ぶりっ子 vs サバ女〜マウントを取り合う二人が勝手に自滅していく話〜
題名を変更しました。
数か月間に及んだ大型プロジェクトが無事に成功を収め、その夜、賑やかな居酒屋の個室風テーブルで華やかなお疲れ会が開かれていた。
「はーっ、本当お疲れ! 今回のプロジェクト、マジで大変だったよね」
同期の男子が息を吐くのと同時に、有村結菜はすかさず相沢拓海の腕に軽く触れるようにして声をかけた。
「拓海くん、お疲れ様! こっちの隣、席空いてるよ?」
あざとく首を傾げて上目遣いを送ると、拓海は「お、サンキュー!」と爽やかに笑って結菜の隣に腰を下ろした。結菜は向かいの席に座る滝沢凛へ、小さく勝ち誇ったような視線を送る。
(ふふん、やっぱり拓海くんは私の隣だよね。凛ってばいつもサバ女ぶってるくせに、影で拓海くんにベタベタ甘えて狙ってるの丸わかりで本当目障り。拓海くんの特別な存在が『私』だってこと、今日こそしっかり分からせてあげるんだから)
向かい側に座った凛は、拓海の腕に袖口をちょこんと引っかけている結菜を、侮蔑するような目で見つめていた。
(はぁ、出たよ……。人の男に平然とベタベタ触っちゃって、マジで気持ち悪いんだけど。大学時代、サークルでチヤホヤされて調子乗ってるのかもしれないけど、拓海が本当に気を使わずに素を出せる相手が『誰』なのか、分かってないわけ?)
凛は呆れたように鼻で笑うと、肘をついて結菜を正面から見据えた。
「ちょっと結菜、距離近すぎじゃない? 拓海も動きづらそうだし、変にべたべたして勘違いされても困るでしょ」
「えぇ~? 拓海くんは全然気にしてないよねぇ? 凛ってば、急に何わけ分かんないこと言ってるの~? 変な凛」
凛の牽制に、結菜は袖口で口元を隠しながら、くすくすと可愛らしく笑ってみせた。
二人が視線でバチバチと火花を散らしていることなど微塵も気づかず、拓海はメニュー表を覗き込みながら呑気に首を傾げた。
「ん? 何が? 俺は狭くてもどこでも大丈夫だよー」
対照的な二人からの視線を意に介さない拓海の返答に、凛が「そういうことじゃなくて……」と額を押さえたその時、遅れてやってきた同僚たちがガタガタと音を立てて奥の席へとなだれ込んできた。
「おーい、みんな詰めて詰めて! 奥入れないからさ!」
「拓海、もうちょっと右寄って! 結菜ちゃんもそこ詰めて~」
同僚たちに押し込まれる形で、結局拓海と結菜は肩が触れ合うほどの距離にキュッと押し込められてしまう。凛の牽制も空しく、物理的に距離が縮まった状況に、結菜は心の中で「ナイス同僚!」とガッツポーズを決めた。
全員が席に着くと、結菜は、萌え袖の隙間から高級ブランドの時計をちらりと覗かせながら、甲斐甲斐しく動き出した。
「はーい、おしぼりみんなに回った? シーザーサラダ届いたから結菜が取り分けるねっ」
小皿にサラダをきれいに盛り分けて渡していく結菜に、同僚の男子が感心したように声を上げる。
「さすが結菜ちゃん、相変わらずめちゃくちゃ気が利くなあ!」
「え~? そんなことないよぉ? これくらい普通だよっ」
謙遜しながらも、結菜は心の中で大きくドヤ顔を決めていた。
(男って結局こういう気が利く可愛い女子が好きに決まってるんだから)
その様子を冷ややかな目で見つめていたのは、向かいの席の凛だった。
(はぁ……出たよ、また。サラダ取り分け女子アピール。わざとらしくブランドバッグも見せつけて、相変わらずバカっぽいなぁ)
凛はあきれたように小さく息を吐くと、テーブルに肘をつき、威勢よく声を張り上げた。
「はいはい、そういう細かい作業は結菜に任せてさ! やっぱりまずは生でドカンと乾杯でしょ! すみませーん、とりあえず生ビール人数分で!」
「お、滝沢さんは相変わらず話が早くて助かるわー!」と盛り上がる同僚たち。
