ボストロール討伐2
建物の中に入ると、そこには複数のテーブルと椅子が置いてあり、色んな人が座っていた。ただ、みな一様に暗い顔をしていた。全てを失ったような顔だった。
僕が中に入ると、初老の男が声をかけてきた。
「君は?なぜこんなところに?」
「冒険者ギルドの依頼でボストロールを討伐に来ました」
「黒い髪と黒いローブ。もしや黒の魔法使い様ですか?」
「ああ、はい」
「ああ、伝説は本当だった。ありがとうございます。ありがとうございます」
そう言って男は泣いた。その様子を見て、建物の中にいた人たちは僕に気が付いた。
「まさか、黒の魔法使い様なのですか?」
別の男が声をかけてきた。
「そうですよ」
「おい!みんな、黒の魔法使い様が来てくれたぞ!」
「ああ、良かった。これで敵が討てる」「伝説は本当だった」「母さん。黒の魔法使い様が来てくれたよ」「これで、心置きなく死ねる」
ここに居る人達はトロールの犠牲者だった。家族を殺され財産を奪われた人達だった。僕たちはとても歓迎されていた。
「すみませんが、自己紹介をお願いします」
義勇軍のリーダーと思しき人物から催促があったので応えた。ちなみに義勇軍のリーダーは二十代男性で、純朴な印象の金髪碧眼のフツメンだった。
「僕はシュワルツです。よろしくお願いします」
「俺の名前は、キョウ・レツ・インパクト。俺より強い男を探す旅をしている」
奴はこれが自己紹介だと認識していた。あながち間違ってないので放置する。
「私はラビです。よろしくお願いいたします」
ラビは貴族流のちゃんとした挨拶をした。
「私はアンネです。よろしくお願いいたします」
アンネも貴族流のちゃんとした挨拶をした。
「あの、それで、アンネ様の指輪は?」
アンネの指輪について質問があったので冒険者ギルドの受付嬢に話した嘘をそのまま伝えた。アンネには、そういう嘘を吐くと予め説明してある。
「そうでしたか、アンネ様はとてもお優しいのですね」
「いえ、私はシュワルツが好きなだけです」
(ああ、尊い)
アンネのセリフを聞いて義勇軍の面々は心の中でそう思っていた。
「それと、黒の魔法使い様。来てくださり本当にありがとうございます。あなた様が来てくれなかったら、私たちは無駄死にした事でしょう。あなた様のお陰で仇が討てます。この命惜しみません。トロールを全滅させる事が出来るのなら、この命使い潰してくださって結構です」
彼らは傷ついていた。僕は彼らと同じように彼女を失っていたから気持ちは分かるが、かける言葉が見つからなかった。
「皆さん、トロールはいつ頃現れたのですか?」
アンネが質問した。僕は嫌な予感がした。
「つい、十日ほど前です。最初は10匹程度だったのですが、あっという間に増えて……」
僕はアンネが何を考えているのか知って止めようとした。
「アンネ!それは言ってはいけない!」
「十日前ならまだ間に合います。死んでいった人たちを生き返らせる事が出来ます」
アンネは僕の制止を無視して言ってしまった。
「本当、なのですか?」
義勇軍の面々は、信じがたいという表情をしていた。
「本当です」
アンネは自信たっぷりに言った。
「ですが、蘇生の魔法は高位の神官様か聖女様にしか使えない魔法です。あなたはどちらでも無いのでしょう?」
「アンネ。それだけは言ってはいけない」
僕の言葉にアンネは首を振った。
「私は、聖女アンネローゼです」
義勇軍はざわついた。
「どういうことだ?聖女様は皇宮に居るのでは?」「聖女様の婚約者が黒の魔法使い様なのか、なるほどだから強いのか」「でも、なんで冒険者を?」
「どうか、これから話す事は内密にして下さい」
アンネはみんなの疑問に答えようとしていた。
「分かりました」「約束します」「僕も」
みな口々に約束してくれた。
「私は聖女としての能力を得ました。でも、その力をむやみに使う事は出来ません。みなも知っての通り、私は魔族に命を狙われています。ですが、それでも困っている人たちを助けたかったのです。だから、身分を隠して旅をする事にしたのです」
