アムス町の祝祭2
歌が一段落し、アナウンサーの声が公園に響き渡る。魔法で音声を拡張しているらしく、広い公園を超えて遠くまで声が届いているようだった。
「さあ、ここでサプライズゲストの登場です!この町の救世主の一人、金色の歌姫の異名を持つ金髪の美少女!アンネ様です!」
物凄い歓声と万雷の拍手の中、アンネがステージに登っていく。僕は、それをステージの下から見上げていた。いつの間にか異名までついていた。
「続いて、白い踊り子の異名を持つ白髪の美少女ラビ様!」
アンネの時と同じぐらいの歓声と拍手の中、ラビもステージに登っていった。二人とも緊張していなかった。臆病者のラビが堂々としている姿は珍しかった。自分の得意な技を披露するのだと気合が入っていた。
「そして、みなさんご存じ、薔薇の歌姫ベルタ嬢!」
僕の予想に反しベルタは有名人だったようだ。しかも、歌姫だった。旅の道中で確かに歌を口ずさんでいたが、歌姫と呼ばれるほど有名だとは思わなかった。アンネとラビの時以上の歓声と拍手が沸き上がった。
三人がステージに上がるとデニスが、僕に話しかけてきた。
「ささ、救世主様は特等席にご案内します」
そう言って案内された場所はステージを一望できる高い位置にある席だった。そこにはコリンナも居た。その手にはカメラらしき装置があった。
「ベルタ!可愛い~~~!」
そう言って、何枚も写真を撮っていた。その場で現像される仕組みらしく、写真はすぐに出てきた。
「コリンナ!写真の紙は高級品だから、そんなにたくさん撮らないでくれ、破産してしまう!」
「何を言ってるの?この写真は売るのよ?」
「え?売るの?」
デニスは思い出の為に写真をとってると思っていた。
「当たり前でしょ?このカメラを買ったのは写真を売る為よ?」
「そうか、それなら文句はない。どんどんやってくれ!」
そうこうしている内に準備が整ったらしくアンネが歌い始めた。そして、ラビも舞を始めた。静かで幻想的な歌に、ラビの神秘的な舞が合わさった。その光景に観客たちは息を飲んで見入っていた。
歌が始まると同時に町の喧騒が消えた。町のみんなが息を飲んで歌を聞いているようだった。そして、アンネの声にベルタの声が重なりハーモニーが生まれた。
僕は鳥肌が止まらなかった。一音一音聞くたびに感情が揺さぶられた。そこには芸術があった。ベルタはアンネの歌にピッタリと寄り添って最後までミスすることなく歌い上げた。
歌が終わった時、会場だけでなく町中から歓声と拍手が起こった。
「すごい歌だった」「これが金色の歌姫と薔薇の歌姫のデュエットか~~~」「この歌が町を救ったのね。ものすごく感動した!」
ベルタの意外な才能に僕は素直に驚いていた。
「みなさん。これにて本日1回限りの奇跡のデュエットを終了いたします。この後もコンサートは続きますので、どうぞご覧ください」
アナウンサーがそう言うと、アンネたちはステージから降りた。デニスたちと一緒にアンネたちの楽屋に行くと、三人は嬉しそうにハシャイでいた。
「アンネの歌、最高だった!」
「ベルタってとっても歌が上手なんだね。知らなかった」
「お二人とも素敵な歌でした。私も舞に力が入りました」
「ラビの舞も昨日よりすごかったよ」
「ラビ様の舞、美しすぎて歌うの忘れそうになっちゃったよ」
三人は互いに褒め合っていた。
「三人とも素晴らしかった」
デニスがみんなを褒めた。
「お父様!ありがとう」
ベルタはデニスに抱き付いて喜んだ。
「とても感動したよ。三人ともありがとう」
僕が感想を述べると、アンネもラビも嬉しそうに微笑んだ。キョウレツインパクトは何も言わなかった。それは、感動し過ぎて何を言って良いか分からなくなっていたからだ。音楽が分からないわけではないようだ。
「さあ、お祭りはまだまだ続くんだから一緒に楽しみましょう!」
ベルタがそう言うと、アンネも嬉しそうに返事をした。
「うん!」
二人は元気いっぱいだった。
「では、救世主様、ベルタをよろしくお願いします」
そう言って、デニスは楽屋を出ていった。
「ベルタ、デニスさん忙しいの?」
「当然でしょう。お父様は名うての商人なのよ。こんな稼ぎ時にじっとしてられるわけないわ」
ベルタは置いて行かれた事を全く悲しんでいなかった。むしろ誇りに思っていた。父が本当はベルタと一緒に居たいと想っている事も知っているからだ。ベルタの生活を守る為にデニスは一生懸命働くのだ。そして、コリンナもそんなデニスを支える為にベルタの元を離れていく。
「ごめんね。ベルタ。私も行かなくちゃ」
「大丈夫よ母さん。今日は友達がいるから!お仕事がんばってね」
