ボストロール討伐1
朝になり、僕はアンネに言わねばならない事があった。
「アンネ。これから、ルークスの街に戻ってお金を稼がないといけないんだ」
「そうなの?お母様がくれたお金って少なかったの?」
「ああ、うん」
「分かった。良いよ」
こうして、ホテルを出てから人間の姿のままで、魔法『空間転移』でルークスの街に移動した。ルークスの街の冒険者ギルドの前で僕はアンネたちに説明をしていた。
「これから、冒険者としてクエストをこなして、生活費を稼ぐ必要がある。何か質問は?」
「シュワちゃんに任せる」
「兄貴について行くっす」
「よく分からないので、お任せします」
まあ、そうなるよね~。と思いつつ、僕は冒険者ギルドに入った。ルークスの冒険者ギルドのお姉さんは事務的な人だった。
「新しい冒険者の登録ですね。文字は書けますか?」
キョウレツインパクトが居たのですんなりと登録の手続きに移れた。
「書けます」
そう答えたのはアンネだった。
「では、名前、年齢、出身地を記載してください」
「はい」
アンネは書く気満々だった。だから、念話で注意事項をアンネに伝えた。
「聖女だとバレるのは不味いから、名前はアンネで登録してね。キョウレツインパクトはキョウという名前で良いからね。あと、ラビはラビのままで良いから、それと年齢はキョウレツインパクトは20歳でラビは16歳って事にしといてね。出身地は全員ベルンで良いから」
「分かった」
アンネは理解してくれた。
「僕は、すでに登録済みです」
そう言って冒険者の認識票を提出した。
「え?黒の魔法使い様?」
「あ、そう呼ばれているらしいですね」
「ようこそ、お越しくださいました。早速ですが昇級試験を受けませんか?」
「その前に質問良いですか?この街のクエストでブロンズが受けられるクエストは?」
「ゴブリン退治10匹ですね。報酬の見込みは金貨5枚です」
5万円で何が出来るのだろう。この世界の服の相場は異常だった。日本では2~3千円で買えた服が10万を超えていた。工業化が進んでいないせいだと思った。魔法の恩恵はあるが、大量生産は出来ていなかった。
そして、アンネは服を変えたいと思っていた。季節によって服を変えたいし、流行の最先端を追いたいと思っていた。つまり、僕は金を稼がなければならなかった。しかも、アンネは安宿が嫌いだった。皇宮で育ったのだ。無理もない。
だから、僕は昇級試験を受ける事にした。
「昇級試験を受けようと思います」
「畏まりました。シルバーとゴールドの試験許可が降りて降りますが、どちらになさいます?」
「ゴールドで」
「では、試験会場にご案内いたします」
僕が案内された場所には一人の剣士が立っていた。
「実績は知っている。だから、それを証明してくれればいい。オーガを倒した技を見せてくれ」
試験官らしい男は僕にそう言ってきた。だから、魔法『黒の剣鎖』で拘束し、攻撃する直前まで行った。
「合格だ。この後、受付でステータス確認が行われる。まあ、君なら問題ないだろう」
試験官は僕に右手を差し出してきた。僕はその手を取った。だが、内心ドキドキだった。まともにステータスを見られたら、魔族だとバレてしまう。アンネの家出を助けるにはステータスを偽る必要があった。そう思った瞬間、あれが発動した。
≪スキル『愛の奇跡』の条件を満たしました。スキル『能力偽装』を獲得しました≫
僕は早速スキルを使い、ステータスを全て書き換えた。名前はシュワルツのままだが、種族は人間、レベルは66のままにした。ちなみに、人間の姿になるとステータスが人間っぽく偏りが少ないものになっていた。だが、大人に比べると生命力と体力が少ない感じだった。
それに、剣術と格闘術の訓練をしたせいで、魔力を除いたステータスがバランスの良いものになってしまっていた。生命力と体力は400だが、その他全てが600台になっていた。ちなみに魔力は相変わらず12万と振り切れている。
