第二話『誤解』
(4/22 大幅な加筆修正を加えました)
目を二、三回ぱちくりした後、俺は何事もなく洗面所を立ち去り、自室へと戻った。
すると、そこにはまた母さんとミリアの姿があった。
「ねーたんだぁれ?」
「お嬢ちゃん、アルスのお友達かな? 服は…… 今着ているのはアルスのでしょう? 自分の服はないの?」
「俺がアルス本人だって言ったら信じてくれるか?」
すると母さんはくすりと笑いながら楽しそうに言った。
「アルスは男の子よ?」
「目が覚めたらこんな姿になってたって言ったら?」
「アルスはそんな魔法覚えている訳がないから、変身なんて出来るわけがないじゃない」
「……」
「お嬢ちゃんもおふざけは止めてちゃんとした服に着替えたらどう?」
俺はあんまりの出来事に俯き顔を見せた。
自分の肉親の母に自身のアイデンティティを否定されたのである。
「替えの服なんてないよ…… これが全て」
俺はすすり泣きをしながら答えた。
口調や振る舞いから俺が自分の息子だってことすらもわからないのか、と。
悲しみながらも俺は母さんから、シンプルな白地のワンピースとショーツを貰った。少し下がスースーするような感覚に襲われたが、今はそれどころではなかった。
しかし、当の本人であるアルス(男)が居ないことには変わりないので、何日か日にちが経てば俺がアルスだってことに気がついてくれるかも知れない…… そんな淡い期待に俺は無い胸を膨らませた。
ここに居ても仕方がないと思い、気分転換に外に出かけようとした。すると母さんが俺を呼び止めて言った。
「昼食が出来てるんだけど、食べていかないかしら?」
――
取り敢えず、昼食を食い終わった俺は、もう一度母さんに状況を伝えてみるものの、やはり信じてはくれなかった。
「外に出かけてくる」と言い残し、玄関先に向かおうとしたところ、母さんは俺に麦わら帽子を渡してくれた。母曰く、「乙女は日焼け対策が肝心なの」らしい。
外へ出ると、青い空から太陽の日差しが燦々と辺りを照らしており、地面すらも発光しているように見える。これは本気でサングラスが欲しい。そう考えると、母さんから貰った麦わら帽子は大正解だったと言えるだろう。
話は変わるが、そういえば今日は村唯一の国営騎士団に所属していた元剣士のラディオさんから剣技の稽古をつけてもらう日なんだけど…… この姿で出席できるのかどうかは不明である。
幸いにも稽古が始まるのは今日の夕方からだし、どうにか俺がアルスであるということを証明する為に、証人を集めなければ、という考えに至った。
取り敢えず考えられるのは、父さんか幼馴染のグレン辺りだろうか。でも、不幸なことに父さんは仕事で今は王都に居る。証人が一人だと少ないが、グレンにだけでも助けてもらうことにしよう。
そんなこんなで、俺はグレンの家に向かうことにした。
グレンの家に向かうと言っても、歩いて数分の距離だし、特に離れているというわけでもない。グレンのところはこの村唯一の獣人。言い換えれば亜人族ということだ。ぶっちゃけ亜人族に対しての差別は世界的にも有名なのだが、ここの村では誰もそのようなことは気にしていない。というか俺は亜人族がなぜ差別を受けているのかすらも知らないのだ。
一度グレンに聞いたことがあるが、あいつはだんまりだったし、不躾な質問なのかもしれない。というか、多分聞いてはいけない奴だ。あいつはこの村で生まれた人間じゃないらしいし、小さい頃に何らかの差別を受けて、それが今でもトラウマになっているのかもしれない。
歩くこと数分、俺の視界に大きな麦畑が見えてきた。
少女化したことにより、背丈は低く、体力は少なくなっていたため、ここにたどり着くまでにいつもよりも長い時間を費やしていた。まあ、言っても普段より数分程度長引いただけだが。
それにしてもこの体は息が上がるのが早い。別に病弱ってわけじゃないけど、男のときとは比べ物にならない。女になった今、ようやく男が女の事をあまり理解していないことに気が付き始めた。
このままだと本気で熱中症になりかねない。少し小走りでグレンの家を目指し、たどり着くと、すぐさまその中へと入った。
田舎の家の扉には鍵が付いていないとはよく言われるが、実はそうではない。この世界では鍵というものはあまり普及していないものの、魔法結界という魔力でできた暗号のようなものを扉に付与して、特定の術式を唱えないと開くことのない扉を作ることができるからだ。
ちなみにグレンの家は玄関がお米屋さんになっているため、店先の出入りだけは自由である。防犯? 一応奥に入るための扉には結界魔法が仕掛けられているため、入ることはできない。まあ、こんな田舎に不審者なんて来るはずもないんだが。
