第六話『新しい生活、王都での朝』
私は作業中に音楽を聴けないタイプの人間です。
目が覚めるとそこは昨日案内された自室のベッドの上だった。
窓から差す光から察するに、時刻は午前。まだ日も昇ったばかりだ。
ベッドから起き上がろうとすると、あまり力が入らなかった。昨日倒れたからだろうか? 体から倦怠感があまり取れていなかった。
ふと、俺が目を横に向けると、そこにはグレンの寝顔があった。別に同じベッドで寝ているわけじゃなくて、ベッドに寄り掛かっているような感じだ。グレンも自室を貰っているはずなんだけど、どうしてここに居るのだろうか?
グレンを起こさないようにとゆっくりと動き、ベッドから起き上がろうとする。すると昨晩から何も口にしていなかった為か、腹の音が響くように鳴った。
「ん…… アルス、起きたのかい?」
「嗚呼、って起こしたか?」
「別に、気にしなくてもいいよ」
ベッドに寄り掛かっていた為か、片方の頬が赤く染まったグレン。頬には涎の後があり、変な格好で寝ていた為か、実験に失敗した科学者のような頭になっていた。
「アルス、具合は大丈夫?」
「ちょっと疲れてるだけで、あんま変わりない」
微笑を浮かべるグレン。そういえば服装も昨日と同じままだ。もしかしたら、俺の為にずっと付き添っていてくれたのかもしれない。
グレンに手を貸してもらい、漸く起き上がることが出来た俺。鏡台の前に行くと、昨日着ていた派手なドレス姿ではなく、少女が着るような寝巻き姿になっていた。
隣の棚の上には、昨日着ていた白いワンピースが綺麗に畳まれていた。けれど、ああいう服はできれば着たくないので、別の服を探すことにした。
目の前に見える棚を開く。そこには昨日の衣装室にあったような派手なドレスではなく、民間人が着るような服がずらりと並んでいた。
ド派手なドレスよりかは抵抗が無いものの、そのどれもが女性用だ。中性的な服は存在しないのか!? 俺が求めているのはシャツとズボンとかなんだよ。
というわけで、薄桃色のふわふわとした上着と紺色のオーバーオールを着ることにした。ジーンズ生地が存在していることに少し驚いたのだが、もう俺は何も言わない。
身体が怠いと言い訳をして、グレンに着替えを手伝わせる。その後、グレンは鏡台にあった櫛で俺の髪を梳いてくれた。人に髪を梳いてもらうのは案外気持ちいいものだな。散髪後に他人に髪の毛を洗ってもらう時の安心感、むず痒さとよく似ている。してもらうばかりでは悪いと思い、グレンの髪も梳いてやったのだが…… 何だか犬の毛づくろいみたいで面白かった。
「そういや飯はいつなんだ」
先程から何度も腹が鳴っているのだが、遂に胃が痛むくらいになってきた。
「確か、準備が出来たら呼んでくれるって昨日言っていた気がするよ」
まあ、俺は侍女が知らせに来るのを待ちきれるような性格ではないので、通路へと繋がる扉を開け、辺りを見回した。
すると一人の侍女と目が合った。侍女はすたすたと小走りで俺の方へと駆け寄り、俺の前で止まった。
「ご朝食の用意が出来ました。今直ぐお召し上がりになりますか?」
「嗚呼、今にも餓死しそうだ」
それは申し訳ございませんと、両手を横にわたわたと振りながら焦りをみせた侍女。「こちらですー」と可愛らしい声で言いながら俺達を食堂の方へと連れて行ってくれた。
白い円型のテーブルが並ぶ食堂は前世のレストランを連想させるような場所だった。それぞれのテーブルには龍のような生き物が細工された燭台が中央に、赤色の布とフォークとスプーンのような物が一席に一組並べられていた。
とりあえず近くにあった椅子に座った俺達は、朝食が運ばれるのを待った。
一分も待たない内に俺達の前に朝食が運ばれてきた。
「最高級ビチ肉のスープとビスケットでございます」
最高級ビチ肉…… 今の俺には朝食の献立などどうでもいい。添えられた分厚いパンのようなものをスープに浸し、流し込むように食べた。この上ないほどお腹が空いていたので、周りの目を気にする
ことなど出来ない。食堂にはグレン以外居ないし、幾ら城の中だろうと誰にも見られないだろう。
「随分とお腹が空いていらっしゃったのですね」
完全に侍女の存在を忘れていた。けれども、立ち振る舞いを改めるわけではない。
俺達の食事姿をまじまじと見ている侍女のことが気になってしょうがない。なので、思い切って侍女の顔を見つめてみた。
すると侍女は頭上に?を浮かべたような顔をした。しかし、何かを思い出したのかその顔はハッとした表情に変わった。
「ほっ、本日の日程をお伝えします」
しどろもどろに話を進める侍女。俺のことが怖かったのだろうか? それはさておき、内容を要約すると、朝食後は自由で、その後昼過ぎにロッジ陛下? との対談があるらしい。ロッジ陛下って王様のことなのだろうか?
