アーサーの恋とアンネの怒り
アーサーと一緒に見張りの塔からアンネの部屋に戻るとネヴィアとセバスが扉の前で待機していた。セバスが僕らを見つけて声をかけてくる。
「親睦は深まりましたかな?」
「ええ、とても。今では親友の様ですよ」
恥ずかしげもなくアーサーはそう言った。
「それは、良かった」
セバスは満足げに笑った。
「親友で良いのか?」
これは、周りに聞こえるように念話で話した。その後でアーサーにだけ「僕は居なくなるのに?」と伝えた。
「親友ですよ。例え何があってもね」
アーサーは即答した。遠く離れても友達でいよう。そう言ってくれた。
「ありがとう」
「さて、ネヴィア。急に警備の任務押し付けて悪かったな、元の業務に戻って良いぞ」
「良いですよ。この前、私が提出した隊内規約の改定を前向きに考えてくれればね」
その言葉を聞いてアーサーは、明らかに動揺していた。
(不味いな。アンネローゼ様が蘇生の魔法使えるから、隊内の恋愛と結婚を許可するってやつだよな~。あれってきっとシュワルツ殿の魔力があるから50人も復活で来てたんだよな。シュワルツ殿居なくなるって言ってたし、そうなった場合、蘇生魔法は使い放題のままなのか?)
なるほど、今まではいつ死ぬかも分からない者同士で恋愛や結婚をしても不幸な結果しか生まない。だから、禁止としていたんだろう。それが、アンネの蘇生魔法のお陰で、ほぼ不死身の軍団と化している。だから、人生を謳歌しちゃおうぜ。という改革なのだろう。
これは、アンネの願いでもある。そして、僕も出来る事ならみんなの幸せの為に貢献したいと思っている。だが、第一優先は揺るがないのだ。彼女の幸福が僕の唯一の願いなのだ。だが、何となく感じている事がある。僕とアンネのスキルは異世界に居ようとも有効な気がした。これは勘だった。『愛の奇跡』で生み出されたスキルは次元を超えて効果を発揮すると思った。
根拠は薄いが、僕が彼女の為を思って手に入れた魔法『異世界転移』があるのだ。この事からスキルは世界を超えて機能すると思った。
ネヴィアが去った後で、アーサーが僕に聞いてきた。セバスが居るので僕が居なくなるというのを極力誤魔化した形での質問をしてきた。
「あの、シュワルツ殿、もしもの話です。仮に不測の事態でシュワルツ殿が異世界に行ってしまったとして、アンネローゼ殿下に供給している魔力は途切れたりするものですかね?」
(ほほ~。感心ですな不測の事態を考慮して、それに備えるつもりですな。魔王は異世界転移の魔法を使いますからな。そんな先まで見据えておるとは、やはり彼を隊長にしたのは間違っていませんでしたな)
セバスはアーサーの問いを想定問答だと思ったようだ。密かにアーサーの株が爆上がりしている。
「保証は出来ないけど、たぶん大丈夫だと思うよ。スキル『魔力共有』は僕が異世界に行ったとしても効果を発揮すると思う」
「そうですか、それを聞けて安心しました」
アーサーがホッと胸をなでおろした。ついでに僕はアーサーをからかう事にした。
「これで、心置きなくネヴィアに告白出来るよね」
「なっ、なぜ、それを!」
アーサーは顔を真っ赤にして驚いていた。
(見てれば誰でもわかる。分からないのは本人のみ。青春ですな)
セバスはしみじみと心の中で思っていた。アーサーは正直者だった。ネヴィアに対する好意を隠せていないのだ。これは心を読むまでもなく、アーサーの素直な反応を見ていれば誰でも分かる事だった。
そして、ネヴィアもアーサーに好意を寄せていた。ネヴィアの気持ちを知っている者はマリーとセバスと女性騎士の数人だけだったが、アーサーの気持ちを知らないものは居なかった。
僕がアーサーに好感を持っていた理由の一つだった。ネヴィアは美人ではない。それでもアーサーはネヴィアを選んでいた。アーサーはモテる男だった。貴族の美人な令嬢からも婚姻の申し入れがあったのにそれでもネヴィアを選んだのだ。その理由が凄すぎた。
(私が背中を預けても良いと思える女性は彼女だけだ。他の女性では私が死んだあとが不安過ぎて愛せない)
アーサーは自分が死ぬことを前提に考えていた。だから、妻になる人間は自分が死んでも強く生きていける女性でなくてはならないと考えていた。そう思った時、真っ先に思い浮かんだのがネヴィアだったらしい。
まあ、僕との決闘でもネヴィアは勝気だった。顔基準ではなく信念とか強さとかを基準にしているアーサーが気に入っていた。しかも、アーサーはモテるからと言って複数の女性と関係を持とうとしていなかった。
どれだけ主人公なんだ。僕はアーサーが好きだった。だから、幸せになって欲しいと思った。ちなみに、これらの情報はメイドとか通りすがりの国民の心を読んで集めたゴシップが元になっている。信憑性は無いかもしれないが、アーサーとネヴィアを見て、真実だと思える情報を元に僕が勝手に妄想した結果だったりするが、ほぼ合っていると確信している。
