マリーと幼犬
「街に向かうのは良いのですが、馬車の扉が壊れていますな、さてどうしたものか……」
セバスが顎に手を当てて渋い顔で考え込んでいた。『真実の魔眼』で何を考えているのかダダ洩れだった。セバスとマリーは馬に乗れるが、アンネが馬に乗れないのだ。セバスが抱きかかえて連れて行くか、それとも扉の無い馬車でも乗り物に乗せて移動するか悩んでいた。
セバスが抱えて馬に乗った場合、万が一落馬した時、死ぬこともあり得るので慎重に考えていた。僕としても、扉を破壊した事でアンネが死ぬのは嫌だなと思った。
≪スキル『愛の奇跡』の条件を満たしました。魔法『乗物修復』を獲得しました≫
またもや愛の奇跡が発動した。どうやら、僕が何かしたいと思うたびに発動して新たな能力を獲得しているらしい。ならば、人間と会話できるようになりたい。
しかし、スキルは発動しなかった。なぜだ?神の意地悪なのか?それとも発動条件が違うのだろうか?考えても分からなかった。仕方なく、『乗物修復』の魔法を使って馬車を直した。
「あ、シュワちゃん。直してくれたの?」
アンネが僕を見てそう聞いてきたので頷いた。
「すごーい。流石だねシュワちゃん」
僕のあだ名がシュワちゃんになった。まあ、シュワルツを略したらシュワちゃんと言うのは納得なのだが、年代的にシュワちゃんと言うと筋肉で全てを解決する筋肉モリモリマッチョマンを思い浮かべてしまうので、複雑な気分だった。
「ありがとう。シュワルツ殿」
セバスは僕を一人前と認めたのか敬称がついた。
「ありがとう。シュワルツ君」
マリーは優しい笑顔でそういった。いつもの凛とした表情とのギャップで破壊力は抜群だった。一瞬惚れそうになるが、僕には心に決めた人がいるのだ。だから「トキメイタリナンカシナイゾ」と心の中で強く思った。
「ねぇねぇ、シュワちゃんて男の子なの?」
アンネがマリーの言葉で僕の性別を確認していない事に気が付いたらしい。アンネは僕を持ち上げアンネと向かい合うように持ち替えた。アンネの顔を見て僕は頷いて返事をする。
「そうなんだ。マリーは、シュワちゃんが男の子だと知っていたの?」
「確認したわけではないですが、何となく動きが男の子っぽいなと思いましたよ」
「ふ~ん。私には分かんないや」
「そのうち、分かるようになりますよ」
「そうかな?」
「そうですよ」
二人の会話が一段落したとみてセバスが発言する。
「さて、街へ移動する手段も得た事ですし、行きましょうか」
「うん」
そう言ってアンネは馬車に僕を持ったまま乗り込んだ。セバスは兵士の死体から剣を鞘ごと奪って腰に佩いた。予備で一本を馬車の御者台に載せ自らも御者台に座った。
マリーは短剣数本と、小ぶりの剣を一本、それに弓矢を取ってアンネと一緒に馬車の客車に乗った。そして、おもむろにスカートをたくし上げると太もものダガーホルダーに短剣を差し込んでいた。それを見て、マリーが戦闘も出来るメイドだと知った。
マリーが客車に乗り込むとセバスが馬車を出した。客車の中は意外にも快適だった。文明レベルが中世風なので馬車にサスペンションとかついてないから、ガタゴト揺れると思っていたのだが、何らかの方法で衝撃を吸収しているらしい。
「ねぇねぇ、シュワちゃん。ステータスを見ても良い?」
アンネが、そう聞いてきた。ステータスという言葉を聞いて、ゲームみたいな事を言うんだなと思ったが、まあ見られて困るものでも無いので頷いた。
「ありがとう。じゃあ、私のステータスも見て良いよ」
「アンネ様、他人にステータスを見せるのは危険です!」
マリーが驚いてアンネを止めようとした。
「でも、シュワちゃんは味方だよ。それにマリーはこの前言ってたよ。護衛する対象の能力を把握しないと守れるものも守れないって」
「それは、そうですが……」
「シュワちゃんを信じないの?」
「分かりました。信じます」
二人がそんなやり取りをした後で、アンネが言葉を発した。
「知の神オーディンに願い奉る。この者の能力を教えてくださいませ」
≪ステータスの開示要請がありました。許可しますか?≫
アンネの願いの後で、僕に機械音声が聞こえて来た。もちろん許可しますと心の中で答えると、空中にゲーム画面で見る様なステータスが表示された。
