第五話『謁見の間にて』
今回は長いです…… 誤字が多いかも。
薄暗くじめじめとした狭い空間の中、十数の人達が部屋のありとあらゆる場所を隈なく調査している。
ヤッカの森奥に位置するこの古代遺跡に集まったのは他でもない、国から派遣された調査員だ。
しとしとと雨が降る、こんな悪天候の中でも調査員を現地へと派遣した王国調査指揮官はどうかしている。多くの調査員がそんな愚痴をこぼしているが、事実、文句を言う術など在るはずがない。
何を考えたのか、今更になって古代遺跡の調査をしなければならないのかと、この場に居た誰もが思っていた。確かに歴史ある場所ではあるのだが、特に調査する事が無いからと言って、指揮官の気まぐれで調査場所を決めてもらうのは困って仕方がないのだ。しかも、当の本人は城に残って書類整理だ。書類整理と調査はどちらも面倒くさいものだが、雨の日に限っては別だ。
しかし、何かしらの成果を残さなくてはと、数名の調査員は張り切りをみせた。但し、壁に横たわり隅で愚痴ばかりをこぼしている者を除いてだ。
そんな中、一人の調査員が壁画に指差して言った。
「これは何でしょうか?」
「これは…… 短剣を持つ少女? 何故空に浮かんでいる」
「何かを表しているのではないのでしょうか?」
「そうかも知れんな」
空に浮かぶ七色の短剣を持った謎の少女。すると背の低い調査員が下の方に描かれている物に気がついた。
「この五つの本って、あの有名な魔導書ですかね?」
「五つの魔導書と言ったらあの『創生の章』のことか?」
「確かにあれは神聖視されているが、この壁画と何か関係性があるのか?」
創生の章―それは遥か昔、この世界に混沌と反乱を起こした五つの魔導書だ。歴史書からその殆どの内容が抹消されている為、創生の章が作られた経緯、使用方法などは未だ解明されていない。五つの内の二つが隣国であるユーグラテス教国とガランディア共和国に存在することで有名だ。
しかし、創生の章があるからといって、今のところ脅威になることはない。が、遅れを取っていることに間違いはない。事実、魔法技術の近代化により、創生の章の使用方法がいつ解明されても不思議ではない。
もし、創生の章に脅威的な力が存在するとしたら、我々も一刻も早くに残りの創生の章を見つけなくてはならない。
すると、調査員の一人があることに気がついた。
「この壁画、不自然な窪みがありますよ」
「押して見るか?」
「罠じゃなければ良いのですが」
調査員であるが故の探究心なのか、あまり躊躇せずに窪みを押した。
すると、窪みが押されると同時に地面が大きく揺れ始め、壁画の側から小さな祭壇が現れた。
研究員たちが祭壇の側へと駆け寄ると、そこに小さな箱が在ることに気がついた。
壁画の内容から察するに、あの短剣、もしくは創生の章。期待が胸躍る中、そっと箱の蓋が開けられた。
中に入っていたのは…… 綺麗に装丁された年代を感じさせる魔導書の様な物だった。
「これは…… 創生の章なのか?」
「この魔力からすると、魔導書ではあると思うのだが、詳しくは分からんな」
ここに居る調査員の誰もが創生の章を見たことがないため、この本が現物であるということを誰一人確認することが出来なかった。
創生の章は魔導書であるものの、一般的な魔導書と違い、魔力を流す事で能力読取権を取得することが出来ないことで有名なので、それを事で確認することが出来るものの、もしこれが別の価値在る魔導書だった場合、最悪処刑されるだろう。
隅でさぼっていた調査員達が何か見つけたことを察して、「やっと帰れる」とざわめき始めたので、彼らは急いでその箱を回収を始めた。
調査員達が城に戻ると、王国屈指の魔術師、そして歴史研究家が訪れ、迅速に解析が始まった。
布で慎重に拭われた魔導書は、金とエメラルドで装飾されたその美しい姿を顕にした。その状態はじめじめとした遺跡の中で保管されていたとは思えないほど綺麗で、黴ひとつなかった。
事前の報告も無しに王の間へと現れた研究員達に、護衛の騎士達が一斉に武器を向けた。
