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犬に転生したら何故か幼女に拾われてこき使われています  作者: 絶華 望(たちばな のぞむ)
運命は二人を引き寄せる

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古代遺跡『転移の魔方陣』

 朝になり、アンネが起きた。セバスもマリーも敵の襲撃を警戒していて、熟睡していないと思われるが、疲れを見せることは無かった。アンネは昨日の夜なにが起こったのか知らない。知る必要も無い。アンネの心の安寧はセバスとマリーと僕の共通の願いだった。

「おはよう」

 アンネが挨拶した。

『おはようございます。アンネ様』

 二人は嬉しそうにそう応えた。朝食を食べ、僕たちは港町カーレンに向かった。


 そこからの旅は順調で敵の襲撃も無く3日後の昼には港街が見える場所まで来た。潮の香りを感じたので、海が見えるかな~と思って何気に『千里眼』を使うと、街の入り口で冒険者たちが、街に入る人間を見張っていた。

「セバスさん。待ち伏せされてるみたいです」

 僕がセバスに伝えると、セバスは馬車を止めた。

「さて、困りましたな……」

 セバスが問題にしているのは、冒険者を倒せるかどうかではなかった。この分だと帰還ルートを特定されているのは間違いなかった。それなのに船に乗るのは得策ではないと思っていた。最悪、船ごと乗っ取られる危険性があった。

 その場合、関係のない者を巻き込む事になる。それは、アンネが望まないことだとセバスは知っていた。

「気が進みませんがルートを変えましょう。アンネ様の魔法が有れば安全に行けますからな」

「セバス様、どこに向かうつもりなんですか?」

「古代遺跡、『転移の魔方陣』に向かいます」

「ガーディアンのミスリルゴーレムを倒せるのですか?」

「魔王城に乗り込む時には、『転移の魔方陣』で行きましたからな」

「さすが、朱羅の剣聖ですね」

「昔の話です。今はアンネ様の魔法のお陰で役に立てますな。アンネ様、ルート変更をご承諾頂けますか?」

「セバスに任せる」

「魔法の支援もお願いしてもよろしいでしょうか?」

「任せて」

 アンネは自分が頼りにされていると思って嬉しそうに返事をした。

「シュワルツ殿に説明しておきますが、ミスリルゴーレムには魔法が効きにくいので、攻撃魔法は使わないでいただきたい」

「分かった。僕は魔法を使わずに、アンネに魔力を供給するよ」

「助かります」

 そして、馬車は港町を離れて東の山に向かった。二時間ほどで山の中腹にある洞窟についた。洞窟の入り口は石で門が組まれていた。看板は無いが、なんか遺跡っぽかった。

「さて、馬車はここに捨てて行くしかないでしょう」

「そうなの?お気に入りの馬車だったのに……」

 アンネは落ち込んでいた。そんなアンネを見て、僕はどうにかしてあげたいと思った。

≪スキル『愛の奇跡』の条件を満たしました。スキル『亜空間収納』を獲得しました≫

 スキルを使うと、馬車が謎の空間に吸い込まれた。

「シュワちゃん何をしたの?」

 アンネが聞いてきたので答えた。

「不思議な空間に馬車を送ったんだよ。これで、馬車も持っていくことが出来るよ」

「ありがとう。シュワちゃん」

「助かります。シュワルツ殿」

「良かったですね。アンネ様」

「さすがっすね兄貴~」

 キョウレツインパクトはのんきに構えていた。

「さて、スレイプニルをどうしましょうか」

「古代遺跡は罠が多いと聞いています。中に連れて行くにはいささかサイズが大きいですわね」

「スレイプニル、置いてっちゃうの?」

 セバスとマリーとアンネが深刻に話し合っている。当事者であるキョウレツインパクトは、何の話をしているんだろうと言ったていである。

 そう、キョウレツインパクトは、自分が『スレイプニル』と呼ばれている事に気が付いていなかった。いくら何でも皇族が使っている馬の名前が『キョウレツインパクト』というのは無いなと思っていた。

 馬とはいえ置いていくのは可哀そうなので、なんとか連れて行きたいなと思ったが『亜空間収納』は生物を収納できないようだ。小さくして鐙をつけたらアンネが乗れる。古代遺跡の内部がどれだけ広いかは分からないが、アンネの足になれたらキョウレツインパクトも嬉しいし、アンネも嬉しいのではないだろうか、さあ来い。

