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異世界チー牛〜転生したのにチー牛です〜

短編なのでよければ見てみてください

異世界チー牛〜転生したのにチー牛です〜


プロローグ:チー牛という名の人生


俺の名前は山田牛太やまだぎゅうた。人生二十年、冴えない陰キャとして生きてきた。


高校時代を振り返ると、一度も女子とLINEを交換したことがなく、体育祭では応援団に入ろうとして「キモい」と一蹴され、文化祭では一人で教室の隅でスマホをいじっていた。卒業式の日、みんなが泣いて抱き合う中、俺だけが一人でロッカーの片付けをしていた。


大学に入ってからも状況は変わらなかった。「大学デビュー」という言葉に希望を抱き、髪型を変え、服装を変え、サークルにも入ってみた。しかし結果は惨憺たるものだった。新歓コンパでは誰とも話せずに一人で黙々とから揚げを食べ続け、「あいつヤバくね?」というヒソヒソ話が聞こえてきた。


バイト先でも同じだった。牛丼チェーン店で働いていた俺は、ある日の昼休憩で「注文はチーズ牛丼特盛で」と言っただけで、先輩から「チー牛」というあだ名をつけられた。それは瞬く間に店中に広まり、やがて大学でも呼ばれるようになった。


友人もできず、彼女もできず、休日は牛丼チェーンと家を往復するだけの日々。ネットゲームとアニメが唯一の慰めだった。


そんな俺の人生に、突然の終止符が打たれた。


深夜、コンビニから帰る途中。スマホでソシャゲのガチャを回していた俺は、前方不注意で車道に飛び出してしまった。大型トラックのヘッドライトが俺を照らし、最後に聞こえたのはクラクションの音だった。


「あー、これで終わりか……」


意識が遠のく中、俺はそう思った。正直、ちょっとほっとしていた。


第一章:転生、そして絶望


……そして目の前に広がる白い光。


「おめでとうございます。あなたは異世界に転生しました」


美しい女神が長い金髪をたなびかせ、慈愛に満ちた微笑を浮かべていた。まるでゲームの中から飛び出してきたような美貌に、俺は一瞬で心を奪われた。


「よっしゃあああ!俺の人生、ここからリスタートだ!」


俺は心の底から叫んだ。ついに来たんだ、俺のターンが!異世界転生なんて、まさにネット小説やアニメの王道パターンじゃないか。これで俺も主人公になれる!


「魔王を倒すんですよね!?剣と魔法の世界で俺が無双するんですよね!?」


興奮する俺を見て、女神は少し困ったような表情を浮かべた。


「ただし、あなたの『本質』はそのまま引き継がれます」


「え?本質?」


「はい。あなたがこれまで培ってきた性格、習慣、そして魂の在り方は変わりません」


「まあ、それはそうでしょうけど……」


俺は首をかしげた。確かに中身は俺のままだろうが、異世界なら環境が変われば人も変わるはずだ。きっと俺にも活躍の場が……。


「では、行ってらっしゃい」


女神が手を振ると、俺の意識は再び闇に包まれた。


次に目を覚ますと、そこは石畳の街だった。


「うおおおお!本当に異世界だ!」


中世ヨーロッパ風の建物が立ち並び、剣を腰に下げた冒険者風の男性や、ローブを着た魔法使いらしき人物が歩いている。まさに剣と魔法のファンタジー世界だった。


俺は興奮して街を見回した。新しい人生の始まりだ!


第二章:ギルド登録という名の公開処刑


異世界転生の定番といえば冒険者ギルド。俺は意気揚々と、街の中央にそびえ立つギルドホールに向かった。


「すげえ……本物だ」


石造りの立派な建物で、入り口には剣と杖のマークが刻まれている。中に入ると、酒場のような雰囲気で、屈強な冒険者たちが酒を飲み、依頼書を眺めていた。


「いらっしゃいませ!新人さんですか?」


受付カウンターで、美しいエルフの女性が微笑みかけてくれた。金髪に青い目、まさに異世界美女の典型だ。


「は、はい!冒険者になりたいです!」


俺は緊張しながらも答えた。これが俺の新しい人生のスタートだ!


