初デート
キョウレツインパクトとの心温まる会話の後で、再び馬車は港街に向かって走り出した。予定より少し遅くなったが宿場町カンフールに着いた。通行料を支払って街に入り、セバスが宿を手配した。時間的には夕方五時ぐらいだった。
宿に入り荷物を部屋に置くと、セバスが提案をしてきた。
「さて、アンネ様。皇国のその衣装では目立ちすぎます。ご不満かもしれませんが、この街でお着換え頂いても宜しいですかな?」
「構わない」
街の中なのでアンネは皇女モードになっていた。
「アンネ様、着替えたら演技もお止めになって頂いても宜しいですかな?」
「大丈夫なのか?」
「ええ、その方が敵の眼を欺けますので」
「分かった」
そっけない態度だが、アンネは内心喜んでいた。
「セバス様、服を買った後で構わないのですが、私も買い物をしたいと思っております」
「アンネ様のお着換えはマリーにしかできませんから、それが終わったらお金は必要なだけ渡しますので、必要と思うものを買いに行ってください」
「ありがとうございます」
宿から出ると、辺りは街灯で照らされていた。中世風の外観だが、設備は意外と近代的だった。
「ねぇ、アンネ。あの街灯は電気で光っているの?」
「電気?何それ?街灯は魔法の力で点いているのよ」
「そうなんだ」
念話での会話なので、アンネは演技をしていない。念話は会話したいと思った対象にしか届かないので、僕との会話の時はいつものアンネだった。街灯に照らされた夕暮れの街は、人通りもそれなりだった。店の看板が道にはみ出している物はなく、落ち着いた外観だった。
最初の街では、馬車から出る事が無かったので、この街が異世界で最初に見て回る街だった。
建物は石造りで、道路も整備されていた。道行く人は人間が多く、亜人はあまり居ない感じだった。なにか、理由があるのかもしれない。セバスが先導し、アンネが続きマリーが後方を警戒する感じで洋服店まで進んで来た。洋服店に入ると、そこには色んな服が並んでいた。
アンネは目をキラキラさせて、服を見ていてた。店内にも魔法の明かりがあるようで、昼間のように明るかった。僕は翼を隠して犬のように振舞った。アンネの後ろについて回った。
「ねぇねぇ、シュワちゃんこの服どうかな?」
アンネがピンク色の服を手に取って念話で聞いてきた。
「可愛いと思うよ」
「でも、子供っぽいかな?」
「子供だから良いんじゃない?」
「一応、お金持ちの商人の娘って設定でしょ?あんまり子供っぽいのはダメな気がする」
「いや、そこは逆に考えるんだ。お金持ちの商人の娘だからこそ、子供っぽい服を着ても良いってね」
「う~~~ん」
「アンネは難しく考えすぎだと思うな、その服を着たいか着たくないかで選んで良いと思うよ」
「そうかな?」
「そうだよ。だって、皇女とバレないように服装をかえるんだろ?アンネが好きな服を選んだら、それが正解だよ」
「ありがとう。シュワちゃん」
彼女ともこんな会話がしたかった。お店に入る前に殺されたのが悔やまれる。アンネはそれから一通り服を見て、最終的にピンク色のリボンやフリルのついた可愛い服を選んだ。
「マリー。この服が良い」
「畏まりました」
「店主、この服を貰おう」
セバスが店主に言った。
「お買い上げありがとうございます。金貨10枚になります」
店主はゴマすりしながら、値段を言ってきた。セバスが支払いを済ませている間に、アンネは早速服をマリーに手伝ってもらって着替えた。服装が変わっただけだが、アンネの印象が柔らかいものに変わった。
「似合うかな?」
アンネが聞いてきた。
「似合ってるよ」
僕がそう答えると、アンネは嬉しそうに笑った。その表情が可愛すぎて心臓が止まるかと思った。この笑顔を守りたい。
(ああ、アンネ様。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。今この瞬間死んでもいい)
マリーは思考がやばかった。心の声さえ見えなければ僕は幸せだったかもしれない。マリーの表の声だけ聞いていれば、普通に美人なお姉さんなのだから……。
「マリー。買い物が終わったら宿に戻ってください。全員揃ったら夕食にしましょう」
