港町へ3
バルトルトたちをルークスの街に送り届けてから、デニスたちの元に戻った。そこからの旅は順調だったが、二日後の午前中に大罪戦士の奴らが現れた。
エンリの思考を読んだ時から分かっていた事だった。どうにかしてアンネをさらうためにセバスと分断されているチャンスを生かしたいらしい。
デニスさんたちを巻き込みたくなかったが仕方なかった。今回、現れた大罪戦士は4人だった。
強欲のクリト。金髪金眼の金ピカ盗賊。
嫉妬のエンリ。ストーカー女、相変わらず黒くて不気味。
色欲のガスト。紫色のオネェ系神官。
怠惰のローズ。重装備の灰色の小さめのお姉さん。
「うふふふふふ。今度こそ、聖女を渡してもらいますよ~~~」
エンリが自信満々に言ってきた。その理由も分かる。怠惰のスキルで僕を封じ、色欲のスキルでキョウレツインパクトを操り、エンリがラビを引き付け、クリトがアンネをさらう。
素晴らしい作戦だと思う。僕には対抗手段が無かった。なぜなら、奴らのスキルは状態異常に含まれないのだ。前回もアンネの補助魔法で状態異常無効が付いていたにもかかわらず僕は魔法を封じられたし、キョウレツインパクトとアンネは怠惰のスキルを受けていた。
ただ、ラビの『挑発』と『誘因』のスキルが、どのように作用するかだけが未知数だった。勝つ道があるとしたら、ラビのスキルだろう。また、アンネが攻撃魔法を覚えていた。『聖撃』という名前の魔法だが、不死者を倒せる魔法かは分からなかった。だが、ダメージを与えられる手段を持っているので、ローズを一瞬でも妨害できればワンチャンあるかもしれない。ワンチャンあれば勝てるのだ。
「聖女?」
デニスがエンリの言葉を聞いてしまった。なので、後でカバーストーリー聖女の世直し旅編を伝えようと思った。
「デニスさん。危険ですから離れてください。奴らの狙いは僕たちなので……」
「分かりました。ですが、助けが必要なら言ってください。微力ながらお手伝いします」
「その心だけで充分です。それに助けは必要ないと思いますので」
「そうですか、では、ご武運を」
そう言って、デニスたちは離れていった。
デニスには勝てると伝えたが、正直勝ち目は薄かった。アンネを連れて空間転移で逃げる事も出来るが、その場合、一緒に居たデニスたちがとばっちりで殺されるかもしれなかったし、最悪人質にされる。
この状況を打破する方法が必要だった。だが、『愛の奇跡』は発動しなかった。
キョウレツインパクトとラビは既にアンネが人間にしていた。僕も人間の姿になり、羅刹二刀流を使う為に魔法『道具生成』で黒刀を二本創り出し、左右の手に刀を持った。
「アンネ。戦う準備はいいかい?」
「うん」
「聖女アンネローゼ・フォン・シュワルツェンドの名において、我を守護する者達に加護を与える」
「聖女アンネローゼ・フォン・シュワルツェンドの名において、我を守護する者にあらゆる厄災から身を護る加護を与える」
「聖女アンネローゼ・フォン・シュワルツェンドの名において、我を守護する者に武神の加護を与える」
アンネの補助魔法で能力値が5割増し、持続的回復魔法が掛かった。さらにあらゆる状態異常の無効化と必殺技のダメージが倍増する効果が全員に付与された。
「あははっ、戦うつもりなんですか~。止めた方が良いと思いますよ~。ルベド様も居ませんしねぇ~~~」
エンリは余裕の表情だった。作戦は完璧、負ける要素が無いのだ。
「あなたたちには絶対に負けない!」
アンネは自信たっぷりに反論した。心を見る限り、根拠はないらしい。でも、僕が何とかすると思っていた。
「あははっ、そうですか、では答え合わせと行きましょう」
そう言って、エンリたちは作戦通りに動いた。僕は動けなくなり、キョウレツインパクトは魅了された。そして、クリトがアンネに迫り、エンリがラビに迫った。
キョウレツインパクトが僕に向かって必殺技を放ってくる。
「我は解き放つ、封印されし力を……」
キョウレツインパクトから闘気があふれ出す。誰かがその犠牲になるのを見ている分には楽しかったが、いざ自分が標的になった時、凄まじいまでの絶望感があった。
「私を見て!」
ラビがそう叫んだ。ラビのスキルが発動し、大罪戦士の思考が乱れると思った。だが、奴らは全員ラビを見なかった。これは、嫉妬のエンリが推論を立てていた。どこで見ていたのか分からないがトロールと『赤の狩人』との戦いを知っていた。そして、トロールの時も『赤の狩人』と戦った時もラビを見たものがおかしくなったと知っていた。
だから、ラビを見なければ問題は起きないと結論づけていた。そして、その通りとなってしまった。もう、敗北は確定したと思った。
(どうしよう。シュワちゃんも動けなくなったし、キョウちゃんはおかしくなってるし、ラビは逃げ惑ってる。ここは、私がやるしかない!新しく覚えた魔法に全てをかける!)