「では、こちらに手を置いてください。ステータスを測定いたします」


受付嬢が差し出したのは、水晶のような石板だった。俺は言われるままに手を置く。石板が光り、文字が浮かび上がった。


受付嬢がそれを覗き込み――そして、


「ぶはっ……!」


吹き出した。


「し、失礼しましたwww」


受付嬢の肩が小刻みに震え、必死に笑いをこらえている。他の冒険者たちも気になってこちらを見始めた。


「どうしたんだ?」


「新人のステータスが面白いことになってるのか?」


野次馬が集まってくる。俺は嫌な予感を覚えながら、石板を見た。


【名前】牛太

【年齢】20歳

【種族】人間

【職業】チー牛

【レベル】1

【称号】陰キャ、メガネ曇り、牛丼三昧、コミュ障、非リア充

【ステータス】

HP:30(標準の半分以下)

MP:5(魔法なんて使えません)

攻撃力:8(小学生レベル)

防御力:12(少しだけマシ)

素早さ:6(鈍足です)

魅力:2(……)

【スキル】

・牛丼早食い Lv.MAX

・アニメ知識 Lv.8

・ネトゲ廃人 Lv.7

・空気を読まない発言 Lv.9

・一人時間最適化 Lv.MAX


「……なにこれ」


俺は呟いた。職業が「チー牛」って何だよ。しかもスキルがどれもこれもダメな方向にマックスになってるし。


「あー、これは珍しいですね」


受付嬢が涙目になりながら説明してくれた。


「職業『チー牛』は非常にレアで、過去の記録にもほとんど例がありません。牛丼系の料理に特化した職業のようですが……」


「牛丼系って何だよ!」


俺の叫び声に、周囲の冒険者たちがどっと笑い声を上げた。


「なにあれwww職業がチー牛www」


「いやいや、これが勇者ジョブなのか?www」


「魅力2って……俺でも5あるのに」


「モーwwwww」


最後の「モー」で会場は爆笑の渦に包まれた。俺の冒険者人生は、開始一日目から牛の鳴き声に囲まれてスタートすることになった。


「と、とりあえず、ギルドカードをお作りしますね……」


受付嬢は同情的な目で俺を見ながら、手続きを進めてくれた。しかし、その後ろでは冒険者たちがまだクスクス笑っている。


「チー牛か……新しいな」


「パーティー組むか?『モー』って鳴いてくれるなら考えてやる」


「やめろよ、可哀想だろ……でもちょっと面白いw」


俺は恥ずかしさのあまり、その場から逃げ出したくなった。しかし、ここで逃げたら本当に終わりだ。俺は歯を食いしばって耐えた。


第三章:初クエスト、そして絶望の深淵


翌日、俺は再びギルドを訪れた。昨日の件で有名になってしまったのか、入店するなり「あ、チー牛の人だ」とヒソヒソ声が聞こえてくる。


「おはようございます!」


受付嬢は昨日と変わらず笑顔で迎えてくれたが、どこか同情の色が混じっている。


「では、新人さんには簡単なお仕事をご紹介しますね」


彼女が手渡してくれた依頼書には、こう書かれていた。


【依頼内容】森のスライム退治

【報酬】銅貨10枚

【詳細】森の入り口付近にいるスライムを1匹倒してください。初心者向けです。


「スライムですね!これなら僕でも……」


「はい、スライムは最弱の魔物です。きっと大丈夫ですよ!」


受付嬢は励ましてくれたが、その笑顔がどこか引きつって見えたのは気のせいだろうか。


俺は意気込んで森に向かった。武器は木の棒を一本。防具は普通の服。完全に素人装備だが、相手はスライムだ。きっと大丈夫だろう。


森の入り口で、俺はついにそれを発見した。


「いた!」


青いゼリーのような体をした、文字通りのスライムがぷるぷると震えている。大きさは俺の頭ほど。これが最弱の魔物か。


「よし、牛太!ここで活躍して見返すんだ!」


俺は自分に言い聞かせ、木の棒を構えた。スライムは俺に気づいていない。先制攻撃のチャンスだ!


