幽霊船1
ベルタと別れてから一旦宿に戻った。幽霊船退治に向けて夕食と早めの就寝を行うためだった。夕食を食べ終わった後で、アンネと作戦会議を開いた。
「幽霊船なんだけど、僕が幽霊船を消滅させるってことで良いかな?」
僕はアンネに確認した。それはアンネが新しく覚えた魔法が『鎮魂歌』だったからだ。幽霊船というからには幽霊が居るのだろう。そして、その魂を消滅させれば幽霊船は消えると思っていた。でも、魂が消滅するという事は輪廻転生出来なくなるという事だった。大罪戦士は、そうされるだけの罪を犯していたから躊躇なく実行した。
でも、幽霊船の幽霊達は、そんな罪を犯したとは思えない。だから、魂を救う事が出来るのなら、そうしたいと思った。でも、アンネに戦闘への参加を強制したくなかったから聞いた。
「それだと、幽霊になった人たちが可哀そうだと思う。私ね強くなったんだよ。そして、新しい魔法を覚えたの。だから、私に任せて欲しい」
アンネは優しい答えを出した。だから、僕はアンネに任せる事にした。
「分かった。アンネに任せる」
こうして、作戦会議は終わった。
僕は、冒険者ギルドで幽霊船討伐のクエストを受けた時の事を思い出していた。
「幽霊船討伐のクエストを受けたいのですが」
受付のお姉さんに話しかけた。
「あ、もしかして救世主様でいらっしゃいますか?」
「ええと、そう呼ばれているようです」
僕は曖昧に応えながら、冒険者の証を差し出した。自分で自分を救世主だと名乗るのはなんだか偉そうで気がひけた。
「確認しました。幽霊船の討伐ですが、幽霊船の完全消滅が条件となります」
「完全消滅ですか?」
「ええ、そうです。今まで数多くの冒険者が挑みましたが、翌日には幽霊船が出現しているのです」
「今まで、どのように 挑んでいたんですか?」
「船を沈める。幽霊船に居るスケルトンや幽霊を倒すという方法をとっていたのですが、ダメでした」
この時点で僕は、普通に倒しただけでは無理だと悟った。きっと魂を消滅させるか成仏させ無ければならないと感じていた。
「神官による浄化は試されなかったのですか?」
「試しましたが、数が多く浄化しきれて居ません。また、浄化しても翌日には復活しているようだという報告もあります」
ゲームの世界であればありがちな設定だが、敵を全滅させないとリセットされる仕組みが、この世界にもあるのかもしれない。
「なるほど、分かりました」
「注意点があります」
「なんですか?」
「まずは集合場所ですが港になります。深夜0時に集合してください」
「分かりました」
「もう一つは報酬です。今回は多くの冒険者が参加する為、報酬は貢献度に応じて分配されます。金貨500枚を50人で分け合う事になりますので、ご了承ください」
「それも、問題ありません」
「では、深夜0時にお待ちしております」
こうして、クエストを受諾した。幽霊が発生する仕組みは分からないが、アンネがそれを浄化する魔法を覚えているので、僕は何とかなるだろうと思っていた。
港に着くと多くの船が停泊していたが、その中で一つだけ明かりが灯されている船があった。その船に冒険者たちが乗り込んでいた。僕たちも並んで船に乗った。ベルタがデニスが船を出すと言っていたので、この船がデニスの船なのだろう。
船は中世の大航海時代にキャラック船と呼ばれていた遠洋航海用帆船に似ていた。商船と言えばこのキャラック船だ。大砲を撃つための砲門もあった。それなりにお金がかかっていそうな船だった。この知識は某航海シュミュレーションゲームで得たものだった。
この世界でもキャラック船という名前なのかは分からなかったが、姿形はそうだった。冒険者たちは僕らを除いて40名程が居た。戦士、魔法使い、神官と言った面々が多かった。その中に昼間にもめたムラマサも居た。ムラマサはこちらに気が付いて寄ってきた。
「あんたも幽霊船退治に参加するのか?でも、今回は出番無さそうだぞ、何でも救世主様が参加するって話だ」