凛はビールグラスの到着を待ちながら、心の中でほくそ笑んだ。
(男が本当に求めてるのは、こういう変な気遣いさせないサバサバしたノリなんだよね)
運ばれてきた生ビールで「お疲れ様ー!」と賑やかに乾杯を交わす。
豪快にビールをゴクゴクとあおる凛の横で、結菜はオーバーサイズの袖口から手をちょこんと出し、両手でグラスを持ってちびちびと上品に口をつけた。
それを見た凛が、ビールグラスをドカンとテーブルに置いて半目になる。
「え、結菜何その飲み方。まだ一口しか減ってないじゃん。せっかくのプロジェクト打ち上げなんだから、もっとガッと行こうよ〜。ノリ悪いなぁ」
すると結菜は困ったように眉を下げ、上目遣いで隣の拓海を見つめた。
「えー? だってぇ、結菜ってお酒すっごく弱いんだもん。無理して飲んだらすぐ赤くなっちゃうしぃ……」
萌え袖で拓海の袖口をちょんと引っ張る結菜に、拓海は「あはは、無理しなくていいよ。有村、ソフトドリンク頼む? 滝沢も、生追加する?」と優しく笑いかける。
(ふふん、やっぱり拓海くんは私を一番に気遣ってくれるの。 ほら凛、拓海くんが守りたいのは『私』なの。あんたみたいなガサツな女子じゃないんだから。うふふ)
心の中でにやりと笑った結菜は、そのまま拓海に寄り添いながら、満足げに言葉を続けた。
「拓海くんが隣にいてくれるから安心だなぁ。……あ、でもね? 周りの友達からはよく『二人ってお似合いじゃん』って誤解されちゃうんだよね。結菜はそんなつもりないのに、ほんと誤解されやすいじゃん? 大学の時もさぁ、終電逃した結菜のためにわざわざタクシー拾って家まで送ってくれたりさ? 拓海くん優しすぎるからぁ、結菜のこと甘やかしてくれちゃうんだよね??」
隣で拓海にすり寄りながら甘ったるい声を出す結菜を、凛はあからさまに呆れた顔で見下ろした。そして、目の前にある枝豆をぽんと口に放り込むと、豪快に鼻で笑ってみせる。
「あー、女子のそういう『無自覚に好かれちゃって困る~』みたいなのって大変そうだよねぇ。私には逆によく分かんないや」
凛はビールグラスを傾けながら、わざとらしく肩をすくめて周囲に言った。
(出た出た、『結菜ってぇ〜』って自分を名前で呼ぶバカ女。そうやってブリッコして甘えれば男を落とせると思ってんの? 拓海が本気で心地いいと思って惹かれてんのは、飾らずに何でも言い合えて一番近くにいる『私』なんだよね。拓海が本当に大切にしてるのが誰か、この勘違い女に教えてあげなきゃ)
「私なんて中身完全におっさんだからさ。拓海と飲んでても『お前ほんと変に気遣わなくてラクだわー』で終わり。大学の時だって、課題で遅くなったときに手伝ってくれたりしたけど、結局そういう『気兼ねなく対等に付き合える奴』が一番落ち着くんでしょ?」
自慢げに話す凛の言葉を聞いて、同僚の男子が「確かに滝沢さんと飲むの気ラクで楽しいわ~」と乗っかってくる。
凛は心の中で結菜を見下しながら、ニヤリと笑って拓海に顔を向けた。
「ねえ、拓海もそう思うでしょ?」
同時に、結菜からも「拓海くんは私だよね?」と言わんばかりの上目遣いが送られる。
二人から同時に視線を向けられた拓海は、一瞬キョトンとした。だが、特に深読みすることもなく唐揚げをひょいと口に放り込むと、いつもの呑気で爽やかな笑顔で答えた。
「え? うん? あー、滝沢と飲むのも気使わなくて楽しいよ! 有村に頼りにされるのも嬉しいし、こうやってみんなで飲めるのが一番楽しいよ!」
さらに思い出したように笑みを深める。
「それにさ、有村は昔からお酒弱くて心配だったし、滝沢はあの時の課題、本気で泣きそうになってたからさ。少しでも力になれて良かったよ!」
(ほら! やっぱり私のこと心配してくれてた!)