アンネは戦いを諦めていなかった。というか、少しこの状況を楽しんでいた。最初に出会った時からアンネは心が強かった。どんな状況でも諦めるという事をしなかった。
「聖女アンネローゼ・フォン・シュワルツェンドの名において、邪悪なるものに永劫の死を与える」
アンネがそう言って、怠惰のローズに右手を突き出した。アンネの右手から光が迸り、ローズを撃った。ローズは塩になり、赤い物体を残して消えた。大罪戦士たちは目が点になっていた。
僕は体の自由を取り戻した。ワンチャン来たので必殺コンボをお見舞いする事にした。魔法『空間転移』で色欲のガストの側に移動し速攻で技を放った。
「羅刹二刀流、終の太刀、無間地獄」
「逃げるよ!」
エンリの判断は速かった。だが、僕の技は既に始動していた。魂を乗せた無限の斬撃が色欲のガストを切り刻んだ。ガストも塩になり、赤い物体を残して消えた。
「クソッ!何が余裕で倒せるだ!」
「良いから、肉を回収して逃げるのよ!」
「分かってる!」
赤い物体は肉だったらしい。クリトとエンリは肉を回収して消えた。
「今回は助かったよ。アンネ」
「シュワちゃんも動けないしキョウちゃんはおかしくなっちゃったし、ラビも危なかったから、魔法使ってみた」
アンネは無邪気に言っていた。僕は『聖撃』が、不死の化け物を殺せる魔法だと思っていなかったが勝てばいいのだ。
「アンネに救われるのはこれで二度目か」
僕はうっかり本音を言ってしまった。
「え?今回が初めてじゃないの?」
「一度目はヒミツだよ」
一度目は気恥ずかしいので言いたくなかった。
「ふ~ん、分かったあの時だね。あんなの何でもないのに……。私の方がたくさん救われているよ」
そう言って、アンネは微笑んだ。そのあまりの美しさに僕は目を背けるしかなかった。しかし、僕が言葉にしてないのに何でアンネは心を読むスキルも持ってないのに、こんなにも正確に僕の心を見透かせるのだろうか?本当に不思議でならない。
一度目は、アンネと再会した時だった。あの時、アンネの言葉が無かったら僕は今でも泣いて暮らしていた。
この戦いで、大罪戦士は残り2人だけになった。僕はこの時オールエンド王国を明確な敵として認識していなかった。だが、数年後に本格的に敵対した時に、この時がオールエンド王国を滅ぼす最大のチャンスだったと知った。
「いや~、なにがあったか分かりませんが、凄い戦いでしたね」
デニスがそう言ってきた。
「奴らは僕の敵なんだ。巻き込んでしまって申し訳ないと思う」
「聖女と聞こえたのですが……」
デニスはただ、知りたいと思って聞いていた。他意は無かった。隠すと余計な詮索をされるので、アンネが作った。カバーストーリーを話した。
「そういう事でしたか、黒の魔法使い様の名声が高い理由が分かりました」
「どうか、秘密にして欲しい」
「聖女様の願いとあれば否はありませぬ」
僕の願いをデニスはすんなりと聞いてくれた。
「ねぇ、どうしてシュワルツ様はアンネローゼ様を守っているの?」
ベルタが聞いてきた。
「これ、ベルタ。変な事を聞くんじゃない」
デニスが慌ててそう言った。
「良いんです。デニスさん。ベルタはちゃんと理由があって聞いています。だから、ちゃんと答えます」
僕は何故彼女が両親に似ずに痩せているのか、二日間の旅で知ってしまった。だからと言って、僕がベルタに出来る事は何も無かった。どうしようもないので、事実だけを伝える事にした。
「彼女には敵が多い。だから、僕が守っている」
「私にも敵は多くいるのに、なんで聖女様だけ守るの?」
ベルタは身勝手な事は言っていない。この世界には身分の貴賤にかかわらず命の危険がある。特にベルタは旅商人の娘で、両親は一緒に移動する旅を選んだ。結果、ベルタはいつも危険な目にあっていた。
そのせいで、いつでも逃げられるように太る事を拒否するようになった。具体的には拒食症の一歩手前の状態だった。食事の後で、ベルタは吐いていた。好きなものを食べても太ると考えると吐いてしまうのだ。そんなベルタに僕は気休めしか言えなかった。