「何事だ、お前達」
「報告させて頂きたく存じます」
「良い、顔を上げよ」
王の声が響くと共に、護衛の武装が解除された。
魔術師と研究員達は顔を上げると、一人が王の前へと出て、箱を掲げる。
「こちら、本日ヤッカ古代遺跡にて新たに発見された魔導書です。我々の元で解析したところ、この魔導書は『創生の章』の一部であることが確認できました」
王はその言葉に顔を俯けた。
「もう一度申してみよ」
「『創生の章』でございます」
すると、王はいそいそと立ち上がり、箱の前へと向かった。
箱から魔導書を手に取り、じっくりとその外観を見つめた。
「私を愚弄している訳ではないのだな」
「はい、模擬品ではございません」
その場に一拍の間が空いた。
王は震えた手で魔導書を掲げると、高らかな声を上げた。
「直ちにヤッカ古代遺跡の再調査を始めよ。失われた技術、聖遺物を先に手にするのは我々だ!」
この日、王の一声と共に世界の歴史が動き始めるのであった。
希望の道か、将又破滅の道か…… その時、人類は知る由もなかった。
☆★☆★☆
『ソフィー』…… 我ながら傑作だな。叡智の神ソフィリアから取ったなんて誰にも言えねぇが。
満面の笑みを浮かべながら、俺はドヤ顔を決める。
周りに居る騎士達の反応も悪くはなく、それでいてグレンの反応も悪くなかった。
いくら俺が常識を知っていないからって、名前くらいは普通のを考えられますからね。
「では、ソフィー様。貴女は我らと共に王の前へ同行をお願いします」
一人の騎士が俺の背中に手を当て、馬車へと向かわせようとする。俺はグレンに目で合図を送ると、グレンは騎士に答えた。
「僕はソフィーの兄です。保護者として同行しても構わないでしょうか?」
「獣人と兄弟関係がある訳がないだろう」
「腹違いの妹です」
「…… なにやら複雑な事情があるようだな。両親はどうした?」
「母上は他界、父上は新しい母上と共に再婚して暮らしています」
「成る程、事情は分かった。先に王都へ向かうことを伝えておくか?」
「大丈夫です」
騎士達は快くグレンの同行を認めてくれた。
それにしてもあんな嘘を信じてくれるだなんて、世の中知れたものじゃないな。この調子で母さんも俺のことをアルスだと認めてくれたら良いのだが……
「では、こちらにお乗りください」
複数台ある馬車の内、副団長のエルスが乗っている馬車へと運ばれた俺達。内装は他の馬車よりも綺麗で、豪華だと騎士達が言っていたのだが、俺の家にあるソファーと座り心地は何ら変わりはなかった。でも、家にあるようなソファーの座り心地が、馬車の中でも体験できるのは凄い事なのかも知れない。
馬車内の広さは十分で、副団長エルスの付き添いである執事のゲルミスさんも馬車の中で忙しそうに働いていた。
ゲルミスさんは足元にある小さな棚からティーポットを取り出すと、カップの中に注ぎ、俺たちへと配った。緑茶のように透き通った緑色をしているが、英国風の紅茶のような香りのするそれを俺は一口啜った。うん、唯の紅茶だ。
グレンはというと、紅茶を一口飲んだかと思えば、舌を火傷したらしい。一生懸命に紅茶に息を吹きかけ冷まそうとしているその姿は、可愛い以外に言いようのないものであった。てか、お前犬なのに何で猫舌なんだよ。
快晴の青空を小さな窓越しから眺めること数十分。俺はいつの間にか寝てしまっていた。そして、気がついた頃には辺りが橙色に染まっていた。
長いこと馬車に乗っていたなと思ったので、「何時間経ったんだ?」と聞いてみると、エルスさんが「三時間だ」と答えた。
三時間が長いのか短いのか考えていると、それを察したのかグレンが答えた。
「三時間で王都に着くなんて、とても速い馬車なんですね」
そしてすぐさま俺は疑問をぶつける。
「普通はどれくらいなんだ?」
「五時間くらいは掛かるんじゃないかな」
俺は「へぇー」と素っ気ない言葉を返した。何度か王都には行ったことがあるのだが、いつも寝てしまうため、時間感覚が全く無いのである。