(ほらね! 気を使わない関係が楽しいって言ってる!)
すると、話を聞いていた同僚の一人が思い出したように声を上げる。
「あ、そういえば三人って同じ大学だったんだっけ? 学生の頃からそんな感じだったの?」
待ってましたとばかりに、結菜は「ふふっ」と両手を頬に添え、嬉しそうに微笑んだ。
「そうなんですぅ~! 結菜と拓海くんは同じサークルで、イベントの時とかもずーっと一緒にいて楽しかったよね~」
即座に凛が鼻を鳴らし、対抗するように腕を組む。
「サークルなんて大人数の中のひとりじゃん。私と拓海は学科が一緒だったからさ、講義も課題もずっと一緒。一番近くで拓海の素を見てきたのは私だから」
「え~? でもサークルの飲み会の後、拓海くん結菜のこと家まで送ってくれたりしたよぉ~?」
「ただ心配で送っただけでしょ。学科の時は二人きりで夜遅くまで課題やって、そのあと二人で居酒屋行ったんだから。密度の深さが違うって」
笑顔の裏で火花を散らす二人。大学時代からの「サークル」対「学科」のマウント合戦が熱を帯びていくのを、拓海は「二人とも相変わらず仲良いな~」と呑気に唐揚げをかじりながら眺めていた。
(ふふん。あの時だって絶対に私に気があるから送ってくれたんだし! こんなに可愛くて完璧な私に、拓海くんが夢中にならないわけないじゃない)
(そうやって甘えれば拓海をなびかせられると思ってんの? 拓海が課題に付き合って奢ってくれたのは、私が『特別な存在』だからに決まってんでしょ。飾らずに付き合える私こそが、拓海の本当の本命なんだから)
互いに「拓海が一番大切にしているのは自分だ」と疑わない二人の視線が、テーブルを挟んで正面から激突する。
結菜は首を少し傾け、可憐な笑みを浮かべたまま瞳の奥だけで凛を威嚇した。対する凛も、口元にフッと余裕の笑みを浮かべつつ、挑戦的な眼差しを真っ直ぐに結菜へ送り返す。
視線で火花を散らしながら、結菜が先に口を開いた。
「ほんと拓海くんって優しすぎるんだよねぇ~。大学の時も、飲み会で私がちょっと顔赤くしただけで『無理すんなよ』ってこっそりウコン買ってきてくれたり、お水頼んでくれたりして~。 そういう無自覚に気遣ってくれるところ、ほんと困っちゃうんだよね~」
結菜は「もう、罪な男なんだから~」と言わんばかりに、両手を頬に添えてクスクスと笑ってみせる。
すると凛はフッと鼻で笑い、空になったグラスをテーブルに置いた。
「ははっ、それって単に拓海に『酒弱すぎて面倒くさい奴』って思われてただけじゃない? 私なんて大学の講義でも『だりーよな』って二人でノート見せ合ったり、終わったあとに学食で牛丼かきこんだりしてさ。男も結局、変に手のかかる女より、戦友みたいに何でも対等に話せる奴が一番落ち着くんだよね」
凛はあからさまに呆れた顔で結菜を冷笑する。
二人の険悪な空気などどこ吹く風で、拓海は届いたばかりの焼き鳥をつまんで口に運んだ。
「あー、あったね! 有村、あの時ほんと顔真っ赤だったから焦ったよ。マジ飲みすぎ注意な! あ、あと学食の牛丼な! あれマジでうまかったよなぁ、また食べたいわ!」
そう言って拓海は、屈託のない笑顔でビールグラスをあおる。
(ほら! やっぱり私のこと心配してくれてた!)
(ほらね! 一緒に食べた牛丼のこと覚えてる!)
