氷の貴公子の復讐2
バルトルトたちを迎え入れて、早速もめごとが起こった。ロバート率いる冒険者レギオン『赤の狩人』とバルトルトたちが訓練場で対立していた。
「てめぇ、どの面下げてここに居る!」
バルトルトがロバートを殺しかねない勢いで怒鳴り散らしていた。
「ああ?ここが俺の職場なんだから居るのは当然だろ?何寝言といってんだ?」
スキンヘッドの筋肉達磨と赤いバンダナを巻いた黒目黒髪の盗賊風の男が言い合っている光景は場末の酒場を思い起させる光景だった。とても、正規軍の士官同士の話に見えない。
「てめぇ、俺たちに何をしたのか忘れたとは言わせねぇぞ?」
「ああ?なに勘違いしてやがんだ?てめぇらの邪魔をしたのは元領主の命令だ。俺は従っただけだ。てめぇらに恨みなんてねぇよ」
「はぁ?ふざけてんのか!邪魔をしたのは事実だろうがよ!」
ここで、私が仲裁に入る。
「待て、二人の言い分は分かった。その喧嘩、私に預からせてくれ」
「領主様が、そう言うのなら……」
バルトルトは渋々引き下がった。
「アイスが言うのなら文句はない。というか、俺には何の不満もない」
「てめぇ、領主様を呼び捨てに!」
「よせと言っている。バルトルト、私の部屋に来てくれ」
「分かりました」
これで騒ぎが収まると思っていたが、もう一人ロバートに怒りを感じている者がいた。
「領主様、私も納得がいきません」
それは、ヨハンだった。救世主から金品をもらった者を館に連れてきたのがロバートだったし、その後で拷問を行ったのもロバートだった。
「分かった。ヨハンも私の部屋に来ると良い」
「なぜ、あんな奴を使っているんです!」
バルトルトは激怒していた。
「理由は、ロバートが忠実だからだ」
「あいつは元領主の元で散々悪事を働いて甘い汁をすすってきたんですよ!」
「それを言うのなら私も同罪なのだ」
「え?」
「私も表立ってはいないが元領主の命令で汚い仕事もしていた」
「なんで、反対しなかったんです?」
バルトルトが語気を弱めた。ヨハンは黙って話を聞いていた。
「死ぬからだよ。私もロバートも元領主の駒に過ぎない。命令を聞かなければ殺される。そういう領主に仕えていたのだ。もちろん被害者が私を糾弾するのなら償いはしよう。だが、ロバートの様に割り切らねば元領主のせいで死ぬものは後を絶たないだろうな」
「領主様は罪滅ぼしをしている。でも、あいつは……」
「ロバートも罪滅ぼしをしているよ。今は、新人の冒険者の指導をさせている」
「割り切れと言うんですか?」
ヨハンが強い言葉で聞いてきた。
「こう考える事は出来ないか?ロバートは職務に忠実な人間だった。使う人間が間違っていれば悪を成し、使う人間が正しければ善を成す。暴君に仕えるというのは命がけなのだ。忠実でなければ生き残れない。そんな境遇に居たんだと……」
「境遇については納得しました。ですが、彼は本当に使える人間なのですか?」
ヨハンが言いたいことは分かった。あんなふざけた態度のやつが強いはずがないと……。
「分かった。手合わせを許可する」
バルトルトは文句を言わなかった。彼はロバートの実力を知っているのだろう。実際に戦い敗れたからトロールを討伐できなかったのだから。
再び、訓練場に戻り、ロバートに声をかける。
「ロバート、ヨハンに稽古をつけてやってくれ、剣の腕は確かだが実戦経験に乏しい。戦い方を教えてくれ」
「ああ、いいぜ」
ロバートは何も問題ない様に答えた。ロバートとヨハンは訓練場の中央で対峙した。ロバートの武器は短剣を模した木剣だった。それを数本ベルトに差し込んでいた。ヨハンは普通の木剣を持って構えた。
「いいぜ、どこからでもかかってきな」
ロバートは木の短剣を弄びながら言った。ヨハンは剣の間合いに入る為に前進した。その直後、ヨハンの両足にロバートの投げた木の短剣が当たる。ヨハンは避ける事が出来なかった。
「今ので、戦闘不能だな」
ロバートは、こともなげに言い放った。
「な!飛び道具なんて卑怯だぞ!」
