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最終的にXXXにされる  作者: 朝霧


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第四話

 蒼という少年は基本的に土御門に優しかった。

 紳士的というのはこういうのを言うのだろう、と土御門は前線にいるイカれた人々、特に紳士を自称する絶対に紳士ではない野蛮な人達の顔を思い浮かべながらそう思う。

 何故ここまで自分に優しくしてくれるのか、と土御門は一度だけ彼に聞いてみたことがある。

 そうしたら彼は一瞬虚をつかれたような顔をした後、小さくはにかみながらこう答えた。

『いつか逢いたい人がいるんだ。その人にまた会えた時にその人に優しくできるように……その練習、みたいな感じかな』

 なるほどと土御門は思いつつ、それを言われたのがもし土御門以外の普通の女の子だったら怒っていたかもしれない、と思った。

 いつか逢いたい人に優しくするための練習に使われているとか、もしもこの少年に恋とかしている人がそんなことを言われたら怒るし悲しむだろうと。

 あまりそういうことは言わない方がいいと忠告しようかと土御門は思ったが、それをいうのは土御門の役目ではないだろうと思ったので、土御門は何も言わなかった。

 そういうのは馬鹿でも阿呆でも間抜けでもなく、戦う以外に能がない駄目人間でもなく、普通に可愛くて素敵な女の子が言うべきことだ、と土御門は思った。

 自分以外の彼の担当か、もしくは土御門がいなくなった後にやってくるであろう新しい担当か、とにかく土御門にその進言をする資格はない。

 それを進言するに相応しい誰かが彼の前に現れるのか、現れる前にその誰かと再会することになるのか、あと一ヶ月程度しかここにいない土御門にはきっと関係のない話だろう。

 と、そんなことを思いつつスクワットをしていた土御門だったが、呼び鈴の音が聞こえてきたので中断してドアに向かう。

 ドアを開くと美味しそうな香りが漂うと同時に、見慣れた少年が声をかけてくる。

 もう夕食の時間だったらしい、ここは陽の光が入らないから時間の感覚がわからなくなると土御門は思った。

 給仕係によって運び込まれた料理を少年と囲い、共に食べるようになったのはいつ頃からだっただろうか。

 ここにきてすぐの頃は一人で食べていたのだが、気がついたら何故かそういうことになっていた。

 他にも彼の担当はいるらしいのに、彼は何故か毎食土御門と食事をとっていた。

 土御門は理由を聞いてみたことはなかったが、勝手に三ヶ月限定でいる狩猟者との会話を面白がっているのかもしれない、と思っている。

 といっても、土御門は馬鹿で戦う以外に何の能もないので、大して面白い話なんてできないのだが。

 診察帰りに土御門ではない担当の部屋から怪しげな声が聞こえてきた後の頃、土御門は一人で勝手に気まずい思いをしていたが、土御門の盗み聞きに気付いていないらしい蒼はそれまで通りに接してきた。

 それ以上変な空気になることを避けたかった土御門はあの日のことを忘れることにした、あれから何度か診察のため医務室のお世話になっているが、基本的に何も耳にしないよう廊下間の移動は素早く行うようにしている。

 だから土御門はあの日彼が何をしていたのか、あの中で何が起こっていたのか、今も同じようなことが行われているのかもわかっていない、気にしないようにしている。

 どうせ、土御門がここにいるのはあと一ヶ月だけ、余計な詮索はしない方が無難だろう。


 今日の料理はなんだかよくわからない高そうなスープと肉料理とおしゃれな感じの果物のゼリーみたいなデザートだった。

 基本的に洋食が多いのだが、その名称を聞いてもどれもちんぷんかんぷんな呪文みたいな名前をしているので、土御門はもうその名を聞くことすらなくなってしまった。

 こんなに豪華な食事を用意してもらわなくていい、レーションとたまに菓子パンでも貰えれば十分だ、と土御門はそれとなく伝えたことはあるが、やんわりと、しかし有無を言わさぬ表情で断られた。