「そうだったのですか……。では黒の魔法使い様との関係は?」
「彼は私の一番大切な友人です。私の考えに賛同してついてきてくれました」
「なるほど、では、その指輪は?」
「変な虫が寄ってこないようにしているのです」
「なるほど、神託を守る為にしているのですね」
「その通りです」
アンネは嘘を平然と並べ立てた。スキル『女優』がそれを可能とさせていた。
「納得がいきました。この事は誰にも話しません。お約束いたします。聖女様」
そう言って、義勇軍はアンネに片膝をついて右手を胸の前に置く忠誠を誓うポーズをとった。
「あなた方の誠意を信じます」
アンネの言葉で義勇軍は全員こう思っていた。
(こんな所で聖女様にお会いできるなんて光栄な事だ。今語られた真実は墓まで持って行こう。あの世でご先祖様に自慢できる)
凄まじい忠誠心だった。これで秘密が漏れる事は無くなった。アンネは優しかった。僕は蘇生魔法を使える事を秘密にするつもりだった。そこからアンネが聖女だとバレて騒ぎになるのを防ぎたかった。
だが、アンネはそんな事はどうでも良いと思っていた。目の前に助けを求める人たちが居て助ける手段があるのなら、それを行わない理由など何もないと思っていた。アンネはまさしく聖女だった。
「何人が犠牲になったのですか?」
「おおよそ500人です」
「分かりました。では、今すぐトロールたちを倒しに行きましょう。死んだ人たちは49日以内に復活させねばなりません。私の魔力も有限です。早く倒して、みんなを生き返らせましょう」
「畏まりました。すぐに準備いたします」
義勇軍は50人だった。武器や防具は貧相なものしか持っておらず。中にはカマとかクワを武器にしている人も居た。
準備は数分で終わり、早速馬車でトロールの居る砦に向かった。
途中、村があったが無人だった。トロールの被害にあった村だった。義勇軍の何人かが泣いていた。たぶん、彼らの村なのだろう。そんな彼らを見てアンネは言った。
「大丈夫、みんな生き返らせます。ですから、これ以上悲しまないでください」
「ありがとうございます。聖女様」
泣いていた面々は涙を拭いて顔を上げた。
昼前にスタンフールの砦に着いていた。砦の周りは無数のトロールが見張りをしていた。トロールは全身長い青い毛に覆われた身長3メートルの巨人だった。毛は手入れされておらず、ボサボサだった。鼻や耳は大きく醜い姿だった。
彼らの最大の特徴は再生能力が高いという所だった。オーガは再生能力も高いが筋肉量も異常だった。対してトロールは生命力と再生能力は高いが筋力はオーガよりも劣っていた。個体での強さはオーガよりも劣るが集団で行動し、死ににくいので厄介な相手だった。
LVは20で能力値は生命力と体力が1000台で、筋力は200台その他は50台だった。スキル欄には『瞬間自己再生』があった。
僕のステータスはLV66で生命力と体力が400台で他は600台。
キョウレツインパクトはLV30で生命力と体力と筋力が1500台で俊敏性が600台、他は全て50台だった。
アンネはLVがいつの間にか25に増えていた。能力値は精神力と運が300台で他は200台になっていた。
ラビはLV30で能力値は敏捷性と体力は500台で運が3万、他は50台だったが、知力が300台になっていた。スキル『メイド』を習得した影響だと思われた。
義勇軍の面々はLV10台で能力値も100台だった。これは戦闘訓練を受けていない人間の一般的な数値だった。
砦は小高い丘の上に作られて居た。石造りの立派な砦だった。砦の周囲は草原だった。戦いの為に死角となる木などは完全に排除されていた。さて、どうやって攻めるか思案するが、集団戦の経験など無く、砦も攻めた事がなかった。
「あの、この中で戦った事があったり、部隊を指揮した事がある人は居ます?」
義勇軍の面々に聞いてみた。
「ないですよ」「農民ですから」「むしろ初めて戦います」
期待通りの答えだった。
「では、僕が指示を出しますから、その通りに布陣してください」
