夢の続き1
ルークスの街に近づくと僕は人間の姿になり、黒のローブを纏う姿になった。アンネは皇女の正装である。金の刺繍がしてある黒のドレスを着ていた。キョウレツインパクトは馬の姿だった。
「アンネ。とりあえずキョウレツインパクトとラビを人間にしてくれ」
「分かった」
こうして、キョウレツインパクトは筋骨隆々、黒髪長髪の美青年になった。服装は黒い武道着の様なものを身につけていた。ラビは白髪赤目のメイドになった。服装は白を基調としたメイド服だった。髪型はストレートのショートヘアで、身長は150センチぐらいだった。顔は普通に可愛いかった。頭にはウサ耳が付いていた。キョウレツインパクトの身長は2メートル、アンネは130センチで僕は120センチぐらいだった。残念ながら僕が一番身長が低かった。
だが、僕はまだ成長途中なのだ。成犬になったら大きくなっているはずだった。背の高いセバスの遺伝子を受け継いでいるのだから……。
全員人間の姿になったが一つ問題があった。耳である。僕は折りたためば髪型だと言い張る事が出来るが、キョウレツインパクトは馬の耳だし、ラビは兎の耳だった。
「キョウレツインパクトとラビ、耳はたためる?」
「どうやるんすか?」
「え?耳?こうですか?」
キョウレツインパクトはたたみ方が分からないし、ラビはたたんだが不自然だった。
「こうすれば良い?」
アンネがそう言うと、キョウレツインパクトとラビは耳が人間のものになり完全な人間になった。アンネは最初に僕とキョウレツインパクトを人間化した時は使い魔だと分かるように獣人をイメージしていた。
今は使い魔だという事を隠したかったので、完全に人間の姿にしてくれた。僕も自分の人間の姿をイメージして耳を人間のものにした。これで、街に問題なく入れる。
街に入る時に城門で身元確認的な事が発生した。
「どこから来たのですか?」
「ええっと」
僕が言いよどんでいると門番が僕の姿を見て質問を変えてきた。
「失礼、もしかして冒険者の方ですか?証を見せて貰っても?」
「はい、どうぞ」
僕は冒険者の証を取り出して渡した。僕の番号を見て、門番は驚いていた。
「黒の魔法使い様でしたか、ならばそう言って下されば良かったのに。さあ、どうぞお通り下さい」
「え?それで良いんですか?」
「黒の魔法使い様の伝説は聞いております。喜んで迎え入れる街はあっても、無下にする町はありませんよ」
「通行料は?」
「とんでもない。救世主にそんなものを要求するはずがないでしょう。どうか、この街でも魔物を討伐して頂ければ幸いです」
何故だ。どうしてこうなった。これでは街に寄る度に魔物の討伐を行わなければならない雰囲気ではないか……。でも、まあ大概の魔物は母さんとの訓練で討伐済みだし、旅費を稼ぐついでにやれば良いと思う事にした。
街に入って、洋服店に着くと、アンネは服を選んでいた。金額を見るとどれも金貨10枚は下らない代物ばかりだった。この世界では、僕の世界と違って服が高級品だった。量産が出来ないのか、それとも原材料が高いのか、それともボッタクリなのか判断が付かなかった。
セバスは値引き交渉をすることなく購入していたので、たぶん適性価格なのだろう。なので、僕も値引きなどせずに払うつもりだった。
アンネが選んだのは、白のワンピースとピンク色のカーディガンだった。奇しくも死んだ彼女が選んだ服装だった。その姿を見ても僕は悲しくならなかった。彼女の生まれ変わりがアンネだとしたら、記憶は無くても趣味や趣向は同じなのかもしれない。
「これに決めた」
「すぐに着て行かれますか?」
店員がアンネに確認した。
「そうしたい」
「では、こちらにどうぞ」
アンネは別室に案内されて洋服を着替えた。僕の所には請求書だけが来た。金貨10枚だった。僕は素直に支払った。
「お買い上げ。ありがとうございます」
店員の心を読むと、ボッタクってる訳ではない様だった。そもそも洋服を同じ形で作る為には魔法が必要だった。その魔法を扱える人間が少ないから、値段は高いと判明した。
アンネの着替えが終わり、僕たちは自由になった。服装からアンネが聖女だと分からなくなった。僕とキョウレツインパクトも『聖女の盾』の隊服ではないし、ラビに至ってはメイド服だが白が基調なので大丈夫だった。
服選びに時間を使ったが、お昼までは時間があった。
「アンネ。何かしたいことある?」
「お店見て歩きたい」
「良いよ」
こうして、四人でお店を見て回った。アンネは色んなものを見ては喜んでいた。キョウレツインパクトとラビは人間の作ったものに興味深々だった。お店の人に説明を受けては「すごい」を連発していた。
