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お買い上げされました! ~秘密持ち美形幼馴染はストーカー~  作者: 鈴田在可


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1 夜会での婚約破棄宣言

『大丈夫だよ、ジーナ。君が辛い時も苦しい時も、僕がそばにいるよ。ずっと一緒にいるから』






 ――噓つき。









「ジーナ・グレアム! 私はお前との婚約を破棄する!」


 知り合いの侯爵令嬢に泣きついて協力を仰ぎ、残っていた商品のドレスを身にまとって出席した侯爵家の夜会にて、ジーナはパーティ開始早々、とっくに縁は切れたとばかり思っていた子爵令息セルゲイ・バーバロフに呼び止められ、婚約破棄宣言をされた。


 夜会の最中という衆人環視下での婚約破棄劇に、何事かと周囲の参加者たちのざわめきが広がった。


 ()婚約者のセルゲイの暴挙に、ジーナはため息というか舌打ちを禁じ得なかった。

 しかし、ひとまず最低限のマナーである挨拶をするべく、セルゲイにカーテシーをしようとしたところで、一度ピタリと動きを止めた。


 ジーナは貴族ではない。実家が商会を営んでいただけの、ただの平民である。


 お得意様には貴族も多く、両親や目の前の元婚約者と共に貴族の社交場に出たことはあるが、それも今日限りだ。実家の商会は、父が大きな儲け話に騙されて多大な借金を負い、首が回らなくなって潰れている。


 商会が潰れたことで、ジーナの家に婿入りして商会を継ぐはずだったセルゲイとの婚約も白紙になった。元は、末息子のセルゲイに裕福な暮らしをさせたかったバーバロフ子爵家と、新興商会を営み貴族とのつながりを欲したグレアム家との政略的婚約であったが、その婚約の基盤となる商会が潰れたため、自然と婚約解消の流れになった。


「セルゲイがかなりショックを受けている」という話で、商会が潰れてからセルゲイと直接話す機会はなかったが、家同士の話し合いは既に済んでいて、婚約も円満に解消されたはずである。


(セルゲイ様との結婚はなくなったし、仕事もなくなった。貴族社会との関わりがなくなる私が、貴族風の挨拶をするなんて、滑稽ね……)


 そんなことを思いながらも、ジーナはドレスのスカートを掴んで膝を折り、優雅に見えるように何度も何度も練習して習得したカーテシーを披露した。貴族と関係なくなるとはいえ、夜会に出席している以上は、この場に合った行動をするべきだと思ったからだ。


「ジーナ! この売女(ばいた)め! 私との婚約歴がありながら――――」 


 会場中に聞こえるような大声で喚くセルゲイの声が、途中でブツリと不自然に切れた。しかしそのことが気にならないくらい、ジーナはセルゲイが言い放った「売女」という言葉に、全身に冷水を浴びせられたくらいの衝撃を受けていた。


「売女」とは身を売る女、つまりは娼婦である。


 借金で今にも首をくくりそうな両親と、たびたび来る高圧的な借金取りたちに怯える弟妹のために、長女であるジーナは自ら進んで娼婦になることを決めていた。


 意を決して娼館の扉を叩き、店主に事情を話して金を借り、その金で借金取りたちの執拗な取り立ては穏やかになったが、娼館から金を借りたことで、ジーナは娼婦になるしか道がなくなった。


 ナッシルという名の娼館の男店主は少し変わり者で、ジーナが未経験だと聞くと、その場でジーナの「面接」をすることを取りやめた。客にクレームを入れられると困るので、勤務初日には「仕込み」をする予定だが、「それまでは自由だから」と言い、ジーナのために猶予期間を設けてくれたようだった。


 しかし、ジーナが娼婦になることをどこからか聞きつけた元婚約者セルゲイは、自身との婚約歴がある者が娼婦になるのが許せないと思ったようで、再会したジーナを見るなり激昂して断罪劇を始めようとしていた。

 セルゲイはプライドが高いので、その行動もわからなくはなかった。


「申し訳ございませ――」


 元婚約者が娼婦になるのは醜聞といえば醜聞である。謝罪の言葉を口にしながら頭を上げたジーナは、目に入ったセルゲイの様子を受けて困惑し、途中で言葉を止めた。


 両手で喉を押さえているセルゲイは、唇を動かしてしきりに何か言おうとしているが、声が全く出ていない。

 セルゲイの顔にはジーナと同様に困惑の表情が浮かんでいて、同時に突然声が出なくなったことに対する恐怖の色も強かった。


「失礼します」


 様子のおかしなセルゲイを周囲の者たちが遠巻きに見守る中、その場に涼やかな声が響き、一人の少年がジーナとセルゲイの間に割って入ってきた。


(カイン……)


 藍色を基調とした栄えある銃騎士隊の隊服に身を包み、灰色の髪と瞳と整いすぎた顔立ちを持つ超絶美少年は、ジーナの幼馴染であるカイン・ブラッドレイだ。


 カインは獣人を狩ることを使命とする銃騎士になるため、養成学校を昨年卒業していた。カインは今年から正規の銃騎士隊員になり、貴族を獣人から護衛するのが主な任務である一番隊に配属されている。


「お身体の調子がすぐれないようですね。休憩室へご案内いたします」


 カインはセルゲイより二歳ほど年下で、まだ少年と呼ぶべき年齢ではあるが、既にセルゲイと肩を並べるほどの背丈はある。

 カインは「失礼します」と断ってからセルゲイに肩を貸して休憩室への方向へ歩き出した。そばにいたセルゲイ付きの従者も、心配そうにしながら彼らの後についていく。


 一番隊の銃騎士カインが、子爵令息セルゲイの体調を気遣うのは当然の話であり、周囲の者たちはセルゲイをカインが引き受けたことに安堵して、歓談の輪の中に戻っていく。


 カインは周囲の貴族たちに礼をしていて、彼自身が悪いわけでもないのに「お騒がせしました」と謝罪しているような仕草をしていた。

 優しくて少し気の弱い所のあるカインらしい行動だと思ったが、カインは直前まで断罪劇が始まりそうだった当事者であるジーナの方を、不自然なほどに見ない。


(私、あなたに避けられてるものね……)


 会場に一人ぽつんと取り残された形になったジーナは、こちらに話しかけてくることもなく、一定の距離を取ったまま目線すら合わせない幼馴染に対して、途方もない寂しさを感じて心を痛めつつ、去っていくカインたちの姿を大人しく見送った――――りはしなかった。


 ジーナにはこの夜会に出席して果たすべき目標があった。


 娼婦になる前に、初めてを大好きな人に貰ってもらうことだ。


 カインがこの夜会の護衛任務に当たるように、知り合いの侯爵令嬢を経由して銃騎士隊に要望を出させたのはジーナである。


 ジーナが純潔を捧げたいと思っているのは、元婚約者セルゲイではなくて、初恋の男の子である大好きで大切な幼馴染のカインだ。

 令嬢ネットワークを使って、人気の若手美貌銃騎士カインに恋人がいないというのは把握済みでもあるし、特に問題もないだろうと思った。





 ジーナは久方ぶりにカインと話をするべく、彼らの後を追った。


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