二人がそれぞれ都合よく盛大に勘違いを深めていると、拓海は気さくに店員へ手を挙げた。
「あ、俺生追加しようと思うんだけど、他に注文ある人一緒に頼むよ~」
拓海は二人だけでなく、テーブル全体の空いたグラスやメニュー表へサッと目を配り、周囲の同僚たちへ声をかける。
「拓海、俺も生! あと枝豆おかわり!」
「あ、俺はカシスオレンジで!」
「おいおい佐藤、お前ここに来てカシオレかよ! 女子か!」
「うるせーな、たまには甘いのも飲みたくなるんだよ!」
どっと上がる歓声と笑い声。そんな男子たちのノリに拓海も「はいはい、カシオレねー」と笑いながら手際よく店員に注文をまとめていく。
どこまでも気の利く、明るくフラットな人気者。その姿に、結菜と凛は再び(やっぱり素敵……)と胸をときめかせていた。
その時、飲み会の参加者の一人が「うわ、見て」と入口の方を指差した。
「入口近くのテーブル席、モデルみたいな超絶美女が二人で飲んでるぞ……!」
一同が視線を向けると、そこには誰もが思わず振り返るような、圧倒的なオーラを纏った女性たちが座っていた。
特に、白いニットを着た女性――白石葵のスタイルと透明感は群を抜いている。その向かいに座る友人・豊島恵子も、華やかな顔立ちとスタイリッシュな雰囲気を纏った、誰もが目を惹く美女だった。
同僚の男が調子に乗って「声かけて一緒に飲もうぜ!」と鼻息荒く誘いに行ったが「すみません、今日は友達同士で話しているので」と、葵は上品に微笑み、恵子も申し訳なさそうに笑って断った。
撃沈して戻ろうとする同僚の後ろから、拓海が「どうした?」とひょっこり顔を出す。
すると、拓海の姿に気づいた恵子がパッと表情を明るくし、「あ!」と声を上げた。
「拓海じゃん! ひさしぶりー!」
「おお! 豊島じゃん! なんでここにいんの?」
思いがけない旧友との再会に、拓海は気さくに手を振った。突然の展開に、声をかけた同僚はもちろん、それまで「拓海の特別」を巡ってけん制しあっていた結菜と凛も、途方に暮れた。
「え、拓海、知り合いなわけ!?」とざわつく同僚たち。
「おう、二人は高校の同級生。……で、今日は二人で飲むって言ってたけど、ここだったんだ」
拓海は恵子を紹介する流れから、自然と葵へと視線を向けた。
拓海は今日、恵子と葵が二人で飲みに行くことは知っていた。だが、まさか自分たちと同じ店を選んでいたとは思わなかった。
葵もまさか鉢合わせるとは思っておらず、さらに拓海が職場の同僚たちと一緒というのもあり、どこか恥ずかしそうに視線を泳がせる。そんな葵の様子を察した拓海は、彼女を安心させるように優しく目元を緩める。
葵は拓海としっかりと目が合うと、ぱぁっと嬉しそうに表情を輝かせた。そして、少し照れくさそうに小さく手を振る。
「うん……まさか同じ店だなんて、びっくりしたね、拓海くん」
あまりにもピュアで可憐な葵の反応に、周囲の同僚たちは「嘘だろ……あの美女、拓海を見て照れてないか……!?」と固まり、結菜と凛も目を見開いて二人を見つめていた。
「……は? 同級生……!?」
声をかけてあっさり撃沈していた同僚をはじめ、その場にいた全員が呆気にとられた。目の前にいる超絶美女二人が、まさか拓海の知り合いだったなんて夢にも思っていなかった。
さらに、周囲を圧倒するような雰囲気を纏っていた葵が、拓海に向けて見せたあまりにも可憐な微笑みと「拓海くん」という甘い呼び方。その落差に、同僚の男たちは一瞬でパニックに陥った。
「ちょっ、待てよ……! あんなモデルみたいな美人と高校の同級生ってどういうことだよ!」
「おい拓海、隠し球持ってるなんてずるいぞ……! 俺たちになんも言ってなかったじゃん!」
「ていうか、さっきの笑顔見たか……? あんな可愛い子に名前で呼ばれてるの、マジで羨ましすぎるだろ……!」
口々にざわめく同僚たちをよそに、もっとも激しい衝撃を受けていたのは結菜と凛だった。
(なんなのあの女……! 拓海くんにあんななれなれしくして、かわいこぶっちゃって……!)