 片腕が折れているからちゃんとした食事よりも片手間で食べられるもののほうが実はありがたいと思っている土御門だったが、そういってもダメそうだったので諦めている。

「そういえば土御門も特級を目指しているの?」

 食事の最中にそんなことを聞かれた土御門は口の中に残っていた肉を飲み込んでから否定した。

「いえ、私程度の実力では二級が限界でしょう」

「ふーん。そういえば武器の所持が許可されるのが五級っていうのはこの前聞いたけど、それ以上だと何が変わるの?」

「受けられる仕事が変わります。級が上がれば上がるほど報酬が高いけど、その分危険な仕事が割り振られるようになるのです」

「あー、なるほど」

「そういうのも含めて二級まででとどめておく人も結構いるらしいです。あと、一級に上がると自分で自分に二つ名つけなきゃならないんで、それを面倒がる人も多いみたいです」

 ちなみに土御門もその手のタイプだった、たとえ万が一実力が伴ったとしても、土御門はこの先二級以上のライセンスを取ろうとは思わないだろう。

 土御門はそこまで強くないし、強くなれると思っていないし、二つ名とかも全く思いつかない。

「ふーん…………二つ名?」

「ええ、二つ名。有名どころは特級の『抱腹絶倒』とか『彗星』とか『超剣士』とかですかね。昔ジュゲムみたいな二つ名つけようとした人がいたらしく、漢字ひらがなカタカナのいずれか四文字までっていう制限があったりします」

「へえ。……なんで二つ名とかつけるの?」

 蒼の当然かつ純粋な疑問に、土御門は少しだけ考えてから答えた。

「さあ、なんか昔からそうだったらしいです。二つ名に憧れて頑張る人とかもいるらしいので、そういう意欲が高い人向けにそういう決まりができたんじゃないでしょうか?」

「ふーん……変なの」

 変だと言われるとその通りではあるが、幼少期から当たり前のようにそうだと教えられて育ったので、改めて変だと言われると少し変に感じる土御門だった。

「ところで話が変わるけど、明後日の夜ってお暇?」

 急にそんな質問をされた土御門は料理から顔を上げて蒼の顔を見た。

「暇というか……暇しかないというか」

 そう答えるしかない土御門だったが、一体なんの用事だろうか。

 暇だと答えた土御門に蒼は安堵したような笑みを浮かべる。

「ならよかった。……実はお偉いさんのパーティーに強制的に出席させられることになってね。そこで僕の能力を披露しろ、って言われちゃって。だから、一緒に来てくれない?」

「はあ、パーティー……に、何故私が?」

「僕の力はマナを大量に使うから……だから、僕の担当である君にそばにいてくれれば安心だろう?」

「そう言われるとそうかもしれませんが……他にも担当の方がいらっしゃるのでしょう? 私は準マナ過多者ですし、マナ過多者の方が他にいるのならそちらの方を連れて行った方がいいのではないでしょうか?」

