無能の削除2
20/11/17 オットー → アイスに変更しました。容姿も氷の貴公子的なイケメンに変更しました。
アンネと共に僕は、夜の領主の館に忍び込むことにした。魔法『空間転移』で忍び込めば、館の外にいる見張りの兵士に見つかることは無い。だが、館内の見回りの兵士が居た場合、見つかる危険があった。
アンネと一緒に安全に忍び込むには、某オンラインゲームに出てくる様な姿を消す魔法と足音を消す魔法が必要だった。
≪スキル『愛の奇跡』の条件を満たしました。魔法『透明化』と『無音化』を獲得しました≫
僕は魔法を使う前にアンネに説明した。
「これから、透明になって、足音もしなくなる魔法を使うから、僕の手を握っていてね」
「分かった」
僕とアンネは手を繋いだ。そして、魔法を発動させる。僕とアンネは透明になった。
「すごい。透明になった」
「これで、見回りの兵士が居たとしても安全に目的の場所まで移動できるよ」
「じゃあ、シュワちゃんが私をエスコートしてね」
「任せてよ。僕を信じてついてきてね」
「うん」
僕は魔法『空間転移』を使って館の謁見の間に転移した。見回りの兵士が居たが僕たちには気が付かずに通り過ぎていった。僕は魔法『索敵』を実行し、文官の位置を特定した。文官の部屋までアンネの手を引いて移動した。途中、何度か見回りの兵士に遭遇したが、気付かれる事なく移動できた。
僕たちが部屋に入って魔法を解除して現れると文官の男は驚いていた。文官の男は痩身中背の美男子だった。年齢は二十歳前半、髪の色は青で腰まで真っ直ぐに伸びていた。眼鏡をかけ氷の様に青い瞳が印象的だった。
「黒の魔法使い様、こんな夜分に何用ですか?」
そう言ったが、文官の『アイス』は僕の目的を正確に理解していた。
「君が思っている以上の事を提案しに来た」
「と言いますと?」
「領主の一族郎党を殺す」
「穏便ではありませんね」
言葉とは裏腹にアイスは喜んでいた。
「君には次の領主になってもらいたい」
「平民出の私がですか?」
「君は、あの謁見の時、唯一拳を握りしめていた。それが理由では不服か?」
「よく見ていらっしゃる。救世主殿の目的は?」
「盗まれた報酬を奪い返せればそれでいい。村人たちに渡した金貨を奪われたのは僕の真銀貨3枚を奪われた事よりも腹が立っている」
これは、本心だった。村人たちの今後を思って渡した金貨を奪われたのは本当に腹が立った。
「要求は理解しました。ですが、後継者不在時の領主任命権は皇帝陛下の権限です。私が選ばれる保証はありませんが?」
「私が保障する。皇女アンネローゼ・フォン・シュワルツェンドの名において」
アイスは驚かなかった。
「なるほど、似ていらっしゃると思っておりました。ならば、私に否はありません。思う通りになさってください」
「だが、一つだけそなたが処理しなければならない事がある」
「なんでしょう?」
「あの無能の血縁をいったんは殺すが、そなたが新領主に任命された後で復活させる。その後に反乱を起こさぬように言い含める必要がある。無論、反乱が起これば国はそなたを支持するが、混乱は避けたい」
「なぜ、生き返らせるのですか?」
「女子供に罪はない。それでは不服か?」
「なるほど、聖女様はお優しい。私としても無用な流血は避けたいと思っております。出来るだけ善処しますが、善人ばかりではありません。権力を望むものには死をもって対処しますがよろしいですか?」
「それは、任せる。だが、貴殿が自身の良心に従って判断する事を望む」
「それは、この身の命に懸けて誓います」
アイスは本心でアンネに誓った。だから、僕は全てを信じた。
「では、これから僕が魔族の仕業に見せかけて領主と血縁の者を全て殺します。その後で、あなたが実権を握った時に、僕と村人たちにお金を返してくれますか?」
「つまり、今日は暗殺だけ行うという事ですか?」
「その方が君にとっても都合が良いと思うが?」
「確かに、前領主の横暴を正したという名声は美味しいですね」
クソ領主が僕と村人から金を巻き上げたという悪評は既に知れ渡っていた。そこへ新領主がお金を返したとなれば、新領主の名声が増すのは確実だった。
「僕も領主暗殺の主犯として疑われる事も無くなる」
「殺害方法は気を付けねばなりませんが?」
「魔物に襲われたという偽装は出来る」
「そうなると警備主任を処断せねばなりませんね。領主はクソですが、警備主任は優秀なのですよ。それに、今月子供が生まれたばかりなのです。殺すには忍びない」
