アンネの家出と幸運の兎
アンネと一緒に寝るようになってから、僕は夢を見なくなった。それからの僕は少しづつ元気を取り戻していった。
歓迎会の翌日、僕はアーサーとの対決の約束を果たしていた。僕は『斬鉄翼一閃』を放ち、それに対してアーサーは『守りの盾』を発動した。僕の攻撃は防がれた。
「どうだい?良い技だろう?」
「ああ、凄い技だ。鉄を切断する一撃を止めるなんて……」
「守りは私に任せてくれよ」
「そうさせてもらうよ」
「君が剣で、私は盾だ」
そう言って、アーサーは手を差し伸べてきた。僕は犬の姿だったので、あの日の光景が再現されてしまった。空飛ぶ犬のお手の図だった。だが、僕とアーサーの間には友情が芽生えていた。
それから、セバスとの剣の稽古が始まった。
「さて、シュワルツ殿、私はある方との約束で貴殿に剣を教えると約束しました。しかし、貴殿が拒むというのならば無理強いは致しません」
「母さんから全て聞いた。でも、いきなり父親だと言われても実感はわかない」
僕の言葉にセバスは驚いていたが、セバスは、僕の言葉を受け止めていた。
「そうですか、聞いたのですか、実は私もです。息子だと言われましたが、どうしたものかと思案しておりました」
「それなら、今まで通りで良いのでは?」
「それも、そうですね。それで、剣の稽古はどうしますか?」
僕の答えは決まっていた。
「もちろんやるよ。僕は母さんに鍛えられた。だから、強くなった。そして、僕はもっと強くなりたい」
僕は前世では運動が苦手だった。だが、この体は訓練に喜びを感じていた。強くなるたびに嬉しくてたまらないのだ。ある意味、麻薬の様な感覚かもしれない。これは、きっと黒の殲滅者の性質なのだろう。僕は本能に従う事にした。
「では、剣の握り方から教えましょう」
そう言ってセバスは木剣を僕に渡してきた。セバスも同じ木剣を持っていた。僕は前世で剣道の授業を受けた事があった。たった3時間の簡単なものだったが剣の握り方と振り方は知っていた。
「ふむ、筋が良いですな、素振りをしてみましょうか?」
「はい」
僕は剣道の素振りをして見せた。
「基本は出来ているようですな、どこかで剣を習っていたのですかな?」
「ええっと、セバスさんの動きを真似してみました」
僕は適当な嘘を吐いた。
「なるほど、エリーゼの言っていた事は本当のようですね」
それは、親の能力を継承すると言うやつだった。だが、素振りに関しては違うと思う。
「では、打ち込み稽古をいたしましょう。好きに打ち込んでみてください」
「分かりました」
僕は、セバスに打ち込んでいった。その攻撃をセバスは難なく捌いていた。僕は、剣を縦横無尽に振るった。そして、セバスの防御を突破するために、体ごと移動して前後左右から剣撃を放った。
その攻撃は全て防がれたが、セバスは驚いていた。
「その動きは誰かに習ったのですか?」
「いえ、いま思い付きで動いてみました」
「シュワルツ殿、貴殿は既に剣豪と言っても通用するだけの実力があります。本当に今日が初めての訓練なのですか?」
僕自身、ここまで動けると思っていなかった。母さんの言っていた事は本当らしい。剣聖の才能を受け継いでいた。
「剣の稽古は初めてだよ」
「ならば、技を教えましょう」
こうして、僕はセバスから技を習った。スキルは『見切り』『後の先』『修羅一刀流』『斬鉄』『必中』『受流し』を10日程で習得し、『修羅一刀流』の技も終の型まで習得してしまった。
「ふむ、私が10年かけて習得した技をたった10日で習得してしまいましたか、才能とは恐ろしいものですね」
「僕も驚いています。セバスさんの言った事が全て理解できて体がその通りに動くなんて……」
「次は羅刹二刀流の稽古に移りましょう」
「はい、お願いします」
僕とセバスは父親と息子にはなれなかったが、師匠と弟子にはなれた。稽古の合間に僕はセバスと母さんの馴れ初めを聞いた。母さんには何となく聞けなかった話だった。上手く説明できないが母さんの色恋沙汰を母さんの口から聞きたくないという本能的な何かが働いたんだと思う。
セバスからオブラートに包んで話してもらったが理解不能だった。恋愛感情などなく強さで男を選び、僕が生まれたらしい。まあ、母さんらしいと言えば、それまでだった。
僕がアンネの元に戻って僕が『修羅一刀流』の技を全て覚えた次の日、事件が起こった。アンネの公務が再開される事になり、アンネに指輪を外す様に大臣たちから申し入れがあったのだ。マリーがアンネを必死に説得していた。僕はアンネの部屋に犬の姿で居た。
「アンネ様、どうか公務の最中だけでも指輪を外して頂けませんか?」
「嫌です。これはシュワルツと私の契約の証です。私は絶対に指輪を外しません。この指輪は永遠を誓い合った者同志が付けると聞いています。この指輪を外すのは、その約束を反故にする時だけなのでしょう?」
アンネは永遠の友情のつもりで言っているがマリーには別の意味で言っているようにしか伝わっていない。
「アンネ様の気持ちは知っております。シュワルツ君もその想いを知っています。ですから、公務の間だけ外しても問題ないですよね?シュワルツ君」
マリーは僕に助けを求めていた。このままでは、予言の勇者がフーリー法国の王子だという狂言がバレてしまう。それは国の情勢的に不味かった。だから、僕に助けを求めていた。
「アンネ。僕は君が指輪を外したとしてもアンネが約束を反故にしたとは思わないよ」
だが、この言葉は逆効果となってしまった。
(なんで、あっさりそんな事を言うの?また、私の元を去る口実に使おうとしているの?)