暫くすると、馬車は動きを止めた。どうやら関所に到着したようだ。
窓を覗くと、夕方ではあったものの、村とは比べ物にならない程の人で溢れていた。
すると、俺は道に並ぶ街灯に目を向ける。科学技術自体が存在していないこの世界にどうして電球のように光る街灯が存在しているのか。「どうやって光ってるんだ?」と思わず言葉が口から溢れると、エルスさんが答えた。
「あれは魔物の魔法だよ」
「何処に魔物が居るんだ?」
「あの中だよ」
エルスさんが指差したのは、街灯の下にあった小さな箱だった。曰く、その中には錬金術と使役術を利用した複合系魔法により、魔物の心臓が埋め込まれているらしい。その魔物の心臓に強制的に光魔法を唱えさせる事により、半自動的に魔法を継続的に発動させることが出来ているらしい。
生き物をあんな風に扱ってもいいのか? と俺は聞いてみたが、「魔物に生きる権利など無い」とはっきり言われてしまった。
街中を走ること数分、馬車は城門へと辿り着いた。ここでエルスさんとゲルミスさんとはお別れして、俺達は王家の従者達に中へと招待された。
直ぐに王様の前へと向かうのかと思っていたが、違ったらしい。
一度グレンとは別の場所へと連れてこられると、何やら衣装室の様な場所へと案内された。
すると一人の従者が言った。
「まずはその汚らしい服をお脱ぎになってください」
「はぁ……」
人を尊敬しているのか蔑んでいるのか分からない事を言われ、その通りに服を脱いだ。すると俺は複数の従者に囲まれ、一瞬のうちに少女漫画に出てくるお姫様の様な姿に変わっていた。
さっきまで着ていた無地のワンピースでさえ、少しそわそわした気分になる代物だったのだが、今着ているのは所々にフリルが施されたカクテルドレスの様な物だ。今までとは比べ物にならない程の不快感が押し寄せてくる。
「もっと動きやすい服はないんですか?」
「ありません」
断言されました。もう何言っても着替えさせてはくれない雰囲気なので、抗いません。
その後、客室へと案内された俺はベッドにダイブした。一日の疲れを癒やそうと、体が勝手に伸びる。しかし、ドレスを着ているため身動きが取りづらい。ドレスで寝転がると形崩れするんじゃないかなって思ったけど、気にしないことにした。
従者によると、グレンも別室で俺と同じ様に服を着替えているらしい。獣人の扱いが酷いと聞いていたのだが、ちゃんと接して貰っているのだろうか。まあ、俺の付き添いだし、適当な対応はされていると思うけど。
数十分すると、従者達が部屋に訪れ、謁見の間へと招待された。
道中でグレンと合流したのだが、貴族の礼装を纏ったグレンを見て、少々癪に障った。何で俺はこんな服を着なくてはならないんだと……
それはさておき、一応王様と会うことになっているので少し緊張していたのだが、グレンの顔を見ると少しだけではあるが、気が楽になった。
何用で俺たちをここに呼んだのか、まあ実際は俺にしか用がないらしいけど。求婚とかだったらどうしようかと思ってはいたものの、流石に俺みたいな平民と結婚する王様がいるわけがないとあっさり切り捨てた。というか、男と結婚など考えたくもない。
無駄にでかい扉を騎士達が四人掛かりで開くと、王の座る場所へと続く立派な赤色のカーペットが目の前に見えた。
従者に先導されながら、俺達は足取りを遅くしながらも前に進んだ。
暫くすると、従者からここで止まるように指示されたので、そこで立ち止まった。
俺がその場に突っ立っていると、グレンが膝を地面につき、敬礼のような素振りをみせたので、俺もそれを真似た。
「よくぞここまで来てくれた。貴女を呼んだのは他でもない」
「貴女だなんて、堅苦しい呼び方はやめてくださいよ」
そう言うと、耳元でグレンが「王様に失礼じゃないか」と言ってきたのだが、そこはあえて無視した。
「そうか、ではソフィー。我が国の未来への貢献として城に住んでは貰えないだろうか?」
これはこれでしっくりこないな。まあ、いいか。
ん、まて。今さっき大変なことが聞こえてきたような気がしたんだが!?