 土御門は内心面倒臭いと思いつつ、正論っぽいことを言ってみた。

 土御門はその辺りのことを実はあんまり把握していないのだが、準マナ過多者とマナ過多者、どちらが多くマナを持っているのかは理解している。

「ええと……確か準マナが平均の数倍から十数倍、準じゃないと平均の数十から数百倍、程度なんでしたっけ? なら私以外の方を」

「いやなの?」

 言葉を遮るように蒼はそう言った、いつも穏やかな彼には珍しい、少しだが苛立ちを感じる声だった。

「嫌というわけでは。ただ何故私なのか理由がわからなくて」

 ひょっとしてすでに土御門以外の全員に断られているとかそういう話だったりするのだろうかと土御門は推測し、それなら仕方ないかもしれないと思った。

「ふーん。確かに僕の担当の中で準マナ過多者なのは君だけだ……けど、君のマナが一番馴染む」

「馴染む……?」

「うん、人によって使いやすいマナと使いにくいマナがあってね。君のはすごく使いやすいし、君が来てから能力の調子がいい」

「はあ……そういう相性みたいなものがあるんですね」

「うん。だから君がいい。……来てくれるよね?」

 やんわりとした、しかしどことなく圧のある笑顔を向けられた土御門は仕方なく「はい」と答えた。


 翌日、土御門は着せ替え人形にされた。

 土御門は朝食を食べ終わるなり同じフロアの中にある一室に連れてこられた。

 一言で言うのなら、そこは衣装部屋だった。

 土御門が今まで見たことがない高そうな服がずらーっと並んでいた。

 服装なんて適当でいいのではないかと土御門は思ったが、お偉いさんのパーティーなためある程度しっかりとした格好でなければいけないらしい。

 そういうものかと一応納得はしたものの、着替えの回数が十数回を超えたあたりでこれは本当に必要なことなのかと疑問に思い始めた。

「アンタも大変ねえ」

 そう心底面倒臭そうな顔で言ったのは骨折している土御門の着替えの手伝いに駆り出された医務室の女医だった。

 医務室を空けていいのかという質問を土御門は真っ先にしたが「今まともに見てるのはアンタだけだから」という返答が返ってきた。

「んー、白も可愛いけどさっきの青の方が……んー、でも青だと被るしこっちの方が……」

 白くてやたらとふわふわしたドレスを着せられた土御門は、鏡に映る普段より死んだ魚感が増した自分の目を見た。

 戦うしか能がない土御門は体力にはやや自信があったが、こうも長時間着せ替え人形をやらされていると普通に疲れる。

「ツチミカドはどんなのがいい? 可愛い系? それとも綺麗系がいい? 君はとても可愛いから、やっぱり可愛い系が似合うかなあ」

「そこの……動きやすそうな奴がいいです」

 自分の意見を言わなければこの着せ替え人形状態がずっと続きかねないと判断した土御門はその辺にあった衣装の中で一番動きやすそうな、黒くてシンプルなパーティードレスを指差した。

「えー、地味すぎない?」

「シンプルイズベストということで……」

 不満げな声をあげる蒼に土御門は疲れ切った声でそう言った。

 咄嗟に動けないと死ぬ環境に居続けた土御門は、ふわふわしてたりゴテゴテしている動きにくい服装をしていると不安になる、なのでできるだけ身軽に動けるものがいいと思った。

「まあ、いいか。逆に合わせやすそうだし君がそれがいいっていうのなら、着てみたら?」

「はい」

 何が合わせやすいのかよくわからないまま、土御門は女医に手伝ってもらいながら先ほど指差したドレスに着替えてきた。

 思っていたよりもずっと動きやすい、見た目もそれほどおかしくないし、もうこれでいうだろうと土御門は思った。

「あ、なんか思ってたよりも似合う。……地味だけどまあ、こっちの方がいいか」

「これで決定でいいですか……?」

 もうこれ以上着替えるのは嫌だと思いつつ土御門がおずおずと蒼に問いかけると、蒼はやんわりと笑いながら「うん、これでいいよ」と答えてくれた。


「疲れました……」

 部屋に戻ってきた後、土御門は部屋の中で座り込んでそう呟いた。

 土御門は元々怠惰でどうしようもない人間であるため、ひとまず二級に上がるまでは戦い以外の全てを切り捨てて行動している。

 そうでもしなければ土御門はそのうち堕落して惨めに死ぬ以外の選択肢しかなくなるだろう。

 だから生活に余裕が出てくる実力であると一般的に言われている二級に上がるまで、楽しいことや楽なことは極力手を出さないようにしている。

 故に無趣味でなんの面白みもない人生を歩んでいるが、たとえ二級に上がったところで自分がファッションの面白みにハマることは絶対にないだろうと今日改めて確信した。

 服とか見た目とかどうでもいい、そんなことにお金かけるくらいだったら美味しいお菓子とか食べたい。

 ファッションにハマるのはきっともっと顔が可愛かったり体型が綺麗な人だ、土御門は両方とも残念なものであるため、何を着ても基本似合わないし割とみっともない感じになる。

 服なんて戦闘服があればそれでいいのだ、あとは部屋着とパジャマがわりのジャージでもあればいい、格好に気を使わなければいけないような人間にはなりたくないものだと土御門は思った。

