第四話 ―見せてはいけない力―
迷宮二層。
空気はまだ軽いが、油断は死に直結する深さだ。
少年は父の半歩後ろを歩いていた。
足元には、いつもの“線”。
だが今日は少し違う。線の先に、黒い影が固まって見える。
「……前、五つ」
小さく告げると、父が盾を構え、母が杖を握った。
次の瞬間、曲がり角から五体のゴブリンが飛び出してくる。
父が一歩出るより早く、少年の胸が熱くなった。
線が一本だけ、強く光る。
(――呼べる)
少年が息を吸うと、足元に黒い円が広がった。―
昨日見送ったはずの骸骨兵士が、再び姿を現す。
骸骨兵士は凄まじい精度でゴブリンを斬り伏せた。
さらに、少年が手を向けた死体が黒い糸に操られ、仲間を背後から襲い始める。
「……!」
母が息を呑んだ、その時だった。
通路の奥から、別の冒険者パーティの話し声と足音が近づいてくる。
「――っ、来るぞ! 消せ!」
父の鋭い声が響く。
同時に、二刀の男が少年の前に躍り出た。広い背中で、少年の足元に広がる黒い魔法陣を物理的に遮断する。
黒装束の男は、少年の背後から現れようとした冒険者たちの視線を、自身の大きなマントを広げて完全に塞いだ。
「……全部消して。今すぐに! そのゴブリンも、あなたのアイテムボックスへ!」
母が少年の耳元で急かす。
「えっ、でもこれ、生きてるよ……?」
「いいから! あなたのテイムなら入るはずよ、急いで!」
少年が意識を向けると、淡い光の糸で結ばれた最後の一体が、抵抗なく粒子となって少年の影――アイテムボックスへと吸い込まれていった。
骸骨兵士が霧に消え、動く死体がただの肉塊に戻る。
別の冒険者たちが角を曲がってきたのは、ほぼ同時だった。
「おっと、ここは今掃除が終わったばかりだぜ。悪いが別の道を行ってくれ」
二刀の男が、血の付いた剣をわざとらしく振って笑う。
冒険者たちが目にしたのは、父がゴブリンの死体から剣を引き抜く姿と、返り血を拭う母の姿だけだった。
「……ずいぶん派手にやったな。怪我はないか、坊主」
一人の冒険者が声をかけるが、父がその視線を遮るように少年の肩を抱き寄せた。
「ただの腰巾着だ。怯えて動けなくなっていた。……行くぞ」
父の低い声に促され、一行は足早にその場を離れた。
迷宮の外、夕暮れ。
少年は自分の影を見つめていた。
中には、さっきのゴブリンが静かに収まっている感覚がある。
「……よくやった。だが、覚えておけ」
父の声は重い。母が少年の目線に合わせてしゃがみ込んだ。
「あなたの力は強すぎるの。理解できない力は、強い剣より恐れられる。……人前では絶対に、使ってはだめよ」
「父さんたちの前だけ?」
「そうだ。仲間内だけの秘密だ」
少年は小さく頷いた。
本当は、何がそこまで恐ろしいのか、まだ分かっていない。
だが、夕闇の中に伸びる「城」へと続く消えない線を見つめながら、少年は自分の力が特別な「何か」であることを、肌で感じ始めていた。
少年はまだ知らない。
この力を隠し通すことが、
やがて国を救う一歩になることを。