「今何と?」
「この城に住んで欲しいのだ」
「まさかとは思いますが、それは俺なんかに求婚をなさっていらっしゃるのでしょうか?」
「何の結婚しなくともよい。城に居てくれるだけでいいのだ」
どういう事だ? 全く事情が理解できない。俺をこの城に住ませる事で何か王家側に利点でもあるのだろうか?
「何故ソフィーをここに住ませようと?」
「特に理由など無い。ソフィーの頼みとならば其方もここに住まわせる事も可能だ」
だが、グレンはその言葉を追うように言った。
「しかし、それでは全く理解できません。王家側にとってどの様な利益があるというのでしょうか?」
その言葉に王は俯き、暗い表情を見せた。
何か裏でもあるのだろうか? 傍から見れば俺は神に遣わされし使徒とも言えるのだろうが、一国の王様がそんなことを知っているのだろうか? 第一、俺は神様から何故に『神気の楔』を回収しなければならないのか。そして、それがどの様な物かすらも聞いていないのだ。
「出来ればこの事は隠したかったのだが…… 実は君を別国の手に渡したくは無いのだよ」
「それはどういう事だ?」
「君はヤッカ古代遺跡を知っているかね?」
「知らない。グレンは知ってるか?」
俺の言葉にグレンは首を横に振った。
「ヤッカ古代遺跡というのは、我が国の領土、ヤッカの森奥に古くから存在している遺跡だ。『創生の章』の存在は知っているだろう?」
「『創生の章』?」
「なんと、知らないというのか?」
「すみません、ソフィーは世間知らずなもので……」
こちとら、この世界に来てから勉学には微塵も触れていないので、分かりませんよーだ。恨むんなら親を恨めってか!?
「で、『創生の章』って何なんだ?」
「古くから伝わる魔導書の一つだよ。まあ、一つって言っても『創生の章』は全五節。昔、『創生の章』の所有権を争う大規模な戦争があったんだ」
「成る程」
「しかし、どうしてソフィーと『創生の章』に関係があるのですか?」
すると、王様は側に居る従者に何か命令を出した。その後、急いで部屋の奥へと向かった数名の従者達。暫くすると、黒い箱を持って戻ってきた。
「これを見て欲しい」
従者が俺達の前に来て、その箱の中身を見せた。
金の線で出来た幾何学的な模様に、散りばめられた緑色の宝石。そして目立つように存在している中央の透明色の結晶。目の前に出された派手に装飾された装丁の本は俺達の目を奪った。
「もしかして、これが『創生の章』なのですか?」
「如何にも」
「で、『創生の章』と俺にどの様な関係が?」
「実は、この『創生の章』が発見された古代遺跡に君に良く似た人族の少女の壁画が発見されたのだ」
「俺みたいなのは他にもいるのではないでしょうか?」
するとグレンが俺の肩を叩いた。
「確かに居るかも知れないけど、人族で緑色の眼を持つ人は多分、相当少ないと思う」
「別種族との混血の可能性は?」
「混血であれば、何かしら人族には無い特徴があるはずなんだ。僕みたいにね」
グレンは自身の頭に付いている耳を差して言った。
「そうだとしても、俺以外の人物も居るんじゃないか?」
「我が国の王国騎士団達が総力を上げて捜索していたのだが、漸く見つけ出したのが君なのだ」
「期待されても困る」
「勿論、期待などはしていない…… と言いたいところだが、君には色々と協力して貰いたい。見合う報酬は約束しよう」
「だったら、一つお願いをしても?」
「何だね?」
「申してみよ」
「グレンに人族と同じ対応をしてあげることはできないのか?」
「私は構わん。しかし、国民が其方への対応を改める可能性は低い。彼らにも彼ら自身の考えがあるからな。いくら法を改正しようとも、大勢の意志を動かすのには長い年月が掛かるものだ」
その言いようだと、一応アズレット王国は獣人族迫害に対して何かしらの取り組みをしているということなのか?
