氷の貴公子の復讐1
21/02/17 時系列に矛盾が生じていたので文章の順番を変更しました。
誰も居ない執務室で私は、復讐の計画を立てる。まずは戦力が必要だった。自分の身を守る為の戦力が無ければ復讐を完遂できない。
なので、救世主が言っていた。ヨハンという者を待つことにした。名前も見た目もごく平凡な男、違いは朱羅の剣聖ルベドの技を使えるという一点だった。領主の座についてから、広く人材を集めている。仕官して来るものは多かったが使える者は極わずかだ。領地からの租税は1年間減額しなければならない。
理由は前の領主が税金を高くし過ぎたせいで領内の経済が死んでいたからだ。それを復活させるために税金を減額した。なので、限られた予算で戦力を調達する必要があった。雑兵にかける金などない。
救世主のお陰で運よく領主になれたのだ。このチャンスを最大限活用し6年で復讐を完遂させる。そう決意した時、ドアがノックされた。
「レオン。手紙見てきたよ」
「入れ」
ドアを空けて入ってきたのは、魔法学院の同級生にして唯一の友達オットーだった。黒目黒髪の優男、眼鏡をかけているが知的というよりは優しい雰囲気をまとった好青年だ。
「5年ぶりだね。あれ?ずいぶん雰囲気が変わってる……」
私の方は学院に居た時も感情を面に出すことはしなかったが、その時に比べて他者に対して冷たい態度をしているのは自覚していた。
「色々あったんだ。今はアイスと名乗っている」
5年前の事件が私を変えてしまった。もう、元には戻れないだろう。
「そっか、話したくなったら言ってくれ、いつでも聞くから。それで、他の同級生は別室に居るけど、どうする?」
「会うのはよそう。彼らも私に会いたいとは思ってないだろう?」
「相変わらずだな~。そんな態度だから嫌われるんだよ」
「もともと、あの学院に入ったのは魔法を学ぶためで、お友達を作る為じゃない」
「はいはい。でも、そのお友達のお陰で優秀な内務官を格安で雇えるんだから捨てたもんじゃないだろ?」
「それは、君のお陰だ。私と彼らは友達じゃない」
私は学院では孤立していた。理由は単純だった。嫉妬だ。平民の男が貴族たちを差し置いて常にトップの成績を修めていたのだ。彼らのプライドが私を対等の者と扱う事を拒んだ。だが、そんな些細な事はどうでも良かった。私が学院に求めたのは知識だけだったのだから……。
そんな中、オットーは私に話しかけてきた。オットーは学院に入った時から人脈を広げる事に全力を尽していた。その為にワザと成績が中の下になるようにテストでは手を抜いていた。
それを見抜いているのは一部の優秀な者だけだ。オットーは平民だった。私と同じように貴族の推薦と支援があって学院に入学した。
私と彼の目的は違うが境遇が似ていた。だから、彼だけは私を対等の友達として扱ってくれた。それは感謝している。
「友達の友達は友達って思えないかい?」
「友達の友達は他人だ」
「分かったよ。じゃあ、仕事の話をしよう」
私はオットーに内務の全てを任せることにした。大枠は私が決めるが実行するのはオットーに任せた。税制改革、司法制度、戸籍管理それらを実行する為に必要な権限を与えた。
「これは、責任重大だね~」
「だからこそ、君に任せるんだ」
「嬉しいこと言ってくれるね。期待に応えるように頑張るよ」
オットーは笑顔で答えた。
内政はオットーに任せたので、次は軍政改革を行う。まずは武官の募集からだった。現状、私の戦力は無い。前領主の軍はあるが、私の命令には従わない。奴らは貴族出身者でただ飯を食らうために軍に所属している。解雇したいところだが、反乱を起こされると手の打ちようがない。
なので、武官の募集を行った。来たのは平民だけだった。貴族連中は私を快く思っていないので来るはずは無い。貴族の中にはまともで信頼に足る者も居るが、そういう人物は既にどこかの領主に仕えている。
応募者の中にヨハンという者が3人いた。いずれも金髪碧眼の平凡な男だった。全員剣が得意だと言う。訓練場にて実力を測る事にした。
まずは1人目のヨハンからだ。
「では、得意技を見せてくれ」
「分かりました」
ヨハンAは木剣を大上段に構えて、人に見立てた藁人形に木剣を向けた。