結菜はカッと顔を赤くし、自分を完全に棚上げして猛烈な敵意を葵に向ける。
一方、その向かい側で腕を組む凛も、内心では激しく動揺していた。
(高校の同級生? はぁ? 何よそれ……! いくら昔馴染みだからって、拓海の『一番の理解者』はこの私なのに……!)
自分こそが拓海の彼女だと信じて疑わない二人は、突如現れた「超絶美女の同級生」という強烈な存在にライバル心を激しく燃やし、その場は更に緊張感に包まれた。
そんな混沌とした拓海たちのテーブルを見て、恵子は「なーんだ、そういうことか!」とパッと表情を明るくした。
「さっきあそこで声かけてくれたの、この人たちだったんだね! 私たち『友達と飲むんで』って断っちゃったんだけどさ、拓海の同僚なら話は別だよね! ちょうど隣のテーブル空いてるし、せっかくだしテーブル繋げて一緒に飲もうよ! さっきはごめんね!」
まさかさっき自分たちが声をかけた美女たちから、反対に一緒に飲もうと提案されるとは夢にも思わなかった同僚たちは、「えっ、マジで!? 一緒に飲めるの!?」と一転して大歓喜。店員を呼んで、手際よくテーブルが合流することにした。
「拓海、勝手に席くっつけちゃってごめんね! いやでも、ほんと超久しぶりじゃん。元気にしてた?」
恵子がフランクに笑いかけると、拓海もつられて苦笑いを浮かべた。
「おう、豊島も相変わらず元気そうだな」
テーブルが合流したものの、もともと拓海の近くを陣取っていた二人は、それぞれ自分のポジションを死守するようにピタリと動かない。そのため、合流して座った葵は、拓海から少し離れた席に座るしかなかった。
(……あ、拓海くんの近くに行けなかった……)
葵が少し寂しそうに、けれどそっと拓海のほうを見つめていると、それに気づいた恵子がニヤリと笑う。
「ねえ葵、そんな遠くから見つめてないで、もっと近くに行きなよ」
「えっ、ちょ、恵子ちゃん……っ!」
恵子が面白がるように葵の背中を押し、強引に拓海の近くの空いているスペースへと引っ張っていく。
突然のことに結菜と凛が「えっ、何よこの女……!」と露骨に嫌な顔をして身構える中、葵は急な展開に恥ずかしそうに戸惑いつつも、結果的に拓海のすぐ近くの席へと促されることになった。
(――ふふ、拓海くんの近くになれた……)
目の前にいる大好きな人を間近に感じて、葵は嬉しさを隠すようにぽっと頬を染め、そして、照れくさそうに小さくくすりと微笑むと、愛おしそうに拓海の横顔を見つめていた。
そんな視線にも気づかず、結菜と凛は葵を警戒しつつも、心の中で鼻で笑っていた。
(フン、ただの高校の知り合いのくせに。いくら顔が良くても、今の拓海の隣にいるのは結菜(私)なんだから)
無事にテーブルが繋がると、同僚たちも交えて改めて乾杯の声をあげる。 拓海は嬉しさと雰囲気に少し気分が良くなったのか、ビールグラスをいつもより早いペースで煽っていった。
それを見た葵の隣で、恵子が可笑しそうに楽しげな声をあげる。
「拓海~、今日ペース早くない? あとで困るの葵なんだからね?」
「大丈夫だって! まだそんな飲んでないし!」
(は? なに親しそうに名前呼んでんの? 拓海の『一番近く』にいるのは私なんですけど! なんで『葵』とかいう女が困るのよ!)と静かに牙をむく結菜。
(高校の同級生ってだけなのに、気安く拓海の名前を呼ばないでほしいんだけど。拓海の『一番の理解者』は私なのよ! 『葵』なんて関係ないじゃん!)と向かい側から冷ややかにマウントを取る凛。
二人はそれぞれの胸中で激しくマウントの炎を燃やし、いよいよ拓海へのアピールを加速させた。
「ねえ拓海くん、そんなに勢いよく飲んだら心配になっちゃうよ~。ほら、もうグラス空きそうだよぉ?」
結菜はそう言って、拓海のグラスを覗き込むようにふわりと身を乗り出す。その瞬間、艶やかな髪が拓海の肩に触れるか触れないかの距離まで更に近づき、甘い香りを漂わせた。
そんな二人の距離感に、すぐ近くで見守っていた葵は思わず胸をギュッと締め付けられる。
(……っ、ちょっと、近すぎない……?)