今まで、迫害に対して嫌悪的だったグレンを見ていたからなのか、それが自分のことのように嬉しかった。
「で、具体的にどの様な協力をすればいいんだ?」
「それは私もまだ分からん。君が関係していない可能性も少なからずは存在している故、調査はまだ続けるつもりだ」
「じゃあ、今のところはここで待機しておけと?」
「そうなるな」
家に居ても食っては寝ての生活だったので、まあ偶にはこんな体験も悪くないかも知れないな、と思ってしまった。それに歴史が関わってくるとなれば、必然的に神気の楔の情報もつかめるかも知れない。まあ、あの神様の命令を率先的にしようとは思わないけどね。
ふと、俺はもう一度目の前にある『創生の章』という魔導書に目を向けた。
そもそも魔導書って何なんだ? 魔導というからには魔法と関わっているのは確かだろうけど……
「この魔導書には何か特別な力があるのか?」
「それはまだ解明されていない。が、歴史を動かす程の物だということは確かだ」
すると、グレンが口を挟んだ。
「普通の魔導書と『創生の章』は何か違うのか?」
「嗚呼、本来魔導書に魔力を流す事で特定の能力読取権を取得することが出来るのだが、『創生の章』はそれが出来ない」
成る程、魔法ってそうやって覚えるものなのか。
「じゃあ魔導書じゃないんじゃないのか?」
「否、魔力眼で確認する限り、魔力が内包されているのは確かなのだが、触れても魔力の流れを感じ取れないのだ」
ふとグレンの方を振り向くと、グレンは両耳をぴくぴくさせながら王様の顔を窺っていた。
「少し触ってみてもいいでしょうか?」
「駄目だと言いたいところだが、私が君をここに招いたのだ。触るだけなら許そう」
グレンはそっと箱の中にある魔導書を持った。
「結構重たいんですね」
「魔導書に装飾などするものでは無いからな」
魔導書を手に持ったグレンの目は輝いていた。剣士志望じゃなかったのかよ、とツッコミを入れたのだが、剣士でも幾らかの魔法を覚えるのは基本中の基本らしい。魔術師になる必要があるのやら…… と思っていると、魔術師は剣士と違い魔法発動に掛かる負荷が少ないらしい。
「負荷軽減のパッシブスキルなんて、この世界は何でもありなのか」
「神が人類にくださった奇跡のような賜物だからね。疑う余地もないよ」
神ねぇ…… この世界がもしあの神様に創られたものだとしたら笑いものだな。俺みたいなやつにこの捜し物を手伝わせるとか、世も末だわ。
「俺にも貸してくれよ」
国々が戦争を起こす程の本が目の前にあるのに、触らない人はこの世に居ないだろう。興味津々に魔導書を見つめているグレンにツッコミを入れていたものの、やはり俺も少しは気になっていたようだ。
俺の言葉にグレンはすんなりと魔導書を手渡してくれた。
「至って普通の本だな」
「でも装飾は豪華だよね」
「売れば結構な値が張りそうだな」
グレンは売っちゃ駄目でしょと言わんばかりにくすりと笑った。
王様も魔導書が大事に扱われているのかと心配に思っているのか、ちらちらとこちらを見てくるが、俺達はそれを全力で無視していた。
「魔力の流れってどうやって感じ取ることが出来るんだ?」
「それは普通に魔法を使うときみたいに、今から魔法を使うぞって思いながら物を触れば良いんだよ」
俺が唯一覚えている魔法である『開け、ゴマ』を唱える時と同じ様な気持ちで魔導書に触れてみるものの、魔力の流れを感じ取ることは出来なかった。やはり、人類が成せる筈もない無詠唱をやってのけた俺でも、魔力の流れを感じ取ることは出来ないらしい。
俺達が十分に魔導書の鑑賞を終えると、王様が俺達が見飽きたのを見計らって、現在の時刻を伝えた。
従者達に風呂、食事の支度を済ませているらしい。ここは王様の好意に甘え、存分に城内生活を楽しむことにしよう。
そんなわけで、俺は魔導書を元あった箱の中に戻そうとしたその時だった。手のひらから体内にかけて温かい何かが流れてくる感覚を覚えた。
俺は魔導書の中央に嵌められていた結晶に手が触れていたのだ。
「っ!?」
今までに体験したことのない感覚と共に、俺の意識が薄れていった。
その場をふらふらとしながら、木の葉が揺れながら地面に落ちるようにその場に倒れた。
微かに聞こえるグレンの声。きっと俺のことを心配してくれているのだろう。
徐々に朦朧としていく意識の中、俺は深い眠りに就いてしまった。
次回の更新は4/21日です。
差し支えなければ、評価&ブックマーク登録の程、宜しくお願いします。