第十三話 ―先手―
鈍い衝撃が、閉ざされた通路を震わせた。
次の瞬間、ノアが展開していたアンデッドの軍勢が――爆ぜた。
骨は粉々に砕け、肉は塵へと化し、漂っていた黒霧さえもが力任せに霧散する。
再生という概念すら置き去りにする、文字通り「一息」の掃討。
瓦礫が舞い落ちる通路の中央、男が一人、静かに立っていた。
手にしているのは、大剣でも槍でもない。
ありふれた一振りの打刀。
だが、それが描いたはずの軌跡だけが、空間を削り取ったかのように異様に太く、重く残っていた。
「見たかよ、今の……!」
「首領の『一太刀』だ。化け物どもがゴミのようじゃねえか!」
背後の犯罪者たちが、勝機を確信して野卑な歓声を上げる。
だが、当の首領だけは笑わない。
その双眸は、魔法使いの少年ではなく、その傍らで退屈そうに佇む男を射抜いていた。
武蔵。
男は腕を組み、口元に薄ら寒い笑みを浮かべている。
その目は、襲撃者を敵としてではなく、値踏みすべき「検体」として観察していた。
「……ほう」
武蔵が喉を鳴らす。
「良し。合格点をやろう」
軽く首を鳴らす音が、歓声を切り裂いて冷たく響く。
「五割くらいの力は、出してやる」
一瞬の静寂の後、犯罪者たちがどっと噴き出した。
「五割だってよ!」
「ハッ、死に損ないが。虚勢を張るのも大概に――」
だが、首領の耳に部下たちの声は届いていない。
むしろ、殺意に比例して、彼の本能は凍りついていた。
濃く、重く、粘りつくような殺気が通路を沈ませる。
それとは裏腹に、首領の額からは、じわりと脂汗が滲み出していた。
武蔵が、何気なく一歩、踏み出す。
「先手はやるよ」
その声は羽毛のように軽い。
だがその瞬間、首領の視界は真っ白に染まった。
――隙が、無い。
視線、肩の落とし、肘の角度、指先の脱力。
筋肉の微細な収縮から、呼吸の深さ、足裏の重心移動に至るまで。
長年の修羅場で培った「読み」が、首領に絶望を突きつける。
全てが見える。全てに反応できるはずだ。
そう自負していたはずなのに。
視線をどこへ向けても、自分自身の“切断された未来”しか浮かばない。
右へ踏み込めば、胴を斜めに断たれる。
左へ回れば、即座に頸椎が落ちる。
上段に構えれば、両腕が消失する。
フェイントを混ぜれば、その思考ごと真っ二つだ。
目線を動かす。肩をわずかに引く。腕の筋肉を弾ませる。
脳内で行われる数千通りのシミュレーション。
――その全ての分岐点で、自分は既に斬り伏せられていた。
想像ではない。それは確信に近い予知。
武蔵はまだ、刀を抜くどころか、構えてさえいないのだ。
ただそこに立っているだけ。
だというのに、周囲の空間だけは、激しい“斬撃の後”のような静寂に支配されていた。
「ッ……、あ……」
首領の喉が、引き攣った音を立てる。
殺意を膨らませれば膨らませるほど、生存を司る本能が全力で警鐘を鳴らし続ける。
一歩でも動けば――終わる。
いや、瞬き一つした瞬間に、自分はこの世界から切り離される。
先手を与えられながら、男は金縛りにあったように、動けなくなった。




