ルベドとリーゼ
シュワルツ殿が出かけてから、平穏な日々が続いていた。私は『聖女の盾』の訓練とアンネ様の護衛を行っていた。アンネ様の魔法で若返る事が出来たのは僥倖だった。これで『聖女の盾』に1ランク上の教育が出来るようになったからだ。
そんな時に、10年前に出会い。ある条件と引き換えに不死身の化け物を倒すヒントをくれたリーゼという女性が訪ねて来た。赤い長い髪が特徴の綺麗な女性だった。私は個室を用意し、彼女と再会した。彼女は10年前と何も変わっていなかった。
「お久しぶりね。ルベド」
「10年ぶりですな、リーゼ殿。それで、今日はどのような要件で私に会いに来たのですか?」
「まずは、10年前のお礼を、あなたのお陰で丈夫な子が生まれました」
「それは良かった。今日はその報告ですかな?」
「いいえ、私があなたのプロポーズを断った本当の理由を伝えに参りました」
「本当の理由?放浪の剣士と家庭を持つのが怖いというのは嘘だったと?」
ルベドは、リーゼに不死身の化け物を倒す方法を教えるから、代わりに子種が欲しいとせがまれたのだった。なので、ルベドは、それならばと結婚を持ちかけたのだ。だが、リーゼは拒絶した。
「それを今から説明しようと思います。まずは姿を偽った事を謝罪します」
そう言ってリーゼは別人になった。美しい顔立ちはそのままに、黒目黒髪になり、頭部には犬の耳が付いていた。髪はくせっ毛のショートヘアーになった。それは殲滅のエリーゼだった。
「なんと、殲滅のエリーゼだったのですか?」
「そうです。姿を変えてあなたに近づいた理由は一つ。より強い子を産むためです。でも、敵対している私が近づけばあなたは警戒すると思ったから姿を変えて近づきました」
「理由は分かりました。だが、いま私が話しているのは本当にエリーゼなのですか?いつもと雰囲気が違うようですが…」
「ふふふ、それはそうですよ。あなたと会うのはいつも戦場でしたもの」
「いつもは違うと?」
「当然です。気分が高揚して好戦的になっている時の話し方と、普段の話し方は別なものになりますよ」
「それは、そうですな。もう一つ質問しても良いですかな?」
「ええ、なんでも聞きたいことを聞いてください」
「なぜ、プロポーズを断ったのですか?」
「あの時は、はぐらかしたのだけれど、本当の理由は私が黒の殲滅者だったからですよ」
「魔族だったから一緒にはなれないということですか」
「いいえ、違いますわ。黒の殲滅者は家族を持ちません。母親は子種を貰ったらオスを縄張りから追い出します。子供が生まれた後は子育てはするのですが、その子供もある程度狩りの方法を教えたら追い出します。人間のように血のつながった者同士が一緒に暮らす事など無いのですよ」
「なるほど、そういう事でしたか、では、私を選んだ理由は?」
「単純です。あなたが私に勝ったからですよ」
「あの時、ニグレドも居たのに、私を選んだのですか?」
「ええ、そうよ。私に勝った三人の中で一番強かった男があなたでした」
エリーゼはいつもの好戦的な態度ではなく理知的な話し方で魅力的に笑った。
「光栄ですな。では、不死身の化け物を殺す方法を教えてくれたのは?」
「あなたが知りたがっていたから、それを交換条件にすれば子種が貰えると思ったからよ」
「20年前の戦いから10年たって出会った理由は?」
「あなたが、武者修行の旅に出ていたせいよ。特に目的も決めずにふらふらと移動するもんだから探すのに苦労したわ。路銀を稼ぐために冒険者の真似事もしてたしね」
「それは、すみませんでした。ですが、あいつらを倒す手段を探っていたのです」
「知っているわ。今では倒す手段を手に入れたのでしょう?」
「ええ、あなたのお陰で身につける事が出来ました。それで、今になって会いに来た理由は?」
「私は家族という概念を持っていません。でも、人間は親子で技術を継承していくと聞きました。あの子があなたと一緒に居るのを見て、あなたに息子だと教えたらどうするのか知りたくなったのです」
「ふむ、シュワルツ殿は私の子供だと……」
リーゼがエリーゼだと分かった段階でそうだと思っていた。
「ですが、彼は純粋な黒の殲滅者ですな、人間との混血だとは思えないのですが」
「それはそうですよ。黒の殲滅者は異種交配しても生まれてくるのは黒の殲滅者となります。ただし、相手の長所は取り込むように出来ています。だから、あの子には剣の才能があるのです。もし、可能なら鍛えて欲しいと思っています」
「それを伝える為に来たと」
「ええ、私はあの子が強くなることを望んでいます」
「それは、黒の殲滅者の性質ですか?」
「そうです。あの子が強くなって私を倒して『殲滅』の名を継ぐのを楽しみにしているのです」
エリーゼは嬉しそうに言った。これは人間の感覚とは別のものだ。
「それが、あなたの幸せですか?」
「ええ、人間には理解できないでしょうけど」
「あなたは一人で寂しくないのですか?」
「寂しいという感情はありませんよ。黒の殲滅者にとっては一人で居る事が普通なのです。他者が近くに居る事を不快に思う事はあっても、一人でいる事を不快だとは思いません」
「そうですか」
「あの子は不思議な子です。人間に興味を持ち、一緒に行動し、味方だと思って守るなど黒の殲滅者としてはありえない行動に出ています。あなたの長所を取り入れた結果かもしれません」
「そうですね。シュワルツ殿は他者への優しさを持っています。私としては出来るだけ彼に剣の神髄を教える事にいたしましょう」
「ぜひ、お願いしますね。それで、あの子は今も元気にしていますか?」
「ああ、彼は今、大切な人への誓いを果たす為に旅に出ています」
「え?『異世界』に行ったのですか?」
「え?『異世界』だったのですか?」
「行先を聞いていなかったのですか?」
「ええ、どこに行くのかは聞いておりませんでした」
「でも、ジークは『異世界』に行くと言っていました。この短期間で魔王様にしか使えない『異世界転移』の魔法を習得した事になりますね。将来が楽しみです」
エリーゼは嬉しそうに笑った。
「全く、末恐ろしい才能の息子を持ちましたな」
「あなたの種が良かったのですよ」
「いいえ、あなたの才能も引き継いでおりますよ」
「ああ、これが人間でいうところの家族団らんなのですね。悪い気はしません」
「では、一緒に住まれてはどうですか?私は歓迎いたしますよ」
「それは、無理ですわ。たぶん、一日と持たずに私は癇癪を起すでしょう。そうなったらこの街は廃墟になってしまいますよ?」
「そうですか、なら仕方ありませんね」
「でも、気持ちは嬉しい。強い男に口説かれるのは黒の殲滅者にとって誉ですからね。あと、聞きたいことはありますか?」
「いいえ、ありませんよ。今日は色々教えてくれて、ありがとうございます」
「良いんですよ。息子を鍛えて貰えるのなら、教えた甲斐があります」
そう言ってエリーゼは赤髪のリーゼの姿になった。私は個室の扉を開いた。リーゼはそのまま部屋を出ていった。私は城門まで彼女をエスコートした。
「では、ごきげんよう」
そう言って彼女は嬉しそうに去っていった。