「おいおい、お子様かよ。戦場に卑怯もクソもねぇんだよ。生き残るために何でもする。それが戦場での唯一のルールだ。まぁ人生も似たようなもんだがな……」
ロバートがそう言うと、ヨハンはロバートに再度突っ込んでいった。ヨハンがロバートを間合いに捕らえるまでに、ヨハンの額、みぞおち、右腕、左腕に木の短剣が当たっている。それでも、ヨハンは無視して進み大上段からの必殺技を放った。
「修羅一刀流、一の太刀、雷撃」
ロバートはその一撃を避けていた。
「おいおい、そんな見えすいた攻撃、藁人形はともかく人間には通用しねぇぞ」
ロバートは強かった。それもそうだ。小さい頃に親に見捨てられ一人で生きてきた。そして盗賊の頭になり、冒険者を始めたのだ。戦闘の経験値が違った。いかにヨハンの技が凄くてもロバートには通用しなかった。
「なんで、私はこんなにも弱いんだ……」
ヨハンは肩を落として自分の弱さを嘆いて涙した。それを見てロバートは目を瞑り頭を掻いた。
「アイス。すまねぇが金貸してくれ、こいつらと飲んでくる」
ロバートはヨハンとバルトルトと親睦を深めるつもりらしい。ロバートはただ強いだけで冒険者レギオン『赤の狩人』のリーダーをやっている訳では無かった。意外にも面倒見が良いのだ。
「ああ、良いとも、酒場には領主へのツケにしておいてくれ」
「ありがとよ。さあ、おめぇら行くぞ」
そう言ってロバートはヨハンに手を差し伸べた。ヨハンはその手を振り払って立ち上がった。
「誰がお前なんかと!」
「良いから行くぞ」
ロバートは拒絶するヨハンの肩を抱いて強引に連れて行った。バルトルトはあっけに取られていたが、ロバートについて行った。
翌日、三人は仲良くなっていた。ヨハンに何があったか聞いても答えなかったが、バルトルトは答えてくれた。
「店に着くなり、ロバートが謝ってきたんでさぁ。元領主の命令とはいえ二人には悪い事をしたと、そんで許せなかったら一発殴れと、それで水に流せって、それと領主様は良いやつだから、協力して欲しいって言われて、ロバートが根っからの悪いやつじゃないって分かったんで俺は許しました。ヨハンは、まだわだかまりがあるみたいですが、許そうとしてるみたいですよ」
「それで、殴ったのか?」
「いいや、俺もヨハンも殴りませんでしたよ。領主様からの話もあったし、無抵抗の人間を殴る趣味もありませんしね」
「それで、その後は?」
「まあ、普通に酒飲んで色々話しましたよ。ヨハンは酒を飲まなかったんですが、楽しそうにしてましたよ」
「そうか、それなら良かった」
どうやら協力して戦えるぐらいには仲良くなったらしい。
順調に戦力が整っていく中、待っていた訪問者が現れた。黒い長い髪を綺麗にまとめ、体のラインを強調した黒いドレスをまとった美女だった。その者の名はエンリといった。
エンリは元領主と何度も会っていた。なので、私が領主になったら接触して来るだろうと思いっていた。
私はエンリを応接室に通して人払いをし、テーブルを挟んで対面した。
「まずは、お目通りを許可して頂きありがとうございます」
エンリはそう言って笑顔を見せた。だが、その目は笑っていなかった。黒い穴が二つ空いているかのようにその目には光が無かった。
「いえ、前領主様が御ひいきにされていたお客様なので、私も興味がありましてね」
私も顔に笑顔を張り付けて答える。
「まあ、嬉しいですわ。前の領主様とはだいぶ良い取引が出来ていたのです。魔物に襲撃されてお亡くなりになったと聞いて、落胆していたのです。新しい領主様とも取引が出来れば私としては嬉しい限りです」
エンリは本当に嬉しそうに言っているが、どこか嘘くさかった。というかエンリの姿かたちも怪しいと思っている。どこか存在自体が嘘くさい雰囲気があった。
「それで、取引とはどんなものだったんでしょうか?」
5年元領主に仕えていたが、この女と何を取引しているのかは知る事が出来なかった。ただ、莫大な金額をこの女に渡している事は知っていた。
「私が売っている商品は不老不死の薬です」
「は?」
