないか?朱羅の剣聖ルベドの技を受け継いだ者なんだ」
「あ?ふざけてんのか?」
「いいや、本当だ」
「何をもって証明するつもりだ?」
「その者はヨハンと言うんだが、救世主様から剣を習ったんだ」
「ほほ~。それで、あんたは何もんだ?」
「私はアイス。ルークスの街の領主をしている」
「え?あの有名なアイス様なのですか?」
「有名かどうかは知りませんがアイスです。これが証拠になるか分かりませんが領主印です」
そう言って私は指輪に彫りこまれた印鑑を見せた。
「本物かどうかは分からねぇが領主を語るやつもいねぇ。信じるぜ。それに、救世主様に仕事を頼まれた後だ。きっと何かの縁だ。この刀を売るよ」
そう言って領主が差し出してきたのは一番高い真銀貨50枚の刀だった。だが、明らかに予算オーバーだ。真銀貨1枚程度の武器で良いのだ。
「いえ、そんな高い刀は買えません。真銀貨1枚のもので十分です」
「おいおい、剣聖の技を使う剣士に鉄の刀なんて渡すのか?金がねぇなら値引いてやる。真銀貨1枚で良い」
貸しは作っても借りは作るな。これは父から最初に教わった事だ。借りを作った場合、それを理由に借りた分以上に奉仕をさせられる事になるからだ。
「いえ、私は価値ある物には相応の対価を支払う事にしておりますので、今は鉄の刀で十分です。いずれお金が貯まったら、その刀を買いに来ます」
「はっはっはっ。こいつは良いや。さすが救世主様に報酬を返した名君だ。救世主様と同じ事を言う。気に入った。やっぱりこっちの剣を買ってくれ真銀貨1枚は頭金って事で良い。残額は出世払いで良いし利息も要らねぇ。支払期限は俺が死ぬまででいい」
どうやら救世主もこの店主に気に入られて値引きを提案されたのだろう。しかし、私と同じ事を言っているが救世主は別の理由だろう。私は借りを作らないという理由だが、救世主はみなに分け与える事に喜びを感じているような甘ちゃんだ。きっと対価を支払いたいだけなのだろう。
だが、ローンを許してくれるのなら借りにはならないので私としても願ったり叶ったりだった。
「そうして頂けるのなら、その刀、買わせて頂きます」
「おう、俺の銀行口座はアムス支店の117788だ。好きな時に振り込んでくれ」
「分かりました。必ず全額支払わせて頂きます」
「ああ、あとこれは公然の秘密なんだが、救世主様が赤の暴虐竜を倒したのを知ってますかい?」
「いや、初耳だ」
ありえない事だ。厄災と言われる魔族の中でも最強と謳われ、人間では討伐できないとまで言われている存在を倒した等と信じられる訳がない。だが、あの救世主ならあり得る。もし、私の推測が正しければ救世主は黒の殲滅者なのだ。同じ厄災ならば倒せても不思議はない。ただ、なぜ黒の殲滅者が人間に協力してるのかは分からなかった。それと、魔族なのに蘇生魔法を使える理由も分からなかった。
「じゃあ、この情報はアイス様にだけ伝えますね。先ほど救世主様がある竜の鱗を1枚だけ持ち込んで来ました。結構大きな鱗で真銀で出来ていたんですよ。それ一枚で刀20本は作れるぐらいの大きさの物をね」
ムラマサが私に伝えたいことは分かった。救世主が相場を破壊する程の真銀を所持しているということだ。赤の暴虐竜の鱗が一枚だけという事はありえない。
「情報提供感謝する」
「救世主様の味方だから教えたんです。役に立ててください」
「もちろんだとも」
こうして武器と有益な情報を手に入れた。
ルークスの街に戻ると、ヨハンの訓練は私の予想を超えて進んでいた。すでにロバートでは相手にならず。バルトルトと二人でもヨハンに勝てなくなっていた。
ロバートの短剣を難なく切り落とし、バルトルトの攻撃も避け、そして攻撃は必ず当てていた。
「アイス。あいつは天才だ。あっという間に俺を超えやがった」