思わずハラハラしながら拓海の様子を伺う葵だったが――当の拓海は、グッと距離を詰めてきた結菜に対して鼻で小さく息を吐くと、すっと体を引いてごく自然に間合いを取った。そして、グラスをテーブルに置きながら「はいはい、わかったから」と、取りつく島もないほど淡々とあしらっている。
かわされた結菜は、眉を八の字にして小さく肩をすぼめて見せた。
「あ、ごめんね? イヤだった~? わざとじゃないよ? 狭いからついうっかり近づいちゃっただけだよぉ?」
両手を胸の前で合わせて首をかしげる結菜。その様子を、少し離れた席から面白そうに観察していた恵子が、クスクスと笑いながら口を開く。
「確かみんながあなたのこと、結菜ちゃんって呼んでるよね? 拓海のことすごく気にかけてあげるんだねー。でもさ、あんまり引っ付くと、世間のウワサになっちゃうよ? ……あ、もしかして男好きなのかな~、なんて?」
「は? 別に仕事の同僚として普通でしょ。そんなこと言うあなたこそ、やたら拓海に絡んでない?」
「へー。仕事の同僚と、触れるか触れないかの距離まで近づくのが普通なんだー。知らなかったな?」
「あなたに関係ないでしょ!」
恵子のチクリと刺すような軽口に、結菜がムッとしたように言い返す。二人が言い合う中、向かい側に座る凛も呆れたように鼻を鳴らした。
「本当だよね。結菜ってば、拓海にべたべたしすぎ。子どもじゃないんだから、ペース配分くらい自分でできるでしょ」
あきれ顔で結菜をひとしきり一刀両断すると、凛はすっと拓海の方へと体を向き直らせる。
「……拓海、グラス空きそうじゃん。次どうする? 私ハイボールおかわりしようと思うんだけど、拓海も頼んじゃう? ついでに注文しておくよ」
いかにも「私と拓海は変に気を遣わせない気楽な関係」と言わんばかりのノリで、自然体を装って声をかける凛。
そんな凛に対して、拓海は爽やかな笑顔を崩さないまま、自分のグラスを少し持ち上げて答えた。
「おっ、ありがとう。じゃあ俺も同じハイボールでお願いしようかな」
「オッケー! すませーん、ハイボール二つ!」
拓海の角の立たない返答に、凛は「やっぱり拓海とは気を使わなくていいノリが合う」とばかりに満足そうに店員を呼ぶ。
(やっぱりね。男ってこういう時に変に甘えたり気を使わせたりする女より、サバサバ付き合える奴の方が絶対楽なんだから)と心の中で勝ち誇る凛。
一方の結菜は、ビールのグラスを傾けながら、(あーあ、男ぶって仕切っちゃって……。そんな色気のないガツガツしたアピール、拓海くんに女として見られなくなるだけなのに。滑稽でかわいそう)と、上目遣いを隠しつつ冷めた目を向けて心の中で冷笑していた。
周りの同僚たちは和気あいあいと各自の歓談を楽しんでいる。そのにぎやかなざわめきの中で、拓海の視線がほんの一瞬だけ、葵へと向いた。
ほんのコンマ何秒、目が合っただけ。
だが、その瞳の奥には、周囲に爽やかに対応しながらも「やれやれ、参ったよ」という、葵にしか伝わらない小さな苦笑が滲んでいた。
(……ふふっ)
同僚としての会話が交わされる中で、自分だけに向けられた本当の顔。
その二人だけの秘密のやり取りに、葵の胸の奥がじんわりと温かくなる。
さっきまでの小さな不安は綺麗に消え去り、葵はグラスに口をつけながら、拓海だけに届くような小さな笑みを静かに返したのだった。
その一方で、運ばれてきたハイボールに手を伸ばしながら、結菜はあざとく首を傾げて微笑んだ。
「拓海くん、ハイボール好きだよね。実は私も最近ハマってて……今度おすすめの銘柄、教えてほしいな」
