アムス町の祝祭1
「救世主様、どこに行ってたんです?」
船に戻るとムラマサが冒険者を代表して聞いてきた。
「アンネが眠そうにしてたから先に宿に帰らせたんだ」
「そうでしたか、いきなり居なくなったので何事かと心配したんですよ」
「一言いうべきだった。ごめん」
「いや、アンネ様が眠そうにしてたのなら仕方ねぇ、あんな小さい子がこんな夜遅くまで頑張ったんだ。早く眠らせたいって気持ちは分かる」
僕も小さい子供なんですけどね。まあ、それは置いといて質問をする。
「それで、今後の事なんだけど、この船はデニスが貰い受けるって話は聞いてる?」
「もちろん聞いてまさぁ。討伐に成功したら船はデニスさんか救世主様のものになるって条件でしたからね」
「じゃあ、港まで一旦帰る段取りもついてたりする?」
「もちろんですよ。ここに居る冒険者が水夫の指示で船を動かすって契約ですからね。報酬はデニスの旦那持ちです」
「そっか、なら後は僕とデニスが話をつければ良いのか」
「そういうなりますな」
僕とムラマサの話が終わるとクラウスたちが、近づいてきた。
「救世主様、デニス様と話をしに行くのですよね?」
「うん」
「私たちも一緒に連れて行ってもらえませんか?」
「もちろん。良いよ」
僕は魔法『空間転移』でデニスの船に戻った。
「いや、お見事です。救世主様」
僕が戻るとデニスは大喜びで歓迎してくれた。
「いや、今回はアンネの手柄だよ」
「そうなのですか?あの船から聞こえてきた歌声と関係が?」
「そうだよ。あの歌が幽霊とスケルトンを浄化したんだ」
「なるほど、今回は聖女様が活躍されたのですな」
「それで、今後の話なんだけど、僕は船に残ったほうが良いのかな?」
「いえ、船はこちらで港に移動させますので救世主様はお戻りになられても大丈夫ですよ」
「分かった。じゃあ、戻る前に商談があるんだけど」
「ふむ、どのようなものですかな?」
「この宝珠なんだけど、要る?」
僕が『復元のラピスラズリ』を取り出すと、デニスは首を傾げた。
「普通の宝石の様に見えますが、買い取る程の価値があるのですかな?」
僕は『鑑定の魔眼』があるのですぐに効果が分かったが、普通の人間は効果なんて見ただけでは分からない事を失念していた。
「これは『復元のラピスラズリ』って宝珠なんだけど」
「もし、本当なら金貨千枚は下らない商品ですな、鑑定しても良いですかな?」
「もちろん」
僕はデニスに宝珠を渡した。デニスは宝珠を手に取ると魔法を使い始めた。
「知の神オーディンに願い奉る。この物の能力を教えてくださいませ」
それは、ステータス開示の詠唱とほぼ一緒だった。デニスは効果を確認すると難しい顔をしていた。
「欲しいには欲しいですが、今は元手がありません」
「そうですか、残念です」
「いえ、待ってください。今は無いですが、明日銀行に行ってお金を借りてきますので、それまで待ってもらえませんか?」
「え?銀行?」
銀行という単語を聞いて僕は聞き返してしまった。この世界にも銀行があるとは思っていなかった。
「あれ?救世主様は銀行をご存じないのですか?」
もちろん銀行は知っているが、この世界の銀行が僕の知っている銀行と同じだとは限らないので知らない振りをして話を聞くことにした。
「えっと、知らないです」
「博識なようで、知らない事もあるんですね。では、かいつまんで話しますが、銀行とは……」
デニスの話を要約すると、僕が知っている銀行と同じだった。しかも、驚くべきことに魔法のカードが通帳替わりで、取引の履歴も魔法のカードで確認できるし、その場で金貨を取り出したり預け入れたりも出来る優れモノだった。
「なるほど、便利ですね」
「救世主様もぜひ口座を設ける事をお勧めしますよ」
「そうですね。口座を設ける事にします。それで銀行はどこにあるんですか?」
「この町ですと、冒険者ギルドの通りにあります。明日、冒険者ギルドで報酬を受け取るんですよね?その後で行かれるとよろしいかと」
「分かった。そうするよ。それで、宝珠はいくらで買い取ってくれるのかな?」
「金貨千枚でどうですかな?」
「いいよ」
相場の値段を提示されたのでそのまま承諾した。
(値段のつり上げをされると思ったから少なめの金額を提示したのだが、救世主様には不要な事でしたか、商人のサガとは言え申し訳ない事をしてしまった。次は相場相当の値段を言うようにしよう)
