第九話『アズレット王国学園入学・グレン視点』
そろそろ人物紹介でも書こうかと思っています。
昨日、アルスが言った言葉が僕の頭でぐるぐると回っていた。
――『今まで通りに接して欲しいのに、これじゃあグレンが別人に変わったみたいだっ』
今まで通りに接していたつもりだったけど、僕は何かを間違えたのだろうか?
確かに今のアルスの姿は可愛い少女ではあるけど、容姿が違えど、アルスはアルスだ。
あの姿のアルスと初めて会話した時は少しドキドキしたものの、この数日間で少しは馴れてきたものだ。
朝食に誘う為に部屋へと向かったのだが、そこにアルスの姿は無かった。
仕方なく僕は一人で食堂へと向かうと、メイド姿の可愛らしい少女が僕を迎えてくれた。この城で専属の侍女として働いているリリーさんだ。
目に入った椅子に腰掛け、朝食が運ばれてくるのを待っていると、数秒もしない内に朝食が運ばれてきた。
「人が居ないのに何故こんなに大きな食堂が?」
僕はふと抱いた疑問をリリーさんにぶつけてみた
「これでも昔は賑やかだったんですよ? アリアナ王女が御薨去されてからはこの様に寂れてしまいまして……」
「そんな過去があったのですね」
「王女殿下は宴を好んでおられたのですが、今ではソフィーちゃんとグレンくんの専用食堂と言っても過言ではありませんねっ」
「何だか申し訳ないね」
僕とアルス専用の食堂か…… 亡くなられた王女様には申し訳ないけど、この食堂の使用を許可してくれているということは、王様は僕たちのことをとても大切に扱ってくれている証拠なのかも知れない。
「ソフィーを見ませんでしたか?」
「そういえば今朝は見てませんね。もしかしたら庭園に居るのかも知れませんね」
庭園か…… 今日のお昼には入学試験があるし、もしかしたら短剣の扱いに慣れるために練習をしているのかも知れない。
それにしてもアルスの言う『呪い』というものは本当にあるのだろうか?
確かに、ある日突然性別が変わってしまうのはおかしな話だけど、この世界に本当に神様が存在するのだろうか?
リリーさんの言っていた叡智の神も気になるしな…… そんな宗教があったことに驚きだ。隣国に宗教国家が存在しているとは話に聞いていたけど、内容を聞いたのはこれが初めてだ。
朝食を取り終えた僕は、アルスを探すために庭園を訪れたが、そこにアルスの姿は無かった。
入れ違いだったのかな? 僕はそう思った。
部屋に戻り、試験の為の準備を始める。
筆記試験ではなく、完全な実技試験と聞いているため、服以外は特に何も用意する物が無い。強いて言えば、合格するのを想定しての生活用品の荷物詰めだね。
採寸済みの制服を身に纏い、鏡でその姿を確認する。
地味でもなく、それでいて派手な感じもしない。エチケット程度にワックスで髪型を直して完成だ。
アルスは女子用の制服を嫌がっていたけど、どうなんだろうか? 今度何か良い服をプレゼントしてあげないといけないな。
すると突然、勢いよく部屋の扉が開いた。
そこに現れたのは制服姿の幼い少女、アルスだった。顔は真っ赤に染まっていて、息も上がっている。
「どうしたんだいアルス?」
「グ、グ、グ、グレン…… お、俺っ、ま、魔法っぽい何かが使えたっぽい」
「まっ魔法!?」
「嗚呼、それが――」
アルスの説明を要約するとこうだ。
昨晩、夢の中で例の神様が現れて、呪いを掛けてなどいないと伝えてきたらしい。
夢であった為か内容の殆どを忘れてしまったらしいけど、その言葉を信じて、アルスは庭園で魔法の練習をしていたらしく、つい先程、魔法の発動に成功したらしい。
魔法名は『探検と開拓の道標』、その効果は今のところ今一理解できていないらしい。
「他の魔法も使ってみようとしたけど、駄目だった」
「それじゃあ、その魔法だけ使えるってこと? 不思議だね」