魔法使いと言い張るには少し異常な数値だった。だから、魔法使いっぽくステータスを600~400台に調整した。スキルは魔眼とか怪しまれそうなものを全て非表示にした。魔法は『空間転移』とかすでに知られてしまったものは表示しているが、『異世界転移』は隠さないと不味いと思った。なぜなら、魔王が使えると言われている魔法を使えるとなると恐ろしく過大評価を受けそうだったからだ。
戦闘スタイルは訓練のせいで『魔法使い』から『魔闘士』になっていた。一応魔法使いで通っているので、戦闘スタイルを『魔法使い』に変え、魔法使いに関係なさそうなスキルも非表示にした。
受付に戻り受付のお姉さんに伝えた。
「試験、合格しました」
「承っております。では早速、ステータス確認をさせて頂きますがよろしいですか?」
「構いません」
「知の神オーディンに願い奉る。この者の能力を教えてくださいませ」
≪ステータスの開示要請がありました。許可しますか?≫
僕は、イエスと心の中で答えた。僕が偽装したステータスが表示される。
「ステータス確認しました。これがゴールドクラスの認識票になります」
そう言って、受付嬢は僕にゴールド製の認識票を渡した。
「あの、不躾な質問ですが、本当に独学でこれだけの修練を積まれたのですか?」
前は、嘘の用意もしてなかったが、僕は母さんが冒険者をしていた事をセバスから聞いた。ここは母さんに教えて貰ったことにしよう。なにせ嘘では無いのだから。
「実は、秘密にしてたんですけど、リーゼって冒険者が僕の師匠です」
「ええ?10年前に突如姿を消した。赤の魔女リーゼ様のお弟子さんだったのですか?」
どうやら、母さんも有名だったらしい……。赤の魔女って何をしたら、そんな字が付くんだ?母さんの事だから気に入らない奴を片っ端からぶっ飛ばしてる可能性と、強いやつに嬉々として戦いを挑んでいる可能性が高かった。いずれにせよ人間離れした強さで冒険者してたんだろうな~。
「どうりで、強い訳ですね。それで、リーゼ様は今どこに?」
「さあ、僕にも分かりません。一通りの事を教えて貰った後で別れましたから」
「そうですか、もう一つ伺っても良いですか?」
「ええ、いいですよ」
「先ほど一緒に居たお連れのアンネ様が黒の魔法使い様と同じ指輪をしていたのですが、どういう関係ですか?」
僕の婚約者は魔物に殺されているという噂だった。なので、なんで生きているのか気になったようだ。もしかして、新たな婚約者を作ったのかと疑われていた。一途な男というイメージが崩壊する危機だった。
「婚約者です」
嘘も方便だと思う事にした。
「では、婚約者の方を失ったというのは嘘だったんですか?」
僕は僕の噂を全否定しても良かった。だが、名声は役に立っていた。実際、街に入る時にはフリーパスだったし、今も冒険者ギルドで優遇されている。自分に有利な条件を失いたくなかった。
「いいえ、それは僕の話を聞いた人の勘違いだと思います」
「そうなんですか?」
「ええ、僕はその人に最愛の人を失ったとだけ伝えたんです」
「それは、婚約者では無かったと?」
「そうです、僕は家族を皆殺しにされたのです」
「まあ、何てこと」
「僕はリーゼ様の元で修行中でした。その修業が終わったら家族の元へ戻るつもりだったのです。ですが、父と母と弟と妹、祖父も祖母も僕が帰る前に、魔物に襲われて……」
僕は自分の作り話に感情移入して涙を流していた。
「ああすみません。私なんて事を……。それ以上は話さなくても……」
「いえ、良いんです。僕も中途半端に伝えたせいで間違った噂が広まったのも事実ですから、この際、ハッキリさせておきたかったのです」
「分かりました。今日聞いた話は、私が責任をもって皆に伝えます」
受付嬢は良い人だった。
