鳥籠の街1
今までファンタジー系のフルダイブはいくつか行われてきたが、ホラーゲームは初という事もあり、インターネット上では凄い盛り上がりをみせている。
今日の24時きっかりにフルダイブオンラインが正式稼働するホラーゲーム、ホラーホラー。
バイオバイオみたいに主人公が逞しく、条件が揃えば無双が出来るゲームとは違い、基本逃げるしか出来ない世界のため、主人公は試行錯誤して強力な悪霊などから逃げながら、ボス近くにある宝玉を持ち帰らないといけない、スリル満点のゲームである。
またメイドインジャパンにも関わらずシリーズを通して難易度が高いため、海外からの評判も高くリメイクされて各国でも販売されるほどの評価とコアなユーザーを持つゲームとなっている。
特に初見だと、シリーズ通してスタート直後に現れる鉄仮面が印象的なシリアルキラー、BOSSのゲイソンに惨殺されるプレイヤーが多い事で有名だ。
また社会的には、ゾンビが徘徊する墓地で母親の名を泣きながら呼ぶ幼女のCMが怖すぎるという事で、各所から多くの苦情がきた事でも注目された。
そして今回のオンライン化は日本サーバーで先行して行われるため、待ちきれない海外プレイヤーが長期休暇を取り来日しているとさえ噂されている。
俺は正直このゲームに興味はないのだが、ヒットしてくれと言う気持ちだけはしっかりある。
それはこのゲームの製作会社が、NAROUZである事に他ならない。
NAROUZは家庭用ゲーム機で隠れた名作、尖った作品を作る所として有名な知る人ぞ知るゲーム会社だ。
しかし二代目の取締役がコアなファンタジー好きで、多額の費用をかけて『魔宝石』と言う呪いの宝石が出るファンタジーを出すも、世は既に携帯アプリゲーム時代。
そこで一度倒産の危機に陥るが、一発逆転で出したゲーム、初代『ホラーホラー』が当たった事で盛り返し、15年に渡り続編を出し続け、ついには今回のオンライン化に漕ぎ着けたのだ。
そしてNAROUZが久々の別タイトルとして一昨年前にリリースしたタイトルが『仮想的ラブラブドールマスター』である。
即ちラブマスが今後も滞りなくサービスを続けていくためにも、今回のホラーホラーで大こけ、なんて事になってしまうと困ってしまうのだ。
そろそろかな。
俺はラブマスの交流サイトを開いているパソコン画面で、現在時刻を確認する。
もういい時間だな。
充電に挿しっぱなしでベットの上に置いているスマホに向かって声を掛ける。
「ソラ、そろそろ時間だけど、大丈夫か? 」
「うん」
「それじゃ、向こうでな」
「うん、先に行って待ってるね」
スマホの画面に出ていたTelephone callの文字が消えると電源も落ちた。
さてと——
スキャニング棒を手に取り立ち上がると、ベットに腰掛ける。そして脚も全てベットの上に移動させると、爪先からスキャニング棒を翳し始め太腿の辺りまで持ってきて、上半身もベットに寝かせそこから頭の先までもスキャニングをした。
次に枕元のゴーグルを被ると目の前のディスプレーにデータ読み取り完了の文字が。
そこで『Login』を視線で選択すると『Loading……』の文字が点滅しだし、目を閉じて暫くすると頭の中に映像が流れ込み始める。
早送りで流れる幾つもの景色、建物。
そして暫くするとその全てが一瞬にして目の前から消え去り暗闇が広がると、NAROUZのロゴが暗闇から浮かび上がる。
次にそのロゴが消えてしまうと、突然ゾンビの呻き声の効果音と共に『Horror Horror On-line』と血で書かれたようなドス黒いタイトルが。そしてビシッとガラスに皹が入る音と同時にタイトルにも皹が入り、それらの破片が剥がれ下へ落ちていくと、同じく視界も開けていった。
その世界は他の仮想的MMOと同様、実際の時刻と連動しているのか、はたまた常時そうなのか、完全なる夜の闇に包まれていた。
地面には煉瓦が引き詰められており、西洋を彷彿とさせる建物群が左手に、木々が鬱蒼と生い茂る森が右手に広がっている。
ここは公式によれば、スタート地点でありゲームを楽しむ全てのプレイヤーの拠点となる『鳥籠の街』である。
その名の通り街は鳥籠のような湾曲した壁によって四方八方を囲まれており、東京スカイツリーが丸々収まる程の高い天井の各所には橙色の明かりが灯っている。
しかしその明かりは地上には届いておらず、道すがらにポツポツとある街灯も頼りない光量しかなく、その街灯すらない場所では完全な闇と化している。
その時、一番近くの街灯の先にこちらへ近付く人影がある事に気づく。
歩き方からして男性のようではあるが、暗すぎて上半身から上が無いように見えてしまうが——
もしかして……ゲイソン、とかじゃないだろうな?
その間も刻々と近付いてくる人影。
その人影が街灯付近まで来た所で、どうやら普通のプレイヤーらしい事がわかった。
こちらはまだ暗闇で立ち止まっているため、そのプレイヤーは怪訝な顔でこちらを凝視していたが、こちらもプレイヤーだとわかると安堵の表情を浮かべながら通り過ぎていった。
普通にプレイヤーとすれ違うだけでここまで疲れるとは、心臓に悪すぎだろ。
……ソラは怖がりだけど、大丈夫かな?
とにかくまずはソラと合流しよう。
俺は事前に公式情報で知り集合場所に指定していた、鳥籠の街の中央広場に向かって歩みを始めた。