神様から教わった魔法。アルスの言っていた神様っていうのは本当に存在しているのかも知れない。夢の中で現れるだなんて…… 神様も器用なものだ。
「それにしても、夢の中なんかで出てきやがって。覚えられるわけがねーだろうが」
アルスはそんなに感心してないっぽい…… それはさておき、魔法の効果だよね。『探検と開拓の道標』か。
魔法は主に三つの形態に分かれていて、『精神交渉型』、『物質交渉型』、『物質生成型』があるとだけ習っていたけど、『開拓』と言っているからには『物質交渉型』なのかも知れないな。
「試しに使ってみてよ」
「いいぜ」
アルスは目を瞑り、言った。
「顕現ぜよ、神の御技よ。今ここに、その奇跡を証明せよ…… 第三節『探検と開拓の道標』」
するとアルスの足元に緑色の魔法陣が現れ、数秒で消え去った。
「本当にこれは魔法なの?」
僕は不思議と疑問に思った。
どうしてアルスの使った魔法には詠唱句が存在したのだろうか? 詠唱句なんて御伽話なんかに出てくる子供騙しのものだし、一部の自分に酔っている魔術師が使う意味のない前置き文だ。
しかし、自称神様、或は世界を破滅へと導いた破壊神だ。僕が知らない魔法を使っても何一つ不思議ではない。
「それで、この魔法にはどんな効果があるの?」
「なんつーか、特に効果は無いんだよな」
「個人情報展開でちゃんと確認した?」
「いや、他の魔法は使えねーよ」
「あ、そっか」
皮肉に思ったのか、鬼のような形相でこちらを睨みつけてきたアルス。
精神交渉型なのかな? それにしても、ちゃんと魔力は感じられたし、確かに今アルスが放った物は魔法で間違いは無いんだと思う。
調子に乗って魔法を連発したアルスが魔力切れで倒れたのは、その数分後のことだった……
――
時は過ぎて、時刻は午後一時過ぎ。
僕たちは、アズレット王国学園前の巨大な正門の前に到着していた。
お城から馬車で走ること数十分の位置にある、このアズレット王国学園はお城の二分の一くらいの敷地面積を誇り、外装も所々装飾がされていて豪華だ。
試験会場は本館の正面入口を出て、右に進んだ場所にある大きな建物で実施しているらしく、普段は学生たちが自由に利用できるホールになっているらしい。
僕たちは別館へと続く無駄に長い道を駄弁りながら進むと、漸く試験会場に辿り着いた。
会場内を覗くと、既に百数人の入学希望者が集まっていて、会場内を埋め尽くしている。
服装を見る限りでは、貴族、平民共に参加しているようだ。
すると先頭の方が騒がしくなっていた。何やら揉め事が起こっているらしい。
「平民ごときが私の先を行くって言うの!? そこを退きなさいっ」
目に写ったのは気の強そうな少女。フリルが目立つ、紅色のベルベット生地のドレスを纏っていて、上級貴族なのが伺える。
憐れなことに、彼女の標的にされてしまった少年は渋々彼女に場所を譲った。
だけれど、僕たちが並んでいるのは試験に参加するための列な訳で、一人列の中に割り込んでくるだけで、後ろの人々にも影響が出てくるのだ。
そして、それを黙って見過ごさない人も居るわけで……
「おい、お前。彼女に場所を譲ったんならお前は最後尾まで戻れよ」
「そうだそうだ」と複数の人に同調され、涙目になる少年。
心折れたのか、とぼとぼと僕たちの方へと向かい、最後尾に列んだ。
「とんだ災難だね」
「見ていたのかい?」
少年は驚いた表情を見せた。
五感の優れる獣人故の才能なのか、将又欠点なのか、嫌でも見えてしまうのである。
アルスなんて、何が起こっているのか分からず、とぼけ顔だ。
「それにしても、結構平民の入学希望者も多いものだね、てっきり貴族だけだと思っていたよ」
「何せエスト王子が入学している学園だからね。倍率も高くて、落ちる人が殆どらしいよ」
貴族も平民も関係なしってことなのかな? 実力重視…… 王様は簡単に入れるような雰囲気を出していたけど、本当のところ、どうなんだろうか?
