第十話―モンスタートレイン―
今日の目標は六階層。
深く潜るつもりはないが、目的は多い。
マザーアンデットの能力把握。
そして、新しいモンスターとの接触――できれば仲間にしたい。
表向きの依頼は単純だ。
六階層にだけ自生する《ダンジョン茸》の採取。
薬の材料として価値が高く、需要も安定している。
だが問題は、その群生地に居座る存在。
キラーアント。
単体でも厄介だが、群れれば通路そのものが壁になる。
「経験を積ませる日だな」
父が淡々と言い、武蔵が肩を回す。
半蔵は無言で装備を点検し、母はノアの外套の歪みを直した。
今日はノアが前に出る。
周囲は補助。手出しは最小限。
やれるだけやってみろ――それが方針だった。
迷宮の入口に足を踏み入れる。
湿った石の匂い。遠くで反響する足音。
変わらないはずの空気の中に、わずかな緊張が混じっていた。
五階層へ降りる階段を抜けた直後だった。
通路の奥から、人影が駆けてくる。
気絶した神官を背負う青年。
煌びやかな装備に似合わない、焦り切った顔の少年。
足取りが重く、明らかに魔力を使い果たした魔術師。
彼らは立ち止まらない。
こちらを見る余裕すらなく、脇をすり抜けていく。
神官の腕から、ぽたり、と血が落ちた。
石床に赤い点が続き、鉄の匂いが空気に滲む。
母が小さく眉をひそめる。
父は無言で通路の奥へ視線を向けた。
迷宮では致命的な失策だ。
ヒーラーが気絶しても、まず止血。
血の匂いを残さない――それが探索の基本。
だが彼らには、その余裕すらなかったのだろう。
数秒の静寂。
次の瞬間、通路の奥から重なる足音。
一つではない。二つでもない。
擦れる音、爪の音、低い唸り。
血の匂いに引き寄せられた影が、列を成して押し寄せてくる。
細い通路を埋める黒い奔流。
武蔵が口の端を上げる。
「……やっちまったな、あれは」
それは戦闘ではない。
追跡でもない。
判断ミスが連鎖して生まれる現象。
モンスタートレイン。
誰か一人の油断が、階層全体を揺らす。
逃走の軌跡が、そのまま災厄の線になる。
ノアは静かに息を吸った。
今日の迷宮は、茸の採取でも、能力把握でもない。
まずは――
この奔流を、どうやり過ごすかだった。