≪スキル『愛の奇跡』の条件を満たしました。魔法『縮小』を獲得しました≫

≪スキル『愛の奇跡』の条件を満たしました。魔法『道具生成』を獲得しました≫

 来た~。何となく発動条件が分かってきた。今まで自分が得をするような願いは却下されてきた。本当に相手の為になる願いは却下された事が無い。ただし、それだけでは説明がつかない願いも叶っているので、もっと条件があるのだろう。

 ともあれ、キョウレツインパクトを魔法でコンパクトにした。そして『道具生成』で鐙を作った。

「あれ、みんな大きくなった?」

 キョウレツインパクトは自分に何が起こったのか理解していなかった。だが、奴はそれでいい。

「これなら、連れて行けるかな?」

 僕が聞くと、セバスが答えた。

「連れて行きましょう。このサイズならアンネ様も乗れるし、邪魔になりませんからな」

「良かったね。スレイプニル」

 そう言って、アンネはキョウレツインパクトの首を撫でた。撫でられた当の本人はキョトンとしていた。

「ちなみに、スレイプニルって名前は誰が付けたんですか?」

「元々の持ち主が付けた名前ですよ」

 僕の質問にセバスが答えてくれた。

「みんな、何の話をしてるんです?連れて行くとか、行かないとか」

 キョウレツインパクトが質問してきた。

「大丈夫、気にしなくていい」

 僕は即答した。

「そうっすか」

 キョウレツインパクトに本当の名前は『スレイプニル』だと伝えても奴が納得すとは思えなかった。なぜなら、アンネから直接つけられた名前に誇りを持っていたからだ。だから、真実は伏せておいた。

 なにより、キョウレツインパクトは人の言葉を理解しているが、人の言葉は話せないのだ。名前の行き違いがあっても何も問題は起こらない。念話が出来る前の僕がそうだったのだから……。


 遺跡の内部に入ると明かりが必要になった。マリーが魔法を使った。

「光よ」

 拳大の光の球が現れ、周囲を照らした。遺跡の内部は石造りで、通路の高さは2メートル弱、横は1メートル弱と一列になって進まないといけない狭さだった。

 先頭にマリー、次にセバス、最後尾にキョウレツインパクトに跨ったアンネとアンネに抱っこされた僕という順番だった。キョウレツインパクトはアンネが騎乗してから上機嫌だった。

「アンネ様、光栄っす。絶対揺らさないように歩きますんで安心して乗ってくだせぇ」

 しまいには鼻歌を歌って歩いていた。鼻歌のメロディーから察するに、草を食う前に歌ってた下品な歌の様だ。アンネたちに声が聞こえなくてよかったなと心の中で思った。

 遺跡内部は罠が多いと言っていたが、罠はマリーが発見し、扉に仕掛けられたものや、通路の壁がスイッチになっている罠はマリーが解除してくれた。そして、床にスイッチがある物は、マリーが事前に教えてくれた。

「そこの床に上がらないでください。罠がございます」

 マリーの忠告に従って、セバスが罠を回避する。続いてキョウレツインパクトも罠を避けるかと思いきや、奴は馬鹿だった。思いっきり罠が仕掛けている床を踏んだ。僕は反射的に魔法『結界』を発動させた。

 罠は矢が飛んで来る奴だった。床の左にある壁が開き矢が撃ちだされた。矢は結界の壁に当たって地面に落ちた。

「ちょっと、スレイプニル気をつけなさい!」

「シュワルツの兄貴、ありがとうございやす。それにしてもスレイプニルってやつは間抜けっすね~、マリーの姉御に怒られてますよ」

 うん、その間抜けがお前だとは言えなかった。奴は確かに馬鹿だが、手綱を握っているのはアンネだった。右手で僕を抱え、左手で手綱を握っていた。セバスが手綱を持つと思ったていたが、アンネがセバスよりも先に手綱を握って離さなかったのだ。

 ぎゅっと握られた手綱を見てセバスは察したように身を引いた。言うなれば、子供が車の玩具のハンドルを握っている状態に近い。アンネは初めての乗馬にキョウレツインパクト以上に興奮していた。

(私、馬に乗れてる。凄い。楽しい)

 アンネはご機嫌だった。そして、キョウレツインパクトは指示待ち人間に近かった。アンネの手綱が導くままに動いていた。結果、床の罠を回避できないという構図が出来上がってしまった。

 マリーもアンネが手綱を握っているのは知っていた。だが、アンネに文句を言う訳にはいかないので、スレイプニルに文句を言っていた。言われた本人はキョウレツインパクトのつもりなので、自分が悪いとは思っていない。一方アンネもスレイプニルが怒られていると思っているので手綱の操作が悪いとは思わなかった。