「分かりました」
結局作戦なんて思いつかなかったので、正面から堂々と行くことにした。
砦から100メートル離れた場所で、僕が先頭になり、50メートル後ろにキョウレツインパクト、さらに10メートル後方にラビ、僕から100メートル後ろにアンネと義勇軍の順で布陣した。
ラビをキョウレツインパクトの後ろに配置したのには理由があった。ラビのスキルに不穏なものがあったのだ。それが、どう作用するのか分からなかったからだ。
「キョウレツインパクト、ラビを守ってくれ」
「分かったっす」
「ラビ、何があっても僕とキョウレツインパクトを信じて動かないでくれ」
「あの、なんで私だけこんなに前なんですか?ご主人様と同じ場所じゃダメなんですか?私、弱いですよ。すぐに死んじゃいますよ」
ラビは必死に訴えてきた。
「分かっている。でも、ラビはこの位置じゃないと不味いんだ。それに、信じて欲しい。僕とキョウレツインパクトが怪我一つさせずに守り切るから、そうだろうキョウレツインパクト」
「もちろんです。兄貴。俺っちがラビを守るっす」
「シュワルツ様、キョウ先輩。私、頑張って信じてみます」
「ありがとう」
「義勇軍のみんなは、そこから動かないでアンネローゼ様を守ってください」
『分かりました』
義勇軍を僕は戦力に換算していなかった。なぜなら、アンネが彼らの死を望んでいなかったからだ。
アンネは僕が誰も犠牲を出さずに勝利すると信じ切っていた。僕もその信頼に応えるつもりだった。
「じゃあ、行くよ」
僕はアンネとラビに魔法『結界』をかけた。二人を球形の光が包み込む。
「聖女アンネローゼ・フォン・シュワルツェンドの名において、我を守護する者達に加護を与える」
「聖女アンネローゼ・フォン・シュワルツェンドの名において、我を守護する者にあらゆる厄災から身を護る加護を与える」
「聖女アンネローゼ・フォン・シュワルツェンドの名において、我を守護する者に武神の加護を与える」
アンネが補助魔法を使った。能力値が5割増し、持続的回復魔法が掛かった。さらにあらゆる状態異常の無効化と必殺技のダメージが倍増する効果が全員に付与された。これがゲームであればバランス崩壊もののチート魔法である。
僕が砦の門の前まで進むと、見張りのトロールが僕を見つけた。心を読むとこんな感じだった。
(人間だ。一人、二人、三人!最後の生存者!)
「ギャギャ、ゴガガガ~~~~~~~~~!」
トロールがラビを認識したとたんトロールは大声を上げた。意味はこんな感じだった。
(最後の生存者が現れたぞ!早い者勝ちだ!)
『ギャギャギャ~~~~~~~~~~!』
砦から雄叫びが上がる。ラビのスキルは予想以上の効果を持っていた。スキルは『挑発』と『誘因』だった。ラビは強烈に敵の注目を集める能力を持っていた。ただ、この効果は常に発動している訳では無かった。何か条件があるのかもしれない。
砦の扉が開かれ、中からトロールの大群が一斉に飛び出してきた。
(俺が食って幸運を手に入れる)(俺が食って幸せになる)(俺が食って英雄になる)
トロールの心はラビを食う事で埋まっていた。どうやら、ラビを食べると幸運に恵まれるらしい。真偽はともかく、トロールは思考停止していた。そして、一直線にラビを目指して走ってきた。その光景はオンラインゲームで魔物のトレインが発生した状況にそっくりだった。
義勇軍の面々は恐怖を感じていたが逃げるものは居なかった。それはアンネローゼへの忠誠心がそうさせた。
そんな中、叫び声が上がる。
「いや~~~~~~~。助けて!助けて!殺される~~~~~~~」
声の主はもちろんラビだった。僕が張った結界を内側から叩いて壊そうとしていた。それは、お前を守る為に張っているものだから、むやみにダメージを与えないで欲しい。
「大丈夫っすよ。シュワルツの兄貴はメッチャ強いんすから」
キョウレツインパクトがラビを宥めてくれた。ラビはひとまず落ち着いたようだった。そして、僕に期待の眼差しを向けている。僕はその期待に応えるための行動を開始した。




