アーサーと幼犬の秘密
皇宮に着くと、馬車は皇宮の入り口で止まった。皇宮は四角い三階建ての石造りの宮殿だった。国旗が掲げられており、黒地に剣の紋章が黄色で描かれていた。宮殿自体は白い大理石で出来ていた。正面の門に馬車が止まると、アンネは馬車を降りた。僕は魔族だと分かると色々面倒な事になると学んだので、犬の振りをして歩いた。
やはり、地面を素足で歩く感覚には慣れなかったが我慢した。アンネの後ろにはセバスとマリーが続いた。そして、間隔をあけて『聖女の盾』が続いた。
宮殿内は豪華な飾りで彩られていた。床には赤い絨毯が敷いてあり、壁には金の燭台あり宮殿内を明るく照らしていた。そこかしこに水鏡が置いてあり、そこから優しい香りが漂っていた。
長い通路を真っすぐ進むと、目の前に大きな扉が現れた。アンネが扉の前まで進むと扉はひとりでに開いた。
ラッパが吹き鳴らされ、扉の左右に立っていた兵士が高らかに宣言した。
「アンネローゼ・フォン・シュワルツェンド殿下、ご入場~」
アンネは宣言が終わるのを待って、中に進んだ。扉の先は玉座の間らしかった。赤い絨毯の先に三段の階段があり、その上に玉座があり、30代の男が座っていた。男はアンネの父親だった。顔はなかなかのイケメンだった。髪は金髪でオールバックにしていた。威厳を醸し出す為に口髭を蓄えていた。頭には王冠があり、背筋を伸ばして座っていた。衣装は黒字に金の刺繍がしてある服だった。
その左隣にアンネの母親が座っていた。アンネが大人になったらなるであろう姿をしていた。簡潔に言えば絶世の美女だった。アンネと同じ金髪碧眼で、髪は腰まで伸ばしていた。体の線は細く、だが出るところはちゃんと出ていた。衣装は黒字に金の刺繍がしてあるドレスを着ていた。
ある程度進むと、アンネが念話で知らせて来た。
「シュワちゃん。そこで止まって」
僕は言われた通りに止まった。セバスたちも止まり、片膝をついて頭を垂れた。僕はお座りのポーズをした。
「アンネローゼ。ただいま戻りました」
そう言ってスカートを左右の手で持ち上げ、軽く膝を曲げてお辞儀した。
「視察はどうであったか?」
「はい、ロレーヌ地方の特産品であるミラクルベリーは今年も豊作が期待できると思います」
「そうか、それは良かった」
「詳しい報告はセバスに聞くとしよう。長旅で疲れたであろう。今日はもう休みなさい」
「温情、嬉しく存じます。お言葉に甘えさせて頂きます」
「ご苦労であった」
一見冷たい対応のように思えるが、父親の心の中はアンネへの愛で溢れていた。以下、親バカの心の中を見た結果である。
(ああ、アンネ。襲われたと聞いた時は肝を冷やしたぞ、無事に帰って来てくれて嬉しい。ああ、早く抱きしめて慰めてあげたい。報告なんて省略しても良かったのに大臣たちめ、アンネに挨拶だけはさせるとぬかしやがって~。ああ、それにしても我が娘は可愛い)
とんでもなく親バカだった。一方アンネは自分の役割を心得ていた。そして、母親はとてもまともな人だった。
(アンネ。偉いわ。それでこそ私の娘よ。もうすぐ公務が終わるから、そしたらいっぱい甘えさせてあげるからね。もう少しだけ頑張るのよ)
アンネに優しいのは父親と同じだが、公務を放棄しないあたり常識人だった。
こうして、アンネは自室に戻った。部屋は寝室らしく天蓋付きのベットが置いてあった。部屋の中にはマリーを含め数人のメイドがおり、アンネが自室に着くとお風呂の用意を始めた。僕は、察して部屋の外にでた。そこにはセバスとアーサーが居た。
他の『聖女の盾』のメンバーは別室で待機しているようだった。僕が魔法『透過』で扉から出てくると、アーサーは驚いていたがセバスは何事も無かったように挨拶してきた。
「おや、シュワルツ殿 、何かありましたかな?」
「うん、お風呂に入る準備してたから出て来た」
「まるで人間の様な事を言うのですね」
「ああ、うん。僕自身、どう表現したらいいのか分からないけど、なんとなく本人の許可なく見てはいけないような気がしたから……」
中身は40代おっさんです。とは言えないので言葉を濁した。
「シュワルツ殿は紳士ですな~」
「それほどでも~」
曖昧に返しているとアーサーが割り込んで来た。
「シュワルツ殿!時間があるのであれば、ぜひ!貴殿がアンネローゼ殿下を救った時の話を聞きかせて頂きたい!」
アーサーの性格を一言で言い表せば熱血だった。階級に煩いが、それは彼が持っている正義感に基づくものだった。ルールを守る。それが、彼の正義だった。
「ああ、良いよ」
僕が一通り経緯を説明するとアーサーは腑に落ちない表情をしていた。
「質問しても良いですか?」
「いいよ」