「それで、家族を失い孤独になった僕に対して婚約者アンネの家族は、僕との婚約を解消しようとしました。ですが、彼女は僕と共に魔物を倒す旅に一緒に出る事を選んでくれました」
上手に嘘を吐くコツは、ちょいちょい真実を混ぜる事だと何かの本で読んでいたので、それを実践する。
「ああ、なんて素敵な方なんでしょう」
「ええ、彼女のお陰で僕は救われました」
「それで、キョウという方は、どういったご関係で?」
「ああ、彼は自分より強いものを探して旅をしている格闘者です。僕が魔物退治をしていると話を聞いて、一度戦ったのです。その時にお互いの実力を認め合い、一緒に魔物退治の旅をしてくれることになりました」
ここで、湖での組手を活かすことにした。
「すごい、男の友情と言うやつですね。最後のラビって方は?」
「ああ、彼女はアンネのメイドです」
「なるほど、分かりました。今の話、ちゃんと広めておきますから」
「ありがとうございます。話を戻しますが、僕が受けられる最高報酬のクエストは何になります?」
「ボストロールの討伐になります。ただし、どこの村も資金が無いので、クエスト成功法報酬はありません」
「どこに居るんです?」
「ここより西のスタンフールの砦を奪って住みついています。そして、手下のトロールたちを率いて周辺の村と街で殺戮と略奪を行っています。どうか、討伐して頂けないでしょうか?」
「ちなみにボストロールとトロール一匹の討伐賞金は?」
「ボストロールが金貨10枚、トロールが金貨1枚となっております」
「敵の数は?」
「詳しくは報告されていませんが、ボストロールは1体でトロールは300体以上居ると見込まれています」
金貨300枚以上のクエストだった。トロールは母さんの訓練で狩った事があった。再生能力がオーガ以上にウザいが、勝てない相手ではない。ただし、一体倒すのに結構時間がかかった。だが、今は攻撃手段も増えているし、何とかなると思っていた。
「分かりました。受けましょう」
「ああ、助かります。トロールの数が多すぎて歴戦の冒険者レギオンでも依頼を引き受けてくれなかったのです。これで、近隣の村は救われます」
「いえ、魔物は僕の仇ですから」
「では、『勝者の証』を使ってもよろしいですか?」
「はい、お願いします」
「狩猟の神ウルに願い奉る。この者の勝利の数を教えたまえ」
≪魔物の討伐数についての情報共有申請がありました。許可しますか?≫
僕は心の中で「はい」と答えた。
「すみません。僕の連れにもかけて貰っても良いですか?」
「ええ、いいですよ。では、受付までお越しいただいても良いですか?」
「分かりました」
僕はキョウレツインパクトにも戦ってもらおうと思っていた。アンネやラビは戦うことは無いが、間違って敵に止めを刺すことがあるかもしれないので、念のためかけてもらう事にした。賞金の取りこぼしを防ぎたかったのだ。
僕は冒険者ギルド内を見回した。三人はテーブルの一つに座っていた。僕はテーブルに近づいて、こう告げた。
「これから、悪い魔物を退治しに行く。その為の準備で『勝者の証』って魔法を受けないといけない。受付まで来てくれるかい?」
「いいよ」
「分かったっす」
「お任せします」
こうして、全員『勝者の証』を受けた。
「あの、もし良ければですが、冒険者ではありませんが、トロールを討伐するための義勇軍があるのですが、その方たちと一緒に行って頂けませんか?」
受付嬢は懇願するように言った。
「良いですよ」
本当は報酬が減るので嫌だったが、多少報酬が減っても名声を得る事を選んだ。
「では、この場所に向かってください」
そう言って受付嬢は道を教えてくれた。
「では、武運を祈ります。黒の魔法使い様」
冒険者ギルドを出て、受付嬢に言われた場所に行くと、そこは木造一階建ての四角い建物だった。




