宿場町カンフールまで
馬車の中で、マリーがアンネに話しかけた。
「アンネ様、質問がございます」
「なあに?」
アンネはいつものアンネに戻っていた。もうアンネを監視する者はおらず。街までは距離があったからだ。
「魔法をどうやって覚えたのですか?」
当然の疑問だった。僕も疑問に思っていた。
「みんなを助けたいと思ったらスキル『愛の奇跡』が発動して魔法を覚えたの」
「ふむ、シュワルツ君も同じスキルを持っていましたよね。発動条件が何か分かれば良いのですが……」
マリーは僕からの返答を期待していなかった。
「僕も色々調べているんだけど、いまいち発動条件は分からない」
僕は念話がアンネ以外に通じるか試してみた。これが成功すればセバスともマリーとも他の人間とも会話が出来るようになる。
「え?」
マリーが驚いていた。
「え?いま、答えたの?」
「そうだよ」
どうやら他の人間とも会話が出来るようだ。
「いままで、話せない振りをしていたの?」
マリーが不穏な空気を出してきた。
「違う!さっきまで話せなかったんだ。いきなり『愛の奇跡』が発動してアンネと話せるようになったんだ」
「え?シュワちゃんもそうなの?私もさっきシュワちゃんがどこに行ったのか心配になって、そしたらシュワちゃんと会話できるようになってた」
「ふむ、という事は『愛の奇跡』は連鎖して発動しているのですか?」
アンネの一言でマリーの警戒レベルが一気に下がった。
「それは、分からない。僕が持っていてアンネが持っていないスキルや魔法もあるし、本当に謎だらけのスキルなんだ」
僕は、保身の為に何も知らないアピールを行った。まあ、実際何も知らないのだが……。
「でも、一つだけ確かな事がある。このスキルは私とシュワちゃんを守ってくれる」
アンネは嬉しそうに言っていた。そして、今まで不安だった気持ちが平静を取り戻していた。
「そうですね。アンネ様も急速に聖女としての才能を開花させていますものね」
マリーも納得していた。
「それにしても、魔力はどうなっているのですか?『蘇生』の奇跡は、よほどの魔力が無いと昏倒してしまうレベルなのですが……」
実際、アンネは昏倒していた。今は僕がアンネに魔力を供給しているから助かっている。
「それなんだけど、これを見て」
そう言ってアンネはマリーにステータスを見せた。
「これは、魔族並みの魔力になっていますね。そして、スキル欄には『魔力共有』がありますね。心当たりは?」
マリーの問いにアンネは首を横に振っていた。僕は一瞬迷っていた。事実をありのままに話したとしてマリーは納得するのだろうかと……。だが、僕は覚悟を決めて言った。
「そのスキルは、アンネが『蘇生』の魔法を発動させた後で昏倒していたから、僕の魔力を分けてあげたいって思ったらスキルを獲得していた」
「そうだったんだね。ありがとうシュワちゃん」
アンネは喜んでいた。マリーは……。
(ふん!いい気になるなよ!アンネ様へ仕えていた年数は私の方が上なんだ。ポッとでの貴様が少し手柄を立てたからって調子こいてたらしばき倒すぞ!)