すると侍女が何やら俺達に提案をし始めた。
「もし宜しければ、この後街を案内させては貰えないでしょうか?」
俺は少し悩む。言ってしまえば定番中の定番であろう街案内。しかし、俺的には部屋の中でごろごろしてる方が良い。体調があまり良くないのも確かなのだが、第一動くのが嫌いなのである。
「良いですね、是非お願いします」
そう答えたのはグレンだった。そういえば、グレンは行動派だ。前世で言えば陽キャタイプなのかもしれない。グレンが賛成してしまっては俺も断るわけにはいかないので、仕方なく家でごろごろすることは諦めることにした。歩き疲れたらグレンにおぶってもらおう。今の体型なら全然許してくれるに違いない。ここは有効活用しなくては。
「では、馬車の用意をしますね」
歩くのかと思いきや、馬車移動。そういえば城に来るときも馬車で城まで移動していた。歩道の設備は無かったものの、公道は結構広いのかもしれない。
一度朝食のお代わりを頂いた後、粗方外出する準備は出来ていたので、俺達はそのまま城門へと向かった。
城門の前には真紅色の洒落た馬車が一台、二頭立てのキャリッジだ。侍女が搭乗口の前に立ち、俺達のことを待っていた。
「では行きましょう」
俺達が馬車に乗ると、続いて侍女も乗った。
「今日は日差しが強いですね」
「そうですね」
「今から向かう場所は?」
「先ずは冒険者ギルドに向かう予定です」
冒険者ギルド…… 一度だけ父さんと一緒に王都に来た時、中に入ってはいないものの、外装だけは見たことがある。
侍女が言うには冒険者ギルドは主に街中の治安維持、他にも王国領土内の魔物退治などをしているらしく、需要と供給の割合が非常に良く、冒険者職は高収入で、子どもたちの憧れでもあるらしい。しかし、一部の依頼には命を落としかねない物があるので、冒険者ギルド加入には一八歳以上という年齢制限があるらしい。因みに俺は現在一五歳なので、後三年待たなければならない。
「冒険者ギルドに加入するご予定でしたら、冒険者育成学校などに入学されてはどうでしょうか?」
「入ってはみたいですけど、お金が無いですから」
先程から話に置いていかれているものの、俺は外を眺めながらゆったりとくつろいでいた。
するとグレンが俺の顔を覗いてきた。
「アルスは学校とかに興味あるかい?」
「別に…… とまでは言わないけど、自分から入ろうとは思わないな」
公道に沿って植えられている木々が作る木漏れ日が暑い太陽の日差しのちょうどいいものにしていて、その心地よさが眠気を誘う。
俺は大きく欠伸をした。ほんの数時間前に目覚めたはずなんだけど。
俺はのんびりして、二人が楽しそうに会話をしている間に、俺達は冒険者ギルドに到着した。
馬車から降りながらも話を続ける二人。グレンも侍女の事をリリーさんと呼んでいるし、リリーには既に侍女の面影がない。普通のお姉さんみたいだ。
両手を大きく空に掲げ、身体を伸ばす。
どうせ加入できないなら冒険者ギルドに行く必要はないのでは? と、できれば馬車の中で待っていたい自分がここにいる。
「私は少し用事があるので、お二人はギルド内を見回ってはどうでしょうか?」
「じゃあ、そうします。さあ、行こうアルス」
「お、おう」
グレンに手を引かれ、ギルドの各窓口に挨拶をする。話でしか聞いたことが無かったけど、本当に獣人差別があるのだろうか? どの受付の人も快く挨拶を返した。
受付へと続くギルド内の真ん中にある通路の脇には、ロールプレイングゲームに出てくるような酒場を連想させる机の数々が並び、多くの冒険者達が酒とつまみを嗜んでいる。
俺も前世は学生なわけで、一度も成人したことはないので、酒の匂いには少し抵抗があった。しかも、男臭さも混じっている為か、余計に気分が悪くなる。
「グレン…… 少し気分が悪いかもしれない」
「どうしたの? もしかして昨日の疲れ?」
「お前はこの臭い、大丈夫なのか?」
グレンは俺が何を言っているか分からないような顔をした。多分本当に分かっていないんだろう。犬のくせに嗅覚が悪いのか、もしくはこの様な臭いに慣れているのかもしれない。
確かに昨晩から身体の調子が優れていないが、そのせいで嗅覚すらもおかしくなるのだろうか?