「良い子ね。じゃあ、お父様を助けに行ってくるわね。あの人、一人じゃ絶対手が回らないと思うから」
コリンナはベルタを抱きしめてから、デニスの後を追った。手が足りなくなるのは、想像に難くない。これからデニスが売ろうとしているのは、コンサートの最中に取ったアンネとベルタとラビの写真なのだ。アイドルコンサートのグッツ売り場の様になる事だろう。
「さあ、一緒にお祭りを楽しみましょう!」
こうしてベルタも含めて祭りを見て回った。
夜になると港で花火が上がると聞いて五人で花火を見た。花火を見ているとアンネが僕に話しかけてきた。
「ねぇ、シュワちゃん。私ね。とても楽しい。こんな日がいつまでも続くと良いなって思ってる」
「そうだね。楽しいね」
僕もなんだかんだで祭りを楽しんだ。食べ物は美味しかったし、見世物も面白かった。何よりも楽しいを分かち合える仲間がいた。キョウレツインパクトは馬鹿だが良いやつだ。ラビは臆病だが忠実で覚悟を決めた時には誰よりも強気になれる。アンネは優しく強かった。ベルタは商人の娘らしくもてなしが上手で会話も豊富でアンネを飽きさせなかった。もちろんこの世界についてあまり知らない僕にとっても面白い話だった。
「ねぇ、アンネ。私と一緒に旅をしない?結構楽しいと思うんだ」
ベルタがアンネにそういった。
「私もそう思う。シュワちゃん。良いかな」
「良いに決まってるよ。この旅はアンネの行きたいところに行く旅なんだから」
「でも、人助けは?」
アンネが旅の目的を勘違いしていた。人助けの方がついでだったのに、いつの間にか人助けが目的だと思っていた。それもこれも人助けの度に盛大に感謝されるからだ。それにアンネが聖女で人助けの旅をしているという嘘も影響していた。アンネは嘘を本当にしたいと思っていた。
「困っている人はどこにでも居るよ。だから、どこに行こうと問題ないよ」
「そっか、ありがとう」
「じゃあ、今日の事はお父様にも伝えておくね」
「大丈夫かな?迷惑じゃないかな?」
「迷惑なわけないよ。だって救世主様がおまけで付いてくるんだもの」
おまけ扱いされたが、僕がついて行くという事は、大抵の魔物や盗賊たちを簡単に退けられるという事だった。格安で最高ランクの護衛が雇えると思えばデニスは断らないだろう。
「そうそう。僕がおまけで付いてくるんだから断る方がおかしいよ」
「そっか、そうだよね。ありがとう。ベルタ。シュワちゃん」
大輪の花火を見ながら、アンネは最高の笑顔を見せた。
花火大会が終わり、僕らは宿に帰る事にした。まずはベルタの宿へ魔法『空間転移』で移動した。宿にはクラウスが居て、僕らを見つけるなり声をかけてきた。
「やあ、祭りは楽しんだかい?」
「ええ、とっても楽しかった」
アンネが笑顔で答えた。
「アンネと一緒で楽しかったよ」
ベルタも笑顔で答えた。
「十分、楽しみましたよ」
僕も素直に感想を述べた。
「よく分からんが凄かった」
キョウレツインパクトは花火の音にやられて目を回していた。
「すごく綺麗な光でした」
ラビは花火を気に入ったようだ。
「みんな楽しめたようだね。良かった良かった」
「ベルタ。また明日ね」
アンネがベルタにそう言うと、ベルタは手を振って応えた。
「うん。また、明日ね」
こうして、僕らはベルタと別れて宿に戻って眠った。
翌日、町は落ち着きを取り戻していた。僕はようやく報酬を貰うために冒険者ギルドの受付のお姉さんに会う事が出来た。
「ようこそ、黒の魔法使い様。報酬の件ですね」
「はい」
「では、先にクエスト達成報酬の金貨500枚です」
受付嬢は予め用意していた金貨の入った袋を寄こした。
「あれ?他の冒険者と報酬を山分けするのでは?」
僕が不思議に思って聞き返すと「他の冒険者の方は、報酬の受け取りを辞退されています」と答えが返ってきたので、そのまま受け取ることにした。
「ありがとうございます」
僕は袋を受け取り亜空間収納に放り込んだ。
「続いて討伐報酬の確認をさせて頂きます」
「どうぞ」
僕が答えると受付嬢は討伐数を確認した。そして、目を丸くして僕を見た。
「あの?え?あれ?幽霊船でスケルトンや幽霊を倒してたんですよね?」
受付嬢は取り乱していた。
「ええ、そうですよ」
「あの、あの……。な、ななななんで、赤の暴虐竜を倒してるんですか?」
受付嬢は信じられないものを見たという反応だった。僕は確かに倒していた。中身はストーカーだったが、確かに1体倒したのだ。
「あ~。これは、幽霊船に挑む前に、この町に赤の暴虐竜が出たので倒しておきました」
僕がそう言うと受付嬢は、大声を上げた。
