第十一話 ―軍勢解放―
五階層の通路を埋め尽くす、黒い奔流。
爪が石を削る甲高い音。喉の奥で鳴る唸り。無数の足音。
石壁が震え、迷宮そのものが生き物のように脈打っていた。
ノアは一歩、前へ出る。
深い影の淵へ――慈しむように、囁く。
「――おいで」
影が、息を吸い込むように収縮する。
次の瞬間、世界が吐き出された。
空間が裂け、闇が爆ぜる。
これまで従えてきたモンスター。命なき軍勢。
骸骨兵が軋み、腐肉の獣が唸り、黒霧を纏う影が這い出る。
そして――地響き。
通路の奥から現れたのは、トロル軍団。
その中でも一際巨大な一体が、欠けた角を揺らしながら前へ出る。
古傷だらけの棍棒が振り上がり、轟音と共に叩き落とされた。
石床が割れ、前線が物理的に押し返される。
通路に“壁”が生まれる。
アンデットの群れは倒れても起き上がり、絡みつき、噛みつき、
確実に敵の数を削っていく。
だが、それでも――脇道から、別の黒い波が滲み出す。
血の匂いに引き寄せられた、もう一つのトレイン。
その瞬間――武蔵が動いた。
二本の刀を構える動作すら残像。
ただ、空間が一瞬だけ途切れたように見えた。
次の瞬間、脇道の景色が斜めにずれる。
先頭の個体だけが、列ごと“消える”。
斬られたのではない。存在の連なりが断たれたのだ。
残った群れは何が起きたのか理解できぬまま足を止め、
本流へ合流する前に流れを失う。
武蔵は息一つ乱していない。
白刃を眺めることもなく、吐き捨てる。
「――邪魔だ。散れ」
その一言で、脇道そのものが死の静寂に沈んだ。
同時に、上空。
天井近くの闇が蠢き、ジャイアントバットの群れが降下する。
怪音波が石壁を震わせ、鼓膜を叩き、空気が歪む。
半蔵は、視線を上げただけだった。
刀は抜かない。構えもしない。
親指が、わずかに動く。
――真空。
音も軌跡もない衝撃が一直線に走り、先頭の個体が弾ける。
一拍遅れて、さらに三。五。十。
指先が微かに動くたび、空間そのものが撃ち抜かれ、
群れの中心だけが正確に消えていく。
怪音波は途中で途切れ、
残った個体は羽ばたくことすら忘れたように落下した。
半蔵は何も言わない。
視線を戻すだけで、上空の脅威は存在を許されなくなる。
前線ではトロルが大地を揺らし、
アンデットが絶えず数を削る。
右には、神速の断裂。
左には、無音の弾丸。
圧倒的な力が三方向から噛み合い、
モンスタートレインという奔流は、初めて“流れ”を失った。
ここは五階層。狭い石の通路。
だが今だけは――
迷宮そのものが、
冷え切った庭のように静まり返っていた。