その救世主と呼ばれているのが僕なんですけどね。と思ったが口には出さなかった。その代わりに「そうなんですね~」と僕が他人事のように言うと、デニスさんが僕を見つけて船尾楼の入り口から、声をかけてきた。船尾楼とは、船の後ろに作られた操舵室と船長室がある部分だった。
「救世主様!こちらへどうぞ」
「え?あんた救世主だったのか?」
「そう呼ばれてるみたいです」
僕はバツが悪くなり頬を人差し指で掻きながら答えた。
「なんで言ってくれなかったんだ?」
「いや、救世主なんて自分で名乗るもんじゃないと思ってたので……」
「小さいのに立派な心掛けだな~。今日の主役はあんただ。サポートは俺たちに任せな」
そう言ってムラマサは手を差し伸べてきた。僕は握手した。
「あなたがサポートなら心強いです」
「さあ、デニスの旦那の所に行ってくれ!」
「では、また後程」
そう言って、僕たちはデニスの元に行った。
「ムラマサ殿とお知り合いだったのですか?」
「ええ、まあ、刀を売ってもらいました。デニスさんもムラマサさんを知っているんですか?」
「知っていますとも、ムラマサ殿は気難しい性格ですが武器は一級品ですからね。なんとな交渉してクラウスたちの武器を売って貰ったんですよ」
「そうだったんですか」
「それにしても、さすが救世主様ですな、ムラマサ殿から認められるとは……」
「いえ、それほどでもないですよ。それにしても立派な船ですね」
「分かりますか、救世主様。この船にはお金をかけてるんですよ。この船でロレーヌ地方のワインと春キャベツのザワークラウトとソーセージを積んで、他国に売りに出るのです」
「海を跨いでの商売なんですね」
「ええ、それなのに幽霊船が出没するようになってしまい困っていたのです」
「昼間のうちに出れば問題ないのでは?」
「幽霊船は神出鬼没と聞きます。日のあるうちに目的の場所まで行ければいいのですが、夜通し移動する事もある為、幽霊船が出ている間は安全が保障されないのです。ですから、救世主様が幽霊船退治を引き受けたと聞いて船を出す事にしたのです」
この説明だけだと、デニスが船を出す理由としては薄かった。デニスにメリットが無いのである。でも、『真実の魔眼』はその理由を正確に見抜いていた。どうやら幽霊船はとても立派な船らしい。
「分かりました。お言葉に甘えます」
僕としても、デニスに恩を売っておいて損は無いと思っていた。それに、もしかしたら追加で報酬を貰えるかもしれないという思惑もあった。
デニスの案内で船を見て回った。船にはクラウス、カミラ、クルト、ドミニクもいた。他にも船を操作するための水夫が20名程居て、さらに商品も載っていた。
「デニスさん。なんで商品を載せてるんですか?」
幽霊船の討伐には不要に思えた。
「ああ、これは幽霊船をおびき寄せるための餌ですよ」
「餌?」
「冒険者ギルドで聞きませんでしたか?幽霊船は海賊船なんですよ。深夜に商船を襲って積み荷を奪っていくので、価値のあるものを船に乗せると幽霊船の方からやってくるんですよ。だから、夜に商船を出せなくなったんです」
「なるほど、納得しました」
「それで、お願いがあるんですが」
デニスは船を出す交換条件を言おうとしていた。
「なんです?」
「幽霊船を沈めずに幽霊だけを消滅させて頂きたいのです。そして、船は私が貰い受けたい」
デニスの目的は船だった。僕にとって船は何の価値も無かった。空が飛べるので移動手段としても要らないし、商売をするつもりも無いので必要なかった。だが、一応アンネに確認をとってみる事にした。なぜなら、アンネにとって船は価値がある物かもしれなかった。
「アンネ。デニスさんの条件は問題ないかい?」
「その条件を飲む代わりに、こちらからも1つ条件があります」
「なんですかな?」
「私がお願いした時に、その船に乗せてくれる事、それと夏にベルタと再会して海水浴をする事を条件とします」
アンネが条件を言うとデニスは笑顔で答えた。
「条件は2つですが良いですよ。約束しますとも」
「あ、ごめんなさい。2つでした」
そう言ってアンネは自分の間違いを認めて笑った。