僕の鑑定の魔眼で見た時、価値の項目が金貨1400~1000枚となっていたので、相場の範囲内だと判断したが、商人は値段交渉するのが普通なのか……。まあ、金貨1000枚も大金なので、問題ないがデニス以外の商人と交渉する時には気をつけようと思った。
「では、明日支払うという事でよろしいですかな?」
「それで良いよ」
宝珠の商談も済んだので僕はアンネの元に戻った。
アンネはすでに寝息を立てていた。キョウレツインパクトもラビも眠っていた。僕は犬の姿に戻り、アンネの近くで丸くなった。暫くするとアンネが苦しそうに呻き出した。悪い夢でも見ているのかもしれないと思ったので僕はアンネの頬を嘗めた。
するとアンネは呻くのを止めて幸せそうに微笑んだ。僕は安心して朝までアンネの側に居た。
朝起きて、朝食をとっていると周りの客の反応がおかしかった。こちらを見てヒソヒソと話をしていた。
「あれが、噂の?」「そうらしい」「それにしても本当に1日で解決してしまわれた」「本当に救世主様なの?」「かわいい~」
どうやら早速幽霊船の討伐の噂が広まったらしい。しかも、思考を読むと町ぐるみで僕たちにサプライズでプレゼントがある事も知ってしまった。
僕はそれをアンネに伝えられなかった。心が読めるという事は絶対に秘密にしておかないといけなかった。なので、何事も無かったように朝食を済ませた。
宿を後にし、冒険者ギルドに向かった。目的は報酬の受け取りだった。僕たちが中に入ると、冒険者たちが僕らを待っていた。冒険者ギルドは、酒場と食堂も兼ねているので、冒険者のたまり場となっていた。
『救世主様。おめでとう!』
クラッカーらしきものを鳴らしつつ僕を祝った。
「何事ですか?」
理由は知っていたが、僕は質問した。するとムラマサが代表して答えた。
「救世主様の冒険者のクラスがミスリルになったんでさぁ」
「それで、お祝いですか?」
「ああ、ミスリルってのはめったにでねぇ、町を丸ごと一つ救うぐらいの功績が必要なんだ。だが、救世主様はやってのけた。だから、町を挙げてのお祝いだ!」
「救世主様に乾杯!」
クラウスも居て、ノリノリで乾杯の音頭をとっていた。
『乾杯!』
冒険者たちは酒を飲んで騒ぎ始めた。すると外で花火が上がったのかドンドンと大きな音が響いた。そして、その音を合図に冒険者ギルドの外でもお祭り騒ぎになっていた。これが、朝食堂で知った事だった。サプライズ祭りらしい。僕にとってはサプライズ要素は無かったがアンネとラビとキョウレツインパクトは驚いていた。
冒険者たちは酒を飲みながら、口々に昨日の僕たちの活躍を褒めたたえた。特にアンネの歌とラビの舞が褒められていた。
そんな冒険者の中にはアンネとラビにサインをねだる者も居た。
「アンネ様、このシャツにサインを下さい」「ラビ様、この剣にサインを」「アンネ様、この鎧にサインを」
こうして、色んなものにアンネとラビの名前が書かれていった。この世界には、油性インクがあり、油性マジックの様なものもあった。見た目の文明レベルは中世風なのだが、ちょいちょい魔法を使って便利なものを生み出していた。
ちなみに僕とキョウレツインパクトも褒められた。スケルトンを素手で吹っ飛ばしまくっていたのが評価された。祭りが始まって1時間ほどたってから、冒険者たちから解放された。
すると今度はデニスがコリンナとベルタを連れて僕らの側に来た。
「救世主様、昨夜はありがとうございました」
「いえいえ、僕は冒険者ギルドのクエストを達成しただけですよ」
「それにしても偉い騒ぎになってしまいましたな」
「ええ、ビックリですよ」
「私も昨日の夜、ギルドに報告に行った時に知ったんですが、救世主様がクエストを受けた時に、すでに祭りの準備を始めていたとか」
「そうだったんですね」
「それで、アンネ様とラビ様にお願いがあるんですがよろしいですかな?」
「え?なに?」
アンネがデニスに聞き返した。
「昼過ぎに、町の中央にある大きな公園に来て欲しいのです」
その公園には昨日、ベルタの案内で通った場所だった。その時の説明を思い出し、デニスたちが何をお願いに来たのか分かった。
「良いよ。でも、なんで?」
「それは、ヒミツだよ」
ベルタが優しくアンネに微笑んだ。これもサプライズだった。
