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犬に転生したら何故か幼女に拾われてこき使われています  作者: 絶華 望(たちばな のぞむ)
運命は二人を引き寄せる
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幼女に拾われる

 僕は勘が訴えるままに空を飛んで東へ移動していた。僕は基本的に歩かない。なぜなら素足で地面を歩くことに抵抗があるからだ。人間だった頃の名残で地面は汚いものだと認識していた。だから、僕は極力空を飛んで移動する事にしていた。ちなみに、翼を使って飛んでいると疲れるので魔法『飛行』を使用して飛んでいた。

 母さんのテリトリーを抜けるとそこには平野が広がっていた。そこには村があり畑があった。時間的には午前十時ぐらいだ。春の温かい陽気の中、大きな街道を馬車が爆走していた。その馬車を囲むように武装した兵士らしき者達が馬に乗って並走していた。

 なんで急いでいるのか分からなかったが、僕はその馬車に向かった。馬車に乗っていけば人間の街にたどり着けると思ったからだ。馬車の御者も周りの兵士達も空を飛んでいる僕には気が付いていなかった。

 この世界で初めての人間を目にして、自分の大きさが成犬のチワワぐらいの大きさしかない事に気が付いた。そして、母さんはそれから換算すると体高4メートルはあった。僕はかなりの大型犬らしいが成長は遅いようだ。

 母さんが言っていた。一人前になるまで100年かかると……。あと91年は成長を続けるらしい。僕は黒の殲滅者シュワルツ・フェアニヒターと呼ばれる魔犬だった。

 人語を理解し、魔法に精通する魔族だった。成犬となれば手の付けられない厄災の一つだった。だが、成犬ではない幼犬は人間にとって上質な毛皮の原料でしかなかった。

 だから、母さんは人間に関わるなと念押しした。だが、彼女の元に戻るには人間の知識が必要だと思っていた。だから、多少危険でも馬車の上に乗っかった。これで、人間の町まで行けると思った。だが、想定外の事態が発生した。

「離せ!離せ~~~~~~」

 幼女の叫び声が聞こえた。それだけなら無視してもよかった。

「黙れ、てめぇを守るものは何もねぇんだよ」

 その声の後で、殴る音が聞こえてしまった。

「ぐっ、う」

「ほう、泣かないのか、見上げた根性だな」

「あんたなんかに負けない」

 その幼女の言葉を聞いた時、僕は人として幼女を見捨てる事が出来なかった。

 僕は魔法『透過』を発動した。馬車の屋根をすり抜けて馬車の中に入った。僕の目の前には幼女をもう一度殴ろうとして腕を振り上げている暴漢と暴漢を睨んでいる幼女がいた。僕は魔法『衝撃波』を発動した。

 暴漢は吹っ飛んで馬車のドアを壊して外に放り出された。幼女は僕を見た。僕も幼女を見た。幼女は金髪のストレートの長い髪と碧眼の将来美人になると思われる顔立ちをしていた。黒が基調で所々に金色の刺繍がしてある可愛いドレスに身を包んでいた。幼女は僕を抱きしめた。

「なにこれ、可愛い~~~」

 キラキラさせた目で、幼女は僕を抱きかかえた。幼女の頬には殴られた跡があった。僕は魔法『回復』を発動し幼女の傷を癒した。

「あれ?痛みが引いた。ワンちゃん何かしたの?」

「そうだよ。魔法で直したんだ」

「ありがとう。いいこね」

 幼女はそう言って僕を撫でた。そうこうしているうちに馬車が止まり、外が騒がしくなる。兵士たちが馬から降りて馬車を囲んでいた。その数はざっと二十人程度だった。

「おい、何があった。しっかりしろ!」

 そんな声が聞こえた。幼女は僕を抱きしめて馬車から飛び出した。

「おい!人質が出て来たぞ!逃がすなよ!」

 兵士の一人が大声で叫んだ。幼女は構わずに兵士たちの包囲網を抜けようと走った。だが、幼女の前に兵士が立ちふさがる。

「逃げれると思うなよ」

 そう言って両手を広げて幼女を捕まえようとしてきた。これが、現代であればお巡りさんに連行されるのは兵士の方だが、ここは異世界、お巡りさんが居るかも怪しかった。だから、僕が代わりに変態兵士を吹っ飛ばすことにした。