僕の前科がアンネを疑心暗鬼にしてしまった。
「嫌!絶対嫌!」
アンネの拒絶にマリーは困惑していた。そこへ騒ぎを聞きつけた皇妃がやってきた。
「アンネ。一体どうしたの?」
「この指輪は大切な約束なの!絶対に外したくないの!」
アンネの様子を見て皇妃は何かを感じ取ったらしい。
「シュワルツと言ったわね」
「はい、殿下」
「アンネを連れて旅に出なさい。どうせ十八歳になるまでは、公務なんてしてもしなくても良い様なものだし、アンネが指輪を外す事に抵抗が無くなったら戻ってらっしゃい」
「え?それって……」
「駆け落ちしても良いって言ってるのよ。マリー、シュワルツに当面の路銀を与えなさい。金貨30枚もあれば大丈夫でしょう」
皇妃もマリーと同じ勘違いをしていた。アンネの僕に対する気持ちは友情でしかない。だが、それを言ったところで話は進まないので、何も言わなかった。
「畏まりました」
そう言ってマリーは僕に金貨30枚入った袋を渡した。僕は『亜空間収納』に金貨を袋ごと放り込んだ。
「アンネ。今まで我慢ばかりさせてごめんね」
皇妃はそう言って、アンネを優しく抱きしめた。
「お母様、良いの?」
「ええ、今まで頑張ったご褒美よ。後は何とでもするから、シュワルツと一緒に遊んできなさい」
「ありがとう。お母様!」
「ちゃんとご飯は食べるのよ。あと、夜更かしはしない事、約束してくれる?」
「うん」
「良い子ね。じゃあ、行っておいで」
「行ってきます。お母様」
「あのすみません。旅をするのならアンネの足が必要になるので、キョウ……。いえ、スレイプニルも一緒に連れて行きたいのですが、よろしいですか?」
「ええ、構いませんよ。娘の事、頼みましたよ。小さな騎士様」
「命に代えてもアンネローゼ殿下をお守りします」
「さあ、大臣たちが押しかけて来る前に行ってしまいなさい」
「分かりました。じゃあ、行くよアンネ」
「うん」
僕は魔法『空間転移』でキョウレツインパクトの厩舎に移動した。
「あれ?シュワルツの兄貴、どうしてここへ?」
「決まってるだろ兄弟、主の願いだ。一緒に行ってくれるよな?」
「合点承知!」
僕は魔法『空間転移』で宿場町ルークス近郊の草原に移動した。
僕の手持ちは金貨31枚だった。当面、金には困らないが、20日後には資金が尽きる。それまでに、アンネが指輪を外してくれるようになれば良いが、そうならなかった場合、皇宮に戻ってお金を無心するのか、自分で稼ぐのかを選択しなければならなかった。
マリーには頼れと言われたが、さすがに皇女を誘拐してきたのだ。皇宮に戻った時に、どうなるか分からなかった。それに、皇妃は『駆け落ちしなさい』と言った。つまり、皇宮は頼るなという意味だと解釈した。なので、資金が尽きたら自分で稼ぐことにした。
時間的には午前9時台だった。草原を優しい風が吹き抜けていった。
「ねぇ、シュワちゃん?声が聞こえない?」
アンネに言われて僕は耳を澄ましてみる。すると、遠くから悲鳴が聞こえた。
「助けて~!だれか、助けて~!」
「逃がさねぇ、今日の朝飯はお前で決まりだ!」
誰かが、何かに追われていた。音のする方を見てみると、そこには白い兎と兎を追いかけている狼が居た。
兎は狼の攻撃を巧みにかわしながらこちらに向かって来ていた。
「どうやら、兎が狼に追いかけられているみたいだね」
「兎?あの小さくて白くてモフモフで可愛い兎?」
「そうだよ」
「お願いシュワちゃん。兎さんを助けて!抱っこしたい」