「うおおおお!」


俺は雄叫びを上げて突撃した。


しかし――


「うわあああ!」


足を滑らせて転倒。顔面からスライムに突っ込んでしまった。


「ぎゃああああ!!ぬるぬるするぅぅぅ!!!」


スライムの体液が鼻から口から目から、全身に絡みついてくる。俺は必死で転げ回った。


「助けて!誰か助けて!」


そこに現れたのは、薪拾いに来ていた村人たちだった。


「おい、何だありゃ?」


「チー牛がスライムに食われてるぞ!」


「うわ、汚ぇ……スライムがかわいそうだろ」


「モー!チー牛がスライムを虐待してるー!」


なぜか俺が悪者扱いされている。村人たちはスライムを救出し、俺には石を投げつけてきた。


「もう帰れよチー牛!」


「森を汚すな!」


「二度と来るな!」


俺は泣きながら森を後にした。初クエストは大失敗。しかも村人たちからは犯罪者扱いである。


第四章:神殿での直談判


その夜、俺は街の神殿を訪れた。女神に会いたかった。この理不尽な現状について、説明を求めたかった。


神殿の奥で、あの美しい女神が静かに祈りを捧げていた。


「おい女神ァ!なんで俺はチー牛職なんだよ!」


俺は怒鳴りつけた。しかし女神は振り返ると、相変わらず優雅に微笑んだ。


「あら、牛太さん。お疲れさまです」


「疲れさまじゃない!説明しろ!なんで俺の職業がチー牛なんだ!」


「あなた、生前『牛丼大盛りチーズトッピング』ばかり食べていたでしょう?」


「……それが何だよ」


「食生活は魂に刻まれるのです。あなたの魂は、すでに『チー牛』なのです」


「魂レベルでチー牛ってどういうことだよ!?」


俺は頭を抱えた。つまり、俺が異世界に来ようが何だろうが、本質的にはチー牛のままということか。


「でも、大丈夫です」


女神は慰めるように言った。


「どんな職業にも、必ず活躍の場があります。あなたもきっと……」


「どこにあるんだよ、チー牛の活躍の場なんて!」


「それは……あなた次第です」


女神は曖昧に微笑むだけだった。俺はがっくりと肩を落とした。


第五章:酒場での屈辱


神殿を出た俺は、街の酒場に向かった。少しでも酒の力で現実を忘れたかった。


しかし、酒場に入った瞬間──


「モーwww」


「チー牛が来たぞー!」


「おい、牛丼頼んでくれよw」


またしても笑い者にされた。俺は小さくなってカウンターの端に座った。


「すみません、安い酒を一杯……」


「はいはい、チー牛さんね。特別にチーズトッピングのつまみもつけてあげる」


バーテンダーまでもが俺をからかっている。俺は黙って酒を飲んだ。


隣に座った冒険者が話しかけてきた。


「なあ、お前って本当にチー牛なの?」


「……そうです」


「すげえな。俺なんて戦士だぜ?普通だろ?」


「普通でいいじゃないですか……」


「でもお前、何か特技とかあるんじゃないの?」


俺は考えてみた。確かに、ステータスカードには変なスキルがいくつか書いてあった。


「『牛丼早食い』とか……」


「牛丼早食い!?何それ面白い!やってみろよ!」


「えぇ……」


気がつくと、酒場中の客が俺の周りに集まっていた。そして誰かが牛丼らしき料理を持ってきた。


「さあ、チー牛の本領発揮だ!」


「タイム測ってやる!」


「おい、賭けようぜ!」


俺は仕方なく、牛丼を食べ始めた。するとどうだろう。体が勝手に動き、あっという間に完食してしまった。


「うおおおお!30秒で完食だ!」


「すげぇ!これがチー牛パワーか!」


「もう一杯!もう一杯!」


酒場は大盛り上がりになった。俺は嬉しくなって、調子に乗った。


「じゃあ次は『アニメ知識』を披露します!」


俺は熱弁を振るった。異世界にも似たようなコンテンツがあるらしく、客たちは興味深そうに聞いてくれた。


「へー、そんな見方があるのか」


「面白いじゃん、チー牛」


「意外と使えるかも」


俺は有頂天になった。ついに俺の時代が来た!


しかし──


「あー、でも臭くない?」


「なんか近くにいると疲れる」


「話長いし……」


「やっぱチー牛だな」


あっという間に客たちは離れていった。俺は一人、カウンターで項垂れた。


## 第六章:パーティー結成の試み


翌日、俺は一念発起してパーティー募集の張り紙を出した。


【パーティーメンバー募集】

職業:チー牛(Lv.1)

特技:牛丼早食い、アニメ知識

一緒に冒険してくれる仲間を探しています!