 魔法『衝撃波』を放ち、兵士を吹っ飛ばした。

「なんだ?何が起こっている!」

 突然兵士が吹っ飛んだのだ。幼女が吹っ飛ばしたとは考えにくいのだろう。

「ワンちゃん。あなた。守ってくれるの?」

「ああ、任せておけ」

「ありがとう。私、頑張って逃げるね」

 彼女の逃走を助ける為に、僕は幼女に魔法『身体能力強化』をかけた。幼女は大人顔負けの速度で走り出した。

「待て!こいつがどうなっても良いのか!」

 兵士の一人がメイド服を着た女性の首元に剣を突きつけていた。それを見て幼女は足を止めた。

「マリー」

 メイド服の人はマリーという名前だと判明した。黒目黒髪で髪は短く肩口で切りそろえられていた。少し目つきが鋭いが、美人と言って差し支えない顔立ちだった。どことなく彼女を思い出させる顔立ちだった。

「お逃げください!アンネ様!」

 幼女の名がアンネだということが判明した。

「でも!」

 アンネが、躊躇していると、マリーは自ら剣に首を刺した。僕は目の前の光景が信じられなかった。自らの主人を守る為に命を捨てるその姿を美しいと思った。そして、アンネが何者か分からないが、とても大切な存在なのだと理解した。

「クソ!何をやっている!死なれたら人質の意味がないだろうが!」

 そう言って別の兵士がマリーに駆け寄り回復の魔法を使った。

「す、すみません!」

「まったく、もう一人を出せ!」

 そうして連れてこられたのは初老の男だった。執事の様な服装をしているので、執事なのだろう。短く刈り上げた白髪交じりの赤い髪と赤い目をした長身痩躯の男だった。

「私の事は置いて行って下さいアンネ様」

 殴られたのか、顔面が腫れあがった初老の男は、掠れるような声でそう言った。

「嫌よ!セバス!」

「こいつを殺されたくなかったら大人しくしていろ!身代金さえもらえれば俺達は良いんだ。命は保証してやる」

 僕は兵士の言った事を信じられなかった。本当は何を考えているのか、アンネたちを生かして帰す気があるのか疑わしいと思った。アンネたちの為に真実を知りたいと思った。

≪スキル『愛の奇跡』の条件を満たしました。スキル『真実の魔眼』を獲得しました≫

 機械じみた声が聞こえた。何事かと思ったが、それよりも気になる事が出来てしまった。兵士の心の声が見えるようになったのだ。

 兵士はアンネたちを生かして帰す気が無かった。それどころか、アンネたちに酷い事をしようとしていた。しかも、その理由が戦争を起こすという最低な理由だった。僕の中で何かが壊れた。今までは人間を殺すことに抵抗があった。だから、衝撃波で吹っ飛ばすだけにしていた。だが、兵士たちの思考があまりにも下劣すぎて殺すしかないと思ってしまった。

≪スキル『愛の奇跡』の条件を満たしました。魔法『殲滅の黒雷こくらい』を獲得しました≫

 僕は獲得した魔法をそのまま使った。僕の目の前に黒い球が出現し、球の表面を黒い雷が迸っていた。そして、兵士を一人一人視認していくと殺すと決めた相手にマーカーが付いた。

「なんだ?あれは……」「魔法が使えるなんて聞いてないぞ」「いや、黒い犬を抱いてるぞ?」「なんだ、あの犬?」「翼が生えてるぞ」「まさか、あれは……」「黒の殲滅者……」「魔族だ!魔族が居るぞ!」「何をしている防御魔法を展開しろ!」

 兵士たちが僕に気が付き、防御魔法を展開し始める。兵士たちと僕との間に無数の防御障壁が立ち並ぶ、僕は兵士たち全てにマーカーが付いたことを確認し、ただ一言命じた。『死ね』と……。

 僕の命令を受けて、黒い球から無数の黒い雷が兵士たちの防御障壁を打ち砕いて、兵士たちに命中する。兵士たちは絶叫を上げて死んだ。辺りには肉の焦げる匂いが充満した。

「これ、ワンちゃんがやったの?」

 そう聞いてきたアンネの声は震えていた。

「そうだよ」

 僕はそう答えた。そのまま、彼女の腕から抜け出して、低空飛行でマリーの元に向かった。敵兵の回復魔法のお陰かマリーは、まだ生きていた。だが、傷が完全には治っていなかったので僕は魔法『回復』を発動し、マリーの傷を癒した。しかし、失血して体力が無いのかすぐには立ち上がってこなかった。

