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最終的にXXXにされる  作者: 朝霧


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第五話

 土御門がこの『籠』にやってきて二月と二週間が経過した。

 折れた腕は順調に治っている、予定通りあと二週間で問題なく治るだろうと女医に言われた。

 あと二週間でこの地下にあるらしい陽の光が一切ささない空間とも、あの美しい超能力者の少年ともお別れになる。

 そう思うと土御門は少しだけ寂しいような気がした、寂しいと思ってしまった自分のことが少しだけ滑稽で、そして出来損ないだと思った。

 本質がどうしようもないほど怠惰である土御門は、自分が堕落しないようにこれまで戦い以外の全てを切り捨てて生きてきた。

 そんな自分が他人に対して『寂しい』などと思うべきではない、他者に対するそういう感情も全て切り捨てなければ、土御門はいつか自分が駄目になることを理解していた。

 他人に依存せず、自分だけの力で生き抜く力と心がなければ土御門はこの先きっと生きていけない。

 だからこそ、土御門はここから出た後のことを考える。

 前線に戻って戦いの日々に戻る、二級ライセンスの取得を目指して魔物を屠り続ける日常に帰るのだ。

 では、その先は?

 二級を取ったら、戦い以外の何かを手に取ることを自分に許そうと土御門は思っていた。

 しかし、本当にそれでいいのだろうか。

 もっと先を目指す必要はないのか、二級程度で立ち止まってもいいのか。

 少し前までは土御門はそれでいいと思っていた。

 けれど。

 土御門が担当する超能力者の少年は少し前にこう言った、もう何年も空を見ていない、と。

 土御門にはよくわからない大人の権力という檻に閉じ込められた少年は、そう言って寂しそうな顔をした。

 夢のような話をしよう。

 一級を超えた特級のライセンスを持つ者は、その絶大な力を認められ、その力に応じた権力を与えられる。

 その力があれば、土御門はあの美しい少年を、ほんのひとときの間だけでも外の世界に連れ出すことが可能になるかもしれない。

 土御門は大して強くない。だから二級になるのだってきっと難しい、というか二級になることすら一生無理かもしれない。

 特級なんて、雲の先にある星に手を伸ばすような話だった。

 けれども雲も星もどちらも手が届くようなものではないのなら、最初からどちらにも手が届きようがないのであれば、より遠い方に手を伸ばしたところで大きく何かが変わるわけではないだろう、と土御門は思った。

 土御門は馬鹿で阿呆な愚か者だ。

 けれども愚か者であるからこそ、夢を見たっていいだろう。

 とびきり馬鹿げた夢であっても、あらゆる人々から馬鹿にされようとも、夢を見る自由は土御門のような愚か者にもあるのだから。

 現在この世界に存在する特級は、たったの七名。

 十人目には間に合わないだろう、百人目にすら間に合わないかもしれない。

 それでも夢を見ようと土御門は思った。

 そしてそんな夢を見られているうちは、きっと土御門が堕落することもないだろう。


 土御門がこの『籠』にやってきて三ヶ月、折れていた土御門の腕はようやく治った。

 痛むこともなくかつての動きを取り戻した自分の腕に軽く感動しつつ、今まで散々世話になっていた女医に土御門は頭を下げた。

「今まで、ありがとうございました」

「別に、アタシはただ仕事をしただけよ」

 そっけなく答えた女医に土御門はもう一度だけ礼を言って、医務室を後にした。

 部屋に戻って少ない荷物をまとめて、まとめ終わってふとこの先どうすればいいのだろうかと思った。

 土御門の腕は治った、土御門が『籠』に滞在するのは腕が治るまでの間なので、土御門は前線に帰る。

 それを誰にどう伝えればいいのだろうか、と土御門が悩んでいるうちに部屋の呼び鈴が鳴った。

 鍵を開けるとドアが開く、向こう側に立っていたのは蒼だった。

「蒼様、見てください。腕、治りました」

 蒼を部屋の中に招き入れ、土御門が左腕を大きく動かしながら報告する。

「やっと治りましたよ、長かったです」

「うんうん、よかったよかった」

 蒼は土御門の左手を両手で握って嬉しそうな顔でそう言った。

 そんな彼に、そうかこの人に聞くのが一番手っ取り早いのか、と土御門は思った。

「そういうわけで私、前線に戻るのですけど、こういうのって誰に話を通せばいいのでしょうか? 書かなきゃいけない書類とかあるんですかね?」

「…………うん?」

「私が『籠』に滞在するのは腕が治るまで。なので今日か明日くらいには前線に戻らないと、と思いまして」

 三ヶ月も休んでしまったブランクがあるので、早く仕事に復帰して感覚を取り戻したいと土御門は思っていた。

 土御門は浮かれていた。

 三ヶ月もかけてやっと腕が治った喜びで浮かれまくっていた。

 だから、見逃すべきではない不穏なそれを、完全に見逃してしまった。

「……本当に、帰るつもりなの?」

 土御門は早く二級に上がって、できることなら一級、そしてその先の特級にまで上り詰めたいという夢がある。

 その夢のためにも、早く仕事に戻って、戦って戦って戦い続けて、強くならなければならないのだ。

 だから土御門はその質問に「はい」と答えた。

「…………ここにいれば君は何もしなくても暮らしていける。美味しい食べ物も綺麗な服もなんだって手に入る、君が望むのならばなんだって用意してあげられる……それでも?」

