謎のスーパー
「謎のスーパー」
ひまわり通りの南にあるかいわれ幼稚園から、今度の休日に行われる大運動会の、活気あふれる子供たちの声が聞こえて来る。子供たちの騒がしい声がパレードか何かに振り撒かれる紙吹雪になって、空に舞っている。その声は幼稚園の外にも飛び散り、掃除夫のおばさんによって片付けられていく。私はかいわれ幼稚園ではなく、その斜め向かいにある謎のスーパーに行く途中だったのだ。謎のスーパーは誰にも解読不能な暗号宣伝を掲げ、その店の屋根には形容のしようのない、ブラックホールのような何かをたなびかせている。何度見てもどう言ったらいいのか分からないので、やはり謎のスーパーとしか言いようがない。ちなみに店名も暗号で、店員やしまいには店長すら、自分たちの働く店の名を知らず、町の連中と同じように「謎のスーパー」と言い合っているのだ。
謎のスーパーの周りでは、カートを店外に持ち出してショッピングする中年女性がわんさかいる。店外に散らばったカートを集めて回るバイトがあるらしく、いつも店頭のバーゲンセールの見出しの端っこに小さく募集していたりする。
ワースト電器店の店員が、なぜか謎のスーパーのカートを押しながら、うろうろしている。何をしているのか、不思議に思って近寄ってみて見ると、カートには紙切れが一枚だけ入っていた。何か書いてあったが、それを確かめる前に店員に気づかれて、さーっと逃げられてしまった。気づくとあちこちにワースト電器店の連中がたむろしている。そして、必ず謎のスーパーのカートを押しているのだ。彼らは何も入れていないカートを謎のスーパーが閉店するまでころがし続けていた。
私は一週間分の食材を買い揃えると、ビニール袋を両手にスーパーを出た。キラを見かけた。彼はワースト電器店の店員に何かしゃべっていたが、私に気づいて手を振った。私も手を振ろうと腕を上げたが、袋が重くてそれは出来なかった。キラは近づいて来て、私に言った。
「……を買った?」
もう一度聞き直したが、うまく聞き取れず、十回ほど同じことを繰り返した。けれど、結局諦めた。キラが言うには、店員と話しているときにはちゃんと通じたとか。
「……で……を手に入れて、……をするらしいんだけど」
何度も繰り返して聞くうちに「……」の部分が暗号かなにかであることが分かった。
「……とワースト電器店は姉妹店らしいね」
すべて同一の「……」ではないが、なにやら謎のスーパーと関係がありそうだった。
「練習らしいね」
何の練習かは聞き損ね、キラと別れた。
数日経って、休日の日、私は散歩のつもりでかいわれ幼稚園の近くを通った。すると、あのときうろうろしていたワースト電器店の店員がジャカジャカとカートを押して走り回っている。カートに子供を一人乗せ、幼稚園と謎のスーパーを出たり入ったりしているのだ。子供たちは手に紙を持っていたり、何やら形容不能な物体を握り締めて、「急いで、急いで」と叫んでいる。どうやら大運動会の種目の一つである借り物競走をしているようだった。ということは、紙に書いてあるあの「……」は、「……」という名の謎のスーパーから借りて来る謎の品物なのだろうと、合点がいった。私も確かかいわれ幼稚園の出身のはずなのに、なぜ覚えてないのか、不思議に思った。しかし、キラという少年は「……」が何であるか分かっているようだった。
謎のスーパーに寄ってみると、店頭に張ってあったカート集めのアルバイトの募集が取りやめになっていた。すると、次の日からカートを押してうろうろする中年女性たちの姿も全く目にすることがなくなった。
謎のスーパーがまた風船にのぼりを付けて宣伝している。けれど、やはり暗号で書かれているので、何が売られているのか、何が言いたいのか、全く謎のままであった。街の住人には分かっているのだろうか、それとも私だけ解読出来ないのだろうか。いぶかしげにいつもよりまじまじとのぼりを見つめていると、日中のまぶしい光がのぼりに乱反射して、一瞬解読出来そうになった。けれど、見えたのは、新たな暗号記号で、やはり謎のままであった。