12.いじめられっ子はいじめられる為だけに生きる価値がある。
ふぁっ!? ローファン日間28位!?
ガクブルガクブル!
私は今日死ぬのでせうか?
◆
俺、嶋田 慶次は小学5年生だ。将来は名門の開聖中学を受験する予定で、そこから東大受験コースに乗り、この日本の中枢である官僚として「勝ち組」の人生を送る予定である。
俺のクラスである5年4組は、学年どころか、この学区内でも最優秀な生徒を集めたクラスである、筈である。だが、その学校随一のクラスに相応しく無い奴が只一人存在している。
三条 三峰
5年生にも関わらず身長、体重共に平均値以下のチビ助。その時点でもうエリートの中に入るのも憚られるのも当然だが、実はそんな事は大した問題では無い。
奴の家には「障害者」の弟がいる。知能障害のあるそのクソガキと同じ遺伝子を持っているのだ。
そんな奴がよりすぐりの「優秀」な者と同じクラスに居る。そんな事が起こり得る事が業腹極まり無い!
絶対、絶対に奴は、奴の家族は何らかの「不正」を行ってこの境遇を手に入れたに決まっている! そうで無ければ説明が付かないのだ。
いつか奴の化けの皮を剥ぎ取って、居る資格の無いこの場所から追放してやる! 3年生の時、同じクラスになってから、俺はそれを心に決めて奴に接して来た。
ある日、俺は父親に呼び出され、自室の書斎へと入った。
俺の父親は文部省の官僚だ。婿養子ながら、将来は与党から政治家への道程も期待され、末は大臣かと期待されている教育界のホープでもある。上の兄二人は共に東大へと進み、将来は父の後任となって日本の教育を担う立場になる事を期待されている。
そして、それは俺自身も、である。
俺は書斎に入るのを逡巡した。
俺達兄弟が此処に呼び出されると言う事は、父から何らかのお叱りを受ける、と言う事だからだ。
正直、今回ばかりはその理由が分からない。
コンコン、書斎の扉をノックする。
「慶次です。お呼びと聞きましたが」
「入れ」
入室すると扉を締め、完全な密室状態となる。父は俺達息子を叱る時、こうして余人の入らぬ所で叱る様にしている。お陰で歳の離れた兄達から余計な茶々を入れられずに済むのが幸いだが、この威圧感の凄い父と一人きりで相対するプレッシャーは俺達兄弟にとっては常に恐怖の対象である。
「今日、学校から3学期の成績が届いた。単刀直入に言うと5年生になった時、新しいクラスでのお前の席次は第4位だ」
普通にクラス第4位なら成績自体は優秀と称される所だろうし、それがあのクラス内の評価ならむしろ全国トップクラスを保証された様なモノ。とは言え、正直俺自身失望していた。俺のクラスは公立校ではあっても、父の息の掛かった一種の「実験校」である。
俺のクラスも御多分に漏れず、学区内の最優秀者を集約して一クラスに纏めて置こうと言うコンセプトになっている。
尤も、公立校としてはそれでは不自然と言う事もあり、校長の強い要望で、校内の鼻つまみ者を幾人か同じクラスに配置している。
それが、真正の不良である「鈴木 春夫」であったり、身内に障害者を抱えている「三条 三峰」であったりする、筈だったのだ。俺はそれを昨年父から聞いたのだが、大人しくカースト通りの立ち位置に収まっていれば良い物を、このクラスの底辺共は、分際不相応な振る舞いが好きな様で、どうも分際相応な立ち回りと言うのを理解していない。俺達カースト上位の者は常日頃から閉口させられているし、その振る舞いは父にとっても頭の痛い問題の様だ。
「成績自体は文句は無い。お前の学力は既に偏差値75近辺に居ると証明されたのだからな」
それは即ち、志望の開聖中学も充分射程圏内だと言う事だ。順位に対するお叱りでなければますます呼ばれた意味が分からない。
「だが、今回はそれでもお前が負けた相手が悪過ぎる。よりにもよって、あの『三条 三峰』に負けたのだぞ! 身内に障害者を幾人も抱えたあの『欠陥品』の一族にだ!!」
怒髪天を突かんばかりの父の怒りに俺は肩をすくめるばかりである。