 僕に出来ることは、ただ一つ、キョウレツインパクトにとっては六人目の正体不明のメンバーとなってしまったスレイプニルの失敗を魔法でフォローする事だけだった。

 スレイプニルの次の失敗は、地下2階への階段を降りた直後の通路で起こった。それは、落石の罠だった。もちろん、マリーは事前に通告していたが、キョウレツインパクトはアンネの手綱通りに動き罠を踏んでいた。階段の上から通路の幅いっぱいの丸い鉄の球が転がり落ちて来た。

「スレイプニル!なんで?」

 マリーはショックを受けていた。マリーはアンネを叱れない。だからこそスレイプニルにフォローして欲しいと願っていた。しかし、キョウレツインパクトはスレイプニルではないのだ。

「兄貴!ど、どうすれば!」

 キョウレツインパクトは慌てていた。だが、僕は冷静に魔法『結界』で鉄の球を囲んだ。鉄球を止めた後で魔法『殲滅の黒雨こくう』を発動した。黒雨は硫酸の雨なので鉄球を溶かして消滅させた。

「兄貴、助かりました」

 キョウレツインパクトは、深くため息を吐いた。

「それにしても、スイレプニルのやつは何をやってるんですかね?こんな間抜けだから、ここに入る前に姉御たちは置いてくとか置いてかないとか言ってたんですか?」

 ああ、なんか良い感じにキョウレツインパクトが勘違いし始めた。しかも、もっともな理由に聞こえるから始末が悪い。

「まあ、そう言うなよ。奴も奴なりに頑張ってるんだから」

「それにしても、どんな奴なんすか?俺っちには奴が見えないんっすけど?」

「お前には見えないよ」

 なぜなら、スレイプニルはお前なんだからという言葉は飲み込んだ。

「兄貴には奴が見えるんで?」

「ああ、見えている」

「だったら、兄貴、スレイプニルに奴にしっかりするよう言って下さいよ」

 それを言ったとしても問題は解決しないのだ。なぜなら、アンネが手綱をセバスに預けない限り、お前はアンネの指示通りにしか動けないのだから……。

「まあ、大目に見てやってくれ、スレイプニルの失敗は僕がフォローするから」

「兄貴がそう言うのなら勘弁してやりますけどね」

 その後、落とし穴の罠が有れば『空間転移』で回避し、天井が落ちてきたら『結界』で支え、水が流れ込んで来たら『殲滅の黒炎』で蒸発させた。

 いずれの罠も床にスイッチがあるタイプだった。キョウレツインパクトを浮遊させれば全て回避できる罠なのだが、『愛の奇跡』は発動しなかった。理由は、現状持っている能力で対処可能だったからだ。本気でアンネの為に必要だと思わないと新しい力は手に入らないらしい。だから、僕はフォローを続けた。

 マリーも僕が問題解決するのでスレイプニルに文句を言わなくなった。それに対してキョウレツインパクトはこういった。

「とうとう、怒られなくなりなりやしたね。スレイプニルのやつ。こうなったらお終いですよ」

 そうだな、何度も失敗を重ねると怒られなくなる。無能のレッテルを貼られて注意すらされず、他の誰かがフォローするのが当たり前になる。

「そうだな、でも僕はスレイプニルを見捨てないよ。仲間だからな」

「兄貴って懐が深いんですね~」

 ああ、そうとも僕はキョウレツインパクトを見捨てない。なぜなら、死ぬときは一緒だからだ。


 途中、広めの部屋が何個かあり、ガーディアンと呼ばれるストーンゴーレムが何体か出てきたが、アンネの補助魔法を使うまでもなくマリーとセバスで対処していた。

 見えない六人目のメンバー『スレイプニル』のヘマはあったが何事もなく最下層に来た。階段を降りた先に大きな扉があった。通路も天井が高く幅も広くなっていた。

「さて、この先にミスリルゴーレムが待ち受けています。中に入ったら、アンネ様は補助魔法をマリーとシュワルツ殿はアンネ様の護衛を頼みます」

「畏まりました」

「分かった」

「あっしは何をしたら……」

 キョウレツインパクトが不安そうにしていた。奴は馬車を引くのが仕事だった。戦闘に巻き込まれた時も逃げたりしていたので戦闘に護衛対象を背中に乗せて戦うのは初めてなのだろう。だから、僕が指示を出した。

