第十八話 ―鉄壁の一撃―
「……私たち、もしかして舐められてるかしら?」
聖女が小さく首を傾げる。場違いなほど穏やかな声だった。
「いや。三人ともそこそこの水準だよ」
鉄壁は視線すら向けずに答える。
「まあ――全然足りて無いがな」
弛緩した軽口は、言い終わると同時に消えた。
次の瞬間、彼の姿が掻き消える。
重力が跳ね上がったかのような轟音。
一つの黒い影が、巨大な盾と共に一直線に吹き飛び、ダンジョンの石壁へ叩きつけられた。
――粉砕。
石が砕け、空気が裂け、壁には巨大なクレーターが生まれる。
人間がぶつかったとは思えない規模の破壊だった。
残った二人の暗殺者の喉が、ひゅ、と乾いた音を立てる。
汗が背筋を伝い、手の中の短剣がわずかに震えた。
感情を殺すための修行を何年も積み、恐怖という概念すら忘れ去ったはずの身体が――思い出してしまったのだ。
「ば、化け……」
言葉は最後まで形にならない。
聖女の杖の先が、わずかに輝いた。
真珠色ではない。もっと澄んだ、無機質な白光。
次の瞬間、隣にいた仲間の上半身が“消えた”。
爆ぜたのでも、裂けたのでもない。
そこにあったはずの肉体が、最初から存在しなかったかのように空間ごと消失した。
石床に転がったのは、片足だけ。
理解が追いつかない。
脳が現実を拒絶し、世界が歪む。
「さて――」
鉄壁が、残った一人の首を片手で掴み上げる。
足が宙に浮き、空気が肺に入らない。
「聞きたい事がたっぷりある。だから殺さない」
低く、感情のない声。
「でも“早く死にたい”って思うくらいの事はするからどうか安心してくれ」
暗殺者の瞳孔が開く。
「吐かない修行とか、しちゃってるんだろうけどさ。まあ――早い方がお互いの為だよ」
軽く笑うでもなく、ただ事実を述べる口調。
それが何よりも恐ろしかった。
一方、聖女は振り返り、冒険者たちへ柔らかく言う。
「貴方たち、ダンジョンからは必ず無事に出してあげるわ。少し来た道を戻ってもいいかしら?」
弓兵が喉を鳴らす。
視線は、片足だけになった死体と、壁のクレーターを行き来していた。
「……最悪、無理なら」
彼は息を整え、王子を見る。
「王子の保護だけでも、俺達に任せてくれ」
少年は何も言わない。だが、その目はすでに決断していた。
鉄壁の腕の中で、暗殺者がかすかに首を振る。
逃げ場はない。沈黙も許されない。
そして――
「……俺たちも、同行する」
誰からともなく言葉が落ちる。
反対する者はいなかった。
こうして一行は、恐らくまだ控えている敵の罠の中心へと自ら足を踏み入れることを選ぶ。
ただし今度は、餌ではない。
狩る側として。