 先程までの着せ替え人形状態を思い出して土御門はげんなりとした、やはりパーティーなんて嫌だと素直に断ってしまえばよかったと心の底から後悔する。

 最終的に動きやすいものを選べたからよかったものの、土御門はあのドレスを着てあの美しい少年の横にいなければならないらしい。

 嫌だなあと土御門は思った、しかしここまで衣食住の面倒を見てもらっているわけだし、今更嫌だと言うのは無理だろうな、と思って深く深く溜息をついた。


 パーティー当日の昼食後に土御門は昨日の衣装部屋に連行された。

 連行された先で女医の手伝いのもと昨日の黒いドレスに着替え、女医の手によって髪をセットされ化粧まで施された。

 爪まで塗られそうになったのでそれだけは辞退しようとしたが、有無を言わさずピカピカにされた。

 土御門は鏡に映った自分の姿を見てげんなりした、普段魔物の血と泥に塗れてハンマーを振り回している自分が着飾っている姿は、何かの見せ物みたいに滑稽で無様なものに見えたのだ。

 全然似合っていないなと思った、これなら普段の戦闘服の方がまだマシに見えた土御門だった。

 しかし蒼はそうは思っていないらしく、ニコニコと笑いながら似合うと言っていた、視力が悪いのだろうなと土御門は失礼なことを考える。

「ちょっとじっとしててね」

 そう言われたので動かずにいた土御門の首に蒼は手を回す、小さな金属音が聞こえた後、蒼が手を放した。

 首に少しだけ負担が増える、一体なんだと思った土御門が鏡を見ると、滑稽なほど豪華なネックレスが土御門の首に掛けられていた。

 大きくて青い、やたらとギラギラと輝く大きな石がついたネックレスだ。

「え、あの、これ……」

「うん、綺麗。そのドレスだけだと地味すぎるし、このくらいは着飾らせてあげないと」

「いえでもこれ、すっごくお高いのでは……?」

 無学でも流石にわかる、これはすごくお高い奴だ、と土御門は恐る恐る蒼にそう問うが、彼は首を横に振った。

「ううん、全然。僕が作った奴だから高いどころかタダだよ」

「元がタダだと言われましても……こんな高そうなのそもそも似合わな」

「何か言った?」

 にこり、と蒼が笑う。

 二ヶ月ほどの付き合いで土御門もようやくなんとなくわかってきたが、この少年は不満な時ほどよく笑うらしい。

「い、いえ……なんでもないです」

「ふふ、ならよかった」

 その笑顔が怖いと思いつつ、土御門は自分の首にかかった価値の塊みたいな青色を鏡越しに見て、背筋が冷たくなった。


 準備が終わった後、土御門は蒼に連れられてエレベーターに乗った。

 ちなみにあれだけ土御門を着せ替え人形にした蒼の服装は普段の白衣ではなくシンプルなスーツだった。

 エレベーターに乗り込むと蒼がカードキーのようなものを本来ならボタンがある位置にあるパネルに当てる。

 エレベーターの扉が閉まって、ゆっくりと動き出す。

 どうやら上に上がっているようだった、やはり自分がいるフロアは地下なのだろうなと土御門は推測する。