「本当ですか!本当に赤の暴虐竜を倒したんですか!」
受付嬢の大声で冒険者たちに僕が赤の暴虐竜を倒した事が伝わってしまった。そして、ざわざわと騒ぎが大きくなってきた。
「えっと、無かったことにしても良いですよ?」
なんか、不味い事になりそうだったので、そう申し出たら、受付嬢は慌てて謝罪してきた。
「すすす、すみません。取り乱してしまいました。疑ってる訳じゃないんです。ただ、信じられなくて、いえ、そうではなく……」
受付嬢は見るも無残に混乱していた。
「あわわわわ。私、きっと今、伝説を目撃してるんです~~~!」
そう言って泣き出してしまった。その騒ぎを見て、受付嬢の上司っぽい中年男性が出てきた。無駄な贅肉の無いイケオジだった。
「申し訳ない。ここからは私が引き継ぎます。まずはこちらに移動してもらえませんか?」
そう言って別室に案内された。応接室らしく机を挟んでソファーが置いてあった。僕とアンネとラビとキョウレツインパクトがソファーに腰かけると、対面にイケオジが座った。
「まずは、部下の不手際を詫びます」
そう言ってイケオジは頭を下げた。
「いえ、大丈夫ですよ」
「それで、確認しますが、幽霊船を討伐する前に赤い竜の目撃情報がありました。ですが、それは一瞬で消えたと聞いています。これが赤の暴虐竜で、黒の魔法使い様が町に被害が出る前にどこかに移動させて討伐したという事で間違いないですか?」
「その通りです」
「しかも、その後、ギルドへの報告も無く、幽霊船討伐に向かったと?」
「その通りです。あの、赤の暴虐竜を倒すと何か問題があるんですか?」
「いえ、何も問題はありません。ちなみに赤の暴虐竜がどのような存在かご存じですか?」
「厄災と呼ばれている魔族の1つだと知っています」
「厄災とは、具体的にどのようなものかご存じですか?」
「具体的に?」
「どれほどの被害が出るかという意味です」
「そこまでは分かりません」
「では、ご説明いたします。厄災と呼ばれる存在がもたらす最悪の被害は国家の滅亡です」
「え?」
「過去に、暴虐のフレイムロードと呼ばれたモノが実際に起こした被害です」
「えっと、その後、その竜はどうなったんです?」
「誰も倒せなかったのです。真偽のほどは確かではありませんが、奴は自分の力を誇示する為だけに人間の王国を一つ焼き払ったと伝えられています」
「なるほど、つまり僕が倒したのは、そういった国を亡ぼす可能性があるモノだったと」
「そうなります。なので、黒の魔法使い様の冒険者ランクがオリハルコンになります。さらに、賞金は金貨1万枚、つまり神金貨1枚になります」
「そうなんですね」
日本円に換算すると1億円か、確かに大ごとだ。
「ふむ、黒の魔法使い様はオリハルコンランクの意味をご存じない様子ですね」
「はい、よく分かっていません」
僕は正直に言った。
「オリハルコンランクは国を救うほどの英雄に与えられるランクなのです。すでに救世主としての名声もある上に救国の英雄なのです」
「つまり?」
「あなたは後世に長く語り継がれる英雄となったのです」
「ええ~~~~~!」
全く実感が沸かなかった。多少苦戦はしたが魔法で一撃で倒せたのだ。それが伝説となると言われても理解できなかった。
「あの、そうなると面倒な事になったりしませんか?」
英雄というのは晩年に悲惨な死に方をする事がある。ナポレオンや韓信が良い例だ。僕はそんな晩年は嫌だな~と思った。
「まずは、皇都に招待されて皇帝陛下への謁見が許可されます。その後、国を挙げての祝祭が盛大に執り行われます。そして、騎士の位を授与され、領地も与えられます。ただし、代償に国難にあっては無償で対応する義務が発生します」
うん。とても面倒だ。というのも僕はアンネを自由にさせる為に皇都から離れたのだ。なのに戻るなんて本末転倒だった。1億円は欲しいが、代償が酷いので無かったことにする。
「あの、無かったことにしていただけませんか?」
「え?」
「今は自由に旅を続けたいのです。それに、国に縛られると困っている人たちを自由に助ける事が出来なくなるので嫌なんです」
僕はもっともらしい理由をでっちあげた。
「そうですか、そうですよね。救世主様は民衆の為にあるんですもんね」
イケオジは納得してくれた。
(なんという聖人なんだ。自分の手柄を誇る事なく、民衆を陰ながら救い。権力や財産よりも民の為に尽くすだなんて……)
報告を怠り、アンネの信頼を回復するための旅を続行するために仕方なく報酬を受け取らなかっただけなのだが、何故か聖人扱いされてしまった。これが、後で大変なことにならないように祈る。