そんなこんなで、お昼の時間となり、適当な店で昼食をとる事になった。だが、この店が悪かった。それぞれ料理を注文したが、美味しくなかったのである。料金は安かったが、不満が募った。それは、アンネもキョウレツインパクトもラビもそうだった。
キョウレツインパクトとラビはサラダを注文したのだが、しなびた野菜が出てきたのだ。
「これなら、草原の草を食ってた方がマシだったっす」
「同感です~」
二人はあからさまにガッカリしていた。残念な昼食を終えて、店の外に出るとアンネは僕に言った。
「私、ローレライの森のアディーヌ湖に行きたい」
「そこに、なにがあるの?」
「感動があるんだよ。シュワちゃんも来たら分かると思う」
アンネの要望を聞いて、街から出て、犬と馬と兎に戻りその場所に移動した。三時間ほどで、その場所に着いた。そこは、森の中に湖がある場所だった。色とりどりの草花が咲き乱れる美しい場所だった。空気も澄んでいて、道もちゃんと整備されていた。観光地なのだろう、宿屋や食堂もあった。
アンネはキョウレツインパクトの手綱を巧みに操って、どこかへ向かっていた。そこには立派な屋敷があった。屋敷には門番が立っていた。その門番はアンネを見つけると敬礼した。
「アンネローゼ様、ようこそお出でくださいました。今日はご宿泊ですか?」
どうやら、ここはアンネが何度も通っている宿屋らしかった。
「ええ、今回は四人で泊まりたいのですけれど、部屋は空いていますか?」
「四人ですか?」
「ああ、少し待ってくださいね」
そう言ってアンネはキョウレツインパクトから降りた。そして、スキル『使い魔強制人間化』を使用して、犬と馬と兎を人間にした。
「使い魔なのですか?」
門番は驚いて聞いてきた。
「そうですよ。問題がありますか?」
「いえ、何も」
こうして、僕たちは宿の中に案内された。そして、受付で四人分の宿泊料金を請求された。その金額は金貨8枚だった。どうやらここは高級ホテルの様だった。お金が一気に金貨13枚まで減った。このままの勢いで金を使っていくと明日には無一文になりそうだった。
アンネに悪気はない。ただ、みんなに感動して欲しいという思いで行動していた。僕は金貨13枚が少ないと感じるようになっていた。これは、早急にクエストをこなして資金調達をする必要があった。
だが、今はアンネの為に楽しい一時を過ごす事にした。
「いつもご利用ありがとうございます。アンネローゼ様、それで今日の夕食はいかがいたします?」
受付のお姉さんに宿泊料金を支払った後で、お姉さんが聞いてきた。
「そちらに、お任せします」
「畏まりました。お連れ様も一緒のメニューで宜しいでしょうか?」
「僕は同じで良いよ」
「あっしはニンジンで」
「私もニンジンで」
キョウレツインパクトとラビは無茶振りともいえる発言をしていた。
「畏まりました。使用する材料は全てニンジンという事でよろしいですか?」
受付のお姉さんは動じていなかった。使い魔だという情報から、こういう事態を想定していた。なかなか優秀な受付だった。
『ニンジンで』
二人は声を合わせて答えた。なにも答えになっていない回答だったが、受付のお姉さんは、二人の意図を正しく理解していた。
「畏まりました。お出かけの際には部屋の鍵はこちらにお預けください。では、そこの者がお部屋までご案内いたします」
荷物運び兼案内役の男が、先導して部屋まで案内してくれた。その部屋はアンネが過ごしていた皇宮の部屋と遜色ないほど豪華だった。ベットは四つあり、それぞれに天蓋が付いていた。
また、豪華なテーブルも置いてあり、テーブルを挟む形でフワフワのソファーも置いてあった。そして、窓から見える景色は絶景だった。森の中の湖を見下ろせる部屋だった。
部屋に着いたが夕食まで、時間があった。つまり、暇だった。
「ねぇ、シュワちゃん。少し出かけない?」
「ああ、良いよ」
「キョウちゃんとラビはどうする?」
「あっしは休みたいっす」
キョウレツインパクトは朝から馬として働いていた。だから、休んでも良いと思う。
「私も疲れました」
ラビはアンネに飼われる事になり、慣れない事が続いて気疲れしていた。ラビは臆病だった。ルークスの街でははしゃいでいたが、ちょっとした音に敏感に反応してビックリしている事が多かった。
「分かった。ゆっくり休んでてね」
「あいっす」
「ありがとうございます。ご主人様」
そう言うと二人はそれぞれのベットに横たわった
「この藁フワフワで気持ちいいっす」
キョウレツインパクト、それは布団というものだぞと心の中で突っ込んだ。
「本当ですね。すぐ眠れそうです」
と言った傍から二人は寝てしまった。
僕とアンネは二人を部屋に残して、鍵をホテルの受付に預け、二人で森を散策した。森の中は人間の兵士が定期的に巡回しているらしく、魔物も獣も居ない森で安全に草花を見て歩いた。そこは癒し空間だった。