「では、シュワルツ殿は何故アンネローゼ殿下を助けようと思ったのですか?」
「いや、女の子が襲われてたら普通助けるだろ?」
「人間はそうですが、貴殿は魔族なのでしょう?」
「あ、そうか、そこは説明が難しいな」
(アーサー君はまだまだですね。紳士たるもの種族を問わず女性を助けるものですよ)
セバスは、僕を疑う事すらしなかったが、アーサーは違和感を覚えていたようだ。
「シュワルツ殿が何か隠しているのは知っています。それが、アンネローゼ殿下を苦しめる事にならないのであれば、これ以上は追求いたしません」
このアーサーは真っすぐだった。言葉と心が一致していた。そんな彼なら約束すれば守ってくれると思った。だから、本当の事をアーサーにだけ打ち明ける事にした。
「出来れば、今から言う事は他の人には言わないで欲しいんだ。特にマリーさんには知られたくない事なんだ」
「セバス様、少しシュワルツ殿と散歩に行ってきても宜しいですか?シュワルツ殿と親交を深めたいと思っているのですが……」
どうやら、アーサーは秘密にしてくれるらしい。誰にも話を聞かれない場所へ移動するつもりのようだ。
「良いでしょう。その代わり、詰め所に寄って代わりの者をよこしてください」
「畏まりました。ありがとうございます。シュワルツ殿、行きましょう」
アーサーは一度詰め所に顔を出して副長のネヴィアを連れて来た。その後、アーサーの先導で向かったのは見張りの塔の一つだった。ここなら誰にも話を聞かれないし、誰か来てもすぐに分かる場所だった。
「誰にも話さないと騎士の誇りにかけて誓います」
そう言ってアーサーは僕の眼を見た。
「信じるよ。僕には前世の記憶があるんだ」
「前世の記憶ですか?稀に前世の記憶を持って生まれる人間がいると聞きますが魔族にも居るんですね」
「それで、僕は前世では人間の男だったんだ。だから、アンネローゼ様が襲われた時、とっさに助けたし、さっきもお風呂を覗くような真似をしたくなかったんだ」
一応、アーサーは上下関係に煩いので最上位のアンネを気安く愛称で呼ぶと怒られそうだったので様付で呼ぶことにした。
「なるほど、スッキリしました。話してくれてありがとうございます。これで、私はシュワルツ殿を戦友として受け入れる事が出来ます。ですが、何故マリー様に知られたくないのですか?」
「実は、不可抗力でマリーさんの下着姿を見てしまって、もし僕が人間の男だったと知ったら殺されると思うんだよね~」
「ぷっ、あははっ、それは大変な事をしてしまいましたね」
屈託なく笑う熱血爽やか好青年を見て、僕は友達になりたいと思った。だが、僕はこの世界から居なくなる。だから、親友にはなれない。その代わりアーサーにだけは、居なくなる理由も教えておこうと思った。
「もう一つ、言っておかなければならない事があるんだ」
「なんです?」
「僕はもうすぐこの世界から居なくなる」
「どういう意味です?」
「僕は前世で、一つの誓いを立てた。ある女性が悲しみから立ち直るまで側に居るっていう誓いだ」
「その人は、シュワルツ殿にとって大切な方ですか?」
「恋人だった。でも、僕が先に死んでしまったんだ。そして、死んだ後で女神に会ったんだ。そこで、願い事をなんでも叶えると言われて、彼女が寂しくない様に、犬の姿で側に居る事にしたんだ」
「なんでも願いを叶えると言われたのに、生き返らせてと願わなかったんですか?」
「願ったんだけど無理だと言われた」
「そうですか、ならそうするしかないですね」
アーサーは理解してくれた。
「いつ、立たれるつもりですか?」
「今、行っても良いんだけど、アンネローゼ様に別れの挨拶をしないと大騒ぎになるだろうから、タイミングを計っているんだ」
「優しいですね。恋人の元に早く帰りたいでしょうに、アンネローゼ殿下の命を救ってくれたばかりか、心の事も考えておられる」
「いや、アンネローゼ様に嘘の誓いを立てたから、後ろめたくて……」
「嘘の誓いですか?」
「うん、ずっと一緒に居るって約束してしまった」
「それは、シュワルツ殿が悪いですね」
「ああ、本当に悪い男だ。だから、これは贖罪なんだ。どうやってもアンネローゼ様を悲しませる事になるからね」
「前世の誓いを聞いていなかったら、ぶん殴るところでしたよ」
「まあ、それだけの事をしたよね」
「打ち明けてくれてありがとう」
アーサーはそう言って右手を出してきた。どう見ても物語の主人公はアーサーだった。僕は握手は出来ないのでアーサーの右手に僕の右手を置いた。
「僕はアーサーを信じたんだ。君なら約束を守ってくれるって思ったから」
千里眼で見たら、アーサーにお手をしている空飛ぶ犬がいた。それが僕だった。




