第三話『常識』
そんなこんなで、証人を捕まえることのできた俺は、約束の時間より少し前に、グレンと一緒に練習場所のある、エペの森へと向かう事になった。
因みにエペの森は、村の中心部にある公共の休憩スポットである「モクの大樹」から南方に一直線に続く道を進んだ先に存在していて、稀に魔物が現れるので、万が一に備えて近づくことは推奨されていない。けれど、エペの森には多くの食用肉としても有名な野生動物が多く生息しているので、狩りに出る人を見かけることは少なくない。
「まだ誰も居ないな」
「そうだね…… ラディオ先生の稽古には僕たち以外の人も参加するって聞いてるし、この時間帯ならもう人が居てもおかしくはないと思うんだけど」
エペの森付近にある小さな広場に到着した俺達は、近くにあった切り株に腰を掛けた。
本日の稽古内容はまだ教えられていないが、今までの稽古内容からしたら当分は剣の素振りくらいだろう。
俺は右手に持つ木剣を眺めながら、深い溜め息をついた。そして剣を前に構え、その先を見つめる。
「俺、これからどうなるんだ……」
これからを気にする気持ちと、今をどう切り抜くかという気持ち。
グレンは簡単に信じてくれたものの、他の人は今の現状を受け入れてくれるのだろうか。それに、もし信じてくれたとしても、前と同じように接してくれるのだろうか?
考えていても仕方がないので、俺は一度立ち上がり、剣の素振りを始める。
するとグレンが俺に言った。
「前とは随分素振りの仕方が違うね。その姿になったから?」
「多分そうだな。体力もめっちゃ落ちてる」
普段よりも重い剣先に振り回されつつ、俺は溜息を吐いた。
「そりゃ、大変だね。アルスには気の毒かも知れないけど、女性が剣士を目指すのは少し無理があるんじゃないかな?」
「そうなのか?」
「うん、普通の女性だったら剣士なんて目指さずに、魔術師とか錬金術師、弓使い辺りの職業だと思う。そもそも、女性を戦闘に出すなんて男が許すはずが無いからね」
その言葉に俺は深く心を痛めた。
マジか…… 折角、剣と魔法の世界に来たんだから冒険するなら魔法剣士とかに憧れてたんだけどなー。まあ、女で近接戦闘職に就いてるやつがマイナーなだけで、別になれないわけじゃないだろうから、別に関係ないか。
「それでも俺は剣士を目指すかな」
「アルスそれは本気かい? 職業は能力読取権に関わってくるんだよ?」
「何だそれ?」
「…… アルス、もしかして冒険者ギルドに行ったことがないの?」
「無いな。王都には少し前に行ったことはあるが、冒険者ギルドには入ったことはないな」
するとグレンは溜め息を吐き、俺に言った。
「アルスもラディオ先生が剣士なのは知ってるよね?」
「ああ」
「じゃあ、何でラディオ先生は素振り以外の技を使わせてくれないと思う?」
「分からんな。俺も疑問に思ってたんだ。何で皆はラディオ先生が技を使っていたときに誰も使ってみようと思わなかったのかって。俺はずっと技の名前を口に出すのが恥ずかしいのかと思ってたんだ」
「そんなはずがある訳がないよ」
「ん? あんな厨二くさい台詞、お前だって恥ずかしいだろ?」
二人の間に沈黙が流れる。するとグレンは呆れ顔で答えた。
「あれは台詞じゃなくて『術詞』といって由緒正しい能力の使い方だよ? アルスだって個人情報展開は知ってるでしょ?」
「いや、全く知らんが?」
「結界魔法で自分の家の扉を開くときの特定開閉は?」
「えっ、結界魔法ってそんな感じだったのか? 俺はいつも『開け、ゴマ』って言ったら勝手に開くものだと思ってたんだが」
「そんな術詞無しで魔法を発動することができるなんて聞いたことがないよ」
「それ本当か?」
呆れ顔に呆れ顔を重ねるグレン。叡智の神ソフィリアさんは一体俺にどんな碌でもないチート能力を授けたっていうんだ? というか、もう貰っていた事に驚いた。
詠唱短縮? いや、どちらかというと魔法名変更って感じなのかも知れないけど……
「で、お前がさっき言ってた個人情報展開ってのは何だ? 俺にも使えるのか?」
「そりゃ、使えるに決まってるでしょ!? 逆に聞くけど、アルスは一度も個人情報展開を使ったことがないのか?」
「生まれてこの方15年。一度も魔法を詠唱したことはないな。『開け、ゴマ』が魔法に入らなかったらの話だが」
「じゃあもしかして自分のレベルやら能力やらも何一つ把握してないのか!?」
「だって誰も教えてくれてないじゃないか」
「アルス…… 常識ってものがあるだろう」
――
「兎に角、アルスは冒険者になる前に常識ってものを知る必要がある」
グレンと俺は向かい合うように座り直した。これからグレン先生によるこの世界の基本についての授業が始まるようだ。
俺の目の前で脚を組みながら楽な姿勢をしているグレンの姿は一寸たりとも教師には見えたりしないのだが…… それはさておき、少し興味が湧いたので、姿勢だけでも生徒もどきとして振る舞うことにした。
