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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

その悪役、引き受けてやるよ

作者: しまもよう

息抜きに書いた話です。

 唐突だが、お前は世界の終わりを知っているか? 俺は知っている。なぜなら、俺こそが生きとし生けるものを滅ぼし、終わりの世界を見てきた張本人だからだ。頭沸いてんじゃねぇの……そう思うよな? だが、本当のことなんだ。まぁ、聞いてくれよ。俺さ、そろそろ誰かに話したくなったんだよ。始めから話すからさ、お前の石のような顔も動かすだろう話だよ。なぁ、付き合ってくれるだろ?



 ☆★☆★



 始まりは一本の電子メールだった。内容はこんな感じだ。


『世界の覇者となった種族が調子にのって大気を汚し、海を干上がらせ、大地をえぐる……それがあらゆる場所で起こるようになったそのあかつきに待っているものは何だと思いますか?』


「そりゃ、大量の餓死者とか? あ、生態系も変わるかもな。ロクなことにならないだろうさ」


 冒頭にあったその文を見て俺は悟ったね。ああ、いたずらメールかと。だがまぁ、少し興味を持ったんだよ。ちょうど環境問題について騒いでいる番組を見た後だったからさ。それで、いつもは無視(スルー)するんだけどつい声に出して返事をしちまった。独り暮らしが長いと独り言が癖になっちまうんだ。……で、ものぐさな俺としちゃ珍しいことにその時はもう少し読み進めてみようってなったんだよな。続きはこんな感じだった。


『そうですね。地球で考えれば人も虫も獣も、生きとし生けるものすべての【命】に関する可能性が失われ、大地から、大空から、大海原からその存在が消えて行くでしょう。その先に待つのは地球という星の衰退、今まで築かれてきた【世界】の消滅です。

 実は、世界とは、そこに生きるモノ達が居てこそ成立する概念なのです。生きるモノがいないならば、その世界は運営する価値のないものです。すぐに消えてしまうでしょう。しかし、生物の終わりが圧倒的な破壊力を持つ私どもの使者によってもたらされた場合、その世界には【未来】があるのです。使者を介して私どもが調整することで、全生物を殺す際に使った力の余剰エネルギーおよび生命の消滅に伴うエネルギーを世界の再生に還元して、世界が消滅する以外の未来へ導くことができるのです。

 さて、本題に入らせていただきます。今、私どもの管理する世界の一つが消滅の危機に瀕しています。魔のモノとそうでないモノと別れている世界ですが、両者のバランスが著しく崩れてしまった状態にあります。戦いは激化し、近いうちに共倒れとなるでしょう。その後に待つのは世界の消滅です。

 そこで、貴方には圧倒的な破壊力を持つ存在として、共倒れになっていない今のうちに両者を滅ぼしていただきたいのです。もちろん、貴方が死ぬ恐れはございません。罪悪感、良心諸々が心配であるならば、こちらでプロテクトを掛けます。

 どうか、私どもの使いとして世界の消滅を食い止めてもらえませんか?

 もし引き受けてくださるならば、返信していただけると幸いです。

 神界多元世界管理局使徒科魔人派遣企画部長カメリア』


 何と言うか……胡散くせぇなぁと思ったわけよ。特に最後の辺りは突っ込みどころが多すぎるよな? 神界って、冗談だろ? 肩書き長すぎ、魔人派遣ってことはもしこれを引き受けたら俺ぁ人間辞めるってか? とかさ。だが、設定としちゃあ面白いよな。あの時の俺もそう思って返信したんだ。


