第五話 ―ノアの居ない場所で―
冒険者ギルド、最奥の一室。
重厚な石壁に囲まれたこの場所は、最高ランクの依頼や国家機密を扱うための「防音室」だ。
円卓を囲む四人の顔は、迷宮の中にいる時よりも険しい。
「……改めて、今日見た光景を整理しよう」
父が重々しく口を開いた。卓上には、迷宮でノアが示した「成果」を記した極秘のメモがある。
「まずは**『無尽蔵のアイテムボックス』**だ。容量の問題はもはや存在しない。驚くべきは、生きたゴブリンをそのまま収納したことだ。……生物の格納は、既存の魔導理論では『不可能』とされている」
「それだけじゃねえ」
武蔵が苛立ちを隠すように頭を掻いた。
「あの**『アンデッド召喚』**。昨日消えたはずの骸骨兵が、傷一つなく現れた。あれは使い捨ての術じゃねえ。魂を『ストック』して、ノアの意思一つで何度でも新品として呼び出せるってことだ」
影に潜む半蔵が、低い声で付け加える。
「さらに、現場の死体を即座に操る**『死霊支配』**……。本来なら数時間の儀式と膨大な触媒が必要な術だ。それをノアは、ただ手をかざすだけで、瞬時に兵隊へ作り変えた」
四人の間に、重苦しい沈黙が流れる。
彼らがこれまで挑み、そして敗れてきた「迷宮最下層アタック」。
その最大の障壁は、常に『物資の限界』と『非戦闘員の保護』だった。
「……皮肉な話ね」
母がポツリと漏らした。
「私たちが何年もかけて解決できなかった物資の問題は、ノアの鞄一つで終わってしまった。あの子がいれば、補給のために地上に戻る必要すらなくなる。ポーターとしての価値は、もはや測定不能よ」
「だが、最大の問題はそこじゃない」
父が鋭い視線を仲間に向ける。
「ノアの持つ力は**『神の領域』に近い。だが、あの子自身の身体は、剣を一度振るだけで息が切れるほどに『脆い』**。筋力も耐久力も、並の子供以下だ。万が一にも敵に本体を突かれれば、どんな強力な召喚獣も間に合わないだろう」
「……だからこそ、俺たちの出番ってわけだ」
武蔵が不敵に笑う。
「あいつがモンスターを率いる軍師なら、俺たちはその心臓を守る絶対の盾だ。この秘密、墓場まで持ってくぜ」
その頃。
誰もいない自宅の庭で、ノアは一人、月明かりに照らされていた。
「えっと……もう一度、出てきて」
ノアが影に手をかざすと、ドロリとした闇から、昼間に収納したゴブリンが這い出してきた。
ゴブリンは困惑した様子で辺りを見回すが、ノアと結ばれた「光の糸」に逆らうことはできない。
「ごめんね、ちょっと練習に付き合って」
ノアは細い腕で、練習用の重い木剣を構えた。
召喚した骸骨兵士に、ゴブリンと手合わせするよう命じる。
(ボク自身は、全然戦えないから……)
激しくぶつかり合うモンスターたちを見つめながら、ノアは自分の腕の細さを自覚していた。
木剣を数回振るだけで、肩が痛み、心臓がバクバクと音を立てる。
(父さんたちの力になりたい。……そのためには、もっとこの『影』を使いこなさないと)
大人たちがその「強すぎる力」に怯えていることなど露知らず。
ノアはただ、自分のあまりの「弱さ」を補うために、静かに、そして着実に、人智を超えた軍団を構築し始めていた。




