最低な報酬
僕とセバスとキョウレツインパクトの三人でまずは皇帝の執務室に行くことになった。皇帝の執務室は広く、机も立派なものが置いてあった。セバスを先頭に部屋に通されて机を挟んで横に並んだ。右からセバス、僕、キョウレツインパクトの順だった。
「セバス、話があると聞いたが、この者達は?」
「陛下、驚かないで頂きたい。アンネ様のスキルで人間化したシュワルツ殿とキョウレツインパクト殿です」
セバスが驚かないで頂きたいと前置きしたが皇帝は当然のように驚いていた。
「意味が分からない」
「ええ、私も意味が分かりません。ですが、大臣たちが論功行賞は人間に対して行うものだと言ったのでアンネ様はお二人を人間にしたのだと思われます」
「そうか、それでは論功行賞を行わないわけにはいかないな」
「大臣たちは反対すると思いますが……」
「もう一度、会議を開こう。その時は、シュワルツとキョウレツインパクトも参加してくれるか?」
「僕は構わない」
キョウレツインパクトは僕の言いつけを守って頷くだけで喋らなかった。
「では、会議の時間と場所が決まったら連絡する」
2時間後に会議は開催された。長い机の上座に皇帝が座り、序列に従って大臣たちが座っていた。下座にセバスと僕とキョウレツインパクトが座った。
「では、論功行賞を行うか再度会議を行います」
宰相がそう宣言すると、皇帝が説明を始めた。
「まずは、セバスの左隣に居るのがシュワルツで、その左に居るのがキョウレツインパクトだ。ここまでで質問がある者は居るか?」
「替え玉でないという確証を頂きたい」
「では、僭越ながら僕がシュワルツであることを証明したいと思います」
僕は、論功行賞で欲しいものが一つだけあった。それは、金貨でも食事でも無かった。だから、僕はアンネが論功行賞を行いたいという思惑に協力しようと思った。
(アンネ。僕の人間化を解いてほしい)
念話で別室に居るアンネにお願いした。
「分かった」
アンネはすぐに応えた。僕は子犬の姿に戻った。その上で全員に念話で伝える。
「これで、証明できたと思いますが、反論ある方はおられますか?」
大臣たちは沈黙していた。僕はスキル『人間化』を使って人間の姿になった。
「では、この二人がシュワルツとキョウレツインパクトという事で問題ないな」
皇帝が皆に確認した。
「前回の会議では人間では無いから論功行賞を行わないという結論だったが、彼らは人間だ。相応の報酬を与えるのが良いと考えるが?」
皇帝がそう言うと大臣の一人が反論した。
「いえ、姿形が人間であれば良いという訳では……」
それは、皇帝もセバスも同じ意見だった。だが、アンネが納得していないのだ。だから、僕が一肌脱ぐ。
(キョウレツインパクト。タフガイは腕組みするのがカッコいいぞ)
念話でキョウレツインパクトにだけそう言った。
(分かったっす)
キョウレツインパクトは心の中で答えた。そして、2メートルの長身、筋肉質の男が難しい顔をして腕を組んだ。その効果は抜群だった。大臣たちが怯えていた。無理もない、不死身の化け物を殺した男が不満そうな態度をとったのだ。
「キョウレツインパクトは不服だと言っている。僕も同感だ。アンネローゼ様を救ったのに何も報酬が無いとはありえない。僕はここに居る全員を殺すことも出来るんだが?」
「シュワルツ殿、それは言い過ぎです」
セバスが諫めて来た。
「セバス殿、僕はこれでも穏便に話しているのですよ?アンネローゼ様は僕とキョウレツインパクトの働きに対して正当な報酬を与えたいと思っている。それを魔物だから、馬だからと侮られたのです。僕とキョウレツインパクトの論功行賞に反対した大臣を殺しても良いと思うのですが?」
僕は魔法『殲滅の黒雷』を発動させる。黒い球が出現し、球の表面を黒い雷が迸っていた。これは、セバスと事前に打ち合わせていた茶番だった。だが、大臣たちは肝を冷やしていた。
「いえ、反対という訳では……」
大臣たちはひよった。
「では、シュワルツとキョウレツインパクトへの論功行賞を行うという事で良いか?」
皇帝は畳みかけた。反論する者は居なかった。
セバスの報告を聞いたアンネは上機嫌だった。
「やったわ。大臣たちに勝った」
「おめでとうございます。アンネ様」
セバスがそう言った。
「では、報酬を予め用意したいので、お二人の要望をお聞きしても宜しいですかな?」
セバスの問いに対して僕はこう答えた。