「いえ、ロバートさんの教え方が上手いからですよ」
ヨハンはすっかりロバートの事を許したようだ。
「なるほど、武器に対する対策は十分のようだな。では、私の魔法からも身を守れるか?」
「ええ、魔法に対抗する手段も教えて頂きました」
ヨハンは嬉しそうに言った。
「では、この攻撃を全て避けてみよ」
私は全力で魔法を使った。
「氷刃乱舞」
氷の刃を無数に作成し、ヨハンを囲むように配置した。全方位からの攻撃をどう凌ぐのか見ることにした。
「修羅一刀流、終の太刀、修羅無限闘舞」
ヨハンが技名を言った瞬間、ヨハンが消えて斬撃音だけが響き渡り、気が付けばヨハンを囲んでいた氷の刃は全て砕け散っていた。さすがに予想外だった。ここまで強くなるとは思っていなかった。
「驚いたな、これほどまでの剣技をどうやって身につけた」
「救世主様に教わってから毎日練習してたので、出来るようになりました」
「ああ、アイス。補足すると、ヨハンは食事と睡眠時間以外の全てを訓練に使用している」
異常な事だった。どんな人間でも訓練に費やせる時間は1日6時間が限界だ。それ以上は集中力が切れて練習をしても効果が薄いのだ。だが、ヨハンは集中力を持続させられたのだろう。だからこそ短期間で成長したのだ。
「ヨハン。君の実力は十分だ。これは私からのプレゼントだ受け取れ」
ムラマサから買った刀をヨハンに渡した。
「この剣、曲がってますよ?」
ヨハンは不思議そうな顔で言った。どうやら刀を見た事が無いらしい。
「この剣は刀と言って、東洋の島国和国で作られたものだ。斬る事に特化した剣で、鉄ですら両断すると言われている」
「そんな、凄い剣なんですか、私の様なものが頂いても良いんですか?」
「私の部下の中で、君が一番強くなった。君が受け取らなければ誰に渡して良いか分からない」
「ありがとうございます。大切に使います」
それから、出発時間ギリギリまで訓練と領内で出来る事を全て片付けて首都ベルンに旅立つことにした。
執務室にオットーとロバートを呼び出して後の事を託した。
「留守の間、内務はオットーに全て任せる。軍務に関してはロバートに任せる」
「留守じゃなくても内務は僕に一任してるじゃないか、任されるよ」
オットーは笑顔で言ってきた。
「分かった軍務に関しては俺が取り仕切る。だが、金を貸してほしい時は誰に言えば良いんだ?」
ロバートは現状、借金まみれだった。もちろん私がわざとそうなるように仕向けているのだが、ロバートは気にしていない。
「オットーに言ってくれればいい。オットー、ロバートから借金の申し入れがあったら、用途は聞かずに貸してくれ」
それを聞いてオットーは驚いていた。
「用途を聞かなくて大丈夫なのか?」
「ああ、問題ない。私はロバートを信頼している。無駄な事に金は使わない男だ」
「いやいや、この前、酒場での飲み代を肩代わりしてたじゃないか、あれは無駄じゃないと?」
ロバートとヨハンとバルトルトが親睦を深める為に必要な経費だった。
「そうだ、必要経費だ」
「いや、その後の夜の店の支払いもか?」
夜の店の話は聞いていなかったが、ロバートが息抜きに行ったのだろう。これも必要経費だと言える。
「そうだ」
元々給料として支払っている額が極端に少ないのだ。飲み屋の代金と夜の店の支払いをしても元が取れるのだ。ただ、それをロバートがいる前でオットーに説明をするとロバートが給料上げろと言いだすので、信頼という言葉で納得してもらう。
「分かった。アイスがそう言うのなら僕は従うよ」
オットーは渋々引き下がった。
「じゃあ、よろしくな、オットー」
そう言ってロバートは笑顔で握手を求めた。
「ああ、よろしく、ロバート」
オットーにしては珍しく渋々握手していた。人脈を大事にする親友にも苦手な人種というのはあるらしい。