「見てれば分かるよ。魔力は心配しなくても良いから、ネヴィアの案、受け入れてネヴィアも幸せにしなよ」
「本当に良いのか?当てにするぞ?」
「やってみないと分からないけど、僕の魔力供給が無くなっても問題は起こらないよ。なぜなら、アンネは一日に一人は蘇生出来るだけの魔力を保有している。戦いに勝ちさえすれば49日以内に全員生き返れるだろ?」
「そうなのか?」
「それに、アーサーたちは、これからもっと強くなるんだろ?」
「そうだな、何も問題なかった」
アーサーは自分の力で幸せを守っていけばいいんだと腹を決めた。こうして、アーサーとネヴィアは付き合う事が決まった。
表向きには地方視察だったが、実際は休養中のアンネが攫われたのだ。しかも、同盟を結ぼうと思っているフーリー法国に運ばれていた。黒幕はオールエンド王国だった。
アンネの父である皇帝と大臣たちはセバスの報告を聞いてた。僕はセバスの報告を扉越しに聞いていた。人間の耳では聞き取ることは出来ないが、黒の殲滅者の耳だと、良く聞こえた。会議場の様子は千里眼で見ていた。
「という訳で、オールエンド王国の謀略だと結論付けました」
セバスは事の経緯を分かりやすく説明した。
「なるほど、経緯は分かった。では、シュワルツとキョウレツインパクトに褒美を取らせよう」
皇帝は娘を救った僕たちに感謝をしていた。
「ですが、陛下、相手は魔物と馬ですぞ?何を褒美に与えるつもりですかな?」
セバスは僕が黒の殲滅者だという事は隠していた。その理由も分かる。だから、文句は無い。むしろ、ばらして追放でも良かったが、セバスは僕に報いたいと思って嘘を吐いていた。
大臣たちの思惑はこうだった。
(これ以上出費を増やしたくない)(魔獣などに金を払って何の得がある。私の懐に入れた方が何倍も役にたつ)(獣に報酬など不要でしょう)
つまり、自分の取り分が減るから、食べ物でも与えて決着をつけようとしていた。僕は自分の世界に戻りたいと思っているので心底どうでも良かった。
セバスの誠実な対応は嬉しいがそこまで頑張らなくて良いよという思いがあった。
「魔物と馬ですし、報酬としては干し肉とニンジンが妥当な所でしょうな」
大臣の一人がこう発言すると、セバスは猛烈に抗議した。
「その報酬は、相応しくないと思います!」
干し肉という報酬はセバスの心の傷を抉ったらしい。凄い剣幕で発言したセバスを見て大臣たちは驚いていた。
「まあ、まあ、セバス殿、そう興奮なさらずに……」
「いや、失礼。シュワルツ殿は美食家でいらっしゃいますので食べ物を報酬とされるのであれば、宮廷料理のフルコースでなくてはなりません」
「セバス殿、魔獣に味が分かるのですかな?」
「私はかつて過ちを犯しました。同じ轍を皆様に踏んで欲しくないので言っているのです」
セバスの熱意は空回りしていた。騎士道精神で大臣たちに忠告するが、大臣たちは騎士道と真逆の思考の持ち主ばかりだった。だが、皇帝は違った。
「やはり、金貨を与えて、好きに使ってもらうのが良いだろう。さっきの話ではアンネローゼが彼らと意思疎通が出来るのだろう?」
「はい、陛下、アンネローゼ様は彼らの言葉を理解しております」
「であれば、十分な金貨を与えて褒美としよう」
「お待ちください陛下、人間ならともかく魔獣と馬ですぞ?それに論功行賞は人間に対して行うものです。騎士の馬に褒美を取らせるのですか?もし、与えるにしても上等な餌を与えるぐらいのものでしょう」
大臣の反論に皇帝もセバスも何も言い返せなかった。
「異論が無いようなので、論功行賞は行わないという事で宜しいですかな?」
「異論はない」
皇帝は肩を落としていた。セバスも同様だった。
会議から戻ったセバスからの報告を聞いたアンネ激怒した。
「私、大臣たちが大っ嫌い!」
アンネは自室に居て人払いをしていた。だからなのか皇女モードではなかった。
「私も同感です。奴らは自分の利益しか考えない」
「獣だから報酬を与えないというのなら、私に考えがあります」
アンネがそう宣言すると、あり得ない事が起こった。
≪スキル『愛の奇跡』の条件を満たしました。スキル『人間化』を獲得しました≫
そして、僕はスキルを使ってないのに人間の姿になっていた。裸では無く『聖女の盾』の隊服を着ていた。千里眼で自分の姿を見たら、背はアンネより低く、頭の上に三角形の犬の耳が付いていた。簡単に表現するならば紅顔の美少年だった。顔は母さんによく似ていた。ただし、目は母さんと違い優しい印象だった。髪と目は黒かった。髪型はくせ毛でショートヘアだった。女の子に間違われそうな姿をしていた。