「新しい領主アイスは、この国の状態を良くないと思っている。僕も同じ思いだ。でも、僕一人の力では、守れる人間の数は限られている。そして、僕が最優先で守るべき存在はアンネローゼなんだ。
でも、アイスは国の仕組み自体を変えようとしている。だから、僕はアイスに協力する。その結果、ベルタの悩みは解消すると思う」
「本当なの?」
「本当だよ。今はまだ何も変わってないけど、これから変わっていくから」
「分かった。信じて待ってる」
ベルタの不安は少しだけ和らいでいた。
大罪戦士との戦いから二日後の昼に、港町アムスに到着した。
「では、救世主様。私どもは商売がありますので、これにて失礼いたします」
街に入るとデニスがそう言ってきた。
「分かりました。楽しい旅でした」
「こちらこそ、道中安全に過ごすことが出来ましたよ」
「アンネは暫くこの街に居るの?」
ベルタがアンネに聞いてきた。ちなみに、聖女だと分かってベルタがアンネの事をアンネローゼ様と呼ぶようになったが、アンネがすぐに「今まで通りアンネで良いよ」と言ったので、愛称で呼び合っていた。
「暫くは、この街に居るよ」
「じゃあ、宿が決まったら遊びに行っても良い?」
「どうだろう?シュワちゃん大丈夫?」
アンネは幽霊船の事を気にしていた。
「危ない場所には連れていけないけど、日中一緒に遊ぶのは良いと思うよ?」
アンネはベルタの事を嫌っていなかった。アンネはベルタが食後に吐いているのを知っていた。その理由も直感的に理解していた。自分と似たような境遇にあるベルタの気持ちを推測出来てしまった。だから、ベルタの事を友達だと思っていた。
「良いよ。でも、待ち合わせ場所どうする?」
アンネの疑問にクラウスが答えた。
「じゃあ、冒険者ギルドで待ち合わせはどうかな?」
(救世主様たちは幽霊船の騒ぎを聞きつけてきてるから、問題ないはずだ)
クラウスは僕たちの目的を把握していた。本当はアンネが海を見たいと言ったから来ただけだが、成り行き上、幽霊船の騒ぎも静めないといけなかった。
「分かった。じゃあ冒険者ギルドで待ち合わせね」
アンネが快くベルタたちに答えた。
「じゃあ、またね」
ベルタは嬉しそうに言った。
「うん、またね」
アンネも笑顔で返した。
海が見える宿を手配し、冒険者ギルドに入った。クラウスたちもすでにいた。
「アンネ。救世主様!こっちだよ~」
ベルタが手を振っていた。僕たちはベルタたちと合流した。
「アンネはこの町初めてなんだよね?」
「うん」
「じゃあ、あたしが案内してあげるね」
「ありがとう」
アンネは嬉しそうに答えた。僕以外に出来た新しい友達の提案を喜んでいた。
「それで、救世主様はどうされるんですか?」
クラウスが僕に聞いてきた。
「幽霊船は深夜に出るんだよね?」
幽霊は午前0時から出るのが相場だ。
「ええ、そうです」
「なら、夕方まで遊んで、早めに寝て、深夜に起きて幽霊船退治に行くよ」
「それまでは、観光をすると?」
「そうなる」
「では、ベルタ嬢の護衛もお願いしても良いですか?」
クラウスたちはデニスの手伝いもしなければならないようだった。
「良いよ」
「じゃあ、お願いします」
そう言って、デニスたちは冒険者ギルドを出ていった。
「シュワちゃん。お出かけに行こう」
アンネが言ってきた。
「先にクエスト受けてからにしよう。後でもう一度ここに来るのは面倒だろ?」
「分かった。そうする」
こうして全員クエストを受けて、観光に行こうと冒険者ギルドを出た直後だった。町の上空に赤い巨大な竜が出現した。そして、僕を見てこう思っていた。
「見つけたぞジークフリード、今日が貴様の命日だ。死ね」
赤い竜は大きく口をあけて、ブレスを放とうとしていた。このままでは大勢が巻き込まれて死ぬ。そう思った時、僕は既に行動していた。