「僕が、欲しいものは物ではなく約束なんだ。だから、事前の準備は要らないよ」
「そうですか、ではキョウ殿は欲しいものがありますかな?」
「俺っちは、ニンジンが欲しいです」
キョウレツインパクトは幸せなやつだった。
「畏まりました。1年分で宜しいですか?」
「え?1年もニンジン食べられるんっすか、超幸せっす」
そんな、キョウレツインパクトを見てアンネを含めセバスもマリーもホッコリしていた。
それから僕は人間の姿でいる事が多くなった。アーサーに最初に声をかけた時の反応はこうだった。
「やあ、アーサー」
「どうしたんだい?お嬢ちゃん。『聖女の盾』の隊服なんか着て……」
「僕だよ。シュワルツだよ」
「え?」
「簡単に説明すると、アンネローゼ様が僕を人間にした」
「え?」
アーサーは全く理解してくれなかった。
「分かった。これなら分かりやすいだろ?」
いったん、犬に戻って、人間に戻った。
「なるほど、シュワルツ殿でしたか」
ようやく、理解してもらえた。そして、『聖女の盾』のメンバーにアーサーから紹介してもらった。
「なに、あの子、可愛い~」「男の子?女の子?」「隊服着てるけど、新人かな?」
みな、僕の姿を見てあれこれ想像していた。
「みんな、よく聞いてくれ、この子はシュワルツ殿だ」
『え?』
「アンネローゼ殿下がシュワルツ殿を人間にしたのだ」
『え?』
みんなアーサーと同じ反応だった。なので、アーサーにした事と同じ事をした。
『なるほど』
実践しないと分かってもらえないらしい。この人間の姿は、男女問わず好評だった。ただし、僕の精神衛生上よろしくない妄想が主に女性陣の中で増えていた。マリーと同じ嗜好の者が複数人居たのだ。なので、僕は人の特に女性の心を見るのを極力避けるようになった。
論功行賞の当日、謁見の間には事情を知る一部の人間だけが集められていた。参加しているのは皇帝と皇妃、大臣たちと、聖女の盾のメンバーだけだった。皇帝は玉座に座り、皇妃は皇帝の右隣に置かれた豪華な椅子に座っていた。アンネは皇帝の左隣に置かれた椅子に座っていた。僕とキョウレツインパクトが赤い絨毯の道を進んで玉座から3メートル離れた位置で止まり、片膝をついて頭を垂れた。
「これより、論功行賞を行う!」
宰相がそう宣言すると、ラッパが吹き鳴らされた。ラッパが吹き終わると皇帝が厳かに話し始めた。
「では、アンネローゼの危機を救ったキョウレツインパクト、何を望む?」
「ニンジン、一年分」
キョウレツインパクトのセリフは事前に打ち合わせしていた内容だった。大臣たちはこの報酬を喜んで受け入れた。
「良かろう、ニンジン一年分を与える」
「ありがたき幸せ」
こうして、キョウレツインパクトの論功行賞は終わった。
「では、アンネローゼの危機を救ったシュワルツ、何を望む」
皇帝の問いに対して僕は最低の答えを返した。
「アンネローゼ様から離れる事を許して頂きたい」
僕の申し出に、大臣たちは歓喜していた。お金が掛からない願いだったからだ。だが、皇帝は理由を知ろうとした。
「何故、離れたいと思うのだ?」
「僕は、ある誓いを立てました。ある人を悲しませないという誓いです。アンネローゼ様を助けたのは僕の道義的な理由に寄るものです。なので、アンネローゼ様の安全が確保された今、僕は自分の誓いを果たしたいと思います」
「さて、こう申して居るが、アンネローゼ。どう思う?」
アンネは感情を面に出すことなく僕の願いを聞いていた。
「その願いは以前にも聞いている。だが、その時は私に一生尽くすと誓ったではないか?約束を反故にするというのか」
アンネは皇女モードで僕を非難した。それは、予想通りの反応だった。
「軽蔑してくださって構いません。あの時、僕はアンネローゼ様に嘘を吐きました。それは、申し訳なく思います」
「では、罰だ。そなたの誓いが果たせたら必ず私の元に戻ってくると約束してくれ、約束してくれるのなら、私は許す」
「約束します。僕の誓いが果たされたのなら、必ずアンネローゼ様の元に戻ってきます」
「ならば、私に異存はない。好きにせよ」
「ありがとうございます」
僕がそう言った時、異変が起こった。アンネが無表情のまま涙を流したのだ。
(シュワちゃんの嘘つき、ずっと傍に居るって言ったのに……)
「アンネローゼ!どうしたのだ」
「なんでもありません。目にゴミが入ったようです」
アンネは辛うじて皇女を演じていた。
「そうか、大事無ければいい」
こうして、論功行賞は終わった。




