僕の恋が実った時に悲劇は訪れた
彼女いない歴=年齢のちょっと禿げかけのおっさん四十歳に奇跡が起こった。それは、仕事で精神を病み、退職した後で再就職の為に受けた職業訓練校での出会いだった。
簿記の資格が取れる職業訓練で隣の席に二十五歳の彼女が座った。長い黒髪の似合う清楚な女性だった。三月の出来事だった。
「こんにちは、○○と申します。よろしくお願いします」
「初めまして、××と申します。こちらこそよろしくお願いします」
最初の挨拶はそんなものだった。たぶん一目惚れだったと思う。この時、こんな可愛い人ならきっと彼氏いるんだろうな、と言うのが第一印象だった。
そこから、職業訓練が始まるのだが、この職業訓練の授業にはエクセルの授業もあった。僕はシステムエンジニアをしていた経験からエクセルは得意だった。
だから、授業は聞き流していた。課題を出されても即答できるし、講師の先生もそれを知っているから、それ以上何も言ってこなかった。
ただ、あまりにも暇だったので、隣の彼女が四苦八苦している時に、何気なくアドバイスをした。
「あ、そこはここのボタンですよ」
「あ、ありがとうございます。すみません。物覚えが悪くて……」
彼女は恥ずかしそうに言った。
「いえいえ、これはマ〇クロ〇フトが悪いんですよ。既存ユーザーの利便性をかなぐり捨てて仕様変更してるんだから、戸惑うのは当然です」
僕の言葉に彼女は、少し驚いたような顔をしていたが、すぐに嬉しそうに笑った。
「そうなんですよ。いきなりアイコンの場所とか変わって困ってたんです」
「分かります。いきなり変更してフォローも無いんですから、酷いもんです」
それから、僕と彼女はエクセルを通して会話をするようになった。僕は知っている知識を彼女に惜しげもなく与えた。彼女はそれを嬉しそうに受け取った。
ただ、それだけのやり取りだったが、好きな人の役に立てる事が嬉しかった。だから、少しだけ勇気を出して彼女に朝あった時一言だけ伝えた。
「今日も綺麗ですね」
その言葉に対して彼女は即座に笑顔で答えた。
「よく、言われます」
「そうだと思いました」
僕は、失敗したと思った。綺麗な彼女にとって「綺麗ですね」は聞きなれた言葉だったのだ。そんな当たり前の事、言われても嬉しくなかったんだとこの時は思った。
でも、それから数日たってから変化が起こった。
「あの、良かったらお昼ご飯、どこか食べに行きません?」
午前の授業の終わりに彼女から昼食に誘われたのだ。
「ええ、良いですよ」
飛び上がりそうなほど嬉しかったが、ガッツいていると思われるのが嫌で平静を装って返事をした。なんとか、自然な感じに言葉が出たのは奇跡だった。
それから、昼食を近くのレストランで彼女と二人で食べた。イタリアンレストランでパスタを食べた。その時、漫画の話で盛り上がり楽しい時間を過ごした。彼女も楽しく笑っていた。
それから、何度か食事をして、彼女には彼氏がいる事が分かった。聞いた時は落ち込んだが、それでも彼女と話をするのは楽しかった。そうして、話をしているうちに彼女はこう切り出した。
「○○さん。私の愚痴、聞いてくれます?」
「良いですよ」
「私の彼、酷いんですよ」
「何が酷いんです?」
「デートの時に一緒に歩いてくれないんです」
「ええ?なんでですか?」
「その、私って背が高いじゃないですか……。それで彼は私より小さいから一緒に歩きたくないって……」
「それは、酷いですね……」
「でしょ?それに、彼の友達と会った時も私を彼女として紹介してくれなかったんです。それに、会うたびにブスって言ってくるし、服装にもケチつけるし、デートをすっぽかされた時もあるんです」
「それは酷いな、僕だったら絶対にしない」
その言葉を聞いて彼女は少し嬉しそうに笑った。たぶん、これが分岐点だったと思う。僕の人生に奇跡が起きた。
「じゃあ、証明してくれる?」
なぜ、彼女がそんな事を言ったのか理解できなかったが答えは決まっていた。