臭いの発生源であろうこのギルド中央からどうにか離れようと、俺は何処か別の部屋を探した。勿論、俺の後ろにはグレンが付いてきている。俺を一人にしたくないらしい。
手当たり次第に部屋を探しても不審に思われると思い、先程リリーさんが入ったであろう扉に向かった。俺が扉を開けた途端、何かとぶつかってしまい、尻餅を搗いた。
「痛い」
傍から聞くとあまり痛くなさそうな言葉を発した俺。すると俺がぶつかったであろうものが手を差し伸べてきた。
目の前に立つのは青髪の青年。その隣にはリリーさんの姿もあった。
「大丈夫かな? お嬢さん」
「お、おう」と軽い返事をして、差し伸べられた手を握ろうとすると、ひょいっとその人は俺の手を躱した。これは完全におちょくられている。
自分で立ち上がろうとすると、後ろにいたグレンが俺を起こしてくれた。
「からかってしまって済まない。僕の名前はルイス、ここのギルド長を務めている。お嬢さんは昨日ロッジ陛下に呼ばれていたよね」
お前の名前は訊いていない! と、ツッコミを入れたいところだが、何で俺が昨日城に呼ばれた事を知っているんだ?
「何でお嬢さんが昨日お城に招待されたことを知っているかって思ってるでしょう?」
「嗚呼、そうだよ」
俺は少し声を低くして言った。妙に冷静なところに苛立ってしまってしょうがない。
グレンは俺のことを心配していて、相変わらずリリーはこの状況にどう対応すればいいか分からず、わたわたと落ち着きのない様子をみせている。
「実は僕もヤッカ古代遺跡の研究に携わっていてね。偶然昨日お城でお嬢さんを見かけたのだよ」
「へーそうなんですね」
俺は棒読みで返した。するとルイスは怪しい目つきでこちらを凝視して言った。
「確かに壁画に描かれていた少女と同じ……」
「近いっ、近いっつの!」
「嗚呼、失礼失礼。遺跡内部に描かれていた少女と全く同じ姿をしているから少し興味を持ってしまってね……」
突然、あんな顔で迫られては俺でも少し怖気づいてしまった。知りたくもない女の気持ちを少し分かってしまった気がする。
それにしては皆揃って遺跡遺跡って何を今更昔の遺物を再調査しているんだよ…… 俺に関わるのも程々にしてくれ。
「私は何時でもお嬢さんがギルドに加入するのを歓迎するよ。とは言っても、その年齢じゃ後八年くらいは待たないといけないかもしれないけど」
「俺は一五だ」
「…… 随分とお若いんですね」
「小さいって言いたいなら言えよこのクソ野郎が」
微笑を浮かべるルイス。するとリリーさんが助け舟を出した。
「それじゃあ、私達はそろそろお暇しますね」
「嗚呼、君達が良ければ何時でも遊びに来てくれ」
「二度とくるか……」
悪かった気分が余計に悪くなった。
俺が渾身の怒り顔を見せるものの、ルイスは手を振りながら俺達を見送っていた。
嗚呼、何て気持ち悪い奴だ…… 何時でも平常心系の人って皆ああいう感じなのか?
馬車へと戻り、ひと休憩。ぶつぶつとルイスに暴言を吐いていると、グレンが呆れた顔をしていた。
「何だよ…… お前まで俺のことをからかうつもりなのか?」
「いやいや、そういうわけじゃないんだ」
そういうわけじゃないんだった何なんだよ!? と、言ってやりたいところだが、グレンに八つ当たりしてもしょうがない。
窓の外にある景色に目を向け、溜め息を吐いた。
「ソフィーさん、こういう時は何か食べて元気になりましょう!」
「さっき食べたばかりなんだが……」
ガタゴトと揺れる馬車の音に、一つの可愛らしい音が鳴った。
何だよ…… こいつが腹減ってるだけじゃねーか。ってか、いつの間にこんなにキャラが変わったんだよこの侍女め。
でも、リリーなりに俺を元気づけようとしてくれたのだろう。
「じゃあ、おすすめの場所を訊こうかな」
「そうだね」
「おすすめの場所ですか。でしたら……」
時刻は午前十一時。
ちらちらと揺れる日陰。心地の良い温かい夏風が、木々を揺らす。
俺の王都での生活が幕を開けたのだった。
次回の更新は4/28日です。
毎週更新日をあとがきに書いているのですが、書き溜めているわけではないので、結構忙しいです。
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