しかし、反応は散々だった。


「チー牛とパーティー?冗談でしょ」


「魅力2の男と一緒にいたら、こっちまで評判悪くなる」


「せめてレベル上げてから来いよ」


誰も俺と組んでくれない。そんな中、一人の女性が声をかけてきた。


「あの、一緒に冒険しませんか?」


振り返ると、そこにいたのは黒髪の美少女だった。魔法使いらしく、杖を持っている。


「え、本当ですか!?」


「はい!私、メアリーと申します。初心者なので、一緒に頑張りましょう!」


俺は小躍りした。ついに俺にもパーティーメンバーができた!しかも美少女だ!


「よろしくお願いします!僕は牛太です!」


「牛太さんですね。よろしくお願いします」


メアリーは上品に微笑んだ。俺の心は躍った。


しかし、クエストが始まってすぐに現実を知ることになった。


「うわあああ!ゴブリンが出た!」


森でゴブリンに遭遇した俺は、またしても転んで情けない姿を晒した。


「大丈夫ですか!?」


メアリーが駆け寄ってくる。俺は慌てて立ち上がった。


「だ、大丈夫です!今度こそやります!」


しかし、ゴブリンとの戦闘は惨憺たるものだった。俺の攻撃は当たらず、当たっても全然ダメージを与えられない。逆にゴブリンの攻撃は容赦なく俺に襲いかかってくる。


「ぎゃー!助けて!」


結局、メアリーが魔法でゴブリンを倒してくれた。


「ありがとうございます……」


俺は情けなさで死にたくなった。


「大丈夫です。最初はみんなそうですから」


メアリーは優しく慰めてくれたが、その目には明らかに失望の色があった。


案の定、次の日にはメアリーから連絡が来た。


「すみません、やっぱり別のパーティーに入ることになりました……」


「そう、ですか……」


俺は一人になった。やっぱり俺にはパーティーなんて無理だったのだ。


## 第七章:チー牛としての覚醒


それから数日間、俺は一人でスライム狩りを続けた。レベルは少しずつ上がったが、相変わらず弱いままだった。


ある日、俺は森でスライムと格闘している最中に、奇妙な現象を発見した。スライムが俺を見ると、なぜか逃げるようになったのだ。


「あれ?なんで逃げるんだ?」


よく観察してみると、スライムたちは俺の放つ「チー牛オーラ」のようなものを嫌がっているらしい。そのオーラは、俺の陰キャっぷりから発せられる特殊な波動のようだった。


「もしかして、これがチー牛の特殊能力なのか?」


俺は試しに、意識してそのオーラを強めてみた。すると、周囲のスライムたちがみんな逃げ出していく。


「すげえ!これは……『陰キャオーラ』だ!」


新しいスキルが開花した瞬間だった。俺のステータスカードを確認すると、確かに新しいスキルが追加されている。


【新規スキル】

・陰キャオーラ Lv.1:周囲の敵に不快感を与え、逃走率を上昇させる


「これだ!これが俺の武器だ!」


俺は興奮した。確かに戦闘で勝つわけではないが、敵を追い払うことができれば十分だ。


しかし、喜んだのも束の間。そのオーラは人間にも効果があることが判明した。


「うわ、何このやな感じ」


「近寄りたくない……」


「チー牛のオーラ、マジできつい」


街の人々が俺を避けるようになった。武器を手に入れたと思ったら、さらに孤立を深めることになったのだ。


## 第八章:入店禁止の烙印


その後も俺の災難は続いた。酒場では「モーww」と鳴かされ続け、ある日ついに店主から呼び出された。


「チー牛、ちょっと来い」


「は、はい……」


店主は困った顔をしていた。


「悪いんだけどな、お前が来ると他の客が嫌がるんだ」


「え……」


「最近、『チー牛がいると飯がまずくなる』って苦情が多くてな」


俺の心臓が止まりそうになった。


「だから、悪いんだけど……」


翌日、酒場の入り口には張り紙が貼られた。


【お知らせ】

牛太様につきましては、

当店のご利用をご遠慮いただいております。

        酒場「陽だまり」店主


