無口な口達者
暖かく気持ちの良い日向に寝そべりただ自然に体を任せる。これが私の天気の良い昼の過ごし方だ。だけれども、今日はどうやたらそうも行かないようだ。
「ねえ、君」
声をかけられているが、私は諦めてくれることを祈りながら、目をつむってだんまりを決め込む。
「君が寝ていないことは分かっているんだ。早く起きろ」
そう言って、私の両脇に腕を回して無理やり起こそうと引き上げられる。
私の安らかなる時間を邪魔するとはなんという不届きな女性なのだろうか。渋々と目を開けると「やっと起きた」と呆れたように女性は言った。
私は文句を言ってやりたかったが、それすらも面倒で「ん」とだけ言って、口を開閉させる手振りを見せる。
「まったく、君は本当に喋るのが嫌いだね。まあ、良いや。それで、なんで君を起こしたかは分かる?」
彼女の質問に、私は眉をひそめて首を横に振る。分かるわけがない。
「明日は一年に一度のお祭りの日だから、今日はその準備の手伝いをするって話を昨晩したじゃないか」
そんなこと言われた記憶がないけれど、彼女がそう言うならきっと言っただろうから、昨晩のことを思い浮かべる。彼女が私にその話をするとしたら、晩ごはんの後だろうか?
「もしかして、覚えてない?」
なんの素振りも返さないところから察してくれたようだ。
「昨晩、ベッドに行く前に話したじゃないか」
また、呆れたように言う。しかも、今度は深いため息つきで。
彼女が言う通りのことがあったか、記憶を探るけれどやっぱり思い出せない。確かにベッドに行く前に、彼女が何か言ってたのは覚えてはいるけれど……。
「それは思い出せないって顔だ。まったく、君が思い出せなくてもやるとは伝えてあるんだから、今からでも祭りの準備を手伝いに行くからついてきて」
私の態度に彼女は苛立たし気に、語気を強めて言う。喋ると疲れるし、極力口は動かしたくないんだけどなぁ。
「分かったら返事は?」
私が一番苦手なことを要求してきて、私は思わず一歩引いてしまう。
「返事は?」
声を低くして言う彼女の要求に私は最低限答えるようにして、首を縦に振って「うん」と答える。
彼女の顔は未だ納得しかねるという感じではあるけれど、時間は無駄にできないから妥協したというような感じで「今回はそれで良いけれど、次は“分かった”って言って」と、私を睨むようにして言って歩き出し、それに私はついて行く。
祭りなんて嫌だなあ。人は多いしうるさいし。くじ引きだってロクなものもない。食べ物だって露天より家で作った方がずっと美味しいのに――。
でも、山車を村のみんなで引いて練り歩くのは面白いかな。音楽と掛け声に合わせて村を一周して山車に積んだ夜魔避けの粉を撒くんだ。夜魔避けがなにで出来ているかというと、夜魔の油や毛を混ぜ合わせたもので、それが夜魔たちは自分たちの死骸の臭いだと思って警戒して近づきにくくなるんだ。
これのおかげで、去年も無事に過ごせたんだけれど……準備となるとやっぱり面倒くさい。
村の外にある丘を下りる途中から、レンガの高い壁が見えてくる。あれが私たちの住む村で、特産物は――美味しい米くらいだろうか。
まあ、何にしてもこれから、祭りの飾り付けをする場所だということには違いなかった。
「君は……どうしてこんなところまで来て、いつも昼寝をするんだ。迎えに来る私のことも考えて欲しい」
そう文句を言う彼女に「誰も呼んでない」と言い返してやりたかったけれど、不毛な言い争いになることは明白なので、開きかけた口を閉じる。
「もし、そうでなくても、夜魔に食べられたらどうするんだ」
夜魔は夜にしか活動しないのに、何を言っているんだか。いや、寝過ごして日が沈んだ時のことを言っているのだろうか? 毎日、日が沈む前に帰ってきてるというのに……だとしたら、心配のしすぎというものだ。
しばらく、彼女は何も言わない私に一方的に愚痴をこぼし、それを聞き続けながら歩いていると村の入り口までたどり着いた。
彼女の愚痴からやっと解放されると思って私は、村の中へと走り出す。
後ろから、叫び声のような怒鳴りが聞こえるが無視をして走り続けた。
手伝いをしていれば、文句は言わないだろうから、さっさと取り掛かってしまおう。
山車はすでに完成していて、あとは露天の組み立てだったり、灯虫が入った入れ物を飾り付けるだけだった。私は周りを観察して、手が足りて無さそうな場所へ行って、手を貸して回った。
日が沈む前には準備は終わり、村のみんなはそれぞれくつろぐ。結局、日向ぼっこはできなかったけれど、いい汗をかいて「たまには、こういうのもありかな」と思った。それに、今夜はぐっすり眠れそうだ。
豊穣の月――今日は村の人以外にも近くの村の人が遊びに来て活気づく日で、見たことのない人たちともよくすれ違う。
人混みが鬱陶しいと思いつつも、聞こえてくる祭りの音楽に心を踊らせながら、村中を歩き露天を見てまわっていると、綺麗な石を加工して装飾品として売り出している店に目が奪われたところで、ドンッと誰かにぶつかって私は尻もちをついてしまった。
「ごめん、大丈夫? 怪我は?」
と、カーキ色のキャスケットを被った背の高い女性の半月人が手を伸ばしていた――。
私は縦に首を振って伸ばされた手を掴むと、まるで宙に浮くんじゃないかと思うような力で引っ張られて、一瞬驚いてしまった。
「大丈夫そうだな。じゃ、気をつけろよ!」
彼女はそう言うと、ゆっくりと回りに気をつけながら歩き出し、彼女の横には綺麗な茶色の人間の女性と、ルナセミスより少し背の高い同じく人間の男性がいて彼女たちはとても楽しそうに、
「今日はこの村の祭りなんですから、ちゃんと見て歩かないと“相手が”怪我をしちゃいますよ」
「分かってるよ。水風はトゲのある言い方をするなぁ。前は、そんな言い方しなかったのに」
「そうでしたっけ?」
「いや、そうでもないかも」
「えぇ……鉱我さん、今のはひどいと思いませんか?」
そんな取り留めもない会話をしながら人混みへと消えて行った。
この夜が、私にとっても彼女たちにとっても忘れられない一夜になることを、お互いに知らずにすれ違ったのだ――。
でも、それはまた別のお話。
元々は無口なキャラクターをどう書くか? というところを考えながら書いてて、どうせなら無月の探求者の世界観で書こうと思った作品です。