「ほとぼりが冷めた後で僕が蘇生させる。無論タダでだ」
「そこまで、していただけるのであればありがたい」
「警備主任の夫人には秘密裏に言い含めておいてくれ」
「心得ております。自殺されたらいたたまれませんからね」
「まあ、自殺したとしても一緒に蘇生するけどね」
「自殺するような絶望を抱かせないのが最善ですので、ちゃんと手配いたしますとも」
「では、契約成立だ」
「よろしくお願いいたします」
僕は、アンネを宿に戻してから、犬の姿で行動開始した。真っ先に向かったのは領主の部屋だった。僕は犬の姿で侵入した。領主は愛妾と寝ていた。サクッと『流星咬』で首をかみ砕いて殺した。
愛妾は寝ていたので、騒ぎになる事もなく次の部屋に移った。領主の子供は15人居た。僕は全員を『流星咬』で機械的に殺した。女であろうが子供であろうが赤子であろうが容赦なく首をかみ砕いた。出来るだけ、苦痛が無いように一撃で殺した。
僕は赤子まで手にかけたのに不思議と罪悪感が無かった。後で復活させるからというのが免罪符になったのか、それとも僕はサイコパスになってしまったのか、考えても分からなかった。
僕は人間の姿になってアイスに報告した。
「全員殺し終えたよ」
「それにしては静かですね」
「まあ、一撃で悲鳴を上げさせずに殺したから、騒ぎは朝になってからだと思う」
「恐ろしいですね。僕もあなたの不興を被ったら、秘密裏に暗殺されそうですね」
「確かにそうだが、僕がそれを行うのは、相手に正当性がない時だけだよ」
「その言葉を信じましょう」
「では、後の事は頼む、君が領主に選ばれるように手配する」
「ええ、アンネローゼ殿下の根回しを信じて待っております」
領主の館から移動し、僕は冒険者レギオン『赤の狩人』ロバートを犬の姿で監視していた。理由は、領主に渡した真銀貨の1枚を報酬として奴が受け取っていたからだ。奴は僕から奪った真銀貨で豪遊していた。
冒険者レギオンの面々と羽目を外して大騒ぎしていた。既に金貨30枚は使われていた。腹が立つが回収できる分だけ回収する事にした。
僕は、ロバートが一人になるのを見計らって『流星咬』で殺した。そして、残り少なくなった金貨70枚を回収した。
翌日、僕はアンネの手紙を皇妃に渡すことになった。内容は領主がクソだから血縁を根絶やしにした事と、臣下のアイスを領主に据えるようにお願いする内容だった。僕は人間の姿で皇宮のアンネの部屋に『空間転移』した。そこにはマリーが居た。
「シュワルツ君、アンネ様は指輪を外したのですか?」
「いいえ、今日はお願いがあってきました」
「なんです?」
「この手紙を皇妃殿下に渡して頂きたい」
僕はアンネ直筆の嘆願状をマリーに渡した。嘆願状にはちゃんとアンネの封蝋がなされていた。
マリーはそれを見て、全てを理解した。
「分かりました。皇妃殿下に必ず届けます。ですが、アンネ様が指輪を外すという本来の目的はどうなっているんですか?」
「まだ、難しい。僕をアンネローゼ様が信じてくれる事が大前提なのだけど、まだ信頼されていない」
「嘘なんか吐くからですよ。そうなった時の対処法はただ一つです。小さな約束を守って裏切らない事、良いですね」
「分かっています。だから、この手紙を貴女に託すのです」
「分かっているのならよろしい。この手紙は私の命に代えても皇妃殿下にお渡しします」
マリーは理解してくれた。僕がアンネから失ったものを取り戻す為に協力してくれる。
「ちなみに、僕とアンネローゼ様の扱いはどうなっています?」
「アンネローゼ様は病気で臥せっているという事になっています。シュワルツ君は城内をうろついても問題ない状況ですよ」
「そうですか、それだけ分かれば十分です」
「そう、では私は手紙を届けに行きます」
「よろしくお願いします」
マリーが部屋を出て行った後で、僕は前から気になっていたが放置していたメイドに声をかける事にした。そのメイドがアンネの手紙の内容を知りたいと思っていたからだ。
黒目黒髪で腰まで伸びる美しい黒髪を後頭部に綺麗にまとめた清潔感のある美人のメイドだった。眼鏡をかけ知的な雰囲気をまとっていた。その言葉遣いは丁寧で、年齢の割に若く見えると評判のメイドだった。アンネが生まれる前から皇宮に勤めていて信頼を得ていた。
「こんちには、リエンさん。少しお話を聞いてもよろしいですか?」
僕が話しかけると少し驚いた表情をしたが、柔らかく微笑んで僕に答えた。
「なんでしょう?シュワルツ様」
(クソが、最悪のタイミングで話しかけてきやがった。この駄犬が!)