次々と参加者が試験官の前で得意の魔法、武術を披露する中、漸く僕たちの番になった。
受付の人に参加証を見せる。他の参加者を見る限り、参加証は一人あたり一枚なのだけれど、僕たちは二人で一枚だ。
「これで大丈夫でしょうか?」
「あ、はい。参加証で間違いありませんね…… っとこれは、少々お待ちください」
受付の人が奥の部屋へと向い、一人の男性を連れてきた。
その男性は華やかな刺繍が施されたタキシードを纏っていて、胸元にはアズレット王国の国旗を模した学園の紋章が描かれている。
「君達がグレン君とソフィーちゃんかい?」
「ソフィーちゃんは止めてくれ」
「おっと失礼…… とりあえず君達は僕に付いてきて欲しい。試験を受ける必要なんて無いからね?」
「そうなんですか?」
「そうとも、制服を貰った時に気が付かなかったのかい?」
あ、全く気が付かなかった。そういえば、入学が決まっていなければ制服を渡すはずが無いのか。
アルスは先程まで抱いていた不安を悪い意味で壊された為か、怒りながら安心していた。
「取り敢えず他の貴族にはあまり知られてはいけないから、場所を移動しよう。その服を着ていると感づいてしまう人達も居るかも知れない」
「分かりました」
先程知り合った少年に一度別れを告げ、入学できることを祈った。
――
男性に連れられ本館へと入った僕達は、授業の見学をすることになった。
先程から他の生徒たちがこの男性に挨拶を交わすことから、学園の先生であることは間違いないだろう。
そして僕の予想は、教室に入ったところで確信へと変わった。
「ウォルチェ校長、これはこれは…… この子達が例の特別生ですかい?」
「嗚呼、二人共一年生として入学させるつもりだよ、今日からね」
「今日からですか。なんと言いますか、いきなりですね」
「今日から学園で生活するのか!? 俺達何も持ってきてないぞ」
アルスの言うとおり僕達はまだ入学が決まっていないと思っていたので、荷物を何も持ってきては居なかった。
するとウォルチェ校長はにこやかに笑いながら言った。
「ではロッジに伝えておくよ、荷物を運んでくるようにね」
「ロッジ?」
アルスが疑問の念を抱く。すぐさまウォルチェ校長が言い直した。
「おっとすまない、国王陛下の事だよ」
「親しい仲なのでですか?」
「嗚呼、幼い頃からの友人でね…… 彼はああ見えて結構風変わりな奴なんだよ、そうは見えないだろう?」
「それっぽい話は聞いているけどな」
ウォルチェ校長はアルスの容姿を見てくすりと笑った。アルスはその事に気付いていないらしい…… 本当によかった。
教室の扉の前で会話していた為か、僕達は授業中の生徒たちの注目の的になっていた。
授業中であった生徒たちがヒソヒソと僕達のことについて語り合っていて、その内容は期待するものであったり、嫌悪するものであったりと様々だった。
(また獣人? 学園内がまた一段と獣臭くなるわね……)
(あの子可愛くないか?)
(やべぇ、俺一目惚れしたかも)
(うっさいわね、ロリコン共は死ねばいいのに)
(言葉が過ぎますわよ、ロッテ様)
獣人に対しての差別的な意思があることに気が付き、少し頭にきたものの、王様から事前に聞いていたため、覚悟はしていた。意識の改革には時間が掛かるのは分かっているし、これはどうしようもないことだとは知っているけど、やっぱり馴れないな。
それよりも今はアルスの耳を塞がなくてはと思い、アルスの両耳を手で覆うように塞いだ。
「ちょっ、グレン!? 聞こえないんだが」
「アルスは聞かなくていいからね」
「えっ? なんだって?」
その後、段々と生徒たちが騒ぎ出したので、一度ここを去ることになった僕達。
ウォルチェ校長に学園内の施設を一通り案内してもらった後、僕達は寮を案内してもらうことになった。
アルスは男性寮に住みたいと何度もウォルチェ校長にせがんだものの、「君はそんなにグレン君と一緒にいたいのかい?」と聞かれ、あっさりと引いた。そんなに僕と一緒が嫌なのかい!?
一度アルスとは別れ、ウォルチェ校長に男性寮を案内してもらうことになった。
寮の部屋は基本二人一室のシェアルームになっていて、僕が案内された部屋も例によって二人部屋だ。しかし、見る限りではまだ誰も住んでは居ないらしい。
「空き部屋ですか?」
「嗚呼、君には新入生と一緒に過ごしてもらうことになるね」
新入生か…… それは楽しみだな。
「ソフィーも新入生と?」
「どうだろう、それは僕にも分からないね」
少しアルスの事が気になるものの、アルスならどうにかやっていけるだろう…… もしかしたら僕って過保護なのだろうか?
「それじゃあ僕は校長室に戻るから、何かあったら何時でも呼んでくれ。今日君が受ける授業は特に無いけど、暇だったら自由に覗いてみるよ良い。きっと楽しいはずだよ」
「分かりました」
ウォルチェ校長が部屋を立ち去ると、ベッドの上に綺麗に畳まれていたシーツを広げ、ベッドメイキングを始める。
枕に顔を埋め、肩の力を抜いた。
今まで緊張していた為か、寝転がると同時に全身から気が抜けて、僕はそのまま目を閉じ眠りに就いてしまった。
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