第二十六話 ―神の断罪、甘味の契約―
平穏は、一瞬の咆哮によって引き裂かれた。
街の喧騒からわずかに離れた《チャーリーのチョコレート農場》。バレンシュタインDAYを支える大量生産ラインを見下ろしながら、“死”の具現が降臨する。
「……汚らわしい。これは、バレンシュタインへの冒涜だ」
甘い香りに満ちた空間。
だが死神にとってそれは、かつて人間だった頃に口にした“たった一粒の記憶”を抉る呪いに等しかった。
死神デス・カルト。
永遠の命を求めてアンデッドへ堕ち、二百年の孤独な渇愛の果てに“死”そのものへ至った男。神格から漏れ出る殺気は物理的な衝撃波となり、都市の空気を凍結させた。
その瞬間、宿屋の四人の空気が変わる。
「……やれやれ。デザートの時間は終わりか」
武蔵が愛刀の鯉口を切る。
「壁は、立つためにある」
鉄壁が黄金の盾を構える。
「面倒事は、影で終わらせるでござる」
半蔵はすでに輪郭を失い、
聖女の瞳には、慈悲なき慈愛が灯った。
彼らはこの街を気に入っている。
この穏やかな日常を壊すというのなら――相手が神であろうと、ただの“獲物”だ。
四人は風となって農場へ翔けた。
ノアの足取りは緩慢だったが、その瞳だけは冷徹にアンデッドの気配を捉えていた。
⸻
ノアが辿り着いた時、そこは既に理の壊れた戦場と化していた。
「あはははは! 実に面白い! 何度斬っても死なぬ神か!」
武蔵の刃が神速で死神を刻む。
「これほど飽きぬ標的は初めてにござる……」
半蔵が影から核を穿つ。
だが死神は霧のように崩れ、数秒後には再構成される。
既に百を超える“殺害”が積み重なっていた。
「ノア、来ちゃダメ……!」
聖女の叫び。額には見たこともない汗が滲んでいる。
彼女の《極光》は神格すら消し飛ばす絶対の浄化。
それでも死神は消えない。“死”は消滅しても“死”として在り続ける。
「もう……二十回は殺されたわ……」
四人は既に二十度、神の鎌で命を断たれている。
聖女の不老不死、鉄壁の概念防御、そして広域蘇生。
その三重奇跡がなければ初手で全滅していた。
魔力吸収の加護で一日は戦える。
だがそれは――負けが確定している千日手に過ぎない。
鉄壁は浄化の十字を刻み、秘蔵の魔道具を投げ尽くす。
武蔵と半蔵は戦闘を楽しみ、聖女と鉄壁の瞳には終わりなき地獄への疲労が宿る。
「僕が……契約、しなきゃ」
ノアはポケットの中で、そっと手を握り締めた。
⸻
少年が戦場の中央へ歩み出る。
死神の鎌が、喉元へ振り下ろされ――止まった。
「ノア!!」
聖女の悲鳴。
だがノアは逃げない。
「……これ、あげる」
差し出されたのは、手作りのチョコレート。
殺気が消えた。
骨ばった指が、わずかに震える。
死神は理解した。
この一粒に宿る味こそ、自分が二百年追い求めた“あの日の続き”であると。
鎌が消える。
一粒を口に含んだ瞬間、神の眼窩から透明な雫が落ちた。
⸻
脳内に、無機質な福音が響く。
【神格:デス・カルトとの契約を確認】
【供物受理。適正率:100%】
【ジョブ《グリモア・ポーター》に固定】
黄金の光がノアを包む。
それは力の獲得ではない。世界の神秘と死を“預かる者”の証。
死神は静かに影へ溶け、ノアの背後に座した。
まるで主を待つ巨大な黒犬のように。
「……お口に、合った?」
照れた笑み。
死神は深く、静かに頷く。
こうして世界で最も凄惨で、
そして最も静かな契約が結ばれた。




