第七話『入学のススメ』
「お昼は、やっぱり広場のベンチでお昼ご飯を食べるのが良いですよね〜」
そう言ってリリーさんは手に持っていた食べ物に齧り付いた。
俺の目の前にもある『ピテ・グロス』という得体の知れない食べ物なのだが、これがまた意外と美味しいのだ。
小麦粉のようなもので作られた生地で、グロスという魔物の肉を包んだ食べ物で、他にも中には色々な野菜が入っている。
因みにお値段は銀貨八枚。ちょっとした料亭で定食が食えるくらいの値段らしい。リリーさん曰く「ちょっと高いけど、美味しいから関係ない」らしい。
生の玉ねぎの辛さが苦手なので、全部グレンに上げたのだが、犬って玉ねぎ食べられるのか? ……もしかしたら色々と考え過ぎなのかも知れない。
「美味いが、味が薄いな」
「素材の味を楽しむんですよ」
文句を言いながらも俺はもう一齧り。「美味しさには敵わないですよねっ」とリリーさんが俺のことをからかってくる。グレンはと言うと…… 二つ目を買いに行ってしまった。
――
昼食を終えた俺達は、急いで城へと戻った。対談の時間が迫っていたのである。
俺は自室へ戻ると、一度ベッドの上にダイブした。今まで怠けていた身なので、外に出るだけでも疲れるものである。てか、概ねギルド長のせいだ。
布団に顔を埋めていると、俺の部屋に複数人の侍女が入ってきた。それもノックもなしにだ。
「ソフィー様、ドレスのお着替えを持って参りました」
様付けは何だかむず痒いな…… ってよく見たらこいつらは昨日俺にドレスを無理やり着させた侍女集団っ!
俺は自然とベッドから飛び上がり、ゆっくりと後ずさりをしながら侍女達から距離を置いてく。が、侍女達も俺を囲むように近づいてくるのだった。
「きょ、今日はドレスいらないんじゃないですかね?」
「淑女としてドレスを着るのは当たり前でしょう?」
「俺、一応男なんで……」
すると数人の侍女に鼻で笑われてしまった。これは普通に不快だ。相手からしたら屁理屈にしか聞こえないかも知れないが、俺は数日前までは男だったのだから仕方のないことなんだよ。
「どうにか理解してくれませんかね?」
「残念ながらそれは出来かねます」
物事が上手く行かず、イライラする。
どうにかこの状況を切り抜ける方法はないか…… すると俺はある方法を思いついた。
(昨日みたいにこの身体を活かして、脇の下を掻い潜れば良いんじゃないか?)
やってみる価値はある…… やらなきゃドレスを着るはめになるのは確かだったので、俺は実行した。
幸にも俺を囲む侍女達の間には十分の隙間が空いていたので、俺はすんなりとその間を通ることが出来た。
それにしても流石にオーバーオールだったら王様に怒られてしまうだろうか…… 出来ればグレンのような服を着てみたいんだが、もしかしたらグレンが貸してくれるかもしれない。
侍女達に見つからないように急いで廊下を走る。
少し進むと、目の前に黒いスーツを纏ったグレンの姿が見えた。
「グレンっ…… 俺にも服を貸してくれないか?」
「アルスにかい?」
全速力で走った為か、息が切れていた。
昨晩からの体調不良のせいか、グレンへともたれ掛かってしまった。
「嗚呼、出来ればドレスは着たくないんだ」
「成る程ね」
俺のお願いにグレンは頷いた。
グレンが俺のことをお姫様抱っこの様に拾い上げると、急いでグレンの自室へと向かった。
グレンの部屋の内装は俺の部屋を鏡写しにしたような感じで、他に変わった場所を上げるとしたら色くらいだろうか。俺の部屋は白っぽい肌色をベースとしたアクセントに紫を入れたようなカラーリングをしているのだが、グレンの部屋はアクセントカラーが暗い赤色だ。
クローゼットの位置も大体同じだったので、一目散にそこへと向かい、勝手に扉を開けた。
それにグレンは苦笑い。怒っているのか、それとも必死すぎる俺のことに引いているのか、よく分からなかった。
クローゼットの中身を見ると、そこには様々なスーツや、カラードシャツなどが並べられていた。
白、グレー、黒、ピンク…… 他にも色々なシャツがあったのだが、どれも俺に合うような寸法の服が無かった。一応、一度は着てみたものの、丈がダボダボ過ぎて直ぐにずり落ちてしまうくらいだった。
何着か試行錯誤を繰り返している間に、部屋の扉が開いた。
入ってきたのはリリーさんだった。
「ソフィーちゃん、今直ぐ逃げないと他の人達が――」
リリーさんが俺達に事を告げる前に、何やら物騒な音が部屋に響く。
そこに待っていたのは、先程の侍女達。俺にドレスを着させるために追ってきたのかもしれない。
口を押さえられ、涙目になっているリリーさんは、今にも誘拐されそうな感じに見える。
ゆっくりと俺に迫り来る侍女達。嫌らしい手付きで俺を捕まえようとしてくる。
俺は苦笑いをしながら「シャツじゃ駄目ですかね……?」と言うと、「こちらの服はどうでしょうか?}とフリフリのゴシックロリィタファッションのドレスを押し付けてきた。
「ふぉ、フォーマルなドレスは?」
「逃げた罰として、これを着てください」
「じょ、上下関係って意味分かる?」
「ソフィー様に仕えた覚えはないので、これは王様からの命令です」
「……」
そういう訳で、俺は否応なしに少女趣味な真っ黒に染まったドレスを身に纏った。というか無理やり着せられてしまった。
斯くして、俺とグレンは謁見の間へとやって来た。
勿論、俺はふりっふりのドレスを着ているわけで、とてもではないが良い気分ではない。
という訳で、さっきの侍女達の犯行を王様に言いつけてやった。