俺は呆然とその張り紙を見つめた。ついに入店禁止になってしまった。


「マジで入店禁止になってるw」


「チー牛すげぇな、ある意味で」


通りかかった冒険者たちが笑っている。俺の恥ずかしさは極限に達した。


## 第九章:最後の希望


そんな俺に、最後の希望が訪れた。ギルドの受付嬢が、特別なクエストを紹介してくれたのだ。


「実は、街の外れに住む老人から変わった依頼が来ているんです」


「変わった依頼?」


「『話し相手になってくれる人』を探している、とのことで……」


受付嬢は申し訳なさそうに説明した。


「報酬は少ないですし、他の冒険者の方々は皆さんお断りで……もしよろしければ」


「やります!」


俺は二つ返事で引き受けた。戦闘は苦手だが、話し相手なら俺にもできるかもしれない。


街の外れにある小さな家を訪ねると、そこには白髪の老人がいた。


「君がクエストを受けてくれた方か。ありがとう」


老人は穏やかに微笑んだ。


「私は元冒険者でね。今は引退して、こうして静かに暮らしているんだ」


「元冒険者なんですか!すごいですね!」


俺は目を輝かせた。


「いやいや、もう昔の話さ。それより、君は『チー牛』という珍しい職業だと聞いたが」


「あ、はい……恥ずかしいですけど」


「恥ずかしがることはない。私も現役時代は『村人』という職業だった」


「え?村人も職業なんですか?」


「そうだ。特別な能力は何もなかったが、それでも冒険者として活動していた」


老人は昔を懐かしむように語った。


「大切なのは職業じゃない。君がどう生きるか、だ」


その言葉に、俺は少し救われた気がした。


老人との時間は心地よく過ぎた。俺のアニメ知識や、異世界での体験談を面白がって聞いてくれる。久しぶりに、自分を否定されない時間だった。


「また来てくれるかい?」


「はい!喜んで!」


俺は生まれて初めて、人の役に立てた気がした。


## 第十章:小さな居場所


老人との出会いをきっかけに、俺の生活は少しずつ変わっていった。


まず、老人が街の他の老人たちに俺のことを紹介してくれた。皆、引退した冒険者や職人で、現役バリバリの冒険者たちとは違い、俺の話を聞いてくれた。


「ほう、異世界から来たのか」


「チー牛という職業も珍しいな」


「その『アニメ』というのを詳しく聞かせてくれ」


老人たちは俺の話を興味深く聞いてくれる。特にアニメの話は大好評で、毎日のように語っていた。


また、俺の『陰キャオーラ』も、使い方次第では役に立つことが分かった。野良犬や害獣を追い払うのに効果的で、街の清掃作業で重宝がられたのだ。


「チー牛のオーラ、意外と便利じゃん」


「掃除の時に虫とか寄ってこないし」


「でも人間には使うなよ?」


少しずつだが、街の人々の俺を見る目が変わってきた。相変わらず「チー牛」と呼ばれるし、からかわれることも多いが、完全に忌み嫌われるということはなくなった。


そして何より、俺には老人たちという居場所ができた。彼らは俺の過去を知っていても、現在の俺を受け入れてくれる。


「牛太、今日も来たのか」


「はい!今日は新しいアニメの話を持ってきました!」


俺は嬉しそうに老人たちの輪に加わった。ここでは俺も一人の人間として扱ってもらえる。


## 第十一章:チー牛料理人への道


ある日、老人の一人が面白い提案をしてくれた。


「牛太よ、お前の『牛丼早食い』スキル、もったいないと思わんか?」


「もったいない?」


「食べるだけじゃなくて、作る方はどうなんだ?」


言われてみれば、俺は牛丼を食べることには長けているが、作ったことはなかった。しかし、これだけ食べていれば、何となく作り方は分かる。


「やってみましょうか」


老人たちが材料を用意してくれて、俺は人生初の牛丼作りに挑戦した。


最初はうまくいかなかった。肉は焦げるし、ご飯はべちゃべちゃになるし、散々だった。しかし、不思議なことに『牛丼早食い』スキルが、徐々に『牛丼調理』スキルに進化していったのだ。