アンネにとっては、石造りの皇宮と違う自然と触れ合える空間だった。僕にとってもそれは変わらなかった。この世界の母さんと過ごした森を彷彿とさせる風景は僕にとっても癒し空間だった。
「良い場所でしょ?」
アンネが僕にそう聞いてきた。
「そうだね。癒されるよ」
僕は素直に答えた。
「私を皇宮から連れ出してくれてありがとうね。シュワちゃん」
そう言った笑顔が死んだ彼女と重なって見えた。
「ねぇ、××って名前を聞いたことがある?」
僕は質問してしまった。アンネが彼女の生まれ変わりなのか確かめたくなってしまった。アンネがどう答えるか知っているのに……。
「知らないよ?変わった名前ね」
「そうだよね」
「シュワちゃんが言っていた守れなかった人の名前なの?」
「うん」
「どうして私が知ってると思ったの?」
「もしかしたら、アンネが彼女の生まれ変わりなんじゃないかなってね」
「シュワちゃん。おかしな事、言ってるよ。その人が死んだのは、最近だよね?私はもう9歳だよ。計算が合わないよ」
「そうだね」
時間遡行の事を言っても仕方が無いし、説明したとしてもアンネの答えが変わる事はないので、説明はしなかった。でも、アンネが生まれ変わりだったとしたら、今日があの日の続きになるんだろうか?やっている事は普通にデートだった。
夕食の時間になり、食堂でコース料理が出された。僕とアンネには、前菜『春野菜のサラダ』、スープ『コーンポタージュ』、魚料理『川魚のソテー』、肉料理『牛頬肉のワイン煮込み』、甘味『バニラアイス』、果物『イチゴ』、飲み物『コーヒー』が出された。
僕が感心したのは、キョウレツインパクトとラビの料理だった。前菜『人参スティック』、スープ『人参スープ』、魚料理『人参の煮つけ』、肉料理『人参のステーキ』、甘味『人参のスムージー』、果物『人参』、飲み物『ニンジンジュース』だった。ここまで、ニンジンに全振りしたフルコースは予想外だった。
だが、キョウレツインパクトとラビは、大満足していた。
「ニンジンうめぇ~」
「ニンジンってこんなに色んな種類があったんですね。凄い美味しい」
ラビの感想は少し的外れだったが、本人が喜んでいるのでそのままにしておいた。
もちろん、僕とアンネも料理に満足してた。昼のメシマズ事件の事はみんなの記憶から消えたようだ。
「ありがとう。いつも最上のおもてなし感謝します」
アンネがそう言うと給仕の男が、嬉しそうに返礼した。
「いいえ、聖女様のお役に立てて光栄です」
給仕は心からそう思っていた。部屋に戻りるとアンネが言ってきた。
「シュワちゃん。お風呂入りたい」
「分かった。ホテルの人に聞いてくる」
僕は部屋から出て受付にお願いに行った。
「畏まりました。湯船の準備は出来ますが、お体を洗うお手伝いは出来かねますので、予めご了承くださいませ」
「分かりました」
分かりましたと言ったが、僕は困っていた。アンネはいつもお風呂に入る時にメイド達に手伝ってもらっていた。今ここにメイドは居ない。いや、メイドの姿をした兎なら居る。だが、あいつは兎だった。体を洗う手伝いなどできはずもない。アンネの体を洗えるメイドが欲しかった。
≪スキル『愛の奇跡』の条件を満たしました≫
いつものようにスキルが発動したが何も起こらなかった。僕は悩みながら部屋に戻った。ホテルの人たちが湯船を用意してくれていた。そして、僕はメイドが手に入った事を知った。ラビのスキル欄に増えていたのだ。スキル『メイド』と『貴族作法』が追加されていた。
僕はホッとした。最悪、僕がアンネの湯浴みの手伝いをしなければならないと思っていた。そんな事を紳士としてはしたくなかった。微妙な年ごろだが、好きでもない男に裸を見せるのは嫌だと思ったからだ。アンネは僕を異性として見ていない。でも、僕は僕の倫理を守りたかった。
アンネがお風呂の準備に入りそうだったので、キョウレツインパクトと一緒に外に出ようと思った。
「アンネ、僕とキョウレツインパクトはちょっと散歩に行ってくるよ。湯浴みはラビに手伝ってもらってね」
「分かった。じゃあ、また後でね」
「え?湯浴みの手伝いってどうすれば?ってあれ何で私知ってるの?」
ラビは湯浴みの方法を理解できた事を疑問に思っていた。
「ラビ、メイドってやつは本能でそれが分かるのさ」
「メイド?って、ああ分かりました。理解しました。シュワルツ様」
ラビが理解してくれて良かったが、いつの間にかラビは僕の事をシュワルツ様と呼ぶようになった。原因はキョウレツインパクトだ。奴なりにラビに立場を言い聞かせたらしい。
とりあえず問題ない様なので、僕とキョウレツインパクトはホテルの外にでた。