「修羅一刀流、一の太刀、雷撃」
裂ぱくの気合と共に振り下ろした。それは、天空から雷が落ちたかのような斬撃だった。こいつが救世主の言っていたヨハンで間違いないだろう。藁人形は木剣に両断されていた。木剣なのに切って見せたのだ。ヨハンBとヨハンCは目を丸くしていた。
「実力は分かった。結果は後程知らせる」
「ありがとうございます」
「次は君だ。同じように得意技を見せてくれ」
「分かりました」
ヨハンBも木剣を大上段に構えた。新しく運び込んだ藁人形に向かって技を放とうとしている。
「修羅一刀流、一の太刀、雷撃」
ヨハンBの放った大上段からの一撃は、普通の一撃だった。だが、決して弱くは無いのが分かる。駆け出しの冒険者よりは強いのだろう。
「君の実力も分かった。結果は後程知らせる」
ヨハンBは肩を落としていた。
「さて、最後は君だ」
「分かりました」
ヨハンCもヨハンAと同じように大上段に剣を構えた。
「修羅一刀流、一の太刀、雷撃」
こいつもヨハンAを真似した。だが、結果はヨハンBと同じだった。ヨハンCも肩を落としていた。
「全員の実力は分かった。全員採用する」
ヨハンBとヨハンCが驚いた表情を浮かべた。
「あの、私はアルフ村のヨハンに比べて劣っていたと思うのですが、採用して頂けるのですか?」
ヨハンAはアルフ村出身らしい。
「誰が、一人しか採用しないと言った?一定の基準を満たせば採用する。そう告知していたはずだが?」
「あ、いえ、そうですが領主様直々に面接されると聞いたので、一人しか受からないものだと思っていました」
「ふむ、良い推測だ。どこの村出身だ?」
「私はバール村出身です」
「覚えておこう」
「ありがとうございます」
「バール村のヨハンが言った通り、この面接は特別なものだ。一般試験を通過した者の中で、私の護衛に相応しい実力者を選別するためのものだ。今回はアルフ村のヨハンを選ぶ、他の二人も剣士としての力量は十分だ。是非とも我が軍に入ってもらいたい」
「ありがたき幸せ」
ヨハンBは感激していた。ヨハンAは私の護衛と聞いても顔色一つ変えなかった。ヨハンCは少し悔しそうにしていたが、武官になれた事は嬉しいようだった。
「では、面接は以上だ。各自、部屋を与える。別命があるまで待機せよ」
『畏まりました』
ヨハンを手に入れてからすぐに、街道で強盗を働いていた冒険者レギオン『鉄槌』が自首してきた。
「領主様、俺たちはどんな罰でも受けます」
スキンヘッドのリーダ、バルトルトがそう申し出てきた。
「ふむ、では、返せる金品はどれぐらいある?」
「奪った分、全部返せます。まだ、金には手を付けてねぇ。ただ、奪った食料は食っちまった」
「そうか、ならば罪は不問とする。街道に立て看板を設置して、金を返すと良い」
「それだけで良いんですか?」
「まあ、被害を受けた商人たちから、金品を奪われたが怪我をするような事は無かった。とか、怪我をしたら魔法で回復してくれた。とか、損害は受けたが軽微なものだから、寛大な処置をお願いする等の報告が上がっている」
「ですが、それだと俺たちが納得いかねぇ、迷惑をかけたんだ。何か罪滅ぼしがしたいんでさぁ」
「なら、私の元で働いてみるか?」
「どういう仕事ですかい?」
「街道を見回り、商人たちの安全を確保する仕事だ」
「それなら喜んで引き受けます」
「もう一つ、仕事を頼みたいが、これは断っても良い」
「なんです?」
「元領主の様な男を倒すための戦争を行おうと思っている。力を貸してくれないか?」
私は、バルトルトたちが何のためにお金を集めているのか聞いた時から、この提案をしようと思っていた。彼の答えは決まっている。一度、そうしようとしたのだ。私が同じ志を持っていると知れば喜んで協力するだろう。
「それは、最悪の場合、反逆者として死ぬことになるって事ですよね?」
「そうだ」
バルトルトは少し考えこんだ。見た目とは裏腹に慎重な男のようだ。
「いや、それでも構わねぇ。協力します。お前らもそれで良いか?」
バルトルトがレギオンの面々に問いかける。
「ああ、もちろんだ。リーダー」「俺はあんたに付いて行くって決めたんだ。異論はねぇ」「元々、悪徳領主を倒す為に立ち上がったんだ。良いぜ、やってやるよ」