「良いですとも、聖女様のお願いであれば何でも聞きますとも」
「船は傷つけずにお渡ししますよ」
話がついたので、僕がデニスに約束した。
「ありがとうございます」
デニスは自分の要求が通って喜んでいた。この時、僕はデニスに金銭を要求しなかった。なぜなら、タダより高いものは無いと知っていたからだ。
船は僕たちが乗り込むとすぐに出港した。ドミニクが風の魔法を使って帆船を走らせた。港湾から出た時に、霧が濃くなり周囲が暗くなった。いかにも何か出そうな雰囲気だった。
そして、それは現れた。それは立派な帆船だった。デニスの船よりも一回り大きく、多くの砲門があり、帆は三本あり、補助の三角帆もついていて、船首には一角獣の銅像が付けられていた。ガレオン船と呼ばれるキャラック船の上位互換の船だった。
乗っているものは幽霊とスケルトンで生きている者は皆無だった。幽霊は人間の形をしていなかった。目と口らしきものはあるが輪郭が炎の形になっていた。スケルトンは白骨の標本がそのまま動いていた。手には錆び付いた剣を持っていた。
スケルトンの一部は木の板橋や鉤爪のついたロープを持って、こちらに乗り移る構えだった。船の荷を奪うのが目的だからか、こちらの船を沈めるつもりは無いようだ。砲門は閉じたままだった。
「救世主様!頼みますぞ!」
デニスがそう言った。僕はゲームでこの手の帆船の弱点を熟知していた。そして、それを最大限利用できる魔法も覚えていた。魔法『空間転移』で船ごと幽霊船の真後ろに転移したのだ。
帆船から帆船の乗り移る時は横付けにして板橋を渡して乗り込むか、敵船の横腹に船首を突っ込んで乗り込むのしかないのだ。なので、背後に船を移動させれば乗り込まれるリスクは無くなる。ただし、こちらからも乗り込めなくなるが、魔法『空間転移』を使えば問題ない。
僕はアンネ、キョウレツインパクト、ラビ、クラウス、カミラ、クルト、ドミニクを魔法『空間転移』で幽霊船の船首に移動した。そして、船首に居たスケルトンをムラマサから買った刀で切り刻んだ。
だが、スケルトンはすぐに復元してしまった。魂の消滅を行わないという条件では僕はスケルトンや幽霊に対して有効な攻撃手段が無かった。
すると、ラビが飛び出し、吼えた。
「メイド流光殺法、宝技『浄化の舞』」
ラビは飛び出しつつモップを両手で新体操のバトンの様に回転させ舞うように優雅な動きでスケルトンや幽霊を浄化させていった。その姿を見て、僕を含めみんなが驚いていた。
「え?なんでモップで浄化しているの?」
一番驚いていたのは神官のカミラだった。魔法で浄化するのは魔力の消費が大きく1日に10体も浄化できれば良い方だった。それをモップ一本で次々とスケルトンや幽霊をラビは浄化していった。モップは昼間に市場を見て歩いていた時にラビが欲しいと言ったので買ったものだった。特別な効果は無い、掃除用の普通のモップだった。
モップの他にハタキも購入していた。購入の理由は掃除する為の道具が欲しいというものだった。ラビがそう思ったキッカケは泊まった宿の部屋がアディーヌ湖の宿よりも掃除が行き届いていないからというものだった。そして、意外だったのはラビが綺麗好きという事だった。アンネの為に部屋を掃除したいと思ったのではなく、自分が寝る時に気になるから綺麗にしたいと思っていた事だった。
そのせいか、掃除をする為のスキルにしては物騒な名前の『メイド流光殺法』というものを覚えていた。ラビがスキルを使って掃除した部屋は文字通り『浄化』されていた。スキルの効果は部屋の浄化だけだと思ったが幽霊の類にも有効らしい。
僕の出番は無いなと思ったが、ラビの快進撃が止まった。止めたのは鎧を着こんだ戦士風のスケルトンだった。ラビのモップをかわして浄化を防いだだけでなく、モップを両断したのだ。
モップを破壊された瞬間、ラビは二つになったモップを見た。そして、それを切ったスケルトンを見た。そして、言葉が通じない二人はジェスチャーでの会話を始めた。
スケルトンはニヤリと笑った。
(さあ、どうする?)