一度、玄関先で休憩した後、家の横に構えてある井戸から水を汲むことにした。まあ、普通は勝手に人の井戸から水を奪ってはいけないけど、生憎グレン一家は現在畑仕事中らしい。ドアベルを鳴らしてみたものの、誰も出てくることはなかった。まあ俺だったら大丈夫だろう。というか別に気にされることはない。
釣瓶を下ろし、水を汲んだことを確認すると、それを引き上げた。
桶から手で水をすくい上げると、それをすぐさま口の中へと運んだ。
夏場であるはずなのに、その水は不思議と冷たく、その冷気が口元から喉をつたり、体の中へと運ばれていくこの快感が、疲れた俺の体を徐々に癒やしていった。
「染みるぅー」
思わずだらしない声が口から溢れた。
すると俺の後ろから何者かの気配を感じた。
「人様の井戸から汲み上げた水はさぞかし美味いでしょうね」
「ああ、とっても美味しい。天にも昇る気分って、グレンか? 探したんだぞ」
「いや、妙に馴れ馴れしいけど、君は誰? 見ない顔だね。取り敢えず、うちの中に入ってもらおうか?」
というわけで、再びグレンの家の中に入ることになったのだが……
グレンは俺を家の中に招き入れると、その後カウンター横にある休憩スペースに座るように言われ、特に断る理由もないので座ることにした。
「それでだ、確信犯」
「なんだその言い方は?」
「人様の井戸と知りながら水を飲んでおいて、俺の目の前で天にも昇る気分だとか言ってくれる奴が確信犯ではないと? 君はそう言いたいんだね?」
「待て待て、グレン」
「グレンは待たない、ってかなんで僕の名前を知ってるのかな? 君はここの村の人間じゃないよね? どうせ獣人風情の井戸なんざ勝手に飲んでもいいって考えかな?」
やばいね、俗に言う聞く耳を持たないというやつか。ここはどうにかして説得しないと駄目だな。というか証人になってもらうのが、今回の要件だし。
「取り敢えず、こっちの話を聞いてくれないか?」
「話を逸らすなっ!」
これは仕方がないか……
「初恋の人の名前はアシェリー。年齢は確か…… 七歳の時だ」
「君、どこからそれを!?」
「そんでもって、この村に来たのは五年前、迫害から逃げ延びてここの村にたどり着いた。まあ、理由までは知らないが」
「……」
「あとは…… 今日はラディオさん直伝の稽古の授業が夕方からある。勿論、俺も一緒にだ」
それを聞いたグレンは深くうつむいていた頭をゆっくりと上げ、額に手をあて、深く考えるような素振りを見せた。
「もしかして、アルスなのか?」
「正解」
「その姿で?」
「この姿で」
「俺の大好物は?」
「肉のソテーなら何でも好き」
「…… 間違いないな。信じられないけど、君は正真正銘アルスに違いない」
すると俺は思わず笑顔でガッツポーズをしてしまった。
母さんと違ってグレンはチョロくて良かった。持つべきものは親友ってのはこのことなのかも知れないな。
「母さんですら信じてくれなかったから、グレンが信じてくれるか少し心配してたけど、ようやく俺のことを信じてくれる人が見つかってよかったよ」
「ああ、ここまで言われたら信じるしか無いね。それに、アシェリーのことはお前以外の誰にも言ってことがないからね」
「それはよかった。まあ、そのことはグレンの両親にも伝えてあるけどな」
「おいっ、おま、アルス勝手に僕の両親と話をしてるんだ!?」
「あっちから聞いてきたんだよ。しかも口止めされてなかったしな」
結構マジな顔で俺に対して怒りをぶつけてくるグレン。しかし、その表情は次第と砕けた表情へと変わっていった。
ふと、俺はグレンと目を合わせた。
そしてじーっとグレンの顔を見つめていると、目を逸らされてしまった。
「何故逸らす」
「逆に聞くよ、何故僕を見つめてるんだい?」
「特に理由はない。唯、話が進まなかったから見つめただけだ」
「じゃあ僕もだ。特に理由はないよ」
あることに気づいた俺は、にまっとした顔でグレンを覗き込んだ。
そこには茹でだこのように赤くなったグレンの顔があった。
「まさかとは思うが、俺に惚れたか?」
「ほっ、惚れてるわけないじゃないか。腐ってもアルス。でも、腐っても今のアルスの見た目は女の子。流石に直視されると気恥ずかしいというか……」
俺に見られてこんなになるとか、グレンも可愛いやつじゃねーか。まあ、猫耳ならぬ犬耳付けておいてこの顔だったら可愛くないわけがないんだが…… これは地球人だけの感性なのかも知れない。
「女々しくなるなって、俺も心は男なんだから今まで通りに接してくれよ」
「わ、わかった。善処するよ」
ぽんぽんとグレンの肩を叩く。
そんなこんなで、証人を捕まえることのできた俺は、約束の時間より少し前に、グレンと一緒に練習場所があるエペの森へと向かう事になった。
次回の更新は3/31日に予定しています。お楽しみに!
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(追記:グレンの口調に少し変更を加えました)