上目遣いで自然に二人だけの約束を取り付けようとする結菜に、凛は笑顔を崩さないまま、どこかトゲのある声で流す。
「へえ、結菜ってハイボール飲めたんだ。さっきまでお酒弱いとかって言ってなかった?」
「ふふ、拓海くんの影響だよぉ。無理にはいっぱい飲まないしぃ?」
静かに火花を散らす二人のやり取りを見ていた同僚の男性が、苦笑いしながら軽いノリで言葉を挟んだ。
「ていうか、二人とも拓海に今日はやたらと積極的すぎでしょ。実際、拓海と付き合ってたりはしないの?」
「え~? 付き合ってるとかぁ……そんなことないですよぉ?」
結菜がチラッと拓海を見つめ、答えを待つ。
(言っちゃえ拓海くん! 『結菜と付き合ってる』って言っちゃえ!)
期待に胸を膨らませる結菜に、拓海はハイボールを飲み干しながらあっさりと言い放った。
「え? 付き合ってないよ。俺、普通に彼女いるし」
結菜の顔から一瞬で血の気が引き、固まった。
「…………え?」
時が止まったかのような静寂。頭が真っ白になりながらも、結菜は拓海のいつもの爽やかな顔を必死に見つめ返した。
「え、た、拓海くん……なに言ってるの? 冗談……よね? だって、私……っ」
「え? なんか俺変なこと言った?」
声が裏返り、取り乱しかける結菜。
そのパニックぶりを見つめながら、凛は必死で笑いを噛み殺していた。
(ぷっ……! 自爆乙! 必死にモテますアピールして、勝手に彼氏気取りして撃沈とかウケる! 可哀想に、言葉にしなくても空気感で通じ合ってる本命は、この私なのにね)
同僚が焦って「えっ、じゃあ滝沢さんの方か!?」と振る。
凛の口元が満足げに釣り上がった。
(可哀想に……結菜、振られちゃったんだ。でも『彼女いる』って、それって……私のことに決まってるじゃない)
「ハハッ、結菜ってさすが『無自覚に好かれちゃって困る~』とか言ってるだけあるよね? でも、それも勘違いだったね!」
勝ち誇った余裕の笑みを浮かべ、凛は動転する結菜を追い詰めるように楽しげに割り込んだ。
「え? まじかよ!?」
同僚に話を振られ、凛は余裕たっぷりに髪をかき上げながら、あえて含みを持たせて微笑んだ。
「えー? うん。まあ……?」
(ふふっ、これで私が拓海の本命だって全員に分かっ――)
すると、拓海が心底不思議そうに目を丸くして、凛をまじまじと見つめた。
「え? 俺たち付き合ってたの?」
あまりに純粋で本気な拓海の疑問に、凛の口元がひくひくと引きつり始める。拓海は一切の嫌味もなく、首をかしげてハイボールのグラスを置いた。
「……えっ? ……付き合ってる、よね……?」
「えっと……付き合ってないけど?」
「え? 付き合ってないの!? 私たち?」
思わず素の甲高い声が飛び出し、凛は前のめりになってテーブルに両手をついた。拓海は困惑したように眉をひそめ、至って冷静に事実を口にする。
「俺、付き合うなんて言ってないよね?」
「え? うん。そうだけど……っ! じゃあ、これから付き合っちゃう??」
サバサバした「余裕のある女」の仮面は完全に剥がれ落ち、必死な顔で拓海の顔色を窺う凛。
そんな彼女に対し、拓海はノータイムで、爽やかにバッサリ切り捨てた。
「無理。彼女いるし」
「………………え?」
「俺、だから彼女いるけど?」
怒涛のバッサリ撃沈。凛の顔は一瞬で白目になり、魂が口から抜け出ていった。
さっきまで絶望していた結菜と、今砕け散った凛の目がバチッと合い、二人はハッと正気に戻って拓海に詰め寄った。