 少ししてエレベーターが動きを止め、扉が開く。

「それじゃあ、行こうか」

 蒼がそう言って土御門の手を取り握ったままエレベーターの外に出る。

 何故手を繋がれたのだろうと土御門は思いつつ彼に続いてエレベーターから出る。

 土御門は周囲を見渡してみるが、内装自体は土御門の部屋があるフロアとさほど変わりない。

 けれどあのフロアと違ってそこには人がいた。

 パーティーに参加するらしいおめかしした人々や、忙しなく廊下を行き来する黒い服の人々など。

「おお、人間がいます……」

「何を言っているの?」

 間抜けなことを言った土御門に隣の彼が少し呆れたような声を上げた。

 土御門の部屋があるフロアに置き換えると、おそらくあのだだっ広い衣装部屋があるあたりの扉の前まで手をひかれる。

 何やら豪華な見た目の大きな扉の前に立っていた黒い服の男性が土御門と蒼の顔を一瞥した後、無言で部屋の中にうながした。

 そこがパーティー会場になっていた、何やら煌びやかな内装と、すでにパーティー会場にいた人々のセレブな格好に土御門は一瞬呆気に取られる。

 あとなにか嗅いだことのない甘いような変な匂いがそこらじゅうからするのは一体なんなんだろうか、とも思った。

 全部がキラキラできんきらだった、なんだこのキランキランな空間は、とボケーっとする土御門の手を蒼がひく。

 無言で手をひかれた土御門は、思わず会場内にひしめき合うセレブな人々を見つめる。

 全員がキラキラで、高そうで、そして、肥えていた。

 前線では滅多に見ることがない、肥えた人間がそこには沢山いた。

 それを見た土御門は謎に興奮した、裕福そうに肥えた人間が、集団で目の前に存在しているのだから。

 あっちを見てもこっちを見ても全員よく肥えている、そして全員が煌びやかな衣装に身を包んでいる。

 こんな贅沢の塊を一気に見ることなんて今後一生ないのだろうなと土御門は思った、前線では超能力者よりもこちらの集団のことを話した方が余程受けるだろうとも。

「……楽しい?」

 興味津々の眼差しでパーティー会場というかパーティー参加者を見る土御門に蒼が笑いかける。

「楽しいというか、物珍しいと言いますか……前線にはこんなに肥……」

 土御門は流石にそこで言葉を止めた、馬鹿な土御門でも言っていけない言葉があることはわかっていた。

 興奮のあまり言いかけていたが、このセレブの集団を『肥えた人達』と称すれば、恐ろしいことになるのだろうということは土御門でもわかっていた。

「こ?」

「い、いえ……その、なんと言えばいいのかその……こういうふくよかで栄養がありそうな人って前線にはいないので」

 何か言葉を間違えつつ土御門がそう言うと、蒼が小さく噴き出した。

「ふふ……うん、そうだね……君が言いたいことはわかる、すごくわかる。けど偉いね、ちゃんと言い換えられたね……けど、栄養ありそう……ふふ、人食いおばけみたいな言い方……」