そう言ってセバスはマリーにお金を渡した。
「畏まりました」
マリーはそのまま店を出て行った。
「さて、アンネ様。どうやらこの街は安全なようです。マリーが戻るまで散策されても大丈夫ですよ」
セバスがそう言うとアンネが目をキラキラさせていた。
「本当に良いの?」
「ええ、シュワルツ殿もおられますし、危険が迫ったら『空間転移』で宿に戻っていただければ大丈夫ですから」
「分かった。アンネは僕が守るよ」
「ええ、頼りにしておりますよ」
僕が応えるとセバスは嬉しそうにそう言った。セバスはセバスで武器を購入したいようだった。兵士から奪った剣は、母さんとの戦闘でボロボロになっていた。冒険者から武器を奪わなかったのは、セバスが奴らを嫌いだったからだ。裏切り者の武器は使いたくないとセバスは思っていた。
「シュワちゃん。行こう」
アンネがそう言って僕を持った。アンネは、僕を持つと心が落ち着くらしい。だから、抵抗せずに受け入れている。
それから、アンネと二人で街を見て回った。アンネは自由に動けるのが嬉しいらしく、はしゃいでいた。お店で珍しい商品を見つけては店員に質問していた。
「ねぇねぇ、これはなあに?何に使うの?」
アンネは年相応の振舞をしていた。店員たちも普通の子供に接するようにしていた。何件か店を見て回り満足したのか街の中心にある広場で休むことにしたらしい。街の広場の中央には噴水があり、その周りに人が座れるように石造りの椅子が置いてあった。
アンネはその一つに腰かけて噴水を見ていた。噴水の周りには若いカップルが大勢いた。どうやらデートスポットらしい。ちょうど夕日が沈もうとする時間帯だった。空は赤と紫に彩られて幻想的だった。
「綺麗だね~」
アンネが空を見上げて言った。
「そうだね」
僕も同じように空を見上げて答えた。何気に僕は気づいてしまった。街に着いてから僕とアンネがやっていた事はデートと呼べるのではないかと……。
前世では、手を繋いで歩いただけだった。もし、続きがあったとしたらこんな風に店を見て回り、公園で空を見上げていたんだろうな……。
彼女は、あれからどうしたんだろう、良い人見つかったかな、泣いてないかな、寂しくしてないかな、彼女の側に行きたいな……。
≪スキル『愛の奇跡』の条件を満たしました。魔法『異世界転移』を獲得しました≫
突然、僕の願いが叶った。彼女の事を思ったら、スキルが発動した。今すぐにでも使いたいが、アンネを放ってはおけなかった。アンネの安全を確保したら使おう。そう思っていると、アンネがジト目で僕を見ていた。
「どうしたの?アンネ」
「いま、他の女の事、考えてたでしょ」
「え?なんで分かったの」
「遠くを見て、すごく心配そうな顔をしてた」
「えっと、とっても遠い所に残してきた人が居るんだ。僕はその人の元に帰りたいと思ってる」
「いや、シュワちゃんは私と居るの」
アンネはふくれっ面で僕をぎゅっと抱きしめた。
「今はアンネと居るよ。でも、アンネが安全になったら、僕はその人の元に帰りたい」
「いや、ずーっと一緒に居るの」
アンネは駄々っ子のように言った。これは、言う事聞くまで話が平行線になるやつだ。
「分かった。ずっと一緒に居るよ」
「約束だよ」
「約束する」
アンネが国に帰ったら隙を見て逃げ出そう。僕が居なくなってもアンネは大丈夫だと思った。ペットが居なくなったら悲しいだろうけど、すぐに忘れると思っていた。
「さあ、暗くなってきたし帰ろう」
僕が促すとアンネは、不機嫌な顔になった。
「私、疲れた。もう、歩きたくない」
そう言って立ち上がらなかった。アンネは我がままになっていた。まあ、今まで良い子を演じていたんだ。今日ぐらいは我がままを聞いても良いかと思った。
「分かったよ。お姫様、僕が宿まで連れて行くよ」
僕がそう言うとアンネは嬉しそうに笑った。
「よろしくね。私の王子様」
そう言って笑った。金髪が夕日を受けてキラキラと輝きアンネはとても綺麗だった。アンネが大人になって僕に今と同じセリフを言ったとしたら、僕はアンネの側を離れられなくなるかもしれない。それほど魅力的な笑顔だった。ロリコンじゃなくて良かったと心から思った。だが、アンネに嘘を吐いた事を少し後悔してしまった。