「よろしくお願いします、グレン先生っ!」
すると、グレンは首を傾げた。くそっ、こいつノリが悪いな。
「じゃあまず始めに『能力読取権』について教えていきたいと思う。まあ僕も詳しく知ってるわけじゃないけど、基本的なことは押さえてるからそこだけ教えるね」
「おう、続けてくれ」
「能力読取権ってのは、簡単に言い換えるとしたら『自分が使える魔法』のことなんだ。剣士だったら『剣術スキル』、格闘家だったら『格闘スキル』、魔術師なら『魔術スキル』、錬金術師だったら『錬金スキル』ってところだね」
「成る程。で、それが俺にどう関係するんだ?」
「えーっと、アルスはどうやって職業に就くか知ってる?」
「自分でなりたいと思ったらなれるんじゃないのか?」
「それは違うね。職業ってのは冒険者ギルド内にある『天職の眼』という水晶を用いて神様に自分が就ける職業を決めてもらうんだ。まあ、神が決めているって昔から言われているんだけど、それはこの世界、「ムーディス」の太古から伝わる宗教的な伝承による影響なんだと思う。実際は、自分の身体能力に見合った職業しか表示されないって言われてるし、現に近接戦闘職に就いている女性が少ないのがこれを決定づけてるんだ」
うっ…… 確かにこの体じゃ、きついかもしれないな。
俺は少し不安な気持ちになりながらも、鍛えればどうにかなるかもしれないという淡い期待を胸に押し付けるかのように刻み込むのだった。
「まあ、獣人族は生まれつき身体能力が人族よりも長けている代わりに魔力保有量が少ないから、女性でも多くの人が近接戦闘職に就いているけど、普通の人族の女性は後方職やら生産職だろうね」
「……」
「まあ、これに関しては冒険者ギルドに行って直接確認しないと分からないことだから、諦めるのは少し早いんじゃないかな?」
うん、グレンくん。いや、グレン先生。ここまで説得力のある力説をして俺の希望を踏みにじっておいて、最後に持ち上げるのは無いと思うぜ? まあ、俺は諦めていないが。
「で、アルスももう気づいているかも知れないけど、実は特定の職業に就かなくても使える魔法ってのも存在しているんだ」
「それは結界魔法とかって事か?」
「ご名答。僕達は生まれつき多少の能力読取権を持っているんだ。それに取得できる能力読取権も種族によって異なる。例えば、結界魔法は誰にでも使えるけど、人族には「使役術」と言う低級使役系能力、獣人族には「獣化」と言う身体能力向上能力だね。他の種族だと、噂では、精霊族には「物体化」と言う空想現実化能力、天使族には「審判」と言う虚言判定能力があるってのが有名だね」
黒歴史の宴が始まるが如く厨二ワードのみで構成されたと言っても過言ではない説明が、グレンの口から雪崩のように流れてくるのであった。
昔の俺なら引いてしまうところだったが、まあ、この世界ではこれが普通だからと自分に言い聞かせるのであった…… 何ていうか、人生って複雑だわ。
「成る程、色々な種族が居るんだな。てか、何で今まで誰も俺にその事を教えてくれなかったんだ? 親父くらいなら教えてくれてもよかったのに……」
話を変えて、グレンに気になったことをぶつけてみた。今思い返せば、俺の両親はこの世界について全く教えてくれてなかったな。我が子に教養の一つも与えないだなんて、この世界の常識って一体何なんだ?
「どうなんだろうね…… 僕は昔、故郷に住んでいたときに、とある先生が教えてくれたけど、普通は学園なんかに行かないと教えてもらえないからね。ただ単に知らなかっただけなんじゃないかな?」
「俺の親父は仕事でよく王都に出かけてるから知ってると思ったんだけどな」
「まあ、情報料を支払わない限り、こんな話を教えてくれる人は少ないからね。僕の先生に感謝だよ」
「その先生は金を取らなかったのか?」
「ああ、村の子どもたち全員に教えてくれたよ。『下等な人族に捕まったときや、お金に困った時のために覚えておきなさい』ってね」
「それは…… 何というか、皮肉だな」
「まあね。先生が言っていることは確かなんだけど、世の中にはアルスのように接してくれる人も少なからず存在するからね」
グレンは俺に向かって笑顔を湛えた。特にツッコむ要素も無かったし、これに関しては悪いことが言えないので、今回だけはおちょくるのを勘弁してやろう。今回だけだ。
自分も書き終わった後に気づいたのですが、進展が無い回はあまり読んでいて嬉しいものではないですね。
設定背景を説明する趣旨の回だったのですが、次回は物語を進める予定です。
次回の更新は4/7日に予定しています。乞うご期待です! お願いします、期待してください。
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