第一話『物語の始まり』
(4/22 勝手ながら大幅な加筆修正を加えました。)
俺は日本に住むごく普通の男子高校生だった。
何故過去形になっているかって? それは今の俺が異世界に転生しているからである。
最近のアニメ化作品でもよくある異世界転生物。よく耳にはしていたけど、中身を知っている訳ではない。何故なら俺はそういう系統のアニメが好きじゃないからだ。
今になっては見ておけばよかったと後悔することが多々あるが、後になって悔やんでいても、何も変わることはない。
今までの十五年間を振り返りながら、俺はベッドに飛び込んだ。
「ふぅ……」
顔をベッドに埋もらせながら、溜め息を吐いた。
何故俺はこの世界に転生してしまったのだろうか?
俺は気がついたらこの世界で生を受けていた…… という訳ではない。とても信じられることではないが、実は神を名乗る者に特別な命令を受けてこの世界に来たのだ。
――
「妾は叡智を司りし神、ソフィリアじゃ。お主を呼んだのは他でもない。捜し物を見つける手伝いをして欲しいのじゃ」
真っ白な空間の中、突如俺に話しかけてきたのは、自らを叡智の神と名乗る胡散臭い人物。その顔は光で包まれ、見ることすらも許されなかった。
昨晩、課題を終わらしてから夜遅くにベッドへと潜り込んだ俺は、ぐっすりと眠りに就いているはずなのに、意識は明確。こんな場所に移動した覚えはない。
「捜し物? 神様なら力でどうにか出来ないのか?」
「ほぅ…… お主は神が万能とでも言いたいのか?」
「嗚呼」
すると神は俺の周りを歩き回る。
薄っすらと見えるその容姿は、何処か幼い体つきだった。
「確かにお主の言うとおり、妾は万能じゃった…… 昔はな。お主をここに呼び出すことさえ、奇跡としか言いようが無い」
「ふーん。で、捜し物って?」
「数百年前に失ってしまった神気の楔の回収を手伝って貰いたい」
「神気の楔?」
「そうじゃ。神気の楔とは妾の力の源であった『神力』を繋ぎ止める形無き楔。しかし、今では何処にあるかさえも分からなくなってしまったじゃ」
神気の楔? 神力? 俺は次々と出てくる難しい用語への理解が追いついていなかった。
「お主にはそれを回収して貰いたいのじゃ」
「形が無いのならどうやって探せばいいんだ?」
「それを考えるのもお主の役目じゃ」
幼いながらも威厳のある声で、俺に訳の分からない任務を押し付けてきた神様。
もしこれが夢であるのならば、「分かりました、その命、私が受けましょう」的なノリで答えたほうがいいのかどうか……
今の俺は早く眠りたかった。ただでさえ、疲れているのに意識だけが冴えている。寝ているのに寝ていない感覚だ。
不思議と身体の感覚はふわふわと浮かんでいるような気分で、これが現実でないことを伝えてくる。
「分かった。捜し物の手伝いをしよう」
「ありがとう。良い判断じゃ」
すると神様は右手に白い光を、左手に緑の光を灯した。
ぼうっと儚げに光るその球体たちは、俺の身体目掛けてゆっくりと近づいてきた。
徐々に吸収されていくと、俺は不思議と身体がぽかぽかと温まる感覚に襲われた。
「お主には探すのに役立つ能力を与えたいのじゃが、今はお主を呼び出すのに殆どの力を使ってしまった…… 今渡せるものはこれだけじゃ。何時の日か、時が来たらお主に授けよう」
「期待しておくよ」
神様は空に手を掲げた。すると、宙に現れたのは大きな青光を放つ魔法陣。
「ではお主よ、行くが良い」
巨大は魔法陣は段々と俺に近づき、身体をすっぽりと包み込んだ。
徐々に意識が薄れていき、眠気が襲ってくるのを感じた。
嗚呼、やっと眠りに就ける…… 俺はそう思っていた。
――