 土御門は何か妙な質問、こちらを試すようなことを聞き始めた蒼のことを少しだけ訝しみつつ、それでも「はい」と答えた。

「外の世界に戻ったら、君は酷い目に遭うかもしれない。準マナ過多者の君は多くの魔物に集られて、いつか生きたままその身体を食い尽くされるかもしれない。『籠』におとなしく入れられない悪い超能力者にその力を狙われて、その身を貪られるかもしれない。……それでも君は帰ると言うの?」

 随分と変な質問をしてくるな、と思いつつ土御門はその質問にも「はい」と答えた。

 土御門は馬鹿で阿呆の愚か者だった、頭が悪くてハンマーを振り回す以外にできることなんてほとんどない、無能な人間だった。

 無能なりに戦い続け、堕落を厭って戦い以外の全てを切り捨て続けた彼女は、その超能力者の言葉の意図に何一つ気付かない。

 そんな愚かな少女の顔を超能力者は見下ろし、その左手を握りしめる。 

「…………もう一度聞くよ。本当にここに残る気はないんだね?」

「はい」

 少女は即答した。

「そう」

 超能力者はそう呟いた、それは冷たい氷のような声だった。

 超能力者の目が、青く輝く。

 次の瞬間、どすり、と重たい音が部屋中に響いた。

「…………え?」

 少女は自分と男の間、音が響いたその足元を見た。

 部屋の床に、うっすらと青色の輝きを残した巨大な刃が突き刺さっていた。

 ギロチンの刃のようなそれを目視した直後、少女は凄まじい痛みを感じた。

 少女の腕、肘より少し先の部分から、真っ赤な液体が勢いよく吹き出す。

 超能力者が薄く冷たい笑みを浮かべながら少女の手を自らの元に引き寄せる。

 少女の身体は引き寄せられなかった、ただ少女の左腕、その肘より先だけが、少年の元に引き寄せられた。

 少女はもう一度床を見た、すでに青色の輝きが消えたギロチンの刃、自分の左腕のちょうど肘の辺りの位置に突き刺さった、その刃を。

 少女はそこでようやく、足りない頭で理解した。

 少女の左腕が、その唐突に現れたギロチンの刃によって切断されたことを。

 誰がどうやってそうしたのかまでを考える前に、少女は腕を失った痛みに大きな絶叫を上げた。


「あ、起きた?」

 土御門が目を開くと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 少しボケた視界に見慣れた少年の顔が映る、右手が暖かいのはきっとその少年がその手を握っているからだろう、とぼんやりと考えた土御門は、その直後に全てを思い出して勢いよく飛び起きた。

