第十四話 ―遊戯の境界―
「ほう……少しは分析能力があるみたいだな」
武蔵の口元が、ゆっくりと歪む。
嘲りではない。純粋な愉悦。
「やり甲斐があるよ、君」
首刈りの額に、じわりと汗が浮かぶ。
目の前の男は構えていない。
武器も持っていない。
だが、どの未来を思い描いても――自分が斬られている。
「だが……案山子相手じゃ面白くねぇな」
武蔵は軽く肩を回すと、二本の刀を後方へ放った。
白刃は弧を描き、音もなく半蔵の手に収まる。
両手が空く。
指を一度、握って開く。
「ほらよ。素手だぜ?」
背後で犯罪者たちが笑い出す。
武器を捨てるなど愚行。
数も、得物も、こちらが上――そのはずだった。
「先手もやる。早く来いよ」
一歩、踏み出す。
石が鳴らない。
空気だけがわずかに沈む。
「来ねぇなら……こっちから行っちまうぞ?」
楽しげに首を鳴らす。
「最近運動不足でな。久しぶりに見た良質な獲物なんだよ」
その一言で、首刈りの理性が弾けた。
床を蹴る。
初撃――全身の力を乗せた縦の一閃。
空。
武蔵は、半歩ずれただけだった。
二撃目、三撃目。
横薙ぎ、返し、踏み込み。
すべて空を裂く。
武蔵は跳ばない。
走らない。
歩幅を変えるだけで致命の軌道から外れていく。
四、五、六。
風圧だけが石壁を削り、火花が散る。
首刈りの呼吸だけが荒くなる。
七、八。
腕が重くなる。
だが止められない。
止まった瞬間に終わると本能が告げている。
そして――九撃目。
全身をねじ切るような、渾身の横薙ぎ。
通路ごと薙ぎ払う一線。
武蔵は、下がらない。
刃の内側へ、半歩踏み込む。
視界が交錯する距離。
次の瞬間――金属音は鳴らなかった。
武蔵の手が、刃ではなく手首を掴んでいる。
振り抜かれるはずの遠心力が、
肘から先だけ切り取られたように消えていた。
首刈りの腕が止まる。
折られていない。
だが、動かない。
力を込めても、引いても、捻っても、
地面に打ち込まれた杭のように微動だにしない。
武蔵は至近距離で首を傾げる。
「……今のは悪くねぇ」
掴んだまま、指先に一切の力みはない。
握力ではない。
そこに在るという事実だけで、腕が封じられている。
刃はまだ生きているのに、
攻撃だけが死んでいた。
武蔵が手を離す。
だが首刈りの腕は、すぐには上がらない。
筋肉ではなく――意志が、折られていた。