言葉とは裏腹に心の声は汚かった。
「リエンさんって、アンネローゼ様にお仕えして長いんですよね?」
「そうですよ。アンネローザ様が赤子の頃から知っております」
(さっさと会話を切り上げてマリーを追わないと……)
まあ、それを妨害する為に話しかけたんだけどね。
「実は、旅の途中でアンネローゼ様の髪を乾かすための魔法を使ったんだけど、上手く乾かすコツとかあれば聞いておきたいのですが?」
「髪を乾かすコツですか?特に気にかけた事もありませんけど、手で髪の状態を確認して、乾かしもれが無いようにしているぐらいですよ?」
(どうでもいい事を聞くな)
「そうなんですか、いつもアンネローゼ様の髪を乾かした後、とても綺麗にサラサラになっているなって思って尊敬していたんですよ。僕がやった時と何か違うのかなと思ったので聞いてみました。ありがとうございます」
「参考になったのなら何よりです」
(さっさと、どっかいけ)
「それと、リエンさんの御両親てどんな方なんですか?リエンさんの立ち振る舞いがあまりにも洗練されているので、さぞご立派な御両親なのかなと気になって居まして」
「いえ、私に両親はおりませんよ。戦争孤児ですので、とある貴族の方に拾って頂いて躾て頂きました」
(胸糞悪い事を思い出させるなよ)
リエンの言った事は嘘で虐待を受けて育ったらしい。そして、奴隷として売りに出され貴族に買われて暗殺者として仕込まれたようだ。だから、性格がねじ曲がっていた。
「そうですか、辛い事を思い出させてしまったようですみません。もう一つ聞きたいのですが、セバスさんはどこに居ますか?」
僕は会話を長引かせるために質問した。
「今は訓練場にいると思いますよ」
(クソ、大臣たちに手を回してルベド様のあの技を継承するのを邪魔したのに覚える為に戻ってきやがったか!)
時間稼ぎの質問でアンネの指輪事件の黒幕が分かった。アンネが指輪を外さないと駄々をこねる事も僕を連れて旅に出る事もリエンが計画した事だった。なので、人の嫌がる事を率先して行う事にした。
「ありがとうございます。これで修行の続きが出来ます。それと、旅の途中で腕の良い剣士が居たので、技を教えて良いかも聞きたかったんです。お時間とらせてすみませんでした」
「いいえ、大丈夫ですよ」
(これ以上、技を拡散されてはせっかくルベド様と分離したのが無駄になる。誰に教えるつもりなのか探らねば……)
「ちなみに、その腕の良い剣士とは、どういう方で?」
「ヨハンという農民ですよ。すでに修羅一刀流の技は教えてしまいました。セバスさんには事後承諾となってしまいますが仕方ないですね」
(余計な事を……。だが、それならまだ許容範囲だ。作戦は遂行できる)
「教えて頂いてありがとうございます。ちなみに、どこら辺に住んでおられるのですか?」
(技が継承される前に殺してしまえば……)
「ああ、すみません。僕は地理に詳しくないので説明が難しいですね」
「え?村の名前とか覚えて無いのですか?」
「ああ、旅先で少し寄っただけの村なので、よく分からないのです」
真っ赤な嘘だった。ヨハンに技を伝えるまでは、教えないことにした。
「そうですか、セバス様の技を継承できる人であれば、ぜひお会いしたかったのですが……」
(この駄犬、役に立たねぇ。まあ、一緒に居ないという事が分かっただけでも良しとしよう)
「では、僕はセバスさんに用があるので、もう行きますね」
「ええ、行ってらっしゃいませ」
こうして、僕はリエンから離れた。マリーが皇妃に手紙を届け、皇妃が内容を確認し、手紙を処分するまでの時間は稼いだはずだ。リエンの正体は嫉妬のエンリだった。エンリはずっとリエンとしてスパイ活動をしていた。誰にも気付かれずに周囲から信頼を勝ち取っていた。
僕がエンリを放置していたのは、リエンがエンリだという証拠が全くなかったからだ。僕がそれを証明するためには心を読めることを伝えるしかなかった。なので、僕は何も出来なかった。