ああ、面倒だ。仲間だと認めてもらったとたんこれだよ。何をしても敵対するそんな相手っているよね。
「ねぇ、マリー国に戻れたら『聖女の盾』を蘇生魔法で蘇らせたい」
アンネがそう言うとマリーが難しいという表情をした。
「アンネ様、蘇生には条件があります」
「条件?」
「死後、魂はその場所にとどまります。これは死体を動かしても焼いても基本的に魂はそこから動きませんが、例外的に家族の元へ戻る場合があります。ですが、『聖女の盾』のメンバーは全て孤児で構成されています。なので、襲撃を受けた場所に戻らねばなりません。この危険性は理解して頂けますか?」
「分かった。じゃあ、私が皇宮に着いてからなら良いって事?」
「それは時間との戦いになるでしょう。死者を蘇生する為の条件に49日以内に蘇生しなければならないというものがあります。49日を過ぎると、その魂は転生し二度と蘇生出来ないと言われています。ですから、襲撃をかわしつつ最短で王都に戻り、出来るだけ早く、あの場所へ戻る必要があります。
ですが、一度危険にさらされたアンネ様が同じ襲撃を受けた場所にすぐに戻りたいと言った場合に皇帝陛下と皇妃殿下が何とおっしゃるかご理解いただけますか?」
「どうしても、みんなを生き返らせてあげたいの」
アンネは泣いていた。
(私の為に命を賭けて戦ってくれた『聖女の盾』のみんなは、私を『聖女』だと信じて命を捨てた。みんな戦災孤児だから、魔族との戦争を終結させるという神託を信じて命を捧げてくれた。そんなみんなに聖女として報いたい)
心の声はマリーに届かなかったが、マリーはアンネの気持ちを汲んだ。
「ならば、私とセバス様に命じてください。襲撃を受けた場所に戻りたいと、例え万の敵が居ようとも全て討ち滅ぼせと……。ご命令頂ければ、この命賭して願いを叶えます」
「マリー、セバス。お願い。みんなを生き返らせるために、あの場所に連れて行って」
「セバス様、聞いておられましたか?」
マリーが御者台のセバスに確認をした。
「アンネ様の要望は分かりました。ですが、このまま引き返して戦うのは得策ではありません。やはり、港町を経由して皇国内から向かった方が良いでしょう。戦うにしても奇襲が出来ますし、援軍を呼ぶこともやりようによっては可能ですからな、出来るだけリスクを減らしたうえで、アンネ様の要望に応えたいと思います。よろしいですかな?」
「みんなを生き返らせる事が出来るのなら、それでいい」
「畏まりました。剣士の名誉にかけて、みなを助ける為に最善を尽くすと誓いましょう」
「ありがとう。セバス」
アンネはセバスの言葉に満足していた。
「シュワちゃん。いっぱい敵が居てもセバスとマリーと私を守って勝ってくれる?」
アンネからの無茶振りが飛んで来た。
(無理などと言ったら殺すぞ駄犬……)
マリーからの注文も飛んで来た。
「ああ、任せてよ」
根拠は何もないが、そう答えるしかなかった。でも、いざとなったら母さんを呼ぼう。そう思う事で僕は心の平静を保つことにした。
「ねぇねぇ、シュワちゃん。会話できるようになったから聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「名前、シュワルツのままで良いの?お母様からもらった『ジークフリード』って名前があるんでしょ?」
(まさか、アンネ様から与えて頂いた名前に不服があるとでも?)
「アンネの好きに呼んで良いよ」
僕はそう答えるしかなかった。
「分かった。このままシュワちゃんと呼ぶね」
「うん」
「それと、一瞬で移動してたみたいだけど、あれで私の行きたい場所に行けないかな?」
「あれは『空間転移』って魔法なんだけど、僕が認識できる場所にしか移動できないんだ」
「認識できる場所?」
「僕が記憶している場所と視覚と聴覚で認識している空間にしか転移できないんだ」
「そっか、じゃあセバスの言う通りに移動するしかないんだね」
「そうだね」
アンネの為に転移したいと思ったが、『愛の奇跡』は発動しなかった。知らない場所に転移する手段が無いのか、それとも発動条件を満たしていないのかは分からなかった。
「そうだ、僕からも聞きたいことがあったんだ。20年前に何があったの?」
僕の問いにアンネは心で思っていた。
(私は、全ての事情を知っているけど、マリーには伝えてはならない事実も知っている。だから、何も言えない)
「シュワルツ君は、魔族で子供ですもんね。知らないのは無理もありません。私から説明しますね」
マリーの心の声と出てくる言葉のギャップの凄さ、相変わらずの破壊力だった。言葉ではメッチャ優しいお姉さん。心の声は般若だった。
「かいつまんで話しますが、20年前、突如として魔王軍が人類に宣戦布告をしてきました。それに対して人類は、魔王領に近いフーリー法国とシュワルツェンド皇国が同盟を結び抵抗していました。