 僕はマリーの元を離れてセバスの元に向かった。そして、同じように傷を癒した。

「君が治してくれたのか?」

 セバスは驚いた表情で聞いてきた。顔の腫れが引いたセバスはイケメンオジサマとなっていた。

「そうだよ」

「ありがとう」

 そう言って、空中に浮かんでいる僕の頭を撫でて来た。まあ、姿は子犬なのだから、みんな同じような対応をするのだろう。中身がおっさんだとは思っていない。

 マリーとセバスを回復するとアンネが駆け寄って来た。そして、また抱きしめてきた。

「ありがとう。ワンちゃん。私を守ってくれたんだね。二人も助けてくれてありがとう」

「良いんだよ。通りがかりだったし、見て見ぬふりは出来なかっただけだよ」

「ありがとう。お礼は何が良い?」

「何も要らないよと、言いたいところだけど、人間の街に行きたい。連れて行ってくれるかな?」

 僕の言葉に予想外の答えが返ってきた。それはセバスからだった。

「アンネ様、お礼は干し肉がよろしいかと」

 え?いやなんで?街に行きたいって言ったら干し肉をくれると言われたぞ?なんでだ?セバスは悪気なく最高の笑顔でアンネに提案していた。

「いや、干し肉よりも街に行きたい」

 僕は自分の要求を再度伝えた。

「え?そうなの?干し肉が良いの?」

 あれ?なんだ、何かがおかしいぞ?

「干し肉は要らないって」

「そっか、干し肉好きなんだね」

 ここで、ようやく僕は気が付いた。僕は言葉をしゃべっていたつもりだった。だが、僕の体は翼以外は基本的に犬だった。声帯も犬のそれだった。僕がしゃべっていたのは「ワン」という鳴き声だった。

 嫌な汗が噴き出してきた。このままでは干し肉を与えられて、それで終わりそうな雰囲気だった。だから、身振りで意思を示すことにした。僕は全力で首を横に振った。

「あれ?干し肉嫌なの?」

 そんな僕を見てアンネは聞いてくれた。だから、全力で頷いた。

「すご~い。ワンちゃん。言葉分かるんだ」

 全力で頷くと、セバスが驚いたような表情を見せた。

「魔法だけでなく、人間の言葉も解しているとなると、やはり黒の殲滅者でしたか」

「黒の殲滅者ってなに?」

「アンネ様、黒の殲滅者は人間の敵です。魔族の中にあって厄災と呼ばれる存在、成体となれば人間の街を単独で滅ぼす事が出来る危険な存在です」

 それは、母さんから聞いた。黒の殲滅者の説明と同じだった。

「でも、この子は私たちを助けてくれたよ?」

「そうですな、この子は悪い魔族ではないのかもしれませぬ」

 セバスは僕の危険性を理解したうえで、味方だと思ってくれたようだ。そんな会話をしているとマリーも体力が回復したのか立ち上がった。

「マリー。もう大丈夫なの?」

 そう言ってアンネは僕を放してマリーの元へ駆け寄った。

「アンネ様、心配して頂きありがとうございます。ですが、次はお見捨てになってください。あなたは大切な方なのですから」

 そう言ってマリーはアンネを抱きしめた。

「無理だよ。私にとってもマリーは大切な人だよ」

「身に余る光栄です。アンネ様」

 マリーとアンネが僕とセバスの元に歩いてくると、兵士の一人が起き上がろうとしていた。それは、最初に『衝撃波』吹っ飛ばした人間だった。

 僕は、即座に殺そうと『殲滅の黒雷』を使おうとした。黒い球体が現れた瞬間、セバスが声をかけて来た。

「殺さないでくれ、その男には聞きたいことがある!」

 僕は、殺すのを止めて別の魔法を発動させた。魔法『黒の束縛』を使った。兵士は黒い紐の様なもので縛られ地面に縫い付けられる。

「ありがとう。助かる」

 そう言ってセバスは兵士に近づいた。途中で落ちていた剣を拾って縛られている兵士に剣を突きつける。

「依頼者は誰だ?」

 その声には冷酷な意思が込められていた。兵士は、怯えつつ答えた。

「俺たちは傭兵団だ。戦争が無くなって食うに困ったから皇女を誘拐した」

 これは、嘘だった。真実の魔眼は嘘を見抜いていた。

「嘘を吐くな、落ちぶれた傭兵団の装備ではない。それに最初に我らを襲った時の人数も多かった。さらに言えば皇女が、今日あの場所に行くことは極秘事項だった。どこかの国の手引きが無ければ知りえない情報だ」