 何やらツボに入ってしまったらしい蒼が静かに笑いを堪える。

「すみません、言葉を間違えました」

「ううん、間違ってないと思う、ふふ、ごめん、ちょっとおかしくておかしくて……」

 土御門の手を握りっぱなしの蒼の手が小刻みに震えている、土御門の発言は彼にとってよほど面白かったらしい。


 ひとしきり笑った後、蒼は人と人の隙間を縫うように進み、会場の奥の方へ向かった。

 土御門はバリエーションのある肥えた人々を見つつ、彼についていった。

 奥の方に行き、蒼が立ち止まる。

 立ち止まった先には一目見て高そうな、初老の男性が立っていた。

 初老の男は蒼に穏やかな笑顔で挨拶した後、品定めするような目で土御門を頭の先からつま先まで見る。

 その視線が土御門が首から下げたネックレスのところで止まる。

 嫌な視線だと思いつつ耐えていると、蒼が少しだけ前に出て初老の男性にこう尋ねた。

「僕はいつ能力を使えば?」

「……あと、十分ほど後にスピーチがある。その後だ」

「わかりました、それではそれまでの間、控え室で待っていても?」

「好きにしろ」

 男がぶっきらぼうにそう言うと、蒼は「では」と一礼して土御門の手を引いて歩き出す。

 土御門も一応ぺこりと頭を下げた後、蒼についていった。


 会場の最奥にあった誰もいない小さな控え室まで連れてこられた土御門は、自分の目がセレブ達のキラキラのせいでちょっとおかしくなっていることに気づいた。

「大丈夫?」

 蒼が心配そうな顔でそう聞いてきたので「大丈夫です」と土御門は答えた。

「ごめんね、あいつ嫌な奴なの。今日ここにいる奴らの中では一番えらい人だからあんまり文句とか言えないんだけど」

「いえ、その人は別に……ちょっとキラキラすぎて目が眩んだというかなんと言いますか」

 土御門は軽く目を閉じつつそう答える、控え室の薄暗さに土御門の目が順応するまで、少し時間がかかった。

「ごめんね、こんなところに連れてきて。……お披露目が終わったら、すぐに部屋に戻ろう」

「いえ、ご心配なさらず……多分そのうち慣れますので」

「……無理しないで。それに元々長居する気はなかったし、僕もさっさと帰りたいから」

 そういうことならそれでいいか、と土御門は思った。

「それにしてもすごいですね。セレブ、って感じの人がいっぱいいましたよ」

『花籠』は花以外に特になんの特色もないどこにでもある普通の『籠』だという話だが、ああいったセレブが沢山集まるような場所なのだなと土御門は思った。

 こんな場所が土御門の生まれ故郷でもある前線のすぐ近くにあるとは思ってもいなかった、土御門は世界というものは広いのか狭いのかわからないなと考える。

「……セレブ、というか金と権力だけは持っているだけみたいな連中だけどね。はあ……趣味の悪い格好のやつらばかりで目が痛くなるよ、あと香水くさくて鼻が曲がりそう」

 蒼が珍しく不満そうな嫌そうな顔でそう言った、彼のそういう表情を見るのは初めてだったので、土御門はつい彼の顔を凝視してしまった。

「何? どうかした?」

「いえ、なんでもないです」

 土御門は慌てて彼から視線を外した、なんだかいけないものを見ている気になってしまったので。


 それからしばらくして黒い服の男性が控え室の戸を開いて、無言で手招きした。

「時間みたいだ。行こう」

「はい」

 土御門はずっと握られたままの手を引かれて控え室の外に出る。

 何故ずっと繋ぎっぱなしなのかと土御門はずっと疑問に思っていたが、土御門が今日ここに連れてこられたのは超能力者である蒼にマナを分け与えるためだった。

 つまり、彼が力を使うためにそうしている必要があったのだろう、と土御門は一人納得する。

 手を引かれた先には先ほどの初老の男が立っていた、その男の周囲にだけ人がいない。

 蒼はどうやら肥えた人々の中では有名人らしく、彼の顔を見た人々はどよめきの声を上げた。

 数多くの視線が突き刺さるように蒼を見る、ついでに蒼の隣に立つ土御門のことも。

 針の筵みたいな視線とはこういうのを言うのだろうか、と土御門は思った。

 突き刺さる視線に蒼は慣れているようで、穏やかな笑みを浮かべたまま一礼する。

 顔を上げた蒼の目と、土御門の手を握っていない方の手が青く輝く。

 そして次の瞬間、土御門の全身に『声』の塊がぶつけられた。

 その声は土御門ではなく蒼、そして蒼の手から創り出された黄金の鷹に向けられたものだったが、彼のすぐ隣に立つ土御門にもその圧倒的な歓声は襲いかかってきた。

 その不快ですらある歓声に土御門が唸り声や悲鳴を上げずにいられたことは、奇跡みたいな状態だった。

 そんな状況の中でも蒼は穏やかな笑顔を保ったまま、その奇跡のような超能力を使い続ける。

 黄金の鳥籠、花束を模した煌びやかな宝石、クリスタルの剣、カメレオンを模した緑色の宝石。

