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さだめ  作者: 唖ヰ路 むネん
第〇話
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完全な新作です。前作とは特に関係ありません。

「……私は貴方と初めて出会った日の事を今でも鮮明に記憶しています。それはある瞬間の風景を切り取った写真にも似ていますが、どちらかと云えば心に刻み込まれた絵画や彫刻の様だと云った方が、この場合はしっくりくるように思います。


 あの頃の私達はとても幼かった。肉体的な意味ではありません。精神的にまだ純粋さを残していたという意味です。その中でも特に、私の目には貴方の幼さが異様な輝きを持って映っていました。貴方は人生の酸いも甘いも噛み分ける以前に、未来に対してある先入観を抱いていたからです。それが年相応の純粋さを濁らせていた事には一目で気が付きました。貴方は相応しい順番を飛び越えて大人になろうとしていたのです。圧倒的な経験不足は火を見るよりも明らかでした。このような事を指摘すると貴方は戸惑い、気を悪くするかもしれません。然し早熟であるが故に人一倍苦悩していたあの頃の貴方だったからこそ、私は貴方に本物の運命を感じたのです。それは紛れもなく、同じ魂を持つ者同士が惹かれ合う不思議な引力のおかげだったのです。


 私はこの後、貴方と出会うまでに何があったのかについて、貴方に詳しく物語るつもりです。その詳細はとりあえず脇に置いておいて、最初に云わなければならない大事な事があるとするならば、それは私が貴方と非常に似通った経験を持っていたという事なのです。貴方が内発的にその経験を獲得したとするならば、私の場合は外部からの力によってそのような経験を獲得したと云ってもよいでしょう。尤もそれは私が望んだ結果ではなかったのですから、獲得せざるを得なかったと表現した方が適切です。然し――今はそんな事はどうでもいいのです。今の貴方なら嫌になる程ご存知だと思います、人生の中で過ぎていった経験が自発的であったかどうかなど些細な問題に過ぎないのだという事を。巷では余りにも軽々に、自由意志の問題について考えた事の無い者が、そういう者に限って、意志の卓越性について喋々としますが、私達の方が余程慎重にその点についての考えを持っていると信じます。私は自由意志と道徳について、決して否定的な立場を取りませんが、現状を顧みてそれを過大評価する気もさらさらありません。重要なのはそれがどのようにして始まったかではなくて、その経験の中で何が変化したのかであるという事が、詰まる所この話の要点なのです。繰り返しになりますが、あの頃の私達は共にとかく社会的に未熟で、圧倒的に経験不足でした。然し、事実をもう少し詳しく分析していくと、その経験不足が小さく見える程の深い体験を持っていた筈なのです。貴方には知りたくない現実、見たくもない世界の残酷さが異常な程鮮明に見えるという形で。私は知ってはならない世界の秘密と最も可能性の高い未来について知ってしまった、という形で。


 これらの体験が後々の私達の運命にどのような影響を与えたかについては自ずと知っている所ではありますが、貴方はその全体像を未だ知らずにいます。これを貴方の前に明らかにする事がどれ程の意味を持っているのかについて、私は最後まで納得のいく結論を得られませんでした。私を半ば更なる悲劇とも云える状況に引きずり込んだのと同じ、世界の強制力、運命の歯車のようなものが貴方にも同じ魔の手を伸ばしているのだとしたら、それがはっきりと分かっているならば、私は今直ぐにでもこのペンを置いて貴方が悲惨な運命を辿ろうとするのを食い止めたいと思うのです。それが叶わない事は如何な私にも受け入れざるを得ませんでした。意志の力を信じていない私であるが故にかもしれませんが、これでもかという程必死に念じても、現実は何も変わりませんでした。変わる筈が無かったのです。残された時間はこの一瞬にもどんどん短くなっています。何時までペンを握っていられるか。何時までベッドの上で起き上がっていられるか。何時まで人と会話出来る位まともな思考が残っているか。何時まで意識を保っていられるか。私にはこれらすべてが頼りない一本の蜘蛛の糸の様です。私は何処までも薄氷を踏む思いで事を進めなければなりません。途中で話が途切れたり、見当がつかない方に飛んだりといったような事も、もしかしたらあるかもしれません。又最後まで書き切れるような保証は何処にも無いのです。貴方にはその点をよく理解しておいてほしいのです」


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