「大丈夫、アンネを乗せてじっとしていればいい。危なくなったら僕が指示を出すから従ってくれ」

「合点承知」

 キョウレツインパクトは指示を与えられると不安が無くなったようだ。気合の入った顔をしていた。相変わらず相槌は古臭いものだったが……。


 セバスが扉を開けると、そこには青白く光る巨大なゴーレムが居た。全身、魔法の金属ミスリルで作られた防御力の高いゴーレムだった。身長は5メートルもあり、腕の太さも足の太さも直径1メートルは超えていた。レベルは65で能力値は生命力と体力と筋力だけが800で他の能力は100程度だった。

 直径1メートルの金属を両断する。そんな事が可能なのだろうか?しかも、魔法の金属ミスリル製である。一方、セバスの武器は普通の鉄製の剣だった。どう足掻いても切れそうになかったが、セバスは自信があるようだった。

「聖女アンネローゼ・フォン・シュワルツェンドの名において、我を守護する者に若返りの奇跡を与える」

「聖女アンネローゼ・フォン・シュワルツェンドの名において、我を守護する者にあらゆる厄災から身を護る加護を与える」

「聖女アンネローゼ・フォン・シュワルツェンドの名において、我を守護する者に武神の加護を与える」

 アンネが魔法を使ってセバスを補助した。セバスは若返り、ステータスが飛躍的に向上した。セバスは左右の腰に一本ずつ剣を佩いていた。左側の剣を抜いて、両手で構えた。

 そして、セバスが消える。セバスは一瞬でミスリルゴーレムの足元に移動した。

「修羅一刀流、二の太刀、炎撃えんげき

 セバスは、剣を横薙ぎに一閃させた。超高速で振りぬかれた刀が空気との摩擦で赤い炎の軌跡を空中に描いていた。ミスリルゴーレムの足が両断され、身長が3メートルになった。

「修羅一刀流、七の太刀、牙撃がげき

 セバスは軽く飛び上がってV字にミスリルゴーレムを切り裂いた。ミスリルゴーレムの両腕が切断された。

「修羅一刀流、一の太刀、雷撃らいげき

 最後にミスリルゴーレムの頭上に飛び上がり、雷の様に天空から斬り降ろしを放った。ミスリルゴーレムは両断された。

「お見事です。セバス様」

 マリーがセバスの技の冴えを褒めたたえた。

「アンネ様の魔法あっての事ですよ」

 セバスは謙遜した。

「元々、セバスが強いからだよ。私はその力を引き出しただけ」

 アンネも謙遜した。

「二人とも凄いよ」

 僕も二人を褒めた。

「いえいえ、シュワルツ殿には敵いませんよ」

 謙遜合戦が始まる予感しかしなかったので「いやいや、セバスさんに勝てる気がしませんよ」とは言わなかった。

「さすが、セバスの旦那、凄いっすね」

 キョウレツインパクトも驚愕していた。

「さあ、行きましょう。奥に魔方陣がありますので、それを使ってシュワルツェンド皇国内の街に移動します」

 セバスの先導に従って、移動すると魔方陣があった。その上に全員が乗った後で、セバスが場所をイメージした。

「旅の神ヘルメスに願い奉る。我が望む場所へ転移させたまへ」

 セバスが詠唱すると、魔方陣が光り輝き、一瞬で視界が変わった。そこは平原だった。視線の先には城壁に囲まれた街があった。

「すでに夕刻ですし、ひとまず宿場町ルークスに寄りましょう」

 セバスが元の姿に戻り、アンネはキョウレツインパクトから降りた。そして、鐙の魔法とキョウレツインパクトにかけた縮小の魔法を解除し、『亜空間収納』から馬車を出した。

 馬車にマリーとアンネと僕が乗り込みセバスが御者を務めた。そして、僕は気づいてしまった。キョウレツインパクトの技欄にありえないものが増えている事に……。

 そして、アンネのステータスにも微妙な変化があった。それは、戦闘スタイルだった。アンネは戦闘訓練も受けていないし、魔法も習っていなかった。だから、戦闘スタイルは空白だったのだが、今は二つの記述があった。『聖女』と『獣使い』だった。

 聖女が付いた理由は理解できる。だが、獣使いが付いた理由が分からなかった。僕がアンネに使役されているから付いてしまったのだろうか?まあ、分からない事は考えても仕方ないので、そういうものだと理解する事にした。

 もうすぐ僕の願いが叶う。『聖女の盾』を蘇らせたらアンネを護衛するという役目は終わる。アンネは皇宮に帰り、安全が約束されるのだ。そしたら、僕は彼女に会いに行く。彼女が幸せになるまで側に居るのだ。それが、僕が転生する前に誓った事なのだから……。


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