全員同じ意見のようだ。
「領主様、俺たち冒険者レギオン『鉄槌』はあんたに従う」
ヨハンに続き、新しい戦力が苦もせず手に入った。しかも、軍資金のオマケつきだった。ここまで、順調に戦力が整ってくると、父の言葉を思い出してしまう。
『やりたいと願い。それを実行する時、正しい道を歩んでいる者には神様の加護が与えられる。だから、常に正しい道を選びなさい』
だが、正しい道を歩んでいた父は、殺された。敵対するものに非情になり切れなかったせいだ。だから、私は奴らに容赦などしない。
夕方になったので、ヨハンの人となりを探る為に夕食に呼ぶことにした。救世主からの推薦だが、人格を知らねば使いようもない。
「よく来てくれた。さあ、座ってくれ」
「ご招待くださり、ありがとうございます」
ヨハンは真面目にそう返答した。食堂は前領主が使用していた時から何も変えていない。なので、無駄に長いテーブルに二人で座る事になる。その為、メイドには予め会話がしやすい様に私の対面に案内するに言い含めておいた。
ヨハンが対面に座ったので、メイドが料理を運んでくる。まずは食前酒のワインだった。それなりに有名なワインだが平民には縁が無いものだった。
「あの、これは?」
「ああ、これはワインだ。まあ、軽く飲んでくれ、お代わりが欲しかったらメイドに言ってくれればボトルごと出そう」
「お酒ですか……。私は苦手です」
ヨハンは酒が嫌いらしい。なら、無理に勧める事はしない。
「そうか、ならジュースを出そう」
私がそう言うと、命令しなくてもメイドはワインを下げてジュースを運んでくる。ワインでは無くブドウジュースを持って来た。
「あの、色が一緒ですが?」
「大丈夫だ。今度は酒じゃない」
「そうですか……」
ヨハンは半信半疑ながらもジュースを飲んだ。
「すごい!こんなに甘いもの初めてです」
ヨハンは目を丸くして喜んでいた。
「そうか、それは良かった。遠慮なくお代わりしてくれ」
「ありがとうございます」
ヨハンはジュースを一気に飲み干してお代わりしていた。
「さて、君に聞きたいことがある。なぜ、私に士官をしたのか?」
「救世主様がそうしろとおっしゃったのです」
「救世主様が?」
ヨハンを私に推薦した時の救世主の様子だとヨハンが自発的に仕官して来るような口ぶりだったが、何か裏があるのだろうか?
「なるほど、もし、仮にだ。私が人を殺せと命じたら君は従うか?」
「私の正義に背かなければ従います」
ヨハンは私の眼を真っ直ぐに見て答えた。ヨハンの中でこれは譲れないという意思を感じた。
「分かった。もし、命令するような事があった時は、君に全ての事情を話して判断してもらう事にしよう」
「いいえ、それには及びません。領主様が自身に誓って言って下されば、私は領主様を疑う事はしません」
「何を誓えばいい?」
「領主様が民の為に最善を尽くすと誓って頂ければ良いのです。それを守って頂けるのなら私は命を捧げて領主様に仕えます」
ヨハンは覚悟を決めた顔で私に言ってきた。その顔を見て思い出した。ヨハンは救世主が救った村人のリーダーをしていたものだった。あまりに特徴が無いので同一人物だと思えなかった。だが、前領主に向けた眼光の鋭さは間違えようが無かった。
「私の尊敬する偉大な父の名に懸けて誓おう。私は、これから民の為に尽くす。それを邪魔するものを排除するために力を貸してくれ」
「あなたの父の名は?」
「他言しないと誓えるか?」
「もちろんです」
「レオンハルト・フォン・ビスマルクだ」
「ああ、やはり、あのお方が反逆者だというのは嘘だったのですね?」
「その通りだ。私は私の父を陥れた者達を許しはしない」
「やはり、救世主様は凄い方です。あなたに仕えるように言ったのは、あなたがあのお方の御子息だと知っていたからなんですね」
それについては疑問がある。ヨハンは都合のいい解釈をしていた。だが、ヨハンがそう信じるのは勝手だ。好きにさせておく。私の右腕となって戦ってくれるのなら理由は何でもいい。
「救世主様の計らいに感謝を」
こうして、私はヨハンという剣を手に入れた。