【スキル進化】

牛丼早食い Lv.MAX → 牛丼マスター Lv.1


「おお!スキルが変わった!」


『牛丼マスター』になった俺は、急激に料理の腕が上達した。牛丼だけでなく、様々な牛肉料理を作れるようになったのだ。


「うまい!これは本当にうまいぞ!」


老人たちが俺の料理を絶賛してくれた。生まれて初めて、人から心の底から褒められた気がした。


「牛太、これを街で売ってみてはどうか?」


「え?でも僕なんかが……」


「何を言っている。この味なら絶対に売れる」


老人たちに背中を押され、俺は街角で小さな屋台を始めることにした。


## 第十二章:屋台「チー牛亭」開店


「チー牛特製牛丼、いかがですかー」


俺は恥ずかしながらも、街角で声を張り上げた。最初は誰も近づいてこなかった。


「あ、あのチー牛が屋台やってる」


「大丈夫なのかよ、あれ」


「匂いはいいけど……」


しかし、勇気ある一人の客が声をかけてくれた。それは以前酒場で会った冒険者だった。


「おい、チー牛。一杯食わせてくれ」


「あ、ありがとうございます!」


俺は心を込めて牛丼を作った。冒険者はそれを一口食べて――


「うまい!」


声を上げた。


「これ、マジでうまいぞ!おい、みんな来てみろ!」


彼の声に釣られて、他の人たちも集まってきた。そして皆、俺の牛丼を絶賛してくれたのだ。


「チー牛が作った牛丼、めっちゃうまい!」


「これは確かに特別だ」


「職業『チー牛』、案外すげぇじゃん」


あっという間に俺の屋台は評判になった。『チー牛亭』という屋号も付けてもらい、毎日行列ができるようになった。


しかし、成功は新たな問題も運んできた。


## 第十三章:ライバル出現


俺の屋台が人気になると、既存の飲食店からクレームが来るようになった。


「あのチー牛のせいで客を取られた」


「素人が商売するな」


「所詮一発屋だろう」


特に、街一番の料理店『ゴールデンフォーク』の店主ギルバートは、俺を目の敵にしていた。


「貴様のような素人の料理が、私の料理より評価されるなど許せん!」


彼は俺に料理対決を申し込んできた。


「勝負だ!街の人々の前で、どちらの料理が優れているか決めよう!」


俺は困った。ギルバートは街でも有名な料理人で、俺なんかが勝てる相手じゃない。


「や、やめておきます……」


「何だ、逃げるのか?チー牛らしいな」


ギルバートの挑発に、街の人々も注目した。


「おい、チー牛!受けて立てよ!」


「逃げちゃダメだ!」


「頑張れ、牛太!」


老人たちが俺を応援してくれる。俺は意を決した。


「分かりました。お受けします!」


## 第十四章:料理対決


料理対決は街の広場で行われることになった。大勢の観客が集まり、まるでお祭りのような騒ぎだった。


「さあ、始まりました!『ゴールデンフォーク』ギルバート店主vs『チー牛亭』牛太の料理対決!」


誰かが実況を始めた。


審査員は街の有力者たち。テーマは「最高の牛肉料理」だった。


「フン、チー牛風情が何を作るというのだ」


ギルバートは高級な食材を次々と取り出した。最高級の牛肉、珍しいスパイス、高価なワイン。まさにプロの料理人の準備だった。


一方の俺は、いつもの材料だけ。普通の牛肉、玉ねぎ、醤油ダレ。見た目からして格が違う。


「制限時間は1時間!よーい、スタート!」


ギルバートは華麗な手つきで料理を始めた。フライパンを振る姿は芸術的で、観客からも歓声が上がる。


「さすがプロだな」


「あんな技術、真似できないよ」


一方の俺は、いつも通り牛丼を作っていた。特別なことは何もしない。ただ、心を込めて、一番美味しくなるように。


『牛丼マスター』スキルが俺を導いてくれる。材料の声が聞こえるような気がした。


「完成だ!」


ギルバートが先に完成させた。彼の料理は『ローストビーフ・ガーリックソース添え』。見るからに高級で美味しそうだった。


「俺も……完成です」


俺が作ったのは、いつもの牛丼。でも、これまでで最高の出来だった。


審査が始まった。まずはギルバートの料理から。


「うむ、これは素晴らしい」


「さすがプロの味だ」


「文句なしの完成度だ」


審査員たちは絶賛した。俺は絶望的な気分になった。やっぱり俺なんかが勝てるわけない。


しかし、俺の牛丼を食べた審査員の表情が変わった。


「これは……」


「何だ、この懐かしい味は」


「心が温かくなる」


審査員の一人が涙を流していた。


「私の故郷の味を思い出す。母が作ってくれた料理の……」


他の審査員たちも同じような表情をしていた。


「技術的にはギルバート氏の勝ちだが……」


「しかし、この心に響く味は……」


長い審議の結果、判定が下された。


「勝者、牛太!」


会場は大歓声に包まれた。


「やったぞ、チー牛!」


「すげぇじゃん!」


「牛太!牛太!」


俺は信じられなかった。本当に勝てたのか?