アンネはとても大切な事のように言ったが、僕には事の重大さがいまいち伝わらなかった。だが、アンネの願いを叶える事にした。魔法『結界』を使い、狼を囲んだ。狼は結界の壁にぶつかり、倒れた。
「ああ、助かった。今のうちに逃げよう」
兎は真っすぐこちらに向かって来た。そして、僕たちに気が付く。
「やばい、こっちにもなんか居た!」
僕は魔法『黒の束縛』を使って兎を捕獲した。
「アンネ。兎は捕まえたから、取りに行くよ」
「私も行く」
「じゃあ、みんなで行くか」
「合点承知!」
キョウレツインパクトの返事は気合が入り過ぎていると思ったが、何も言わなかった。僕たちが到着すると兎は怯え切っていた。
「助けてください!助けてください!なんでもしますから見逃してください~~~~」
涙ながらに兎はそう訴えた。
「大丈夫よ、私が助けてあげるからね」
そう言ってアンネが近づくと兎は、驚くほどアンネの言葉を信じていなかった。
(ああ、私はここで死ぬんだ)
僕は『黒の束縛』を解いた。すると、兎は驚くべき行動に出た。
(うおおおおおおおおおお~~~~。死んでたまるか~~~~~~~)
一瞬の隙をついて、アンネの横をすり抜け、逃げ去ろうとする。だが、僕はそれを許さない。再び魔法『黒の束縛』で捕獲した。
「うぇ~~~~。どうして、どうしてダメなの~~~~~」
絶望する兎に僕は翼を出して近づいた。
「え?もしかして黒の殲滅者?」
「そうだよ」
「ああああああああ、終わった~~~~。私、終わった~~~~~~~~」
「とりあえず落ち着こうか、僕が殺そうと思えばすでに死んでいるのは分かるよね?」
「あ、はい」
兎は落ち着きを取り戻したようだ。
「えっと、なんで助けてくれたんです?」
「アンネが君を気に入ったからだよ」
「私は死なないんですか?」
「そうだよ、だからアンネに感謝して、抱かれると良いよ」
「分かりました」
僕は再び『黒の束縛』を解いた。兎は逃げなかった。アンネは兎を抱っこしてナデナデしてご満悦だった。
「私、この子も一緒に連れて行きたい」
「良いよ」
「てことはあっしに妹分が出来るんっすね」
「ん?この兎、メスなのか?」
「そうですよ」
「ふ~ん。女の子なんだ。じゃあ、名前はラビね。よろしくねラビ」
「はい、ご主人様」
こんなやり取りだったが、ラビはアンネの使い魔に登録されていた。ステータスを確認すると、なかなかの逸材だった。
レベル30、種族は『最後の生存者』だった。戦闘スタイルは『臆病者』で能力値は殆どが50台だったが、敏捷性と体力は500台で、運だけが3万という桁外れの数値だった。
最後の生存者の名に恥じないステータスだった。しかも、スキルには『幸運の加護』とうものがあった。もし、僕がラビを本気で仕留めようとした時に何が起こるのか予想できなかった。もしかしたら倒せない可能性もある。
「ねぇ、シュワちゃん。私、街で服を着替えたい」
アンネは皇女の正装である金の刺繍がしてある黒のドレスを着ていた。このままだとすぐに皇女だと身バレしてしまうので不味いと思った。
「分かった、とりあえず街に向かうね」
そう言って、僕はキョウレツインパクトに魔法『縮小』と『道具生成』を使い。アンネが乗れるようにした。鐙にはラビが乗れるように席を設けた。
アンネがキョウレツインパクトに乗り、僕はアンネに抱っこされ、ラビは席に着いた。そうして、ルークスの街に移動した。結界に閉じ込めていた狼はある程度、距離を取ってから放してやった。