ラビも笑顔で返した。
(どうするか、見せますよ)
そして、ラビはモップをくっつけた。
(これで、どうです!)
スケルトンは首を傾げた。
(それがどうした?)
ラビはそーっとモップを離した。モップはくっ付いていなかった。ラビは首を傾げた。
(あれ?)
スケルトンは少し考える素振りを見せた。
(何をしてるんだ?)
そして、納得したらしい。
(ああ、こいつ馬鹿なんだ)
スケルトンはラビに向かって剣を振り下ろした。
「ああ~~~~!ごめんなさい!ごめんなさい!調子に乗ってました~~~~!」
ラビが叫びながら敵陣中央から一目散に脱兎のごとく飛び跳ねて戻ってきた。敵陣中央で完全に孤立した状態からの生還だった。さすが幸運3万の回避特化型メイドである。ラビに攻撃しようとしたスケルトンは何故か躓いてこけたり、剣が手からすっぽ抜けたりしてラビをまともに攻撃できなかった。
最初にラビのモップを切ったスケルトンにしても、最初の狙いはモップごとラビを両断するつもりだったが、何故かモップだけが斬れるという結果になった。
「シュワルツ様。すみません。調子に乗って先走りました。ご命令を下さい」
戻ってくるなり、ラビは僕に指示を仰いだ。だから、ラビに指示を出した。
「今はこれを持ってアンネの側に居てくれ」
僕は魔法『道具生成』で『モップ』を作り出してラビに与えた。
「分かりました」
ラビはモップを受け取ると、モップを銃に見立ててビシッと敬礼を行い。アンネの側に行った。ラビに武器を与えたので再び浄化を任せても良い様に思うが敵の数が多かった。敵はスケルトンだけで500体、幽霊は300体程が居た。それらをラビ1人に浄化させるのは効率が悪かった。だから、アンネに任せるのだ。
船首はラビの活躍で綺麗になっていた。スケルトンや幽霊を浄化しただけかと思ったら、きっちり船の掃除もしていたようだ。メイド恐るべし……。
そして、船に他の冒険者を招くスペースも出来たので、魔法『空間転移』でデニスの船に戻って冒険者たちを連れてきた。
「私がこれから『鎮魂歌』の魔法を使います。少し時間がかかるので守ってもらえませんか?」
アンネがみんなに説明をした。
「任せて」
僕は快諾した。
「合点承知!」
キョウレツインパクトは今日も元気だった。
「分かりました。任せてください」
クラウスも快諾した。
「よし、お嬢ちゃんを守るぞ!」
ムラマサが号令すると冒険者たちは雄叫びを上げた。
『おお~~~~!』
「じゃあ、私の出番ね」
カミラはようやく自分の出番が来たと張り切っていた。
「冥府の神ヘルに願い奉る。彷徨える魂に安息を与えるための力をお貸しください」
カミラの魔法でクラウスの剣とクルトの弓が温かい光に包まれた。僕の刀もそうなっていた。キョウレツインパクトは拳が光に包まれた。
「スケルトンや幽霊を浄化するための力を武器に付与したわ。でも、3体しか浄化できないから気をつけてね」
カミラの魔力ではそれが限界らしい。カミラのステータスを確認すると魔力が枯渇しそうになっていた。
「分かった」
僕は先頭にキョウレツインパクトと一緒に立った。その後ろにクラウスとムラマサと前衛職の冒険者たち20人が、さらに後方にクルトと魔法使いのドミニクと後衛職の冒険者20人が立っていた。最後尾にはアンネとラビとカミラが居た。
スケルトンや幽霊がこちらに向かって殺到してきた。そして、アンネが魔法『鎮魂歌』を歌い始めた。