「そもそも、お前が入学した時からスタートした【上級国民】と【庶民】を同じクラスに配置し、幼い頃から【身分差】と言う物を徹底的に叩き込む事でカースト支配を決定づける。その実験は今日まで期待した成果を挙げていない。何故だか分かるか?」
父は立ち上がると、俺に向かって詰め寄り、俺の顔を手のひらで押し潰す様にひしゃげさせた。
「お前が! 私の、期待を裏切って! アッサリと犬畜生と同程度の輩の後塵を拝する立場に甘んじているからだ!!」
「お、お許し、くだ、さい、父上っ!!」
余りに理不尽な話だが、俺には父の怒りに対し許しを乞う以外に方策は無く、只荒れる父の怒りが収まるのを待つしか無いのである。
「フン! まあ良い。それで、お前は彼奴に対する方針をどう考えている?」
「ほ、方針、とは?」
俺には父の言う事が一瞬理解出来なかった。
「質問に質問で返すな愚か者! お前の成績が既に頭打ちで上がり目が無い事は分かっている。ならばヤル事など一つしか無いであろうが!」
俺は自分の父親に対し、ここ迄戦慄した事は無かったであろう。
つまり、俺に求められている事は、奴を、三条 三峰を徹底的に【排除】する事だと言う事を。
「で、ですが、奴は既にクラスの鼻つまみ者。わざわざ危ない橋を渡ってまで私自身が手を下す必要までは無いのでは?」
「これは、お前に対する【英才教育】の一環でもある。【敵】を撃つに際して詰まらぬ情けをかける様ならば、いつか己自身が先に敵の【刃】にかかると知れ!」
そう言った父の姿が、何か得体の知れないモンスターか何かの姿に見えて仕方なかった。
あれが本当に俺の父親なのだろうか?
いっそ、どこかの星から来たインベーダーが父の姿を乗っ取った、と言う方が余程信憑性がある気がして恐ろしかった。
だが、最早否も応も無い。
「分かりました。手段は選ばなくて良いのですね?」
「構わん。元は高級官僚の家とて、それも40年以上前の話だ。今更昔の伝手を当てにしても恥をかくのは奴等の方だからな。自ら【下級国民】に成り下がった愚か者に相応しい末路を与えてやれ!」
つまり、父は俺に奴等一族の「始末」まで考えさせようとしている訳だ。それも、立ち回り方まで考えて。
俺は奴の鋭い目つきを思い出し、正直頭を抱える事となる。身体的には間違い無く「安パイ」の筈の奴だが、それでも奴の両親や弟と違い、迂闊に攻めれば逆撃を喰らう恐れが拭えない。そんな得体の知れない所もある。
「いっそ、ミヤビを利用しても良いでしょうか?」
「球磨川の娘、か? 手段は選ばなくて良いと言った手前、構わんと言いたい所だが、アレでもお前の配偶者候補だ。無碍に使い捨てするのも惜しいからな。今回は控えろ」
正直、俺としてはもっと小柄で可愛げのある女がタイプなのだがな。クラスで成績孤高の一位。美形でモデル体型の、親父とは違う外務省閥の家のお嬢。スペックだけなら申し分ない相手なのだが、いかんせん男と言う物を見下してる様なあの目は戴けない。奴なら三条の心を折る手助けに役立つと思っていたのだがな。ついでに切り捨てられれば俺としても将来の不安が一つ減ると言うモノだが……
「了解しました。確かにあんな半障害者と道連れにするのは忍びないですからね」
そう言うと、話は終わったのか、漸く退室を許可された。俺は部屋を出ると、今潜ったばかりの扉に寄りかかり、室内に居る父の様子を伺った。
何時からだろう? こうして、父の本音を探る為、様子を伺う事が習慣になったのは? 探る部屋の中からは独り言ちる父の言葉が漏れ聞こえて来た。
「……おのれ、おのれ……絶対に、許さん!」
その怨嗟の声に、また俺は恐怖を感じ、その場を離れる事しか出来なかった。
まあ、いずれにしても、言質は取った。あの三条 三峰を潰すと言うゲームを楽しめるなら精々派手に、華々しく楽しめる様、ゲームメイクしてやろう。いじめられっ子はいじめられる為だけに生きる価値があるって事をあのチンケな体に刻み込んでやる!