「「じゃあその彼女って誰なのよ!!!?」」
二人の悲鳴のような叫びに、拓海は「え?」と首をかしげ、ごく自然に隣のテーブルへと視線を向けた。
隣の席で静かにグラスを置いていた超絶美女――葵と目が合った。
「拓海くん、そろそろ帰る?」
「うん。そうだね。明日は二人でマンションの内見に行かなきゃだしな」
恵子はニヤニヤしながら、二人を交互に見た。
「相変わらずお熱い二人でっ! 新居にはぜーーったい遊びに行くからね! あと、結婚式は予定どおり、私がウェディングプランナーを務めるから! 葵のドレス姿、超楽しみ!」
「わかってるって。うらやましいなら豊島も早くいいやつ見つけろよ!」
拓海は笑いながらそう返すと、結菜と凛に向き直った。
「滝沢、有村、紹介するね。俺の彼女の白石葵。覚えてる? 大学が一緒だったんだ」
結菜と凛は、目を見開いて目の前の美女を二度見した。
「「え…………? 白石、葵さん……? ……っあ!? もしかして、あの、ポッチャリで地味だった……!?」」
葵は気品のある笑顔で、二人に小さく会釈した。
「お久しぶりです。拓海くんから、サークルや学科でいつもお世話になっていると聞いていました。……拓海くんが『そのままでも可愛い』って告白してくれた時、私みたいな人が彼女だと拓海くんが周りにからかわれるのが嫌で……『痩せるまで付き合ってるのは秘密にして』ってわがまま言ってたんです。今まで黙っていてすみませんでした」
大学時代、二人は人目につかない場所で会うことが多かった。拓海も葵の願いを尊重し、サークルや学科の仲間の前では、あくまで友人として接していたのだ。
「俺は最初から自慢の彼女だったんだけどね」と、拓海は愛おしそうに葵の腰に手を回した。
「拓海は高校時代から葵が好きだったのよ? 二人は一緒に大学に進んだの。そして葵は『絶対に痩せて綺麗な姿で堂々とデートする!』って、大学四年間、血の滲むようなダイエットも頑張ったの。知らなかった?」
「でも、俺は外見なんて気にしないし。好きになった相手が一番かわいいだろ? 大体、女子って十分細いのに、すぐ『太ってる』とか言いすぎなんだよ!」
「えっと、私は太ってたよ?」
「俺には十分かわいかった。あれは、少しぽっちゃり! 葵が一番ちょうどいい感じ。な!」
真顔で言い切る拓海に、葵は「そんなこと言うの、拓海くんだけだよ」と、照れて下を向いた。
「はいはい。ご馳走様でーーーす」
ニヤニヤ笑いながら二人をからかう恵子と、惜しげもなく愛情を見せつける二人。
周囲の同僚たちはただただ圧倒されるしかなかった。
「……ってか、お前、結婚するの? この美女と?」
誰かが呆然とした声で呟くと、拓海はごく自然に頷いた。
「うん。あ、招待状送るわ。よろしくな」
「お、おう……」
そう呟いた同僚は、気まずそうに苦笑いを浮かべながら、二人の女性に声をかけた。
「あーー……結菜ちゃん、滝沢さん……ごめんな……?」
その、同情とも呆れともつかないフォローの言葉が、トドメとなって二人の胸に刺さった。
言葉を飾ってマウントを取り合っていただけの結菜と凛は、圧倒的な「愛の格の違い」を見せつけられ、一言も返せなくなった。
「じゃ、俺たちこれで! みんなお先~!」
手を振って、仲睦まじく店を出ていく拓海と葵。
残された居酒屋の席で、有村結菜と滝沢凛は、言葉を失ったまま静かに白目を剥いていたのだった。
最後までお付き合いありがとうございました。
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