 それが本当(マジ)に人間辞めることになるたぁ思いもせずにな。


 返信した次の瞬間だったな。機械的な音声が頭に流れてきたんだ。


<(えにし)のフォーマットを開始します>

<存在値の増加を行います。一部フォーマットに伴うエネルギーを流用します>

<魔力の付与を行います。一部フォーマットに伴うエネルギーを流用します>

<基準値を満たしました>

<存在の改変を開始します>


 そのどれもが俺を、『俺』という存在の認識を変えるというものだった。訳が分からないまま俺はその音声を聞いていた。


<最初に降り立つ場所の希望を教えてください>

<眷族は要りますか?>

<……>


 時折かけられる質問に律儀にも答えながらな。で、いざ転送ってところで我に返った。


「いいい、いやちょっと待てよ。いきなりじゃ分からねぇよ。マニュアルみたいなモンはねぇのか?」


<対象の世界に行けば頭にインプットされるようになっています。マニュアルは必要ないでしょう。書籍の形で欲しいならば対象の世界で想像することで現れます>


「クーリングオフはきかないんだよな?」


<是。返信があった時点で了承したとみなされます。また、***様の体は既に人間ではございません。神々の意思に従い、対象の世界に行くことを推奨致します>


「日本での仕事とか、どうすりゃいいんだ? 戻ってこれるのか?」


<***様は既に【地球】から切り離されております。***様の言う仕事は存在しません。また、期限を切っていない契約のため、戻るということはありません>


「マジか……俺、社畜ならぬ神畜になるのか? そんなことなら返信しなかったのに……」


 社畜同然に働いていたから俺は自由を夢見ていたんだ。だが、ふたを開けてみれば俺は永遠に神様の仕事を手伝うという契約を結んだことになっていた。しかも、撤回不可能のやつ。詐欺だ。

 結局俺に自由なんかないんだと一瞬絶望したね。でも、機械音声はそれを否定してくれた。


<***様に充てられた仕事は【地球】での仕事ほど忙しくなることはありません。基本的には千年から一万年単位での仕事になりますので、かなりの自由が約束されております。ただし、はじめに転送する世界は300年以内での解決が望ましいため、そこまで余裕があるとは言えませんが、かなりの裁量を任せることになります>


「分かった。腹くくって仕事を引き受けますよ。転送してくれ」


<かしこまりました。では、良き魔人生を>


 その言葉を聞いて、ああ、俺はとうとう人間を辞めるんだなと漠然と思った。そして、一つ瞬くと俺の見ている景色は雑然とした部屋から森へと変化した。素人目にはまったく手が入っていない森だったな。しかも幹は太いし高さもかなりあったんだ。

 そこまで見てから俺はこれからのことを考えた。俺の役割、何時までにやればいいか、何ができるかはあの機械音声が言った通り、俺の頭に入っていた。その上でまずやらねばならないと思ったのは……住居の確保だった。


「やっぱり安全で、過ごしやすい方がいいな。ああ、そうか。込める魔力量でそこのところが変化するのか。うーん……妥協はしたくないから9割込めてみるか。全部の魔力がなくなると昏倒するってあるからな……」


 全ての知識が頭のなかに入っているようだった。今だかつて自分の頭がこんなに動くことがあっただろうかとむしろ悲しくなってしまった。


 Ready set 【住居作成】


 記念すべき第一の魔法は発動と同時にブワァーって風が発生して、周りの木々を薙ぎ倒し、巻き上げ、加工した。そこらの石や岩も分解されたと思ったら大理石になって積み上げられ、数分後には見事な城が出来上がっていた。


「住居って、城もそうなのかよ……まぁ確かに人が過ごす場所としては城だって住居と言えるかも知れねぇが」


 出来上がった城は立派なモンだったよ。ちゃんと絨毯まで敷かれていたのには驚いた。一体どこから出来たんだろうな? 

 そして住み始めてから騎士やメイドがいない代わりに眷族の石像をあちらこちらに建てていたから思った以上に寂しさはなかった。そして、城の中心辺りに謁見の間があった。玉座に座って肩肘をついて少し物思いに耽ったな。俺の役割、これからのこと……改めて計画を立てたんだよ。


「あらゆる生物を殺して回るのか……俺自身が動くのは悪手だな。終わらないかもしれない。とすると、(しもべ)を経由して広範囲に影響を与えれば……仕掛けにはかなりの時間がかかるが最後は一瞬だからな。元人間としては死ぬときは痛くない方がいいものな」