 土御門は見覚えのあるベッドに寝かせられていた、土御門が三ヶ月過ごしたあの部屋のベッドだ。

 そんなことよりも。

 土御門は自分の左腕を見た、肘の手前から途切れてなくなっていた。

 包帯が巻かれたそこに痛みはない、おそらくあれから短くない時が経過しているのだろうと考えるだけの余力は土御門には残っていなかっら。

「うで……うでが、ない」

 何度見直しても、どれだけ目を凝らしても、骨折が治ったばかりの土御門の左腕は肘の先から存在しない。

「うん。切っちゃったから無いよ」

 どこか無邪気な、穏やかな声が土御門の右側から聞こえてくる。

 土御門はゆっくりと右を見た、見慣れた超能力者の少年が見慣れた笑顔で土御門の顔を見ていた。

「何故、こんなことを……」

 土御門は気を失う前のことを思い出す。

 あの時床に突き刺さっていたギロチンの刃、青い光を纏っていたあの凶刃。

 あれはこの超能力者がその力で創り出したものだった、あの青い輝きがその証拠だった。

 しかし、何故彼がそんなことをしたのか土御門には一切わからない。

 そんなことをされる理由は土御門にはなかった、そんなことをする理由だって、彼にはなかったはずだった。

 腕を切られるほど恨まれるようなことを土御門はしていない、していないはずだった。

「君がここにいるのは、腕が治るまでの間だけ」

 超能力者は笑いながらそう言った、無邪気な子供のような笑顔だった。

 ぐるりと反転するように、その顔から表情が消える。

「なら、一生腕が治らなければ君は死ぬまでここにいるしかない、ってことだろう?」

 土御門はそのあんまりな回答に、背筋を凍らせた。

 そんな理由で土御門の腕は切られたというのか、そんな理由でこの美しい超能力者は人の片腕を切ったというのか。

 血泥に塗れてそれでもハンマーを振り続けた土御門は、何度も死にかけたことがある。

 初めて死にそうになった時は泣きそうになった、今だって死にそうになると怖いし、痛い思いをするのは嫌だ。

 しかし、そんな理由で土御門の腕を切ったという少年の回答に、そう言った少年の表情に、土御門は死の恐怖以上の恐怖を抱いた。

 土御門は超能力者の顔を見つめた、三ヶ月という短い付き合いの中でよく知っている、知っているつもりだった美しい少年のその顔を、ただ呆然と。

 クスクスと超能力者が笑う、間抜けな少女の顔を見て、本当におかしそうな顔で。

 少女は咄嗟に逃げ出そうとした、恐るべき超能力者から少しでも距離を取ろうとした。

 しかしその前に超能力者は少女の身体を押さえ込み、馬乗りになった。

「逃げちゃだめだよ。というか逃げられるわけないでしょう?」

 うっすらとと超能力者は笑う、馬乗りにされると同時に右肩を掴まれた少女はふと、違和感に気付いた。

 超能力者の手のひらの熱さが、やけに近いというか、直というか。

 少女は視線を下にずらして、絶句した。

 少女は何も身に纏っていなかった、今まで左腕がなくなった衝撃のせいでいままで気づいていなかったけれど。

 今更自分のあられもない姿に気付いた少女に少年は口元を歪め、無防備な少女の唇に自分のそれを重ねた。

 わけのわからぬ超能力者の行動に少女は目を見開き逃れようとしたが、意味のわからない恐怖で強張った身体では逃げきれなかった。

 口の中に侵入してきた超能力者の舌が少女の舌に絡みつく、経験したことのない感覚に少女は悲鳴をあげそうになったが、その悲鳴を上げる口を塞がれていたせいでそれすらかなわなかった。

 数十秒後にようやく解放された少女は、小さく咳き込みながらかろうじて超能力者に問いかけた。

「なぜ、このようなことを」

「一番効率のいいマナの奪い方って知ってる?」

 超能力者は奇妙な問いかけを少女にしてきた、当然少女にその答えがわかるわけがない。

「わからない? そうだよね、だって君は……お前はものすごく呑気で、馬鹿だから」

 超能力者は少女の耳元に口を寄せ、その答えを呟いた。

 それを聞いた少女の顔色が変わった、考えるよりも動きそうになった少女の身体を、超能力者の言葉が再び縛り付ける。

「脚も切られたいの? 別に僕はそれでもいいけど」

 本気でそう言っている声だった、嘘を言っている者の声ではなかった。

 恐怖に縛られて動けなくなった少女の身体を超能力者が抱きしめる。

 その顔には、歪んだ笑みが浮かんでいた。


 長い長い時間をかけてようやくその行為を終わらせた超能力者は、少女の身体を後ろから抱きしめたまま、少しだけ申し訳なさそうな声色でこんな話をし始めた。

「そうだ、一つだけ謝らなければならないことがある。実は僕は、一つだけお前に嘘を吐いていた。お前がここに来てから今までずっと」

 片腕を奪われ、心も身体も好き勝手に扱われぐったりとした少女は何も答えずにただ聞こえてくる超能力者の言葉を聞いていた。

「ここは『籠』じゃない。超能力者やマナ過多者を守るために作られた真っ当な場所とは全く違う場所。……お前が馬鹿じゃなければとっくに気付いていただろうけど、結局最後まで気付かなかったね」

 超能力者は本当に何も気付かなかったのか、何かおかしいとは思わなかったのかと少女に問いかける、長時間甚振られた少女にはそれに答える気力はもう残っていなかった。

「ここは『籠』なんかじゃない。ここは僕みたいな異常な力を持つ超能力者を隔離して研究するために、政府の地下深くに作られた地下施設、通称『標本箱』」

 超能力者は少女を抱きしめる力を強めたが、少女にはすでにそれに抵抗する気力も体力も残っていない。

「君はとびきりの不幸者だよ。こんなところに連れてこられた挙句、こんなとびきりの異常者に気に入られてしまったのだから」

 超能力者は少女の先のない左腕を掴んで、うっすらと笑った。

 逃がすものかと少年は笑う、もしも逃げようとするのなら次は脚を切ると、少しだけ楽しそうな声色で。

 少女にはすでにそれに反応するだけの力は残されていなかった。

 ただ、感覚が消えた左腕に、もう夢見ることすら出来なくなったのかと思った。

 涙は流れなかった、そんな気力さえ少女には残っていなかった。

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