僕がスキルを使ってないのに人間化した理由は、アンネだった。アンネのスキル欄に『使い魔強制人間化』というスキルがあった。
「これなら、大臣たちも文句ないでしょう」
「アンネ様、人間の姿なら良いという訳では……」
セバスが困ったように言った。
「セバス!キョウちゃんもここに連れて来て!人間になっているはずだから!」
「はぁ、しかたありませんね。連れてきましょう」
そう言ってセバスは部屋を出て行った。そして、僕は見てはいけないものを見てしまった。それは、マリーの心の声だった。
(え?シュワルツ君ってこんなに可愛かったの?ヤバい、どうしよう妄想が止まらない。こんな美少年がアーサーと親友だなんて、もうヤバい)
そこから先の思考を読むのを止めた。
人間になった僕にアンネは近づいてきた。
「人間になってもシュワちゃんはやっぱり可愛いね」
そう言ってアンネは僕に抱き付いてきた。僕は頭が真っ白になった。犬の姿で抱かれた時と明らかに感触が違っていた。というか前世を含め母親以外の女性に抱きしめられたのはこれが初めてだった。
「あれ?シュワちゃん?どうしたの?」
思考停止し固まっている僕を心配してアンネが聞いてきた。だが、僕は衝撃的な感触に動くことすら出来なかった。
「アンネ様、公の場ではそのような事はなさらないでください」
マリーが真剣に怒っていた。
「分かってる。今は誰も居ないからしたんだよ」
「ならば良いのです。アンネ様が受けている神託の重さを理解しているのなら……」
「神託と私がシュワちゃんを抱きしめる事に、なにか関係があるの?」
「アンネ様、異性の男性を抱きしめるという事は、その男性が神託の者だという事になります。ですので、この場合、シュワルツ君が魔王を討伐する者に認定されてしまうのですよ?」
「でも、その人はフーリー法国の王子様なんでしょ?」
「政治的な取引の結果、そうなって居るのです。アンネ様が本当に愛したいと思った者以外に抱き付いてはなりません」
「愛したいの定義は分からないけど、私はシュワちゃんを抱きしめるのが好き」
この言葉を聞いてマリーは衝撃を受けていた。
(え?魔王を倒すのは、シュワルツ君なの?)
だが、これは間違いだと思った。なぜなら、僕はもうすぐ日本へ帰って彼女の為に生涯を捧げるのだ。
「分かりました。でも、人前ではくれぐれもなさらないように」
「分かった」
そう言ってアンネは離れた。僕はどうにか理性を取り戻した。そんな事をしているうちにセバスがキョウレツインパクトを連れて来た。
キョウレツインパクトは身長2メートル、筋肉質のイケメンだった。髪は腰まで伸びていた。雰囲気は黒目黒髪の好青年だった。耳は頭の上に馬の耳が出ていた。服は僕と同じく『聖女の盾』の隊服を着ていた。
「もしかして、シュワルツの兄貴ですか?」
開口一番、奴は僕を見てそう言った。人間になったので奴は人間の言葉をちゃんと話していた。
「そうだよ。タフガイ」
僕も念話ではなく人間の言葉で返した。
「え?タフガイって俺っちの事なんですか?」
キョウレツインパクトは嬉しそうに言った。キョウレツインパクトのステータスはどう見てもタンク役だった。しかも、一撃必殺の技も持っていた。もう、こいつが居ればどんな敵が来ても倒せそうな気がしてきた。
ちなみに、キョウレツインパクトのステータスは、LV20で生命力、体力、筋力が1000台で、俊敏性が500台、他は50台だった。
「お前以外にタフガイって言葉が似あう奴はここには居ないよ」
「ありがとう兄貴~」
そう言ってタフガイは僕に抱き付いてきた。筋力1000の抱擁はなかなかキツイものがあった。
(ああ、タフガイとシュワルツ君のカップリングも最高~)
マリーは違う世界に飛び立って行った。
(ふむ、キョウ殿はシュワルツ殿の子分でしたか、興味深い関係ですな)
セバスは冷静に分析していた。万力が如き抱擁から解放されると、アンネが宣言した。
「シュワちゃんとキョウちゃんは人間です。セバス、この事を父上と大臣たちに伝えなさい。必要なら二人を連れて行って説得してきて」
「仕方ありません。お伝えしてきます。シュワルツ殿、キョウ殿、ご同行願います」
「分かった」
「いいっすよ」
「あ、でもタフガイ、お前は何も喋るなよ?」
「え?なんでです?」
「タフガイって言うのは寡黙なもんだ」
「そうっすよね。その方がカッコいいすよね」
キョウレツインパクトは扱いやすくて助かる。
「ついでに、笑顔ではなく真顔でいた方がカッコいいぞ」
「分かったっす」
こうして、キョウレツインパクトはガタイの良い。少し怒っているように見えるハンサムになった。喋れなければカッコいいのだ。本当に……。