ギルバートは悔しそうだったが、俺の前に歩み寄った。


「……負けを認める。君の料理には、私にはない何かがある」


「ギルバートさん……」


「技術では負けない自信があったが、心を込めるということを忘れていた」


彼は俺に頭を下げた。


「教えてくれて、ありがとう」


## 第十五章:新たな仲間


料理対決での勝利をきっかけに、俺の周りの環境は大きく変わった。


まず、ギルバートが俺の友人になってくれた。彼は技術を、俺は心を込めることを、お互いに教え合うようになった。


「牛太、君の料理からは愛情を感じる。それが一番大切なスパイスなんだな」


「ギルバートさんの技術、すごいです。僕も見習いたいです」


そして、メアリーが再び俺の前に現れた。


「牛太さん、すごいじゃないですか!」


彼女は料理対決を見ていたらしい。


「あの時は失礼しました。本当の牛太さんを理解していませんでした」


「いえ、気にしないでください」


「もしよろしければ、また一緒に冒険していただけませんか?」


俺は迷った。以前、彼女には失望された。また同じことになるのではないか?


しかし、メアリーは続けた。


「今度は料理担当として、私たちをサポートしてください。戦闘だけが冒険じゃありません」


彼女の言葉に、俺は救われた思いがした。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


さらに、あの受付嬢のエルミナも俺を見直してくれた。


「牛太さん、あなたって本当はすごい方だったんですね」


「そんな、僕はまだまだです」


「いえいえ、謙遜しないでください。今では街の名物ですよ!」


確かに、街の人々の俺を見る目は変わっていた。以前は「あのチー牛」と蔑まれていたが、今では「牛丼の牛太さん」と親しまれている。


「モー」と鳴かれることもまだあるが、今では愛嬌のある冗談として受け取られていた。


## 第十六章:真の冒険の始まり


メアリーとのパーティーが復活し、さらにギルバートも加わって、俺たちは新しいスタイルの冒険を始めた。


戦闘は主にメアリーとギルバートが担当。俺は後方支援と料理担当。そして、俺の『陰キャオーラ』は、敵の動きを鈍らせる補助魔法として活用された。


「牛太、オーラ頼む!」


「了解です!」


俺がオーラを放つと、敵の動きが鈍くなり、仲間が攻撃しやすくなる。決して派手な活躍ではないが、確実にパーティーの役に立っていた。


そして何より、冒険の後の食事が最高だった。


「牛太の料理、本当に美味しい」


「疲れた体に染み渡るわ」


「これがあれば、どんな長期クエストでも大丈夫だ」


仲間たちが俺の料理を喜んでくれることが、何より嬉しかった。


また、俺たちのパーティーは「料理も提供する冒険者」として有名になり、他の冒険者たちからも重宝がられるようになった。


「おい、牛太のパーティーがいるなら、今夜は美味い飯が食えるな」


「あいつらと一緒にキャンプするの、楽しみなんだよな」


俺は初めて、自分が「チー牛」であることを前向きに受け入れられそうな気がした。

陰キャだろうが、顔が冴えなかろうが、俺には俺の居場所がある。

仲間に支えられ、料理で皆を笑顔にできるのなら、それで十分だ――そう思っていた、その時。


「おーい! 牛太の飯を食わせろー!」

「並盛り! つゆだくで!」

「チーズトッピング忘れんなよ!」


……気づけば俺たちのキャンプサイトは、冒険者でごった返していた。

まるで牛丼チェーン店。いや、俺の人生そのものが牛丼屋に逆戻りしていた。


「牛太、今日のおすすめは?」

「え、あ……本日の限定は、スライムのぬるぬるシチューです」

「モーwwwww」


誰かが鳴き声を上げると、全員が合唱するように「モー!」と叫んだ。

俺の料理を食べに来たはずなのに、結局俺はいじられ役の「チー牛」のまま。


「……モーこんな人生嫌だ」


【完】


よければ感想ください。

僕はすき家より松屋派です。

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