第5話:誓い
更新が全然できないため読んでくれる人は限りなくすくないと思います。それでも自分の小説を誰かに見てもらえるというのは幸せですね。感想お待ちしています。
案の定、山形の空は灰色で、したたる雨はなにか懐かしいにおいがした。
武はビニール傘を俺に手渡して手招きした。僕はできるだけ笑顔で礼を言って傘を開いた。
武の車はまさに便利な乗り物としての役割しかなさそうだった。手入れはされておらず、ボディには泥が跳ねている。それが彼らしいと思った。
武は高校の時からずぼらだった。机の中は見るに堪えないものだったし、体操服は半年に一度洗濯していたぐらいだ。僕はどちらかというと几帳面な方だった。なぜ武と親友になれたのだろうと考えてみても埒があかないので考えないようにしていた。あの頃は何も考えずに親友でいられたのに…
武に促され助手席に乗ると微かに匂いがした。武は僕はスンスンしているのに気づいたのか軽く笑ってため息をついた。
「ラベンダーだ」
「ラベンダー?そんな趣味あったのか?」
武は軽く自嘲しながらサイドブレーキを下ろした。武の車はずいぶん使いならされているのだろう、スムーズに進んだ。
「うちの嫁さんの趣味だよ。俺が「らべんだー」なんて嗅ぐ性質にみえるか?」
僕はシートベルトをつけながら確かにと言った。武が結婚したのは3年前か…
「結局、お前は俺の結婚式にも来てくれなかったしな。盛大だったんだぞ!」
だんだん緊張がほぐれてきた。武はハンドルから手を放し大きく手を広げた。彼の持ち味が僕をリラックスさせる。
「ごめん。仕事がー」
「忙しかったってか?まぁ、いいけどな」
何もかも見透かされたような気分だった。僕の薄っぺらい言い訳は終えることなく途絶えた。武はしょうがないと2回繰り返した。気を使ってくれているのが辛い。緊張はまた僕を掴む。窓の外は小雨になっていた。それでも湿り気のある空気が首元にまとわりつくような気がした。居住まいが悪くなったのか、武は音楽をかけだした。ジャズだった。しかもバラード。
「え…」
「奥さんの趣味だって」
武はひとり言のように言った。なんだか武は変わってしまったようだ…そんな気がした。それとも、僕だけが違う空間にいすぎて変わったのか。無機質でモノクロの生活、暗い空に汚れた空気。そんなものが僕を変らせてしまったのか。つまらなく弱い人間に。
上京したとき新宿駅の人ごみを見て冷汗が出たのを覚えている。会社員がよく通る時間帯だったっていうのもあるかもしれないが、本当に灰色の世界だった。各々決められた場所へ戻っていくような、鎖で繋がれた獣がもがくような、自由に歩いているようなのに束縛されているような…そんな光景だった。
そうだ。あの時、僕は誓ったじゃないか…
僕は、僕だけはこのモノクロの世界で頑張って色を纏っていようって…
大きなバッグと大きな不安と大きな誓いを抱いて新宿駅のど真ん中にたっていたじゃないか。
「誓ったじゃないか…」
もうほとんど降っていない雨に向かって、その向こうの雲に向かって僕は言った。
武はこっちをちょっと見ていたようだが、僕が前を見ると素早く何食わぬ顔をした。僕は軽く笑った。
「変ったようで、変わってねえのかな?」
武は眼前に広がるきれいな世界に、青い世界に向かって言った。その声は空に向かって吸い込まれた、ような気がした。
雨あがりの故郷はラベンダーとジャズ、青い世界に白い雲に包まれていた。
もうすぐ到着だった。