気がつけば俺は視力も無く、動くことさえままならなかった。延々と時間が過ぎ、自由が利く頃になって、漸く自分がどんな状態に陥っていたのかを理解した。俺は小さな赤ん坊になっていたのである。
神様と出会ったのは夢などではなく、歴とした現実だったのだ。
俺はアルスとして生を受け、この身体の母親であるイーナと父親のリックに育てられ早十五年。五年前には妹のミリアも生まれ、何不自由無い、豊かで幸せ一杯の家庭の中、俺はすくすくと育っていった。
ライデットという、王都から遠く離れた辺鄙な村に暮らす俺は、学校に通うこともなく、畑仕事を手伝うこともなく、次第に怠け、腐っていく生活に明け暮れていた。ちなみに少しは外で運動していたりもする。
前世でもあまり外に出ることを好まなかった俺には最適な生活環境で、誰にも怒られることはない。
偶に外に出る時は、幼馴染であるグレンと遊ぶ時くらいだ。
そんな環境で、神様との約束さえも忘れていた俺。たった今、思い出した訳だが、中々今の生活から抜け出せるようには思えない。どっぷりと沼に嵌ってしまっているような気分だ。ニート最高なのである。
そんなこんなで、今日も眠りに就いた。
十分に昼寝をしているのだが、今の俺は育ち盛りだ。いくら寝ても寝足りない。そういう事にしておこう。
ゆっくりと目を閉じ、俺の意識は徐々に薄れていった。
☆★☆★☆
「うぅっ……」
窓から差し込む朝日、仄かに香る朝食の匂い。少しずつ意識が冴えてくるものの、二度寝二度寝と、それに抗うかのように布団の中へと潜った。
すると、廊下の方からドンドンとまるで小動物がこちらに突進してくるような音が聞こえてきた。多分、ミリアの足音だろう。
毎朝俺を起こしに来る妹。正直、起こされるのはあまり好きじゃないが、可愛らしい妹には敵わない。
ばさりと布団を捲ると、つんつんと俺の頬を突いて来た。そっと目を開けると、やはりそこにはミリアが居た。
いつもであれば、俺に乗りかかってくるミリアなのだが、今日はしないらしい。
「おっ…… おっ……」
急に変な声を出し始めたミリア。何かの鳴き声の真似なのだろうか?
「おかしゃーんっ!!! にーたんのへやにしらないひとがいるーっ!!!」
「急にどうしたんだよミリア!?」
「おねーたんだれ!?」
俺とミリアの大声に急いで駆けつけてきたエプロン姿のイーナ。
「ミリア、どうかしたの―― ってお嬢ちゃん、どうしてアルスの部屋に居るのかな?」
「お嬢ちゃん? アルスの部屋っつても、ここは正真正銘、俺の部屋なんだけど―― !?」
はっと異変に気付いた俺は急いで洗面所へと向かう。
丈の合わない服、揺れる髪、低い視界。そのどれもが俺の心を焦らせた。
寝起きの覚束ない足取りながらも廊下を全速力で走った俺は、勢いのあまり洗面所を通り過ぎようとしていた。
全身の重心をコントロールして上手い具合にドアの手前で勢いを殺し、俺は鏡の前へと向った。
恐る恐る鏡に目を合わせた俺は、一人の少女と目があった。
透き通る様な白金色の髪。そしてエメラルド色に輝き、それでいて目があった者の心を吸い込んでしまいそうな可愛らしい瞳。小顔童顔で小動物のように愛くるしい少女が鏡の中に写っていたのだ。
そんな少女を見て、思わず固まってしまった俺。あちらから話しかけてくるのを待っていても、話しかけてくることはなかった。何故って? 目の前に映る彼女こそが俺だからである。
胸を触ってみるも、そこに谷間は無く、もしかしたら男なのではと考えたが、下にある筈の物が無かったので、その考えは虚しくも否定された。
「まじかよ……」
その一言さえも、幼く可愛い声で、前の自分の面影すら見当たらない。
俺はあまりの驚きに膝から地面に崩れ落ちるように倒れた。
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