ただし、魔王軍は強く、フーリー法国は窮地に立たされてしまいます。そこに現れたのが『三聖』と呼ばれる英雄達です。
一人は、金髪碧眼、黒金の聖騎士ニグレド・シュバリエ。
一人は、緑髪翠眼、白医の聖女アルベド・フォン・フーリー。
一人は、赤髪赤眼、朱羅の剣聖ルベド・リッター。
三人は魔王城に乗り込み、五大災厄を打ち破り、魔王を封印する事に成功したのです。魔王軍の侵攻は止まりましたが、奪われた土地は取り戻せていませんでした。また、魔王軍も侵略を完全に諦めていませんでした。
だから、国境付近では小競り合いが続いています。魔王が生きているから魔王軍も諦めずに抵抗を続けているのでしょう。なので、アンネ様の選ぶ殿方が魔王を倒せば戦争は終結します。その為に、私はアンネ様を守っています」
マリーの説明でセバスが救国の英雄だという事は理解した。しかし、アンネの心を読んだ結果、マリーが話したような単純な構図ではなかった。僕は真実を知って、本当の敵を倒さない限り戦争は終結しないと思った。
それに、マリーの説明だと疑問が残る。だから、マリーに質問してみた。
「その説明だと、魔王軍がアンネを狙うのは分かるけど、なんでオールエンド王国がアンネを狙っているんだ?」
「簡単な理由ですよ。魔王軍の侵攻はフーリー法国とシュワルツェンド皇国が協力して防ぎました。オールエンド王国は、この時援軍を出さなかった。それは、国王が腰抜けだったからです。そんな卑怯者の考える事など単純です。
アンネ様を自分の手の者と結婚させ魔王を倒したという手柄を立てようとしているのでしょう。その過程であわよくばフーリー法国とシュワルツェンド皇国を同士討ちさせて国力を削ごうとしている。だから、アンネ様を誘拐した後、オールエンド王国に向かわずにフーリー法国に連れて来たのでしょう。浅はかな事です」
「なるほどね」
僕はマリーの説明に納得した。真実を知らない者には、説得力のある説明だった。だが、マリーは知らなかった。オールエンド王国の最終目的がアンネの殺害だという事を……。僕は真実をマリーに伝えるつもりは無かった。アンネが秘密にしている事を僕が喋るのは信義に反すると思った。
そんな会話もありつつ、馬車は港町に向かって順調に進んでいた。途中、キョウレツインパクトを休ませるために休憩する事になった。僕は奴に戦いの顛末を伝える事にした。
アンネに馬と話があると言ったら普通に開放してくれた。僕はキョウレツインパクトが草を食んでいる場所に向かった。すると、歌が聞こえて来た。
「草食って、ク〇出して、走り出そうぜ~♪
草食って、ク〇出して、走り出そうぜ~♪
ハムハムモグモグよく噛んで~♪
草食って、ク〇出して、走り出そうぜ~♪」
小学生が考え出したのかと思うほど下品な歌だった。歌っているのはもちろんキョウレツインパクトだった。
「よう、凄い歌だな」
僕が挨拶すると、草をモシャモシャ食いながらキョウレツインパクトが顔を上げた。
「あ、シュワルふのあひひ、おふかれさんれふ」
「飲み込んでから話してくれ」
「あ、はい」
キョウレツインパクトが草を飲み込んでから、僕は戦いの顛末を伝えた。
「いや~~~。ものすごい戦いだったんですね。シビレました。特にお母様とセバスの旦那の戦いの下りは凄かったっすね~~~~。さすが、殲滅のエリーゼ様とセバスの旦那だ!俺も負けてられないっすよ!」
「え?お前、戦えるの?」
「いやいや、何言ってんすか?戦えるわけないじゃないですか、でもねいつかは俺もって思ってるんすよ。未知の力が目覚めて必殺技を覚えてってね」
そう言ってキョウレツインパクトは遠くを見ていた。
「そうか、いつか目覚めると良いな」
「ええ、ちなみに技の名前は決めてあるんっすよ。『シャインニングトルネードジャイロアタック』って名前っす」
「そうか、カッコいいな」
僕はこいつの夢がいつか叶う事を遠い夜空の星に願った。
「そうでしょ!やっぱ男なら必殺技の一つや二つ持つべきっすよね」
「なあ、話変わるけど、お前の名前って誰がつけたんだ?」
「もちろん、アンネ様っす」
「え?」
「いや~あれは五年前の出来事っす。俺っちはアンネ様の馬車を引く馬として皇宮に連れてこられたんす。そこで、アンネ様に出会ったんですが、俺をアンネ様に紹介してくれた世話係がアンネ様に言ったんすよ。『どうです。アンネ様、この見事な黒毛、強烈なインパクトでしょう?これなら、どこへ出しても恥ずかしくありませんよ』ってね。そしたら、アンネ様が『キョウレツインパクト、キョウレツインパクト』と俺っちを指して言ったんでさあ、その日から俺は『キョウレツインパクト』になったんす」
「そうか、良かったな」
アンネが四歳の時に付けた名前だったのか、本人が気に入っているようなので、何も言わない事にした。