「良いですよ。証明しましょう」
「明日10時に△△駅の南口に来てください」
「分かりました。明日10時に必ず行きます。でも良いんですか?彼氏にバレたら面倒な事になりませんか?」
「いいです。実は昨日、酷い彼とは別れたので、問題ないんですよ」
そう言って、彼女は嬉しそうに笑った。こうして、僕は人生初めてのデートに向かった。四月で桜が満開になる季節だった。
待ち合わせ場所には、十分前に着いた。だが、それでも彼女は先に居た。
「すみません。待たせましたか?」
彼女はとても綺麗だった。春らしい明るめの服装で、白いワンピースにピンク色のカーディガンを羽織っていた。足には爪が見える様なサンダルを履いて、爪には桜をイメージさせるネイルアートがしてあった。
「いいえ、今来たところです」
そう言って笑った。僕は、僕なりにデートプランを持っていたが、彼女に希望を聞くことを忘れなかった。
「どこか、行きたいとこはありますか?」
「もし、良ければ一緒に服を選んでくれませんか?」
「分かりました。では、どこのお店に行きたいですか?」
「○○と××と△△に行っても良いですか?」
「ええ、もちろん」
僕はそう言って僕は手を差し伸べた。そうすると彼女は最初、驚いた表情をしていた。だが、次の瞬間、嬉しそうに僕の手を握った。
「じゃあ、行きましょう」
そう言った彼女の声はどこまでも嬉しそうだった。
彼女と並んでショッピングモールを歩いていると、見知らぬ男が声をかけて来た。
「てめえ、人の女と何してんだ?」
そう言った男は、別段イケメンでもなく、フツメンだった。
「あなたとは別れるって言ったでしょ?」
こいつが彼女の元彼か、別れると言われてハイそうですかとはならなかったようだ。
「未練がましいですよ。男なら潔く身を引くべきでしょう」
僕は冷静に彼をたしなめた。
「てめぇ、禿げかけの分際で良い度胸だな?」
「人に対する思いやりが無いな、そんなだから振られるんだ」
彼の無礼な物言いに、つい言い返してしまった。
「なんだよ。何なんだよ。そんなブスがそんなに良いのかよ」
「ブス?君の眼は腐っている。こんな美人を目の前にしてブスだと?眼科に行くことをお勧めする」
「ふざけやがって!」
そう言って、男はナイフをポケットから取り出した。僕は相手の行動に驚いて固まっていた。彼は、何の躊躇もなく僕をメッタ刺しにした。僕には武術の心得など無く、ただ殺された。
最後に聞こえた声は彼女の悲痛な叫びだった。
「やめて!殺さないで~~~~~~~」
人生初めてのデートの日、僕は理不尽に殺された。
「あらあら、せっかく運命の相手と出会えたのに残念ね」
そこは、真っ白な空間だった。目の前には黒目黒髪の妖艶な女性が居た。真っ黒なフリルの付いた可愛い衣装に身を包んで居たが、胸の大きさが妖艶さを引き立てていた。
「ここは?」
「あの世ってとこよ」
「あの、彼女はどうなりました?」
「さぁ、分からないけど生きてるんじゃない?あの後、あなたを殺した男は周りの人間にとり押さえられていたから」
「そうですか、彼女だけでも無事で良かった」
「ああ、もう、本当に可愛い坊やね」
「え?あの?」
「気に入ったわ。今時、これほど純真に人を愛せるなんて珍しい。特別に何でもお願い叶えちゃうわ」
「あの、あなたは?」
「ああ、私は愛の女神。あなたとあの子の純愛が美しくて願いを叶えたくなっちゃったの」
「では、生き返らせてください。彼女を一人には出来ない」
「ごめんね。なんでもと言ったけど、死者の蘇生は無理だわ。そもそもあなたの居た世界じゃ魔法も使えないしね」
「そうなんですか、では、せめて彼女が他に好きな人を見つけるまでの間、彼女が寂しくないように犬として側に居たい」
「ああ、それならお安い御用よ。今すぐ転生させてあげたいけど、あの世のルールで四十九日は転生できないの、理解してくれる?」
「ええ、分かりました。彼女の為なら何日でも待ちます」
こうして僕は犬に転生する事になった。