 事を成すまでの期限は最大でも300年だった。なぁ、随分と長い時間に思えるよな? だが……世界っていうもんは俺の予想以上にデカかったんだ。はじめに考えていたプランじゃ時間が足りなかった。





 Ready set 【人心掌握】


 悩みに悩んで最後に到達した魔法だった。この広すぎる世界で、一気に終わりをもたらすには、ただ単に(しもべ)を派遣するだけじゃ足りない。もっと術の中継点を増やさないとすべてを殺すことはできない。そう悟ったのは俺が降り立ってから30年くらい経ってからだったかね? 神はすべての生きとし生けるものを滅ぼすことをお望みだった。それは、ダニみたいなちいっさい虫までもを含んでいた。初めの30年は術を中継してくれる石像を送り出したんだよ。だけど、俺の持つ世界地図では石像を介して術を掛けれる範囲は全体の1%にもならなかった。そこで、俺は改めて考えた。

 石像は人気のない場所に派遣すればいい。これで、虫は確実に滅ぼされるだろう。動物はどうしようか? 石像がカバーできる範囲にいれば滅ぼせる。その他は、いっそ、俺の支配下に置いてしまうか。もしかしたら、支配下の動物は術の中継点を任せられるかもしれない。そう思って近くにいたウルフで実験をしてみると、支配下の動物は術の中継点となり得るということが分かった。


 ……ならば、ニンゲンはどうだ?


 当然のこと術の中継点にできた。しかしそれは、今現在現実に絶望している人でなくてはならず、もし殺されるなどして死んでしまったら中継点にはなれず、しかも高い地位にいる人物は取り込みにくかった。ああいう人って利用しやすくて便利なんだながな。それでも俺はニンゲンを中継点にすることにこだわった。なぜなら、ニンゲンを中継点にした場合より広い範囲まで術を掛けることが出来たからだ。それを知った俺は早速動き始めた。【人心掌握】もそのために発動した。手っ取り早く堕ちてもらうにはやっぱり精神からじわじわと侵していくのが一番だからな。人間をやっていた俺が言うんだから間違いない。


「フフフフ……ハハハハ……フハハハハ!

 ……やっと、ここまできた……苦節180年、ようやく世界中に俺の魔法が届くようになった。本当に苦労したな。【人心掌握】も世代を越えて引き継がれるように改良したし」


 魔ではないモノを堕とすのは簡単だった。ちょっとばかりその欲望を増長させれば良かったからだ。特にニンゲンは容易く堕ちてくれた。襲い襲われの関係になれば、互いに憎しみ合い、俺の支配下に置くのも簡単だった。一方で魔のモノ……魔獣、魔物、魔族を支配下に置くのは難しかった。『魔』に耐性を持っていたから俺の魔法も効き辛くてな。だからそちら方面は石像が活躍した。


「この世界もこのままではあと120年の余命か……短いものだな。だが、一度生物が滅びればこの【世界】は続いていくんだ。消滅を免れるんだ。今この時代に生まれてしまったモノ達は残念だが……皆、滅びてくれ」


 Ready set 【生きとし生けるものに死の祝福を】


 それが発動した瞬間、世界のあらゆる生命が死に絶えた。術の中継をした石像も役目は果たしたとばかりにさらさらと砂になった。


<【死の祝福】の使用を確認しました。これより、【世界】に干渉します>


 Ready set 【破壊と創造】


『巡り、巡れ

 お前達は新たな大地に、大空に、大海原に還る

 巡り、巡れ

 休息の後には新たな【世界】の概念を

 巡り、巡れ

 その永遠に、祝福を』


 歌のような力が世界を巡る。

 その魔法は俺が扱えるシロモノじゃあなかった。それは初めから知っていたんだ。あれは、神にしか扱えない魔法だよ。だからまぁ、【世界】を終わらせたのは俺じゃなく、結局は神様自身だったんだが……ちょっとくらい見栄張ったっていいだろ? 