「ヒミツなのか……。う~ん、私が公園に行ったらベルタは嬉しい?」
「それはとっても嬉しい」
「分かった。理由は聞かない。じゃあ、お昼過ぎに公園に行くね」
「約束だよ」
「うん、約束」
こうして、お昼以降の予定が決まった。
「では、私たちはこれで失礼しますね。救世主様も祭りを見て来ると良いですよ」
そう言ってデニスたちは冒険者ギルドから出ていった。
ようやく自由になった。するとアンネが僕に話しかけてきた。
「シュワちゃん。すごいね。こんなに喜んでくれるなんて」
アンネは無邪気に喜んでいた。僕が子供だったら一緒に喜べたのかもしれないが、今はひねくれた見方しかできなかった。酒を飲んで騒ぐ口実に使われたと思ってしまうのだった。
「そうだね」
「あれ?シュワちゃん。そんなに嬉しくないの?」
「いや、そんなことは無いよ。ただ、耳が良いから お祭り騒ぎって苦手なんだ」
嘘だが、アンネが納得しそうな理由を言ってみた。
「そっか~。じゃあ、静かな場所に移動する?」
「いや、いいよ。だってアンネは祭りで遊んだ事ないだろ?だから、今日は一緒に遊ぶよ」
僕がそう言うとアンネは本当に嬉しそうに笑った。
「ありがとう。私、出店とかで色々食べ歩きしたかったし、みんながやっている的当てもしたかったの!」
今までは祭りに参加しても皇女としての立場があり、遊んだ事がなかったのだ。だから、今日はアンネの為に遊ぶことにした。
「じゃあ、早速行こう」
そう言ってアンネは僕の手を取って冒険者ギルドを出た。それから、出店を見て回り、大道芸を観賞した。そして、昼過ぎに約束の公園に行った。そこには簡易的なステージが用意されていた。そして、そこでは昨日のアンネの歌を聞いた冒険者の女性達が『鎮魂歌』を歌っていた。さらに、ラビを真似て舞も再現されていた。
そこは、ライブ会場と化していた。それを見たアンネはとても喜んでいた。
「すごい!みんな、あの歌を覚えてくれたんだ」
「ラビの舞も真似てるようですが、まだまだですね」
ラビの方は何故か偉そうに感想を言った。それは、先輩メイドが後輩メイドの掃除をチェックしているような態度だった。
僕たちが公園に着くとデニスが出迎えた。
「ああ、約束通り来ていただけましたか」
「ええ」
「昨日の今日で、みんな凄い」
「アンネ様にお褒め頂いたと知ればみな喜ぶでしょう。立ち話も何ですし楽屋へご案内します。飲み物と軽い食べ物も用意しておりますので」
そう言って、芸能人のマネージャーの様に僕たちを案内した。楽屋はステージの裏に簡易的な小屋として建てられていた。簡素な椅子と机が置いてあった。その楽屋には先客が居た。それは、ベルタだった。
「アンネ。来てくれたのね。嬉しい!」
そう言ってベルタは座っていた椅子から立ち上がりアンネに側まで来て、手を取った。ベルタは昨日買った黄色のワンピースを着ていた。アンネも昨日買った水色のワンピースを着ていた。赤い花と金色の花が並んでいるように見えた。
「それで、私に何を見せたいの?」
アンネがワクワクしながらベルタに聞いた。
「見せたいんじゃないの、私と一緒に歌って欲しいの!」
「歌うって、何を?」
「アンネが昨日歌った歌を」
「ええ~?」
「もちろんタダでとは言いませんよ」
「お父様!これはお金の問題じゃありません。私とアンネの思い出のコンサートなんです!」
デニスはアンネが歌う為のひと押しだと思っていったようだが、ベルタは怒った。友情の思い出をカネで汚すなと憤慨していた。それを見てアンネの意思は固まったようだ。
「分かった。お金が無くてもベルタと一緒に歌う」
「本当!ありがとう。私、朝にアンネの活躍を聞いてから、たくさん練習したの!絶対に喜んでくれると思うんだ!」
どうやら、ベルタはアンネとハモるつもりらしい。成功すればいい思い出になるだろうが失敗した場合は悲惨な思い出になるだろう。でも、ベルタは成功させるつもりらしい。
「ラビ様も踊ってくださる?」
ベルタはラビの舞の美しさも聞いていたらしく、昨日の再現をしたいと思っていた。ラビはアンネを見た。そして「どうします?」と言いたげに首をかしげて問いかけていた。
「ラビも踊ってくれる?」
「畏まりました」
アンネが言えばラビに否は無い。ラビは恭しくアンネにお辞儀をした。
「じゃあ、今の歌が終わったら出るわよ!」
ベルタは気合十分だった。