あまりにも馬鹿らしい答えが返ってきたので、思わず間抜けな声を出してしまった。元領主はアホだったが、詐欺師に大金をみつぐ程のアホだとは思わなかった。
「ああ、やっぱり信じて頂けませんよね?」
「いえ、あまりにも予想外な商品を提示されたので、驚いただけです」
「いいえ、隠さなくても結構ですよ。みなさん最初は信じませんもの。だから、証拠をお見せしますね」
そう言うとエンリはおもむろに服を脱ぎ始めた。女性の裸を見て動揺するようなことは無いが、意味不明の行動を見て対処に困った。
「あの、何をなさってるんです?」
「ですから、不老不死の証拠を見せるための準備です」
完全に全裸になり、エンリは私の前に立っている。
「さあ、殺してみてください」
エンリは笑顔でそう言ってきた。つまり、殺しても死なない不死を証明すると言っているのだ。
「あの、服を脱ぐ意味は?」
「殺すには、剣で斬るか、魔法で焼いたりするでしょう?私が着て帰る服がボロボロになるのは嫌じゃないですか、だから脱いだんです」
エンリはさも当然とばかりに言ってきた。
「分かりました。殺し方は私の流儀で構わないのですか?」
「ええ、お好きにどうぞ」
エンリは甘えた声でおねだりするように言ってきた。私はエンリが得体の知れない化け物の様に見えた。だが、私は確認する事にした。
「氷結」
エンリは抵抗することなく私の魔法を受けた。全身が凍り絶命する。しかし、一旦は氷になった後で、エンリの体が元通りになった。
「なかなか、刺激的な魔法でしたわ。これなら脱がなくても良かったですね」
エンリは笑顔で言ってきた。どうやら、本当に不死らしい。エンリは証明が終わると服を着た。
「不死なのは確認できましたが不老は証明しようがないのでは?」
私は、契約の条件が正しいか確認したかった。
「それでしたら、神王ネロ様が証明していると思いますけど?」
「噂は知っていますが、私は神王様にお会いしたことが無いので確認しようが無いのです」
オールエンド王国の王ネロはこの20年歳をとっていないと言われている。ただし、それを確認したものはオールエンド王国の国民のごく限られたものだけだった。
「そこは、信じてもらうしかないですわね。神王様は魔族が秘密にしていた不老不死の薬の製法を解明したのです。ですから、私も20年歳をとって無いんですよ」
私が元領主に仕えたのが5年前、それからエンリは歳をとっていないように見える。たぶん、本当なのだろう。だから、前領主は大金をこの女に渡していたのだ。
「分かりました。信じましょう。それで、不老不死になるにはいくらお金を出せば良いのですか?」
提案は魅力的だ。だが、問題は費用対効果だ。
「不老不死になれる方は、現在100人が限度となっております。その為、献金形式で金額を競って頂いています。ここから参加されると不利になってしまわれますので、前領主様が献金頂い金額をアイス様の初期金額として加算させて頂きます」
「なぜ、人数に限界があるのですか?」
「不老不死の薬を作るにはある物質が必要不可欠なのですが、その分量が100人分しか無いのです」
「ちなみに、いつ、その献金レースは終わるのですか?」
「良い質問です。この献金レースの終わりは9年後になります。その時点で多くの献金をしていただいた方、100名が不老不死の薬を手に入れます」
なるほど、全てが分かった。なので、私は答えを返す。
「分かりました。ぜひ、参加させて頂きたい」
「ああ、ありがとうございます。毎月15日に集金に伺いますので、献金を頂ければ幸いです。ちなみに、前領主様の順位ですが50位ですので、このまま行けば不老不死は手に入ったも同然ですよ」
エンリは嬉しそうに笑った。
「良い商談が出来ました」
私も、笑顔で返した。金銭の受け渡し方法に銀行があるのにわざわざ集金に来ると言った。さらに、神王ネロの名前を出した。つまり、エンリはオールエンド王国の工作員の可能性が高い。そして、目的はシュワルツェンド皇国の弱体化だと思われる。
今は利用させてもらう。私の復讐の為に……。