 話が逸れたな。【破壊と創造】の魔法はとても素晴らしいもんだったよ。あの世界はさ、度重なる戦いで魔力的なエネルギーを失っていたんだ。俺が城を建てた辺りが一番ましな感じだったな。それで、魔法が発動されたらはっきりと世界が変わったことが分かったんだよ。風はより楽しそうに走り、項垂れていた木々は背筋を伸ばし、荒れた海は穏やかに、大空も澄み渡った。これが、本来のこの世界だったのか。こんなに、生き生きして世界は始まるのか。そんな風に俺は感動してさ、本当にこの世界が消滅しなくて良かったと思ったよ。


 あとから聞いたんだが、神様方の計画は俺が皆を殺し、それによって出来たエネルギーを自然に還すというものだった。そしていつか自然は新たに生命を誕生させる。そこからこの【世界】は再生し始める。しかも、エネルギーが循環するように仕向けたからもう世界の消滅を恐れることはなくなる。


 何とも壮大な計画だよ。


 俺は何も知らされずここに降り立ったんだよな。確かに知識は頭に入っていたよ。だけど、肝心の神様の目的は知らなかったんだ。もし知っていたら俺はもっと真面目にこの世界に生きていたモノたちを殺して回ったのかな、とふと思うんだよ。……この言い回しはちょっとおかしかったか。ははっ。俺が言いたいのは、例えば魔王として君臨していたら人々は懸命に抗い、その命を燃え上がらせただろう。人は自分の命に何かしらの意味を見いだし、輝いている最期になったはずだ。しかし、今回俺はただただ無慈悲に相手の感情を慮ることなしに命を刈り取ってしまった。それは奇跡を体現している『生きモノ』に対する冒涜だろ。それに気付いて俺は謝りたくなったんだ。無意味な死にしてしまい申し訳ない、と。


 ところでさ、今は新しい生命の誕生を待ってんだよ。この世界が再び回る第一歩となる命が現れたらその時が俺の役割の終点なんだ。

 もし次にまた世界を終わらせるという依頼が来たら、今度はもっとちゃんとした魔王として動こうかね。


 お前もその方がいいと思うよな? 最後の石像クン。



 ☆★☆★



 カッと目を開く。何やら壮大な話を聞かされていたような気がする。魔王がどうのこうのと……はて、魔王とは何だろうか。いや、そもそも自分は何故この体勢で考え事をしているのだろうか。椅子に座って片手の拳に顎をのせて……何を考えていたのだろうか。いや、自分は一体何なのだろうか? ざらついた灰色の体で……何を為すために自分というものが生まれたのだろうか。とりあえず、自分の家であろうここを見て回ろうか。何か分かるかもしれない。








「最初に生まれた命は俺の石像に宿るとか……解せぬ。そう言えば、俺の生まれた世界では付喪神っつう概念があったなぁ。まさかアレ、付喪神か。確かに作ってから大分経つけどなぁ」


 再生された世界でのはじめての生命はいつも考え事をしているような石像の付喪神だったとさ。俺が話しかけていたのも原因の一つかねぇ? 

 何はともあれ、これで俺もお役御免だな。

 石像クンよ、『我思う、故に我あり』の境地に達するまで頑張れ。たぶんその境地に至ってはじめて『君』というものが定まるんだろうからな。文言が受け売りなのは勘弁してくれよ。




<依頼の達成を確認しました。新たな地へと転送します。よろしいですね? 次の世界はまだ余裕がありますので、まずは1000年ほどの休養をお楽しみください>


「おう。どの世界に派遣されたって、ちゃんと仕事をするさ。人間として『生きていた』俺は生きているモノ達の気持ちが分かるもんな。バッドエンドの中で最大限に配慮した死を届けることが出来る」


 神様方(あんたたち)だってそれを目論んでいたんだろ? 考えてみりゃあ【世界】に生きるモノはあんたたちにとっては子供のようなモンだろ。苦しませようと思っちゃいないよな。掌で転がされているようで癪だが、仕方ない。


「その悪役、引き受けてやるよ」



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