名前、レベル、種族、性別、年齢、属性、身分、職業、戦闘スタイル、生命力、体力、魔力、筋力、俊敏性、器用さ、知性、精神力、運といった項目が表示され、それぞれ値が書いてあった。レベルは66で能力的には魔力だけが突き抜けて12000と一番高く次に俊敏性の600と知性の500が高かった。他の能力は100前後だった。
そして、その下にスキルと魔法が一覧で表示されていた。スキルのトップには『愛の奇跡』が表示されていた。
「シュワちゃん。私とお揃いのスキル持ってるんだ」
アンネが僕のステータスを見てそう言った。僕はどうやったらアンネのステータスが見れるのか分からなかった。僕が母さんから教わった魔法はイメージを魔力で具現化する魔法だった。詠唱は必要とせず。イメージさえ明確に思い描ければ発動するタイプだった。だが、母さんからはステータスを見る魔法を教えられていなかった。
アンネが使ったのは神聖魔法と呼ばれるもので、神への祈りの言葉で魔法が発現するタイプだった。なので、ワンとしか鳴けない僕には使えないのだ。ちなみに魔法の種類についての知識は母さんから教わった。
アンネのステータスを見る手段はないが、何のスキルがお揃いなのか気になったのでアンネのステータスが見たいと思った。
≪スキル『愛の奇跡』の条件を満たしました。スキル『鑑定の魔眼』を獲得しました≫
いつもの機械音声の後で僕のステータス欄に『鑑定の魔眼』が追加された。そして、アンネのステータスが見えるようになった。お揃いのスキルは『愛の奇跡』だったが、スキルの効果は分からなかった。
アンネのステータスを見て思った。僕はだいぶ強いらしい。アンネのレベルは9だった。そして、各能力は90前後なのだ。僕のステータスを見たマリーが驚愕の表情を浮かべていた。僕はマリーの心の声を見た。
(なんて強さなの。これでは、こいつが裏切った場合、アンネ様を守る事は不可能だわ。味方としては心強いけど、魔族は信用できない。いつ裏切るか分からないこの獣を処分するべきか、セバス様と相談しないと……)
うん、出来れば殺さないで欲しい。というか、さっきアンネに「信じます」と言ったのに舌の根も乾かないうちに疑っている……。
あと、スキルに『真実の魔眼』があるのに、なんでそんな思考をするのかと思ったが、このステータス画面からはスキルの効果が分からない。しかも、『真実の魔眼』の効果が『読心』だと直感的に分かるものは居ない。ゲームであれば欠陥品だが、異世界の魔法の結果なので、そういうものなんだろう。
マリーの思考が見えると同時にマリーのステータスも見えた。そこには見過ごせない項目があった。マリーの戦闘スタイルは『暗殺者』だった。
兵士の剣で自害しようとしていたのは、彼女が『くのいち』的な存在だったと考えれば納得がいった。マリーはとても優秀な暗殺者だった。
レベルは45で、ステータスは俊敏性と器用さが400台で、他は300台だった。ステータスでは僕に及ばないものの持っているスキルがえげつなかった。『投擲』『一撃必殺』『誘惑』『隠形』『毒耐性』『毒調合』『偽死』『関節外し』『関節技』『変装』『罠設置』『罠察知』『罠解除』『拷問』『瞬歩』『捕縛術』『野営』『汚物耐性』『狩猟』『冷酷』と暗殺者として必要な能力を全て持っていた。
僕は寝首をかかれるのはごめんなので、逃げようかと思ったが、少なくともアンネの味方をする限り、マリーは敵に回らないという事実は理解していた。だから、僕は犬が良くやる手を使った。服従のポーズである。
アンネの腕からすり抜けて、マリーの膝の上に乗り、腹を見せての服従のポーズを実行した。現代ではペットを飼う上で犬がこれをした場合は、絶対服従を誓う姿勢として浸透していた。この世界でも通用すると思って、僕はこれを行った。
そんな僕を見て、笑顔を僕に向けてくれるマリーだったが、思考はこうだった。
(油断させて、後で裏切るつもりか?)
僕は諦めた。ヤンデレを相手にしているかのような大きな徒労感に襲われた。マリーはどうにもならない。だから、僕はセバスに賭ける事にした。
あの老紳士ならきっと味方になってくれるだろう。僕に干し肉をくれようとしたんだ。犬に餌を上げようとする人に悪者は居ない。そう思いたい。