 セバスの追及に対して兵士は押し黙った。僕には兵士の考えが読めた。どこの国が何のためにそれをしたのか理解した。だが、それをセバスに伝える術がない。しゃべってもワンとしか鳴けないし、意思疎通の魔法も教えられていなかった。

 母さんとはワンで意思の疎通が取れていたのだから、必要のない魔法は教えられていなかった。だから、成り行きを見守る事にした。

「もう一度は言わぬ。依頼者は誰だ?」

 兵士は押し黙ったままだった。

「そうか、ならば仕方ない」

 そう言ってセバスは一刀で兵士の首を落とした。セバスはなかなかの剣士らしい。セバスが戻ってくると、マリーとセバスが会話を始めた。

「セバス様、どのようにいたしましょう?」

「ここはすでにフーリー法国の領内だ。すぐにでもシュワルツェンド皇国に引き返したいところだが、真っすぐ引き返すのは危険でしょう」

「では、どこに向かいますか?」

「北にある港町から船でシュワルツェンド皇国に向かいましょう。ですが、この人数では襲撃された際に心もとない。まずは街に向かって傭兵を雇いましょう。それで良いですか?アンネ様」

 セバスはなかなか出来る執事の様だった。主であるアンネに最後は判断を委ねている。忠義の厚い男の様だった。

「うん」

 アンネはアンネでセバスに全幅の信頼を寄せているようだった。

「では、行きましょう」

 セバスがそう言うと、アンネは当然のように僕を抱いて歩き始めた。それを見たセバスが少し驚いて聞いた。

「黒の殲滅者も連れて行くのですか?」

「え?ダメなの?」

 アンネは連れて行くのが当然だと思っていたようで、驚いて聞き返していた。僕はただ流れに身を任せていた。なぜならワンとしか鳴けないからだ。

「翼のある姿では目立ちすぎます。せめて翼を隠さないと街に着いた時、騒ぎになります」

「そっか、ねぇワンちゃん。翼隠せる?」

 僕はワンとしか鳴けないので行動で示した。翼は隠せるのだ。これは母さんに習った。もし人間に会ったのなら翼を隠してやり過ごすのよと教わった。

「すごい。隠せるんだね」

 そう言ってアンネは僕に笑いかけた。

「まあ、その姿なら良いでしょう。ですが、一緒に行くのなら名を与えるのが良いでしょう。いつまでもワンちゃんでは可哀そうですよ」

 セバスがアンネに優しくそう言った。アンネは少し考えた後でこういった。

「じゃあ、黒の殲滅者シュワルツ・フェアニヒターだから、この子の名前は『シュワルツ』にする」

「安直ですが、分かりやすくて良いでしょう」

 僕には母さんからもらった『ジークフリード』という名があったが、それを主張する術が無かった。下手に嫌だと言って抗議したとして、僕が言えるのはワンかグルルぐらいだ。会話の流れ次第で僕の名前がワンとかグルルになるのは嫌だった。

 まだ、シュワルツの方が良かった。だから、僕は名前を受け入れた。

≪使い魔契約を結びました。以後、主の状態を把握できるようになりました。また、主に危機が迫った時、無条件での転移が可能となりました≫

 機械音声の後で、僕は確かにアンネの状態が分かるようになった。今は少し不安になっているようだった。僕はアンネの頬を嘗めた。少しだけアンネの不安が薄らいだ。

 こうして僕は幼女に拾われた。彼女の居る地球に帰るのはいつになるのか、帰ったとして僕が死んだ直後の時間に戻れるのか不安は尽きなかったが、魔法の力を信じて頑張る事にした。魔法があるのだから、奇跡ぐらい起こっても良いじゃないかと思った。


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