するとどういう訳か、王様も俺には優しくしてくれないようだ。
「はっはっは。その姿、中々似合うではないか」
その言葉にグレンすらも苦笑い。俺の気持ちには気付いているらしいが、流石に王様には反論したくないらしい。
俺は思わず王様を睨みつける。すると、王様は微笑を浮かべた。
「別の服を用意するように伝えておこう」
「…… ありがとうございます」
ニヤニヤと笑いながら俺を見つめる王様。
「何だ? 別の服では不満なのか?」
「いえ…… 大丈夫です」
「そうか…… では本題に戻ろう。これから君達にはこの書類に血判を押して貰いたいのだ」
「何の書類なんだ?」
王様が懐から書類を取り出し、読み上げる。
「簡潔に説明するとだな…… この書類には、『第一に王国が君達を保護する事、第二に王国は君達に危害を加えるような研究を行わない事、そして第三に君達に王国領土内から立ち去る事を禁じる』という内容が書かれている。案ずるな、君達が不利になるような事は書かれていない」
「成る程」
俺はグレンと一度、書類の内容について確認しあった。特に悪いようなことは書かれていない。なので、同意することにした。
俺達がそれを受け入れると、王様の側近が俺達に小さなナイフを手渡してきた。
自分の指を故意に切る事なんて一度もしたことがないので、少々怖気づいていたものの、後で治癒してくれるらしいので、思う存分に切ってやった。
「では、こちらにお願いします」
指を書類に押し付けると、血が染みていくのが分かった。
魔法の力で契約に縛られる的な奴とかがあると思っていたのだが、そういうのは無いらしい。
「書類の確認も終わったことだ、君達に一つ提案があるのだ」
「なんですか?」
「冒険者学校に通ってみたいとは思わないか?」
「どうしてそんな話になったんだ?」
「ずっと城に居てはつまらないだろう? 君達もまだまだ子供だ。冒険者学校に通ってみたいとは思うだろう?」
子供ねえ…… 前世と合わせると合計で三十年以上は生きてるんだよな。でも、身体がいつもまでも成人していないからなのか、働く気も全く無いし、考え方も成熟しているとは思えない。
正直、学校に行きたくない訳ではない。なんてったって冒険者学校だ。俺のイメージしている学校とは大きく違うかも知れない。
なので、一度グレンに聞いてみることにした。
「グレン、お前は――」
「アルス、勿論行くよね?」
即答だった。
そういえばさっき馬車の中で同じ様な会話をしていたような気がする。
「そういえば言い忘れておったな。実は私の息子も学校に入学しているのだよ」
「王様の息子?」
息子、ということはこの国の王子なのか?
「ということはこの国の王子様なんですか?」
「嗚呼、そうなるな」
学校に通っているとなると、もしかして俺達とあまり年の差が無いのかも知れない。
男の俺からしたら本物のお姫様とかを見てみたかったのだが、王子となるとナルシストの様なイメージしか思い浮かばない。
「会ってみたいですね」
「学園に行けば会うことが出来るだろう。アズレット王国冒険者学園は寮制でな、最近は月に一度しか城に帰ってこないのだ…… 全く、息子は私に顔を見せることすら億劫になってしまったのか」
「寮か…… 相部屋は勘弁だな」
すると王様は笑うように言った。
「男子生徒と女子生徒が同じ部屋になるわけがなかろう。王国が経営しているあの学校では、そもそも不純異性交遊は校則で禁止されているのだ」
「僕とソフィーはそのような関係ではありませんよ?」
グレンが純粋な眼差しを王様に向けている。
なんてったって前の俺を知っているグレンだ。というか、あいつの性格からしたら俺なんて恋愛対象にはならないだろう……
「では、手続きを済ませておこう」
「ありがとうございます」
俺がものを言う間もなく、話が転々と進んでしまった。
――
対談も終わり、俺達は謁見の間を後にした。
入学金を出してはくれるものの、一応入学には試験を受ける必要があるらしく、ある程度の戦闘技術、もしくは魔法知識を示さなければならないらしい。
「グレンは剣術に関することをラディオ先生から習っていたから良いとして、俺は何をすればいいんだ?」
「アルスも剣術に関する事を言えばいいんじゃないかな?」
「でも、剣を振ることすらままならないんだぞ?」
「じゃあ魔法かな?」
「魔法?」
するとグレンは先日話してくれた魔法の知識についてもう一度復習してくれた。
入学するにあたって必要な魔法知識はそれ程難しいものではなく、基本的な事を知っていておけばいいらしい。
「職に就いていない一般市民は能力読取権を殆ど持っていないからね、出来ることさえ覚えておけば十分だと思うよ。生活魔法は全般的に使えるようにならないといけないと思うけど、アルスは何処まで使えるの?」
「前にも言っただろ? 俺は『開け、ゴマ』しか使ったことが無いんだって」
「流石にそれは魔法じゃないでしょ……」
「じゃあどうして鍵が掛かっている扉が開くんだよ?」
歩きながら話をしていた俺達は、俺の自室の前へと辿り着いた。
「じゃあこの扉で使って見せてくれないかい?」
「嗚呼、良いぞ」
俺は右手を前に差し出し、そこに意識を集中させた。
胡散臭い魔法を唱える必要は無いが、この動作をしなければ発動することはないのだ。
そして俺はあまり人に聞こえないような声で言った。
「開け、ゴマ」
すると扉はいつもの様に紫色に発光し、その身を開け―― ることは無かった。
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