そんな後悔を飲み込んで僕は『空間転移』の魔法を使ってアンネと宿に戻った。転移先は宿の部屋にした。そこには、マリーが居た。しかも、下着姿だった。
「アンネ様、お帰りなさいませ」
マリーは何事無かったように言った。マリーは僕の中身がおっさんだとは思っていない。マリーにとって僕はただの子犬だった。だが、僕にとってはマリーは女性だった。贅肉の無いしなやかな肢体は目に毒だった。僕は鼓動が早くなるのを感じていた。そして、それを知ったアンネが僕の眼を塞いだ。
「シュワちゃんのエッチ」
マリーに聞こえないように念話で文句を言ってくれたのは、アンネなりの慈悲だろう。
「ごめん」
僕も念話でアンネに謝った。
「お見苦しい所を見せてしまいましたね。戦闘の準備をしていたので……」
マリーはメイド服に毒薬を仕込んでいた。マリーが本来の戦闘能力を発揮するための準備だった。
「セバス様は先に1階の食堂でお待ちですよ。アンネ様もそちらでお待ち頂ければ幸いです」
「そうする」
アンネが僕の眼から手をどけた。目の前に扉があった。ホッとするのと同時に、少し残念だと思う自分の心が憎かった。彼女が居るのに他の女性の体を見て心を乱すなどあってはならない事だった。僕は反省し瞑想を行って精神を鍛える事にした。
食堂に着くとセバスが座っている席にアンネは座った。
「街は、どうでしたか?」
「楽しかった」
「それは良かったですね」
セバスは心から喜んでいた。それから、アンネは街であった事をセバスに話、セバスはそれを嬉しそうに聞いていた。マリーも準備が終わったのか席に着いた。
「さて、みんな揃った事ですし、夕食にしましょう」
セバスとマリーとアンネがそれぞれ食べたい料理をメニューから選んでいた。セバスはペペロンチーノ、マリーはキノコのグラタン、アンネはステーキを頼んでいた。それとは別にサラダを注文していた。料理名は僕の居た世界と同じだった。
「シュワルツ殿は何を食べますか?」
セバスが僕に聞いてきた。だが、頭の中は……。
(干し肉かハンバーグあたりでしょうな)
セバスは僕が肉食だと思い込んでいた。しかも、何故か干し肉が好物だと思っていた。だが、僕は雑食だった。もちろん母さんだってそうだ。森の恵みで僕は育った。木の実や草も普通に食べるしキノコだって食べていた。しかも、肉に至っては焼いて食べていた。その方が体に良いと母さんは言っていた。
姿は犬だが、食生活は人間に近かった。だが、僕は文字を知らない。メニューを見たが見た事もない文字が並んでいた。だが、メニューの内容は把握していた。セバスがメニューを見た時に内容を心に思い浮かべていたのを読んだからだ。
「じゃあ、カルボナーラが食べたい」
僕の言葉にセバスは衝撃を受けていた。
(黒の殲滅者が肉以外を食べるだと?じゃあ、今まで干し肉を与えていたのは間違いだったのか……。何たる不覚……)
ものすごく悔しそうにしていた。
注文をするとすぐに料理が運ばれてきた。みんなで歓談しながら食事をした。僕は運ばれてきたカルボナーラを独自に開発した魔法『黒の手』を使ってフォークを操り上品に食べた。
「シュワちゃん凄い、そんな魔法も使えるんだ」
「感心ですな、これならばどこへ連れて行っても問題ないでしょう」
「カルボナーラを頼んだ時は、どうやって食べるのか心配していましたが杞憂でしたわね」
マリーはニコニコしながら言っていた。
(食べ方が汚かったら矯正してやろうと思ったが、問題なさそうだな、犬だから皿に顔突っ込んで食い散らかすと思っていたのに案外やるじゃない)
『黒の手』習得しといてよかった~と心底思った。ちなみに、開発した経緯だが犬の姿では頭や背中が掻きづらかったからだ。背中がかゆい時に木とかに背中を擦り付けていたが、手があれば問題が解決すると思い。必死に編み出した。こんな形で役に立つとは思っていなかった。
街に着いてからはとても平和だった。午前と午後、2回も戦闘したのが嘘のように平和だった。食事を終えて部屋に戻り、僕はアンネに抱っこされて眠りについた。