 他にも様々なものを青く輝く手のひらは創り出し、その度に歓声が上がる。

 最後にたくさんの宝石がついた王冠を作り出した後、蒼は土御門の手を放す。

 そして恭しい仕草でその王冠を初老の男に頭に被せた。

 凄まじい歓声が上がる、不協和音のような音の洪水に土御門が無言で耐えていると、さっさと戻ってきた蒼が再び土御門の手を握った。

 土御門の手を握った蒼が一礼する、土御門も一応それに倣って頭を下げておいた。

 ちょうどその時だった。

 不協和音の歓声を引き裂くように、さらに不快で大きな音が聞こえてきたのは。

 聞こえてきたのは絶叫だった、人間の叫び声、狂った人間があげる音。

 土御門はその声が聞こえてきた方向に目をやる。

 人々を押し除けながら、一人の男がこちらに駆け寄ってきていた。

 その右手には輝く鉄色、それを振り上げた男の醜く歪んだ顔を土御門は認識する。

 考える前に土御門の身体は動いていた。

 土御門は繋がったままの蒼の手を振り解いて、前に出る。

 そしてガラ空きになっていた男の胴体を、思い切り蹴飛ばした。

 どうやら相手は別に鍛えてもいない素人だったようで、男の身体はあっけなく吹っ飛んだ。

 不協和音だった歓声が悲鳴に塗り替えられる、蹴飛ばした男に追い打ちをかけるべきか迷っているうちに、誰かが土御門の手を掴んで後ろに引っ張ろうとした。

「ツチミカド!」

 土御門の手を掴んだのは蒼だったらしい、その手をもう一度振り払って、彼を庇う形で土御門は前に出る。

「下がっていてください蒼様。あの男、刃物持ってます」

 男が振り上げたのは小さなナイフだった、前線で使われている対魔物用のそれではなく、おそらく普通のナイフであるようだった。

 蹴飛ばされた男は獣のような唸り声を上げながら勢いよく立ち上がり、再びナイフを握りしめてこちらに突進してこようとする。

 土御門は頭に一撃入れるしかないのだろうかと思いつつ構えたが、その前に複数の黒い服の男達がナイフ男を取り押さえた。

 獣のような咆哮が一瞬だけ上がるが、男は数秒で伸されたらしく、静かになった。


 結局パーティー会場は阿鼻叫喚となり、パーティーはそのまま中止になった。

 蒼に連れられ部屋に戻ってきた土御門は、部屋の真ん中で正座させられていた。

「なんであんな危ないことしたの?」

 土御門の真ん前で仁王立ちする蒼が、土御門の顔を睨みながらそう問い詰めてきた。

「すみません、咄嗟に蹴飛ばしてしまいました……片腕折れてるから取り押さえるとかは無理だったので、あの時はああするしか……」

 結構盛大に蹴飛ばしてしまったため、実はその場にいたセレブの人達が何人か巻き込まれていた、周囲に人がいることをもう少し考慮して蹴飛ばす方向と威力を調整すべきだった、と土御門は深々と反省する。

「そうじゃない。なんで逃げなかったの? なんで君が、君みたいな怪我人が、凶器を持った男の前に飛び出したのか、って聞いてるの」

「……逃げたり避けたりするよりも、仕留めた方が早くて安全だと思いまして。片腕折れてますけど、脚は特に問題ないので」

 仕留めた方が早いと言いつつ、仕留められなかったことも土御門は反省した。

「すみません、一撃で昏倒させるべきでした……胴体じゃなくて最初から頭を狙うべきでしたね」

「そうじゃ、そういうことじゃ、ないんだけど……!」

 蒼は顔はなんとも言えない顔でそう叫ぶ、土御門はそうじゃなければ一体なんなんだと思ったが、先程の件をスマートに解決できなかったのは土御門の力不足が原因であるために深々と頭を下げた。

「本当にすみません、もしも次があったら、その時は一撃かつ最小限の被害で片付けます」

「だからそうじゃないんだってば!! このわからずや!!」

 怒鳴られた土御門は深々と下げていた頭を上げて彼の顔を見上げた。

 普段穏やかであまり表情を変えない彼にしては珍しく、その顔は怒気で歪んでいる。

 彼は膝を落として土御門と視線を合わせ、そして土御門の身体を緩く抱きしめた。

「……あの」

「君に何かあったらと思ったら、ゾッとした」

 そういう彼の声は、少しだけ震えていた。

「もう二度とあんなことしないで、あんな危ないこと、絶対にしないで」

 懇願するような蒼の声に、土御門は何も答えることができなかった。

 だって土御門にとって、あんなことは全く危険でもなんでもなかったのだから。

 刃物を持っていたとはいえ、そのナイフは対魔物用のものですらなかったし、相手はど素人だった、あんな素人丸出しの男なら五級の子供だって簡単にどうにかできただろう。

 それに、あの程度で危ないなどと言われてしまったら、二度とするなといわれて「はい」とでも答えてしまえば土御門は仕事ができなくなる。

 だから土御門はごめんなさい、とだけ返した。

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