第二十一話 ―寄生する死神―
二階層の袋小路。
湿った岩肌が剥き出しになった行き止まりは、まるで迷宮そのものが呼吸を潜めているかのように静まり返っていた。
天井から落ちる水滴の音だけが、規則的に石床を叩いている。
そこに集まっている男たちは十人。
装備は整っているが、放つ空気は冒険者のそれではない。
血の匂いよりも濃い、腐った野心と打算の気配。
誰もが苛立ちを隠そうともせず、壁に寄りかかったり、足先で小石を蹴ったりして時間を潰していた。
「……遅いな。一人か? 王子の亡骸はどうした」
リーダー格の男が、暗闇の端から現れた仲間へ鋭い視線を向ける。
その目には疑念よりも不機嫌さが勝っていた。
目の前に立つ男の“中身”が、忍・半蔵であるなど想像すらしていない。
男は両手を軽く広げ、肩をすくめる。
仲間内でよく見せる、言い訳の時の癖だ。
「ええ。掃除に少々。想定外の羽虫が紛れ込みまして……指示を仰ぎに」
ひび割れたような声が、湿った空気に溶ける。
違和感は確かにあった。だが、待たされ続けた苛立ちがそれを覆い隠す。
「ロドリゲス公爵の秘書が宿屋『牡羊亭』で待っている。全部終わらせてから合流しろ。……高級宿だ、薄汚れた格好で来るなよ」
「牡羊亭……承知しました」
半蔵は小さく頷く。
必要な情報は、今の一言で揃った。
――次の瞬間、世界の向きが裏返った。
誰も何が起きたのか理解できない。
ただ、視界が一瞬ぶれたと思った時には、二人の首が不自然な角度で折れ、音もなく崩れ落ちていた。
悲鳴は上がらない。
声帯が震える前に、影が一つ消える。
また一つ、闇に溶ける。
喉が潰れ、腕が砕け、剣が乾いた音を立てて床を転がる。
それは戦いではなかった。
順番に灯りを消していくような、静かで、正確で、無慈悲な処理。
気づけば、立っているのは一人だけだった。
「な……なんだ……お前……」
足が動かない。
リーダーの視界の中で、部下だった男の顔が粘土のように歪む。
表情ではない。輪郭そのものが崩れていく。
口が、人の構造を無視して大きく開く。
メキ、メキ、と嫌な音を立てて顎が外れる。
その暗い穴の奥から、銀色の髪がぬるりと零れ落ちた。
血と粘液に濡れた半蔵の顔が、月光を反射する刃のように姿を現す。
「ひ、ヒッ……!」
腰を抜かした男の顔を、白い手がそっと掴む。
優しさにも似た動作なのに、指先には逃れようのない力があった。
その瞳には怒りも喜びもない。ただ次の工程を確認するだけの冷たさ。
「また狭い所に入るのは、少々骨が折れますが……」
半蔵は男の口をゆっくりとこじ開け、耳元へ顔を近づける。
「知りたいことがあれば、身体に聞くのが一番――
そう教えていたのは、貴方でしょう?」
「……ッ!?」
意味を理解した瞬間、男の喉が引きつる。
声にならない悲鳴が、空気の中で砕け散った。
半蔵は一歩踏み込み、軽く息を吐く。
「――ヨイショっと」
日常の延長のような掛け声。
そのまま、喉の奥へと身体を滑り込ませていく。
通路に残されたのは、
「ゴクリ」という、不自然に重い嚥下音だけだった。




